194:シルビアさんは沢山勉強します!



■シルビア・アイスエッジ 22歳

■第501期 Eランク【六花の塔】塔主



「――という感じで、侵入者は右に気をとられますから左側の罠に掛かりやすいと」


「シャルロット殿、スイッチの場所が基本のものより遠くないですか?」


「普通の罠って前衛の人ばかりに当たるじゃないですか。でもこうしてずらしておくと後衛の人に当たりやすいんですよ。まぁドロシーさんの受け売りですけど」


「はぁ~なるほど。勉強になります」


「これを応用すると塔主戦争バトルで大軍相手でもある程度狙いをつけられるので試しておいたほうがいいですよ」



 自塔紹介の流れから【女帝の塔】の説明を受けることになった。画面を開き、塔内の様子を映しつつシャルロット殿は懇切丁寧に教えてくださる。

 新米塔主の私からすれば心底為になるものばかり。それを必死にメモをとりながら見聞きしている。


 もちろん塔構成も罠も【女帝の塔】特有のものであるからして【六花の塔】にそのまま流用できるというわけではない。

 しかし【女帝の塔】は『大成功を収めている塔構成』を持った塔だ。正解の載った教本と同じだな。


 特に<帝政統治>という限定スキルを活かすべく計算された塔構成に拘っているらしく、侵入者の動きを捉え、どこでTPを稼ぐかを研究しているらしいのだが、それは魔物や罠の配置にも表れている。


 そしてそれこそ私が求めていた塔構成の姿と言っても過言ではないのだと、聞いていて思うのだ。

 塔主とはこれほど細かく、これほど考えて塔を創るべきなのだと喝を入れられた気分だ。



 三階層『地下牢獄』や四階層『トラップ回廊』はドロシー殿の知恵もあり、難解な罠が多い。非常に緻密な配置になっている。これは探索もさぞかし困難だろう。


 六階層『城内探索』は【世沸者の塔】の簡易版とのことだが、ここもそうだ。ギミックを用いて階層中を右へ左へと侵入者を動かす。本家の【世沸者の塔】がどれほどのものか気になるところだ。


 七階層以上は魔物が一気に強くなる。八階層『ダンスホール』などとても抜けられる気がしないし、九階層に至っては全てのクイーンを討伐しないと大ボス部屋に入れない構造になっている。これは私の元パーティーでも無理だ。



 全体的に『女帝の住まう城』というコンセプトがはっきりしているのも素晴らしい。

 帝都から城に侵入し、地下から庭園へ抜け、城内を巡りやがて最上階へ――という一連の流れが塔構成によって創られている。


 私も様々な塔に挑戦しているがここまで見事な塔は見たことがない。

 構成に対する拘りと言うか、コンセプトを大事にすることでこうも美しい塔が出来上がるのかと。

 一階層の壁画や飾り盾、最上階の旗などもその一環なのだろう。全ては【女帝】の演出なのだ。



「私は自分の塔というより、エメリーさんやクイーンの皆さんと一緒に住む『城』のつもりで創っていますから。やっぱり女王様たちがいるのに変な塔構成には出来ないじゃないですか。ですから意見を取り入れつつ色々拘っているんですけどね」



 シャルロット殿はさも普通のことのようにそう仰る。

 塔ではなく自分と眷属のための住処か。そう聞くと納得できる部分もある。

 私とて不格好な家に住まうのは気分が良くないからな。


 それに加え、意見を出すクイーンと、意見を取り入れる女帝というのがまたこの塔の特異なところなのだろう。

 なかなか普通の塔主にできることではない。


 塔に適した地形を置き、そこに適した魔物と罠を置く。一階層から順々に難しくなるよう並べれば、それが普通のバベルの『塔』だ。そうする塔主が多いだろうし、私もその一人だ。


