300:二年目の新年祭が始まります!
■シルビア・アイスエッジ 23歳
■第501期 Dランク【六花の塔】塔主
「うわぁ~! やっぱりシルビアさんお綺麗ですねえ! 背が高いから本当にお似合いです!」
「うーむ、全然印象が変わるのう。いつもの冒険者スタイルとは大違いじゃ」
「塔主総会で見とるはずやけどなぁ。やっぱ座ってる状態で画面越しだと違うもんやな」
「ア、アクセサリーも映えますねぇ。アデルさんが選んだんですか?」
「そうですわね。ドロシーさんから頂いたものでもよろしかったのに」
非常に居心地が悪いと言うか、「ありがとうございます」と言いつつ苦笑いになってしまう。
背筋も普段以上に正さなければならないし、スカートなど滅多に履かないのでスースーする。靴も非常に歩きにくい。
数年前の私はよくこんなものを日常的に着られたものだ。褒めてやりたいと思う。
そんな話をしているのはノノア殿の【世沸者の塔】の一階層だ。
ここで集合してから全員でバベルの一階へと向かうらしい。
【世沸者の塔】の転移門がバベルの十二階。私の【六花の塔】が十階にあるので私の塔のほうが近いのだが【六花の塔】の一階層は雪道だからな……。さすがにそこで全員集合とはできない。
ともかくそこに【
もちろんアデル様とシャルロット殿は私と同様にドレスアップしている。
シャルロット殿はエメリー殿が髪結いをしたのだろうな。今でこそ普段の表情だが一歩外に出れば【女帝】の姿になるのだろう。
私も【
「少し早いですが早速行きましょうか」
「では先に<付与魔法>をかけておきますね」
私もすでに
なんでもシャルロット殿がお持ちの黒い杖で<付与魔法>をかけると、効果は強くなり、効果時間も伸びるらしい。
エメリー殿の異世界武器が規格外ということだ。私もそろそろ慣れてきた。
塔主六名、
それで【世沸者の塔】の転移門を出て、転移魔法陣を使い、バベルの一階へと移動する。
すでに集まり始めていた塔主たち――低ランクの塔主ばかりらしいが――にはギョッとした目で見られる。すぐに注目の的だ。
「とりあえず壁際に行きますか。中央で視線を浴びるのも面倒ですしね」
そう言ってアデル様は先頭を歩く。非常に助かるがそのアデル様が一番目立つのは間違いない。
真っ赤なドレスに真っ赤な羽扇、そしてその美貌だからな。
……と私は思うのだが、周囲の声をよく聞けばやはりシャルロット殿のほうが注目されているようだ。
女帝の風格で歩かれているから当然目立つのだが、それ以上にエメリー殿が非常に目立つからな。他にドレスアップした塔主はいても侍女はいないし四本腕などいるわけがない。
結果としてそれを後ろに従えたシャルロット殿が一番目立っていると。
まぁ私が注目されなくて少しホッとしている。
中には「あれが新塔主のシルビア・アイスエッジか」とか聞こえるが最初だけだな。視線はすぐにアデル様やシャルロット殿に移るというわけだ。
しばらくすると中ランクや高ランクの塔主も徐々に姿を現す。
注目していた塔などは塔主総会で顔を見ているし、私でも分かる塔主がちらほら。
中でも私が冒険者として挑戦していたAランクの塔の面々にはどうしても目が行ってしまう。
早くから集まっている中では【凍風の塔】のイシュア・コルディ、【悪魔の塔】のリト、【黄の塔】のコレット・パロあたりか。
挑戦し、返り討ちになっていた塔の塔主と今こうして一同に介しているというのは何とも不思議に感じるものだ。
私からすれば未だに″敵″と見てしまうし、どうしても警戒してしまう。
「ふふっ、やつらわしに気を使っていい感じに無視しとるのう。エレオノーラはチラチラ見とるのがバレバレじゃが……これは後で説教じゃな」
フッツィル殿が小声でゼンガー殿とそんなことを話している。
おそらくエルフの四塔主のことだろう。
言われてからぐるりと見渡したが、なるほど四人とも散らばっているようだ。やはりエルフ同士で近づくようなことはないらしい。
「おっ、ゴルドッソさん来たから挨拶だけしてくるわ」
