第二十一章 女帝の塔の周りはいつも慌ただしい!

389:合同訓練会です!



■セリオ・ヒッツベル 24歳

■第499期 Cランク【審判の塔】塔主



「あらあらまあまあすごいわね~! シャルロットさんはあれが見えるのですか?」


「いえ、エメリーの戦闘は見慣れていますけどさすがに……残像程度ですね」


「セリオちゃんは~?」


「……何かが動いているな、くらいしか分かりませんよ」



 あまり日を置かずして僕らは『訓練の間』にいた。

 ティナにとって初めてと言えるだろう、ちゃんとした・・・・・・訓練の為だ。


 僕とルサールカミリア、伯母上とティナ、シャルロットとエメリー、そしてアデルとジータがいる。

 アデルに関してはやっぱり来たかという感じだ。

 聞けばやはりジータがティナと戦いたいと騒いでいたらしい。


 バベリオの街に出掛けた時にも思ったがジータは相当な戦闘狂だな。英雄譚のイメージとは少し違う。

 まぁそれくらいでなければ英雄と呼ばれるほどの戦果など挙げられないのかもしれない。

 戦い続け、勝ち続けたからこそ【英雄】ジータなのだろうな。



 とは言え主目的はあくまでティナの訓練。神定英雄サンクリオ特有の『頭と身体のアジャスト作業』だ。

 相手はやはり異世界で毎日のように模擬戦相手となっていたエメリーが相応しいということで、まずは二人が戦い始めた。


 エメリーとしてもティナという強者相手に訓練しておきたい気持ちもあると言う。

 それはシャルロットが言っていたことだが。


 あれだけ塔主戦争バトルを繰り返していても足りないということなのだろうな。

 エメリーの実力に見合う相手でなければ訓練にもならない。

 Sランク固有魔物でも不足。【雷鳴卿】ジェンダ・エルトーザでも不足となれば、エメリーにとってもティナという存在がどれほど貴重なのか分かるというもの。


 強大な力を持った神定英雄サンクリオ故の苦労。それを賜った塔主の苦労。

 傍から見ているだけではなかなか理解しにくいところではある。



 エメリーは四腕にそれぞれミスリルソード、ティナもミスリルレイピアの双剣だ。

 いくら『訓練の間』が死なないように出来ているからと言って、真剣で戦い合って大丈夫なのかと聞いたのだが、どうやら普段からこの調子らしい。

 達人ともなると真剣を使って模擬戦をしても皮一枚のところで寸止めできるから決して傷つけるようなことはないそうだ。僕には理解の出来ない世界だな。


 そうして今は二人が打ちあい、他の者は部屋の隅から眺めているわけだが……何をやっているのかさっぱり分からん。

 風が斬り割く音と、連続した金属音が響くだけで、あとはもう「何かが動いている」くらいしか見えん。

 シャルロットは残像に見えるそうだが僕にはそれも無理だ。慣れれば見えるものなのだろうか……。



「ジータはあれ見えますの?」


「ここからでかろうじてだな。実際に対面したらろくに見えないだろう。エメリーの姉ちゃんはまだマシだがティナの嬢ちゃんが半端じゃねえな」


「エメリーさんには十秒もつとしてティナさんでは?」


「とりあえず一秒で刺されるとして、あとはその威力次第じゃねえか?」


「はぁ、困ったものですわね」



 アデルとジータはそんな会話をしている。ジータとて【雷鳴卿】と同じく世界的に有名な英雄に違いない。

 しかしあの侍女二名と比べたら即殺されるレベルなのか。

 アデルとしても心中複雑だろうな。自塔の最高戦力が他塔の最高戦力に敵わないと見せつけられているのだから。


 まぁ僕はアデル以上に複雑なのだが……うちのイェグディエル(★S)はジータにも勝てないかもしれないのだし。



 エメリーとティナはたっぷり十分ほど打ちあって、ようやく止まった。

 汗一つかかず、息切れすらしていないことがその化け物っぷりを示している。

