426:同盟戦を終えて~赤編~
■アデル・ロージット 19歳
■第500期 Bランク【赤の塔】塔主
わたくしは【節制の塔】アズーリオ・シンフォニア伯という男をかなり評価しております。
貴族らしい貴族として非常に優秀だと。
その上で塔主らしい塔主としても優秀なのは間違いありません。
メルセドウ貴族の中でも中立派というのは立ち位置が難しいもので、良く言えば世渡り上手な者しか生き延びることは出来ません。
目耳に敏く、王国派と貴族派の間を延々と彷徨い続けるのは情報収集力や対応力が求められますし、少なくとも頭が良くないと貴族として地位を上げることは出来ません。
一歩間違えれば巨大派閥に押しつぶされてしまうのですから、情勢や他貴族の動きを見てから対処していかなければ貴族としての立場は危うくなる一方なのです。
その中でシンフォニア伯は中立派内での地位を上げ続け、同時に中立派自体を大きくさせていきました。
塔主になった頃はまだ二十歳にも満たないただの伯爵長子。
それが驚異的な速度で塔を成長させ、継爵をし、伯爵位へ陞爵を経て、今や中立派でも中枢を担う一人となっております。
メルセドウから遠く離れたバベリオで、塔主としても貴族としても大成するというのは異常です。
ただでさえ中立派貴族として生きるのが難しいのに。ただでさえバベルには【魔術師の塔】があったのに。
それが今や中立派の上位でもあり、【節制の塔】はAランク5位(昨年後期時点)ですからね。素直に称賛いたしますわ。
なぜそんなことが可能だったのか。
簡単に言えば、シンフォニア伯が情報収集力・考察力・対応力に優れているからだとわたくしは思っております。
貴族としても塔主としても。
貴族のことは一度置いておきまして塔主の面だけでお話しますと、当時メルセドウ貴族の塔主として一強の存在であった【魔術師】ケィヒル・ダウンノーク伯に追いつき、追い越すというのは本来不可能なのです。
もちろんシンフォニア伯が塔主となってから中立派塔主の面々が揃い【節制】同盟が出来たというのもそうなのですが、それにしても【魔術師】の壁は高い。
普通に塔運営をしていただけでは追いつくのも無理ですし、かと言って無茶をすれば簡単に死ぬのがバベル塔主というものです。
シンフォニア伯は枝分かれした細い道を、迷わずに走り抜け、【節制の塔】を成長させたということですわね。
しかもメルセドウ貴族として、中立派貴族として生きながら、です。
いかに困難な事を成しているのか。それはわたくしにも分かっているつもりです。
わたくしの現状も似たようなものだと自覚しておりますが、わたくしの場合、最初からジータがおりましたし、才能が豊かすぎる同盟の面々と出会うことも出来ました。
わたくしも塔主として優秀な部類だとは思っておりますけれどね。それだけで伸し上れるほどバベルは甘くないのです。
仮にシンフォニア伯とわたくしが同じくらい優秀だとして、同盟の面子を見比べてみれば我々の圧勝です。比べるまでもないくらいの差があります。
【戦車】のデルトーニも、【蒼刃】のクァンタも、【魔霧】のゾロアも決して無能ではありませんが、三人足してもフッツィルさんお一人の才には勝てないでしょう。わたくしはそう思っております。
つまり何が言いたいかといいますと、シンフォニア伯は情報を集める術を持っているということですわね。
バベルにおける情報の優位性は言うまでもありませんし、中立派貴族としても同じです。生きるために情報収集は欠かせない。
集めたところでそれを精査出来なければ意味がないのですが、シンフォニア伯には精査し考察し対応するための頭が備わっていたと……そうわたくしは考えております。
その術とは何か――間違いなく諜報型限定スキルですわね。
それだけでは足りない気もしますが、最低限何かしらの限定スキルは持っているでしょう。
あの同盟には
ただ【風】のヴォルドックや【空城】のヘルロック伯の持っていたような諜報型限定スキルとは少し違うでしょう。
まぁ限定スキルは塔ごとに違っていて当たり前なのですが、「ただの覗き見、盗み聞き」「ただの塔構成・戦力の看破」というだけではないと思います。
その程度の能力であれば、【節制の塔】が【魔術師の塔】を追い抜いてAランク5位まで上り詰めることなど出来ません。
いかにシンフォニア伯が優秀だとしても、です。
