390:ジータさんがまた飲みに行きます!
■ジータ・デロイト
■【赤の塔】塔主アデルの
ティナの嬢ちゃんとの訓練はなかなかに得難いものだった。
あれはエメリーの姉ちゃんにも出来ない戦い方だったからな。
エメリーの姉ちゃんは器用に何でも熟すタイプだが基本的には手数の多さで攻める戦い方だ。
もちろん攻撃力や速度も尋常じゃねえんだが、俺に合わせてくれてるのもあっていわゆる
姉ちゃんは師匠みたいな立ち回りをずっとしてくれるわけだ。あくまで俺の訓練であると。これは素直にありがたい。
一方でティナの嬢ちゃんも手加減はしてくれてても、まるで意味合いが違う。
俺を敵の
そうして襲ってくるそれは正に″風雷″の如し。素早く鋭い。
とは言え踏み込みや攻撃は″風雷″でも、回避や体捌きは″水″なんだよな。
【傲慢】の
そこら辺が【剣聖】と言われる所以なんじゃねえかと思っている。
剣捌きも見事なものでレイピアだから当然突きが多いんだが、左手は防御、右手は攻撃と使い分けているらしい。長さも取り回しも違うしな。
エメリーの姉ちゃんの場合は四本腕で攻撃・防御と満遍なく熟せるんだが――そっちのほうが敵からしたら嫌なもんだが――嬢ちゃんは左右の使い分けが決まっているからこそ徹底した力強さがある。
ちゃんとした双剣の剣捌きに見えるってことだな。俺視点だと。
獣人特有の筋力・敏捷性・獰猛さ、そういったものもある。兎だからそうは見えねえんだけど。
そこら辺がエメリーの姉ちゃんとの違い。
今はエメリーの姉ちゃんのほうが強いんだろうが、その姉ちゃんが『最強』と呼ぶのも分かる気がした。
たしかにアジャスト仕上がったらエメリーの姉ちゃんを越えてもおかしくはねえと。
俺からすりゃあありがたい限りだ。タイプの違う二人の強者、遥かに高い壁が身近にあるんだからな。
こんなに訓練しやすい環境はないだろう。
【赤の塔】の
俺は生前よりも強くなれる。
まさかそんなことが可能だとは二回の
何回も死なねえと分からないことってのもあるんだな。三回目にして初めて知ったぜ。
そんな機嫌の良いある日、俺は営業終了後に街に出た。
いつもの飲み屋が目的だ。今は二週に一回くらいのペースで通っている。
「おっ、生ジータじゃん! ひっさしぶりー!」
「ん? 何だい、ホントにジータじゃないか。いらっしゃい」
店に入るとすぐにカウンター席にいた二人に見つかった。
【色欲】のドナテアと
こいつらとは二回目だな。まぁドナテアの店である以上、会って当然とも言えるが滅多に見ないのは確かだ。
「なんだ、Aランク塔主様がこんなところで油売ってていいのか? 今はまだ大変な時期だろうに」
「大変だよ、本当に。たまには息抜きでもしなけりゃやってられないね」
「まぁそうだろうな。一応おめでとうと言っておくが想定はしてたのか?」
「ありがとうよ。正直予定よりも一年は早いね。まったく神の悪戯にも困ったもんだよ」
【色欲の塔】は前期の塔主総会でAランクに上がった。
本来ならめでたいところなのだが今回は色々と不可解なランクアップが多かったからな。ドナテアも不本意な恩恵を受けた一人に違いない。
ドナテアの
それが一年も前倒しになったってんなら大慌てだったはずだ。数月経った今も大変に違いない。
塔構成の大幅な改装というのは簡単に出来るもんじゃない。
【赤の塔】もBランクに上がった時は大変だったし、今も完璧に出来上がっているとは言い難い部分がある。
CからBでそれなのだ。BからAというのはそれ以上に大変なんだろうとは想像できる。
「じゃあおめでとうでなくご愁傷さまだな。ハハハッ」
「笑いごとじゃないんだけどね。【赤】がAランクになった時にはあたしが笑ってあげるよ」
「あーそうそう、ジータ。【女帝】への伝言あんがとねー」
「伝言? ああ、美容品の件か」
そういやそんなこともあったな。
ドナテアとプリエルノーラが言うには、ランゲロック商店が新規開店したおかげで美容品が手に入るようになったそうだ。
「おかげでほらこの通り」ってな具合に髪をかき上げているが俺にはちっとも分からねえ。
女ってのは大変だな。ちょっとしたことに金と手間をよく掛けるもんだ。
「あのお礼ってわけじゃないが一つ情報をやるよ」
「情報? 貰えるもんならありがたく貰うが」
「今【赤の塔】に【赤竜兵団】の連中が入り浸ってんだろ?」
「よく知ってるな」
「まぁね。あいつらは半年契約で来てるらしい。そろそろどうするか考えておくんだね」
ミッドガルド王国最大の傭兵団【赤竜兵団】。そいつらは【黄神石の塔】の塔主だったオーレリアの旦那であるブルグリード伯爵の依頼で【赤の塔】の攻略に来ている。
ドナテアがそいつらの存在を知っていてもおかしくはないんだが、よく【赤の塔】に来ていると知ってたな。