 しかし【女帝の塔】はそれ以前にコンセプトが存在していると。

 塔に対する考えがそもそも違い、それを実行する手段があり、実現できるだけの力がある。


 ――敗北感に似た感動。この感情は私にもよく分からないものだった。



「今度他の四塔も見て回ったらいいですわ。もっとも最初に【女帝の塔】を見てしまったら感動は減るでしょうけれどね」


「いえそんな、是非ともお願いします」


「それぞれの塔で強みがあんねんから無駄にはならんやろ。特に【輝翼の塔】は見た方がいいと思うし」


「氷雪階層は五・六階層だけじゃがのう。鳥を扱うならば見たほうがいいかもしれん」



 皆、私ごとき新米に惜し気もなく情報を与えて下さる。

 冒険者だった頃のパーティーメンバーに近い感覚。

 同盟がこんなに暖かいものだとは……いや、この同盟が特殊なのだろうが。



「あ、そろそろかけ直しておきますね。<炎の波動フレイムウェイブ>」


「シャルロット殿、先ほどから思いましたがなぜ戦時でもないのに【付与魔法】を……」



 塔に来てからすぐ、同じようにバフを掛けられたのだが、それから何回か繰り返されている。私だけではなく同盟者全員にだ。


 こう言っては何だが【付与魔法】というのは所謂『使えない魔法』だ。

 周囲から馬鹿にされることもあるので仮に使えても、使えることを隠すほど。特にメルセドウではそういった風潮があった。

 シャルロット殿が使えるのも意外だし、それを戦時でもない今使っているのも理解できない。



「そうですね、じゃあ塔の説明も終わりましたし次は限定スキルのお勉強にしますか」



 限定スキル? 付与魔法の話からなぜ限定スキルの話になるのだ。

 訝しんだままではあるが勉強ということならば学ばないわけにはいかない。

 私は新たな紙を取り出し、書く準備を整えた。今日は何枚必要になるのだろうか。



「私たちが限定スキルに対して取り組みだしたのは【風】同盟と戦う前、相手のヴォルドックさんに限定スキルをかけられてからです」


「【風】のヴォルドックが限定スキルを取得していたのですか」


「はい。簡単に言えば『一時的に相手の目耳を覗くことができる』というスキルで、それに私が掛けられちゃったんですよ」



 シャルロット殿は苦笑いでそう仰るがとても笑える話ではない。大事おおごとだ。

 つまりシャルロット殿の見たこと聞いたことが敵に筒抜けだったということだろう。


 あの同盟戦ストルグはノノア殿を虐めから助ける為だったと伺っているが、それに加えて報復の意味合いもあったということか?


 そう聞くと、それも間違いではないらしい。

 ノノア殿を『弱者』として扱う一方で、目障りな新参同盟を潰す算段をしていたのだろうと。その標的となったのがシャルロット殿になったわけだ。



 シャルロット殿は限定スキルが掛けられたことに気付けなかった。ただ握手をしただけだと言う。

 唯一気付いたのはフッツィル殿。スキル使用時のわずかな魔力の乱れをファムが感知したのだとか。

 それだけでファムという小精霊がいかに優秀かが分かる。それを扱えるハイエルフの恐ろしさもな。


 ただ限定スキルが掛けられたのは分かっても解除する方法が分からない。

 そこでフッツィル殿はシャルロット殿に何も伝えないまま早々に同盟戦ストルグを仕掛けることにしたという。



「えっ、教えなかったのですか!?」


「教えたら向こうに『知られている』とバレるじゃろう。確実に解除する方法が斃す以外にないのじゃから、シャルから情報を漏らせつつ斃すしかない」



 フッツィル殿はアデル様と協力し、作戦の詳細をシャルロット殿に秘したまま同盟戦ストルグに挑んだという。


 作戦を知らされず戦うはめになったシャルロット殿に同情もするが、よくぞそこまで信頼できたとも思う。互いに。

 しかも相手はBランクの【風の塔】で【白雷獣】ディンバー王がいるのだ。明らかな格上だったろうに。


 ともかくそういった苦労があり、限定スキルの恐ろしさを直に触れたアデル様たちはそれを防ぐ術を探し始める。


 そしてシャルロット殿が【世界の塔】レイチェルとの会談にいきなり呼ばれ、その席で限定スキルに関して色々とお聞きしたらしい。

 ここで出て来るのか、【バベルの頂点】レイチェル・サンデボンが。



「レイチェル様でさえも未だに限定スキルの確実な対処法というのは分からないそうですわ。どんなスキルが存在するのかが分からない以上、対処のしようがないと言ったほうが正しいのでしょうけれど」


