127:シルビアさん、冒険者引退です!



■シルビア・アイスエッジ 22歳

■Aランク冒険者 パーティー【氷槍群刃】所属



「じゃあ行こうか。シルビアの引退試合だ」

「「「おう!」」」

「みんなよろしく頼む」



 私は第501期の塔主に内定した。もちろん驚き、混乱し、しばらくはパニックになっていた。

 まずはパーティーメンバーに相談し、慌てて実家にも手紙を送った。


 実家はメルセドウ王国の領地を預かるアイスエッジ侯爵家。父が侯爵位となっている。

 兄、姉がいて三番目は私。

 兄は跡目を継ぐべく父の補佐について領地経営に携わり、姉は他家にすでに嫁いだ。


 一方で私は貴族の役目など放り投げて嫁にも行かず冒険者なんぞをしている、というわけだ。


 勘当されたわけではないが私としても負い目があり実家との距離も微妙なものになっていた。


 連絡が多少密になったのはアデル様が塔主に選ばれてからだ。

 ロージット公爵家は王国派の筆頭。派閥にはアイスエッジ侯爵家も含まれる。

 当然バベルに一番関与している私に声がかけられ、時にアデル様からの依頼を実家経由で受けて報告。時にアデル様の近況報告と、手紙が行き来する機会が増えた。


 そういった面でもアデル様には感謝をしている。こんな私が少しでも実家に貢献できたことが嬉しいと。



 そして今回、私は塔主に選ばれたことを報告した。

 しかしアデル様のように実家から支援を受けるのは違う気がした。

 ここまで自由に生きさせてもらいながら、金だの情報だのせびるのは恥ずかしくも思ったのだ。

 一応その旨も手紙には書いた。返答はまだない。



 一方でパーティーメンバーの方だが、これからは敵となる上にいきなりパーティーを抜ける形になってしまった。

 自分で言うのもなんだが剣士でありながら水・氷魔法を得意とする私はメインアタッカーを担っていたのだ。

 それが抜けるというのはAランクパーティーにおいて痛手でしかない。だから謝った。すまんと。


 しかしメンバーは皆、祝ってくれた。応援してくれた。

 細々とやるか、補充するかは分からない。ただ私の塔がAランクにならないと挨拶にも行けないからさっさとランクアップしてくれと。笑いながらそう言ってくれた。



 なんと周囲に恵まれた人生なのだろう。私は一人寝室で泣いた。



 そうして今日、私は【氷槍群刃】として最後のバベル挑戦を行う。


 入るのは――ランキング1位。【世界の塔】だ。最後の戦場はここを選んだ。


 まだ塔主となるまでには時間があるが、早めに準備したいという我が儘から早々の引退試合となったのだ。

 パーティーの補充を早めに動いて欲しいという願いでもある。

 ともかく最後に挑戦するならば、やはりバベルの頂点だろうと。意気込んでいた。



 まぁ結果は言うまでもない。五の鐘までたっぷり探索など出来るわけもなく撤退するはめになった。


 三度ほど挑戦したことがあるが、【世界の塔】はやはり厳しい。


 直径2km、天井高20m、それが30階。Sランクの塔はどれも理不尽なものだが、【世界の塔】の恐ろしさはその多様性にある。

 ほとんど全ての屋外構成と、数えきれないほど多種の魔物。

 階層ごと、いや同じ階層の中でさえ『世界』が変わるのだ。

 誰も雪山のあとに火山に上れるわけがないだろう? つまりはそういうことだ。


 それでも私たちなりに探索はできたし【氷槍群刃】らしい戦いができたと思う。

 満足のいく引退試合になった。そう思えた。


 その日の夜は皆でよく飲んだ。昔話を語らいながら遅くまで笑っていた。





「ギルド行ったらシルビア宛てに手紙だとさ」



 未だパーティーと共に暮らしながら図書館通いなどをしていた私に、メンバーの一人が手紙を差し出してきた。

 実家からにしてもギルドに送るはずもなく、訝し気に送り主を見れば――。



