404:【節制】同盟は気掛かりなようです!
■アズーリオ・シンフォニア 42歳
■第487期 Aランク【節制の塔】塔主
全く持ってままならんものだ。
塔主となって二十年ほどは問題なかった。延々と右肩上がりに躍進し続けていたものが、ここへ来て一気に悪い方向へと回り始めた。
五年目には四塔同盟を結成。益々塔は躍進することとなる。
パッツォ侯爵家長子、デルトーニの【戦車の塔】。
カルトーレ子爵家三男、クァンタの【蒼刃の塔】。
マーティム子爵家次男、ゾロアの【魔霧の塔】。
デルトーニとクァンタは騎士団に所属しており、ゾロアは宮廷魔導士でもあった。
比較的優秀なほうと言えるだろう。
だからこそ塔運営もちゃんと出来ていたし、私も色々と使いやすかったのだ。それは嬉しい誤算だった。
塔主となった頃は二十歳にも満たない若輩者だった私も、【節制の塔】がBランクに上がったところで正式に伯爵位を賜った。
さすがに国としても捨て置けん存在になったということだろう。
そしてAランクとなったところでそれは確実なものとなる。メルセドウの歴史に私の名が残ることが保障されたようなものだ。
中立派の中でも私の地位はどんどんと上がっていった。
バベリオに身を置きながらメルセドウの貴族情勢を探るというのも大変なものだが、私なりに動いたつもりだ。
元より他の中立派貴族がAランク塔主である私を利用しないはずがない。
だからこそ私もそれを利用したまでだ。あとは勝手に周りが祀り上げていくだけ。
ダウンノーク伯の【魔術師の塔】をランキングで抜かせたのも大きい。
バベルにおけるメルセドウの勢力図はそれまでダウンノーク伯、つまり貴族派の一強だったのだ。
中立派の私がそれを追い抜いたということは、単にバベルの中だけに留まる話ではなく、メルセドウの貴族情勢にも関わってくる。
中立派の貴族はバベルのことを引き合いに出し、貴族派よりも力があると思い始める。
貴族派は危機感を覚え、第一派閥である王国派に牙を向け始めた。
バベル塔主に王国派がいなかったのもあって、一気に王国派を追い詰めようと動いたのだ。
その派手な動きはメルセドウ貴族界を確かに乱した。このまま貴族派が第一派閥に代わるのではないかと危惧した貴族も多いだろう。
しかし無茶な動きは歪みを
後の貴族派と【魔術師の塔】の失態はそれが原因だと私は思っている。
何にせよ、四年前までは全てが上手く回っていた。
私の都合の良いように【節制の塔】もシンフォニア伯爵家も中立派も、全てが上手くいっていた。
問題はアデル・ロージットが【赤の塔】の塔主になってからだ。ここから全てがおかしくなる。
ロージット公は言わずと知れた王国派の筆頭であり、国王陛下の右腕でもある。
そしてアデルは【メルセドウの神童】と言われるほど学院ではすでにその素養を知らしめていた。
将来的に宮廷魔導士長になるのも確実だと、王国派でない貴族にさえ噂されていたのだ。それほど文武に長けた天才であった。
私も様々な思惑をもって、アデルが塔主となった直後から同盟に誘ってみたりもしたのだが案の定断られた。
私のことをバベル塔主の先達としてではなく、中立派貴族と見ているということだ。
わずか十七歳という年齢にしてどこまで見据えているのか。
一体どんな教育を施したのだロージット公は、と歯噛みしたものだ。
その後の【赤の塔】の急激な躍進は言うまでもない。
間違いなくバベルの歴史に残る活躍であり、歴史上最も戦い続けた同盟であると言えるはずだ。
そしてそれは三年目を迎えた今期も続いている。
【赤】が関わっただけでも十八塔が消えている。
同盟全体で見れば二年強で五十以上の塔が消えているのだ。こんな馬鹿げた話はない。
ダウンノーク伯もその勢いに飲まれた一人だ。
当時【魔術師の塔】はAランク9位。圧倒的な力を持っていたにも関わらず、新進気鋭の同盟に滅ぼされた。
同時にメルセドウ内でもゼノーティア公のエルフ奴隷騒ぎがあり、貴族派はほぼ解体されるほどの打撃を受けた。
アデルがロージット公と動きを合わせたのは間違いない。
ゼノーティア公の捕縛とバベル内の貴族派排除を一気に行ったのだ。策と力を持ってして。
これでバベル内におけるメルセドウの勢力図は私の一強となったわけだが、全く安心できる状態ではない。
バベルにおいても、メルセドウにおいても、だんだんと崖に追い詰められるような状態にある。
【赤の塔】と彼の同盟は先に言ったように相変わらずの躍進を続けている。
すでに【赤】はBランク30位。同盟で見ればBBCCDDという陣容だが、その実はAABBBBでもおかしくはないほどに精強だ。
特に【女帝】の存在が大きすぎる。
なぜアデルの同期にアレよりも強い塔が存在するのか。
なぜ敵対すべき間柄の二塔が仲良く手を取り合ってしまったのか。
私は未だに憤りを覚える。こちらとしては神の悪戯では済まされないのだから。
これと相対せば【戦車】【蒼刃】【魔霧】も太刀打ちできまい。【戦車】は【忍耐】にも勝てるとは思うがな、その程度では全く足りないのだ。
もし戦うのなら私がほぼ一塔だけで、どれだけ凌げるかという状況になる。
現状はまだ私の圧勝だが、やつらの成長速度は尋常ではない。決して油断はできない。
そこへ持って来てさらに悪いことに、前期の塔主総会で【戦車】【魔霧】の二塔がランクアップしてしまったのだ。