とドロシー殿が抜け出した。三百人以上いるバベルの塔主で二人しかいないドワーフだからな。親交を深めておきたいということだろう。
しかし遠目で見るに【土】のゴルドッソは随分引け腰のようだが……やはり【
「ジータ、貴方にお客様ですわよ」
「はぁ……こんなところで絡んでくんじゃねーよ、ったく……」
「わたくしも一応ご挨拶はしますわ。ほら行きますわよ」
こちらに向かって来る集団にアデル様から歩み寄った。
【凍風】のイシュア・コルディ、【火】のウィリアム・エバートンとその
ドナテアが経営する例の飲み屋の面子だな。飲み仲間というには強すぎるのだが。
「ごきげんよう皆様。いつもうちのジータがお世話になっているそうですわね」
「ガハハッ! 別に世話しているつもりはない! しかし【赤】の塔主に一度挨拶せねばとな!」
「こちらもジグルドのほうがおそらくご迷惑をかけていますので一言謝っておこうと」
「おいウィリアム! 俺が迷惑かけるわけないだろうが!」
なんと賑やかな面々だ。二人ほど声が大きすぎる。
しかしイシュアとウィリアム、そしてアデル様は目が笑っていないな。かなり牽制し合っているように窺える。
おそらく挨拶とか様子見とかそれは正しいのだろう。決して友達ではないのだしな。
そうこうしているうちに【聖の塔】同盟も集まり始めた。神官服の集団に天使が二体もいる。
【聖】のアレサンドロの眷属が一体と、【鋭利】のエッジリンクの眷属だろう。
後者は【純潔の天使ラグエル】に違いない。【純潔】⇒【反逆】⇒【鋭利】と召喚権利が移っているはずだ。
「シルビアさん、シンフォニア伯にご挨拶に行きますわよ」
どうやら【節制】同盟の面々も到着らしい。
【節制】アズーリオ・シンフォニア伯爵、パッツォ侯爵家長子の【戦車】デルトーニ・パッツォ、カルトーレ子爵三男の【蒼刃】クァンタ・カルトーレ、マーティム子爵次子の【魔霧】ゾロア・マーティム。
ABBCの四塔同盟はおそらく【魔術師】同盟よりも上だろう。ランクは同じでも代表塔に明確な差がある。
私は貴族らしい社交が苦手なので中立派の面々とは顔を合わせづらいのだがアデル様だけに行かせるわけにもいかない。
せめて今くらいは貴族令嬢らしくとアデル様の後に付いていった。
「ごきげんようアズーリオ様。同盟の皆様も」
「おお、これはアデル様。私のほうから出向きませんで申し訳ありません」
「とんでもございませんわ。一言ご挨拶をと思いまして」
「シルビア嬢も随分と見違えましたな。お活躍のほどはかねがね聞いております」
「恐れ入ります。アデル様に色々と助けて頂いております」
何と言うか……貴族っぽい会話だな。
心にもないことを上辺だけ良く聞こえるような言葉の流れだ。
これを普通に出来るアデル様はさすがとしか言えない。
「そう言えばアズーリオ様、ジョセフォード様にはご挨拶なさいますの?」
アデル様が唐突にそんなことを聞いた。
ジョセフォード・ランブレスタ子爵は私と同期だが後期のランキングではほぼ底辺のような順位だった。
まぁ塔の名前からして【羽虫の塔】だから人気がないのも仕方ない。
とは言えランブレスタ子爵家と言えばメルセドウ貴族派の一角。
【魔術師】同盟を潰したのでバベルに残るメルセドウ貴族派はランブレスタ子爵しかいない。
そして本国ではゼノーティア公の不祥事を受け貴族派はほぼ解体の状態。
我々が壊滅させておいてよく中立派のシンフォニア伯にそんなこと聞けるものだ。
「さすがに控えておきますかな。まぁ子爵も顔を見せるにしても魔導車に乗るギリギリとするでしょうし」
「まぁそうですわよね。残念ですわ。わたくしは一言ご挨拶したかったのですが」
「ははは、ならば励ましのお手紙でもしたためてみてはいかがですかな。先輩塔主からの助言とあらばきっとお喜びになるでしょう」
「それもそうですわね。考えておきますわ」
なんとも闇魔力が充満していそうな会話だ。顔が引きつりそうになる。
というか向こうの三名は私と同じ感じだろうな。普通に話せているアデル様とシンフォニア伯が貴族らし