「ア、アデル様!?」



 まさかの相手からの手紙だった。

 内容は〇日の〇時にバベルの『会談の間』に来てくれ。貴族の装いや礼儀はなしでお話するだけだ、と。


 そうは言われても失礼のないよう、最低限の身だしなみを整えなければと慌ただしい。その日は朝から緊張しっぱなしで向かったのだ。



 バベルには毎日来ていても『会談の間』など存在すらよく知らない。職員に聞きながら私はそこへと行く。


 部屋の中でも落ち着きなく、しばらく待っているとふいに扉が開いた。

「ごきげんよう」と仰るアデル様はいつもの如く、真っ赤なドレス姿でお美しい。

 後ろには英雄ジータもいる。まさかこのような近距離でお目に掛かれるとは……。


 席につきながらアデル様は言う。



「お待たせして申し訳ありません、シルビア様……いえ、もうシルビアさんとお呼びしたほうがよろしいですわね。わたくしのこともアデルでもアデルさんでも構いませんわ。共に貴族という立場から離れた者としてお話しましょう」



 それは新聞にも書いてあったことだが、実際に大貴族であるアデル様からそう言われると恐縮するものだ。

 私は普通にアデル様と呼ばせて頂くことにする。「まぁ残念ですわ」とは言われたが。


 貴族の会話ならば他愛無い世間話をしばらく行ってから本題――というのが筋だがどうやらそのつもりもないらしく、アデル様はいきなり本題を持ってきた。



「話はお聞きしました。まずは塔主内定おめでとうございます、と言ってよいのかしら。それともご愁傷さまと言えばよいかしら」


「ありがとうございます。しかし嬉しい以外の感情もあるというのが今の正直なところです」


「それを言えるということは今までの生活が素晴らしかったということ。それについてはお慶び申し上げますわ」



 今までの人生におめでとう、と。それはなんともありがたい。



「本日お呼びしたのは主に『ご愁傷さま』の部分ですわね。シルビアさんはAランクとしてご活躍ですし今さらバベルの恐ろしさなど言うまでもないでしょうが」


「過分な評価です」


「とは言えおそらくシルビアさんの思っている以上に恐ろしいのです。バベル、そして塔主というものは」



 バベル歴で言えば私の方が当然長い。しかし塔主としてはアデル様が先輩だ。

 一年目にしてこれだけご活躍なされているそのアデル様からして「恐ろしい」と言わしめる。それがバベルであり塔主なのだと。



「わたくしはシルビアさんに色々と伝え、サポートするつもりです。これは実家からの命ではなくわたくしの意思で」


「そ、それはなぜ、ですか?」


「実家が同じ王国派でもありますし、学校の先輩でもありますし、塔主で言えばわたくしが先達ですし、同期の塔を探る依頼を受けて頂きましたし……とまぁ色々と理由はございますわね」


「なるほど……」


「とは言え【彩糸の組紐ブライトブレイド】に入れようとも思っておりませんのであしからず。ただのサポートに留めますわ。

 今の我々に与すればシルビアさんの死期が早まるだけですもの。【世沸者の塔】にしてもSランクが攻略できないほど困難だからFランクでも生きてゆけるのですし」



 もちろん同じ同盟に入るなど烏滸がましい。ただ気に掛けて頂いているとそれだけでありがたく思う。



「アズーリオ・シンフォニア伯からお声がけはありまして?」


「いえ、ございませんが」


「それは良かった。早く動いて正解ですわね。そのうち声を掛けて来ると思いますわよ」


「(実家が)王国派でもですか?」


「だからこそです。中立派は近づく機会を見計らっています。おそらく保護する名目でシルビアさんを同盟に入れ、わたくしにも近づこうとするでしょうね。まぁ決めるのはシルビアさんですが正直おすすめはしません。適当にはぐらかして泳がすのがいいですわよ」