これも神の悪戯だとは思うが、タイミングが悪すぎる。
BからA、CからBのランクアップというのは大掛かりな改装が必要となりそれは最低でも半年から一年は掛かるものだ。
その間、同盟としてはほぼ戦えないし、二塔は塔運営に精一杯でほぼ足踏み状態となる。
ランクアップしたからと言って一気に好景気となるわけがない。
つまり【節制】同盟自体がほとんど停止の状態なのだ。
世間では
あの連中も相変わらず戦い続け、成長し続けているというのに。
――私はやつらの迫ってくる足音が聞こえるような気がしていた。
問題はそうしたバベルの中の動きだけではない。メルセドウでも大変な状況にある。
ゼノーティア公の一件から始まった貴族派粛清の流れは、国を乱すことを良しとしない国王陛下が、ロージット公の忠言を受け大鉈を振るった結果である。
今までも貴族派が目障りだったに違いない。しかし国を思って目を瞑ってきたのだ。政治の中核となる貴族を排除するわけにはいかないと。
ところがゼノーティア公が一線を越えた為に罰せざるを得なくなった。
陛下は諦めたのだ。国を乱してでも粛清しなければならないと。
例えそれが国を一時的に衰退させる決断だったとしても、今やらなければならない。そう思ったはずだ。
実際、多くの貴族派が罰せられ、継爵や降格、徐爵となった貴族もいる。
仮に家が存続していても貴族派としての力はないに等しい。
そしてメルセドウ貴族は王国派と中立派だけが残った……とそれで終わりではない。
陛下はこの機にメルセドウの膿を出し尽くしてしまおうと考えた。
どうせ国の内政は乱れ、一時的に衰退するのであれば一気に鉈を振るうべきだと。
それがロージット公の言によるものなのか、陛下ご自身のお考えかは分からないが。
早い話、陛下の刃先が中立派にも向けられたのだ。
それは貴族派の一件の沙汰が終わって、そろそろ落ち着くかといった頃。つい数日前に私の耳に入った話だ。
中立派は王国派と貴族派の間を蝙蝠のように行き交う者。
互いの動きを観察し、時に寄り添い、時に蹴落とし、そうしてメルセドウ貴族界に生きてきた者たちだ。
悪く言えば長いものに巻かれる。良く言えば機を見るに敏。それが中立派の本質だと思っている。
中立派筆頭であるスーロン侯も長年に渡りメルセドウ貴族界を生き抜いてきた重鎮。
権力と金の使い方が上手く、私のシンフォニア家もその恩恵に肖って来た。
もちろん悪事もしている。しない貴族のほうが珍しいだろう。そんなことは誰にでも分かることだ。
そして陛下が国の膿を出し尽くそうとした時、最初に目を付けたのがスーロン侯だったというわけだ。
当然だ。粛清を考えれば王国派よりも中立派を標的とするだろうし、誰から先にと見ればスーロン侯しかいない。私が陛下の立場でもそうする。
聞いた話ではまだ査察が入りそうだとか、そのような噂が流れているだけだと言う。
しかし早いうちに動かれるのではないか。ゼノーティア公の時のように――そういう気配もしているらしい。
私の元に来た手紙にはただ【赤の塔】及び彼の同盟をどうにか潰してくれとしか書かれていなかった。
それはそうだ。私がバベルにいながら出来る手など限られている。
メルセドウの情報を探りつつ貴族界に関与するには圧倒的に時間が足りないのだ。私が知るよりも早く動かれればお終いなのだから。こちらではどうしようもない。
スーロン侯もそれを分かっているから、私はバベルのことだけに集中しろと仰っている。
危機的状況を覆すのは反撃の一撃しかない。
分かりやすくそれを示せるのは私だけなのだ。
【節制の塔】が【赤の塔】を斃す。中立派が王国派を斃す。それは中立派にとって最も大きな武器になるのだから。
私と同じように【戦車】のデルトーニの元にもそういったメルセドウの内情を報せる手紙が届いたようだ。
パッツォ侯はスーロン侯と最も近しい人物だからな。息子であるデルトーニにも報せたのだろう。
同じように「【赤の塔】を早く潰せ」と言われているらしい。そうなるのも当然だが。
今まではスーロン侯もパッツォ侯も、そのように急かすことなどなかった。
ダウンノーク伯が一強の時も、アデル・ロージットが連戦連勝となっても、我々に命令するような真似はしなかった。
それは私がずっと説明し続けたおかげでバベルの塔主というものをよく知っていたからだ。
簡単に塔同士が戦うことなど出来ない。簡単に塔を成長させることなど出来ない。
バベルには塔主にしか見えない理があり、それが故に縛られていくものなのだ。強くなればなるほどに。
そうした不透明で曖昧な部分をもスーロン侯はある程度分かっていた。
しかし今回は手紙で急かしてきたのだ。それほどの事態であると私も危機感を覚えた。
『しかしアズーリオ様、本当に仕掛けるのですか、あの同盟に』
『仕掛けるにしても時期が悪すぎる。せめて私の【戦車の塔】がある程度完成するまで時間が欲しいところです』
『
同盟の皆も慌てた様子が窺える。誰もが危機感を持っているのだ。
実家が無くなるかもしれない。肉親が消えるかもしれない。
ゼノーティア公の一件があるから余計にそう思っているのだろう。
私も他人のことは言えない。どうにかしなければな。
まずは改めてデルトーニに探らせてみるか……。
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