要約すると、中立派は貴族派と接触するつもりがないということだろう。
少なくとも私たちにはそう提示している。それが本意かどうかはさておき。
そして王国派が貴族派に対して動こうとも我関せずと。バベル塔主としての立ち回りだろうな。
やはりシンフォニア伯は有能な貴族だ。これは一筋縄ではいかない。私では会話すらまともに出来まい。
「それで皆様は今年もレイチェル様にご挨拶を?」
「ええ、そろそろお時間ですかね。では皆様失礼いたしますわ、ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
長く感じた短い挨拶がやっと終わった。なんとも息苦しいものだ。思わず離れてから深く息をついた。
しかしこれからがある意味本番なのだな。
″バベルの頂点″レイチェル・サンデボンにご挨拶しなければならない。
冒険者であった頃は強大すぎる″敵″であり、塔主になってからも″頂点″で居続ける存在。
それと言葉を交わすなど【
特別感故の緊張感。これなら国王陛下に謁見するほうがまだマシに思える。
そんな″バベルの頂点″とシャルロット殿は月に一回ほどのペースでお茶会をしている。
ということで代表してご挨拶するのもお話するのもシャルロット殿の役目だとか。
アデル様たちも去年は「はじめまして」くらいしか喋っていないという話は聞いた。
おそらく私も顔見せだけになるだろう。そんな事を思いながら、挨拶に向かった。
レイチェル殿は例年通り天使のセラ殿を引き連れ転移魔法陣から現れた。
私と同じような新米塔主がたまたま近くにいたものだから腰を抜かすレベルで驚いていた。可哀想に。
そしてワッと人波が開ける。強大すぎて近寄りがたいとは正にこの事だろう。
それを無視して近づくシャルロット殿のなんと勇敢なことか。
私が何も知らない立場であれば「やめておけ」と言いたいけれど口が動かないといったところだろう。
「お久しぶりです、レイチェル様。今年もよろしくお願いします」
「ええ、ごきげんよう。皆さんもお変わりなく」
周囲がざわざわと喧しいが無視につとめる。
しかしこうして見ると温厚なご婦人という感じしかしない。とても圧倒的強者には見えないから不思議だ。
「アデルさん、ご実家は落ち着きましたか?」
「っ! はい、おかげさまで。レイチェル様にもご心配おかけいたしました」
アデル様にしては珍しく動揺を見せた。まさか話しかけられるとは思わなかったのだろう。
「それで貴女がシルビアさんね」
「ッ!? は、はい、【六花の塔】のシルビア・アイスエッジと申します。よろしくお願いいたします」
その流れのままアデル様の隣にいた私に声がかけられた。
予想できていたはずなのに予想外に思えてなんとも情けない声を出してしまった。
「うふふ、三回か四回ほど遊びに来て下さいましたよね? お元気そうで何よりだわ」
「お、覚えておいでなのですか!?」
「私の塔に女性だけのパーティーで挑むのは珍しいですからね。とても良い魔法剣士だったと記憶していますよ」
「あ、ありがとうございます」
「後追いは大変でしょうが頑張って下さいね。先達をよく頼ることです」
感動で涙が出そうになった。
【世界の塔】に挑む者は冒険者の中でも最上位の一握りだけだ。私など記念に入ってみただけの木っ端にすぎない。
だというのにレイチェル殿は画面でその様子を見て、それを覚えておられたのだ。
塔主の最上位とはそこまで侵入者に目を向けるものなのか。その衝撃が一つ。
お世辞でも私を「良い魔法剣士」と評して下さったのがもう一つ。
そこからレイチェル殿はドロシー殿、フッツィル殿、ノノア殿にも声をかけられていたが私にはもうよく聞こえなくなっていたのだ。感動が重すぎて。
これは今度【氷槍群刃】に会ったら言ってやらねばな。
【世界】のレイチェルは私たちを認知していたぞ、と。
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