 そしてエメリーがこう言うのだ。



「全くダメですね。弱いままではないですか」



 何を言っているのだこいつは。そう思ったのは僕だけではないと信じたい。おそらく見守っている全員が同じ気持ちのはずだ。



「うぅ、仕方ないじゃん。これでも動けるようになったほうなんだよぅ」


「まぁ打ちあっているうちに動きが良くなっていっているのは分かりました。やはりこの稽古はなるべく続けるべきですね。わたくしにとっても有意義ですし」


「よっしゃ! 次は俺の番だな!」


「ジータ様がいきなりティナの相手をすると互いに危険ですからまずはわたくしがお相手します。ティナはよく見ていなさい」


「はぁい」



 そうして今度はエメリーとジータが戦い始めた。それからティナとジータが戦うらしい。

 三人でローテーションするのだな。

 ジータばかりが格上と稽古するような形となるが、ティナにとっても悪いことではない。

 この世界の神定英雄サンクリオはどの程度の実力なのかを知っておく良い機会なのだから。

 ……まぁジータはその中でもトップクラスなのだろうがな。



「シャルロット殿、アデル殿、改めて御礼を。こうして胸を貸して頂けるのはティナさんにとっても【風雷の塔】にとってもありがたい事なのだと身を持って感じました」


「それはエメリーにとっても同じことです。それこそ眷属やジータさんくらいしか訓練相手はおりませんし」


「エメリーさんにとってはジータでも不足ですものね。わたくしとジータは一方的に得してるだけですわ」



 シャルロットの眷属はSランク固有魔物のクイーン種なのだろうな。

 【雷鳴卿】に勝ったのもその眷属で間違いないだろう。ジータとどちらが上なのか気になるところだ。



「それにしてもティナさんはすごいですわね。さすが侍女内最強、【剣聖】と言われるだけのことはあります」


「えっ、【剣聖】……ですか? それに侍女内最強はエメリーさんなのでは……私たちはティナさんからそうお聞きしましたが」


「そうなのですか? 私はティナさんが最強だと聞きましたけど……」



 どうやらティナとエメリーはお互いを最強だと伝えていたらしい。

 リスペクトあってのものなのか、条件によって変わるのかは分からない。

 僕からしてみれば「どっちもとんでもなく強い」としか分からないので判断できないのだが。



 それと【剣聖】についても聞いてみた。

 ティナは異世界でそのような異名を持っていたらしいのだ。初耳である。

 まぁ自分から「私の異名は――」などと言うわけがないか。見栄を張るタイプでもないし。


 その後、エメリーから【剣聖】の由来についても聞いた。

 なんでも異世界には【剣聖】と言われる世界最強と名高い双剣使いがいたらしいのだが、それは『ご主人様』が斃したらしい。

 その剣技を引き継ぐべく、『ご主人様』は八歳のティナに双剣技を学ばせ、訓練を施した結果、初めて『ご主人様』から模擬戦で一本をとれるほどの実力者になったそうだ。

 つまり『ご主人様』を抜かせば『世界一の剣士』に違いなく、だから【剣聖】と言われていると。


 ちなみにエメリーは『ご主人様』から一本をとったことはないと言う。

 だからエメリーはティナを『侍女内最強』だと言い、対してティナは模擬戦でエメリーに負け越しているから『エメリーが侍女内最強』だと言っているようだ。

 どちらも間違っていないということか。



「それでジータ、ティナさんはどうでしたの?」


「いや速すぎだろ。目が慣れても身体が追いつかねえよ。どうしても遅れちまう」


「それでもある程度は対応出来ていたではないですか。さすがはジータ様ですよ」


「あんま嬉しくねえんだよなぁ……あれでまだアジャスト仕上がってねえんだろ? 俺が慣れるよりも嬢ちゃんのアジャストのほうが早いだろうし、そうなると差が開く一方じゃねえか」