「ですがレイチェルさんなりの対処法というのは教えて頂きました。一番確実なのは『対抗できる限定スキルを取得する』ということなのですが……」


「そんなTP持っとるわけないし、そもそも取得できるのはその塔に限定された三つだけ。その中に運良く『限定スキル対策になる防御型スキル』があるとは限らんし」


「だ、だから『防ぐ方法』となると、『周囲の魔力を乱す魔法かスキル』で予防するくらいしかないんですよね……」


「その魔法こそが【付与魔法】であり、この中で使えるのはシャルだけということじゃな」



 はぁ~、なるほど。ようやく合点がいった。

 つまりシャルロット殿は私に限定スキルが掛けられないように予防の目的でバフを掛けていたのか。

 直接触れずとも発動できるスキルがあるかもしれないと、その可能性を考慮している。


 じゃあ他の皆さんは普段どうしているのかとお聞きすれば『周囲の魔力を乱すスキル』を持つ魔物をすでに持っているそうだ。優先的に召喚したらしい。


 それは<火科領域>などの属性バフの効果を持つスキルで、属性魔法の得意な魔物が持っていることがあるのだとか。

 確かジャックが<水科領域>を持っていたな。それで大丈夫なのだろうか。



「あとは『防ぐ方法』ではなく『掛けられたと知る方法』に近いですが、一つは<悪意感知>のスキル。これは神聖属性の魔物が持っていることが多いそうです。同盟の皆さんはすでに召喚しています」


「神聖属性ですか……私のリストにいるのか調べなければ……」


「わたくしが調べた限りでは氷貴精レーシー(A)ですわね。【六花の塔】ならば召喚できるでしょう?」



 事前に調べていて下さったというのか! さすがアデル様……。

 たしかに氷貴精レーシーという魔物は召喚可能だったと思う。Aランクなど高価すぎて見向きもしなかったが……。



「他に神聖属性の魔物がいるかは分かりませんわ。探してみればいるのかもしれませんし」


「分かりました。今度調べておきます」


「なければ<魔力感知>が得意な魔物でも一応は代用できますわよ。おそらくジャックフロストジャックでも持っているのではないですかね。しばらくはジャックを身近に置いて警戒させておけばいいですわ」



 ジャックが<水科領域>に加え<魔力感知>を持っているのは知っている。

 アデル様から宝珠オーブへの魔力補充のことを言われたので召喚したわけだが、こう聞くと最初に精霊を眷属化しておいて大正解だな。

 なるほどジャックの存在自体が限定スキルの予防にもなるわけか。随分と負担をかけそうだがな。


 となれば私も神聖属性の魔物を召喚しておくべきだろう。氷貴精レーシーとなるとTPを溜めないと無理だが……。


 それと私の取得できる限定スキルも今のうちに確認しておくべきだろうな。

 そこに防御型のスキルがあれば目標と定めておくべきだ。



「あとは『限定スキルを掛けられた場合の解除手段』ですが、今のところフゥさんのアイダウェドブリングにお願いするしかありません」


「ブリングというと……固有魔物のドラゴンですか」


「『咆哮で相手のスキルや魔法を無効化する』というスキルを持っておる。しかし限定スキルに対して有効なのかは分からぬから、一応解除手段を持っているというくらいじゃな」



 なんと、そのようなドラゴンがいるとは……。


 しかし今日一日でフッツィル殿の印象がガラリと変わったな。同盟四番手という影に隠れながら全ての面において水準が高い。

 ハイエルフ、ファムによる情報収集、同盟戦ストルグの作戦立案、塔構成と戦力。500期でなければ確実に一強の存在だろう。



「まぁいくら気を付けたところで確実に防ぐことなど不可能ですがね。レイチェル様曰く『相手眷属と自爆することで相手塔主を殺すスキル』などもあったそうですから。それをされたらどうしようもありませんわよ」



 ……な、なんなんだそのスキルは。


 ……なるほどだから出来る対策に必死にもなるというわけか。


 ……本当に、バベルというものは知れば知るほど恐ろしくなる場所なのだな。



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