中立派としてメルセドウの動きを把握することも出来ませんしね。収集する情報量が足りませんから。
おそらくシンフォニア伯はわたくしたちの情報をすでにお持ちでしょう。
塔構成、戦力、策、あらゆることが知られているという前提でいるべきです。実際どこまで知っているかはさておき。
それもあってわたくしは【空城】同盟戦、
皆さんには適当にそれっぽい理由を述べましたけどね。
ドロシーさんやフッツィルさんにはバレているかもしれませんが、余計なことは仰らないだろうと信じております。
シンフォニア伯にとって【
喫緊にわたくしたちと戦うのが決まっているからこそ、直前に起こった
むしろその為に、先んじて定型文のような
戦う意思を示し、かと言ってすぐ戦うことはせず、先に【空城】同盟と戦わせることで情報を得ようと。
シンフォニア伯ならばそれくらいやりかねません。
わたくしたちが【節制】同盟に勝つために最低限必要なのは、″【節制】同盟以上の局所戦力の確保″と″集団知による策″です。
いくらこちらの情報を持っていようが覆せない、絶対的な差があればいい。
まぁ戦力などそれこそ【節制】が飛び抜けているわけですが同盟と考えればまた変わりますからね。
ですのでわたくしは考えたのです。
【空城】同盟戦では特級戦力たる
【節制】同盟と戦う時になって初めて見せる、くらいのことはしたいのです。
まぁ今までわたくしたちを探っていたのであればエメリーさんの強さはご存じかもしれないですが、『シャルロットさんが【節制】同盟戦の直前に召喚した魔物を前線指揮するエメリーさん』というのは測れないわけですからね。
魔物が変われば部隊編成も変わる。ユーティリティなエメリーさんはその都度動きを変えるわけです。
そうなった時、シンフォニア伯は対応出来ますかね? わたくしは出来ないと思います。
そういったわけで
これはわたくしたちのミスでもあるのですが、デメリットと共にメリットもありました。
強大な固有魔物たちが、ほとんど力を発揮させずに完勝できた、ということです。
ターニア様も、バートリも、クルックーも、パルテアも、ヨギィも、ペロも、ウリエルも、全て片手間で戦っていただけです。
シンフォニア伯がこの戦いを見ても、″固有魔物の全力″というのは不明のまま。
そして
そこで負けていては戦えません。最低限必要なラインなのですから。
逆にシンフォニア伯はそれでもわたくしたちと戦わなければなりません。中立派と家の危機なのですから。
いくら情報が不足していても、いくらわたくしたちの力が強くても、いくら条文が不利になっても、戦うしかないのです。
情報収集とそれを元にした戦略。
シンフォニア伯は今までそれを武器として伸し上ってきたはずです。貴族としても塔主としても。
しかしそれは「情報に依存しすぎる」という欠点も生み出します。
ファムに頼ってばかりだったわたくしたちや、限定スキルに依存した【風】同盟も同じですわね。もしかしたら【影】や【隠者】も同様かもしれませんが。
諜報型限定スキルというのは便利で強力であるが故に、弱点にも成りうるのですよ。
わたくしは出来るだけそれを利用するつもりでおります。
はたしてシンフォニア伯はどこまで対応できますかね。可能ならば驚く顔が見たいところですわ。
「報酬TPは温存するのか? ヴァナラとか召喚するんじゃねえのか?」
「【節制】同盟戦がどう転ぶか分かりませんからね。やるとしても直前ですわよ」
「せっかく森階層を創ったのになぁ」
「マナガルムたちが【女帝の塔】の五・六階層で戦えると分かったのは僥倖でしたわね。とりあえずこちらの森階層も狼の住処としておきます」
ジータにも下手な事は伝えられませんわね。
事実は伝えても、一番隠しておきたいところは隠し通す。それが身近な
わたくしの″言葉足らず″を同盟の皆さんはどれくらい分かって下さるでしょうかね。
ドロシーさんやフッツィルさんでしたら「アデルは何か考えている」くらいは分かると思いますけれど。
シャルロットさんは……考えるまでもないですわね。
あの方は今まで通り、全信頼・全肯定で真っすぐ突き進んでもらったほうがいい。それが強みですから。
あまり突き進んでしまわれるとわたくしが追いつけなくなってしまいますので多少は控えてもらいたいのですがね……今は我慢しておいて差し上げますわ。
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