 ジータは相当悔しそうだ。

 ただでさえ強い相手がさらに強くなることが分かっているのだと。

 そこら辺の感覚は僕には分からない。雲の上の会話だな。



「攻撃はエメリーの姉ちゃんのほうが重いんだけどな、速すぎて対応できねえってのは俺との相性が悪すぎる。まぁ訓練としちゃあ最高なんだが」


「それほどですのね。エメリーさん、ティナさんはどれくらいでアジャストしそうですの?」


「そうですね……週に一回わたくしと稽古するとして半年もあればさすがに慣れるでしょう」


「できるかなぁ……私はちょっと不安なんだけど……」


「自主練をしっかりとやることです。定期的にわたくしが見て、さぼっていないか確認しますからね」


「はぁい」



 あれだけ強いティナがエメリーの前だと形無しだな。さすが侍女長様といったところか。

 ティナの訓練はもうエメリーに全面的に任せたほうがいい気がしている。

 少なくとも僕や伯母上ではティナを強くすることなど出来ないからな。



「エメリーお姉ちゃん、魔剣も使っておきたいんだけど」


「そうなるとわたくしも魔剣を使わざるを得ないのですがね……お嬢様、使ってもよろしいですか?」


「大丈夫ですか? 『訓練の間』でティナさんが死ぬことはないですけど侍女服がダメになったら補修できないですよ?」


「わたくしは魔力を籠めませんので。魔剣が相手ですと魔竜剣でも刃こぼれする危険がありますのでご了承下さい」


「分かりました。くれぐれもお気をつけて」



 僕たちは部屋の壁際まで下がっていてくれと言われた。かつてない警戒の仕方だ。

 シャルロットもアデルもジータもかなり真剣な面持ちになっている。


 魔剣のことはある程度聞いている。

 ティナの【魔剣アドラメレク】は雷を纏って素早く攻撃できる代物だと。

 一方で周囲に危険を及ぼすものだから迂闊に使用することはエメリーに禁じられていた。


 エメリーは黒いハルバードを二腕で持ち、残りの二腕で二本のハルバードを持っている。造形は瓜二つだが両手持ちのほうがおそらく魔剣だろう。

 一方のティナは右手武器を魔剣、左手武器を魔竜剣に変えた。これが本来のスタイルのはずだ。



 エメリーの「いつでもどうぞ」という声と共に、まずティナが変化・・する。

 バリバリと音を立てて身体が光り始め、見るからに放電しているのが分かる。

 体勢を低く構えた姿は、まさしく″雷獣″だ。


 そこから先は僕に見えるものではなかった。稲妻が所狭しと暴れているように見えただけだ。

 おそらくエメリーはあの手この手で防ぎ、躱し、攻撃しているのだろうと想像はつく。

 たった一分程度の短い模擬戦ではあったが、今までの目に追えない模擬戦がただの準備運動に思えるほどのものだった。


 反省会をしながらこちらへと歩いてくる二人は至って普通に見えるが、僕たちはどうしても身構えてしまっていた。本当にもう近寄って大丈夫なものなのかと。



「ティナ、【風雷の塔】に神聖魔法使いはいるのですか?」


「あっ……忘れてた。回復薬は、使っちゃダメ、だよね?」


「ダメに決まっているでしょう。ここにユアはいないのですから。仕方ないですね、セリオ様、よろしければ帰り際にティナの回復をお願いしてもよろしいでしょうか。無理でしたら一度【女帝の塔】の入口までお越し願えれば……」



 どういうことかと聞けば、ティナは魔剣を使うとどんどん体力が減るらしいのだ。だから一分程度で止めたのだと。

 それは知らなかったな……ティナの説明不足と言うか、僕らの情報収集不足と言うか。

 もちろん頼みは了承した。帰り際にうちのイェグディエルに回復してもらおう。


 そうして初めての模擬戦交流会は終了した。

 なるべく行う価値があると分かっただけでも僥倖だ。

 また来週。僕らはその機会をありがたく受けさせて頂こう。



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