バベリオの街で得た情報か、それともミッドガルドにまで情報網を張っているのか……どっちとも言える。
相変わらずとんでもない広さと早さ。情報戦で勝てる気はしねえな。
で、その【赤竜兵団】が半年契約だと。だから無茶した攻略じゃなくてじっくりやってんのか。
ブルグリード伯爵は「半年あれば攻略できるだろう」というつもりで依頼をしたはずだ。
しかしやつらからすれば別に【赤の塔】を攻略するのが目的じゃねえんだ。半年挑戦を続ければそれでいいと。それで契約は満たしたことになる。
もちろん正式に依頼を達成したというわけではない。傭兵団からすれば失敗の烙印を押されるかもしれん。
そういう意味では攻略できればそれに越したことはないんだろうが……おそらく早めに割り切ったんだろうな。【赤】の攻略は無理だと。
だから契約期間を満了する道をとった。危険な攻略をせずにじっくり探索する道を。
こりゃ主にいい手土産が出来たな。あいつらはさっさと討伐TPに変えちまったほうがいい。
あと数月は居るんだろうが最前線を更新するほど熱心に探索しねえんじゃいつヤったって同じだからな。
まぁそこら辺は主の判断に任せるが。
「あと【女帝】にも一つ」
「おお、太っ腹だな」
「どっちかって言ったら【赤】よりも【女帝】に感謝すべきだからね。美容品の件は」
気前がいいな。ドナテアの情報なんて誰もが大金を出して買いたがるってのに。
まぁ高ランク塔主に金なんて必要ないんだろうけどな。
「ミッドガルドと同じようにバラージも動き出してる」
「まじかよ。かなり遠い国だって聞いたぞ。西の砂漠だろ?」
「宰相閣下のご令嬢だからね。動かないわけがないだろうさ。まぁ遠い分、時間は掛かったようだがね」
【女帝】が【影の塔】を斃したのが約半年前。
バベリオからバラージ王国に伝わり、そこから宰相が動き、何者かがバベリオに来るとなると……まぁ急いだ方なのかもしれねえな。
【影の塔】の塔主、サミュエ・シェールはバラージ王国宰相でもあるシェール公爵の娘だ。
それくらいの地位ともなれば、遠かろうが何だろうが報復しないわけにもいかないと。
国の暗部でも騎士団でも動かせそうだしな、宰相ともなれば。
「近々、百人以上の冒険者が【女帝の塔】に群がるはずさ」
「冒険者かよ。随分と真っ当な手で来たな」
「さすがに宰相としての面目があるんじゃないのかい? ただそれを隠れ蓑に暗部を動かしてるかもしれないがね」
「なるほどな。まぁそれは【女帝】に伝えておこう。ありがとよ」
外に出ている時に暗部が襲ってくるようならエメリーの姉ちゃんがいれば問題ない。むしろ好都合だろう。
しかし冒険者百人の団体か……主は羨ましがるだろうな。TP収入の意味で。
――と、その時、店の扉が開き一人の男が入って来た。
体格の良い、中年の男だ。どっかで見たことがあるような……と思っているとそいつはこちらに気付いたらしい。のしのしと近づいてくる。
「貴様……ジータか!」
「そうだが、お前は? 初対面で名乗りも出来ねえのか?」
「黙れ! 貴様がブルグリード伯の奥方を殺めたと話は聞いている! 即刻その首を本国へ――」
なんだミッドガルド王国の人間か。
【赤竜兵団】じゃねえよな? それとは別で依頼でもされてたのか?
と思っていたところにドナテアが口を出した。
「おいおい、喧嘩なら外でやっとくれ。ここはあたしの店だよ」
「何だと、この女は! 俺を誰だと思っている!」
俺を知っててドナテアを知らない? どういうことだ?
ちなみにプリエルノーラはゲラゲラと笑っている。ドナテアなんて知られてて当然だものな、気持ちは分かる。
「あたしは【色欲の塔】のドナテアさ。知ってるかい? 【竜牙】のヴィラ・ヴェルガダーツ」
「なっ……【色欲】だと!?」
「ひゃひゃひゃ! Aランク塔主の顔も知らないとか新人塔主のくせにお勉強不足じゃないの、ひゃひゃひゃ!」
ああ、なるほど。【竜牙の塔】のヴィラ・ヴェルガダーツ。502期のプレオープン5位か。
たしかミッドガルド王国騎士団の副長で侯爵家の人間だったか?
言われてみれば塔主総会で見た顔かもしれねえ。チラッとしか見てねえが。
「くっ……くそっ! なんだこの店は! 二度と来るか! ジータよ覚悟しておけ! 【赤の塔】はいずれ【竜牙の塔】が消してやるからな!」
そんな捨て台詞を吐いてヴィラは帰っていった。居心地が悪かったのだろう、無理もない。
「この店は変なのしか来ないな。客層を考えたほうがいいんじゃねえのか?」
「こっちの台詞だよ。【赤】も【
ぐっ……何も言い返せねえ。口じゃドナテアには敵わねえな。
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