 バベルの中でも貴族の派閥争いがあるということか。

 だからこそアデル様は自らを「もう貴族ではない」と公言したのかもしれない。


 もちろん私もとっくの昔に貴族ではない。それでもこうして気に掛けて下さるアデル様には感謝なのだが。



「ちなみに塔主となったからには目標などありますの?」


「はい。Aランクの塔主となりパーティーメンバーに見せたいと。私の塔に招待するのが夢です」


「まぁ、それはとても素敵ですわねぇ。……ならば益々惜しいですわ」



 惜しい、とは。



「おそらくシルビアさんはこう思っていらっしゃるでしょう。自分にはバベルで戦ってきた経験がある。侵入者の思考も分かるし、塔の構成も様々見てきた。バベルの知識も人一倍持っている。だからそう簡単に死ぬはずがないと」



 もちろんバベルを甘く見ているつもりはない。その恐ろしさも知っている。

 しかしそう言われて、その通りだと思う自分もいるのだ。



「貴女は今まで何十、何百もの人から毎日命を狙われる経験をしたことがありますか?」


「……いえ」


「では全ての侵入者、全ての塔主が自分と同じ思考だと思いますか?」


「…………いえ」


「バベルの塔主とはそうした目に見えない、理解できない恐怖と戦う日々なのです。そして夢や目標を持つならばそれに負けないだけの心が最低限必要ですわ」



 なんと重いのだろう。これがたった一年経験しただけの塔主の言葉か。

 それだけ濃密で強烈な日々なのだろう。


 ――私は甘く見ていたようだ。



「おそらく来期の新塔主の中でもシルビアさんは狙われやすい立場にいますわ。離れていてもメルセドウ貴族というものは付き纏いますし、何よりバベリオ所属のAランク冒険者という肩書きがある。低ランク冒険者からすれば名誉の為にも一番狙いたいところでしょうね」



 それはそうだ。「元Aランクのシルビアの塔を斃した」ともなればFランクの若者は英雄扱いだろう。容易に想像がつく。

 それくらい私の知名度はバベリオのギルドにおいて大きい。驕りでも何でもなく。


 もちろん私自身が戦えば簡単に斃せる相手だ。

 しかし十人同時に襲い掛かられたら? その隙に宝珠オーブを割られたら? いくらでも私を斃す方法はあるのだ。



「アデル様、では私はどのようにすべきなのでしょう」


「どのような塔が選ばれどのような神賜ギフトを賜るかにもよりますが、最悪を想定しておいて損はありません。今は過去の塔の歴史などに目を通し、塔の種類、構成、魔物などをとにかく勉強しておくべきですわ。

 それで既出の塔が当たればラッキー。初出の塔であれば考える余地が生まれます。そうしてプレオープンを乗り切ることだけを考えて下さい」


「アデル様もそのようになさったのですか」


「ええ、それ以外にも現状の塔の調査や過去の神賜ギフトなどについても調べましたわね」



 なんと……それはどれほどの学習量が必要になるのか想像もつかない。

 学校の勉強など比較にならないほどの量だろう。それを熟したからこそ今のお姿があるのだろうが……。



「しかしわたくしの場合、神賜ギフトはジータでしたので相談もできますし経験もあると。まぁ幸運でしたわね」


「ははっ! その幸運を上回る化け物が同期にいたのが不運だったな!」


「お黙りなさい。むしろそれが一番の幸運でしょうに」



 それが誰を指すのか言われずとも分かる。

 アデル様と英雄ジータにしてここまで言わせる存在なのか――【女帝】は。



「とは言えそのような幸運など早々訪れるものではないですわ。初出の塔、役に立たない神賜ギフト、それが来ると思っておいたほうがよいでしょう。しっかりと準備しなければプレオープンは乗り切れません」


「分かりました」


「ノノアさんなど十何回も殺されて精神が完全に壊れたと仰っていましたわ。今のお姿が奇跡のようなものです。シルビアさんはそうならないよう頑張ってもらわなければなりませんわね」



 ……もう少し【世沸者の塔】のことを見直そうと思った。



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