128:フゥさんの方でも色々あるみたいです!



■フッツィル・ゲウ・ラ・キュリオス 51歳 ハイエルフ

■第500期 Dランク【輝翼の塔】塔主



「ゼンガー爺、バベリオの南東に創界教会があるらしい。行ってみるか」


「ご冗談を。行くわけがないでしょう」


「ふむ、そうか。面白そうだったのじゃがのう」



 バベリオにはバベルの神もおると言うのに創界教はこの街に創界神様の教会を立てた。

 神聖国家ペテルギアもなんとも熱心なものじゃがこれをよく許したものじゃな。バベルの神も、都市長も。


 世界を創ったのが創界神でありバベルの神は創界神が創りし一柱。


 それが真であるなら許されるのかもしれぬが、結局教会を創ろうと言い出したのは人の欲じゃからのう。

 まぁ創界教が今までこうしてあり続けているという事実こそがその理由と言えなくはないか。


 わしはゼンガー爺から色々と聞いておるからどうしても穿った目で見てしまうわい。



「面白いものなどないでしょう。フッツィル様が行くような場所ではありますまい」


「いや、今日は【翡翠の聖女】が説法をやっているそうじゃ」


「む、【純潔の塔】の神定英雄サンクリオですか」



 Bランク上位に位置する七美徳ヴァーチュの一塔。その人気を支えていると言ってもよい存在じゃな。


 もちろん【聖の塔】の同盟であるからして人気や知名度があるのは当然なのじゃが、それにしても聖女ミュシファの人気はすごい。

 創界教の一司教であった塔主のパゥアからすればまさに神賜ギフトだったに違いないじゃろう。


 おそらく【聖の塔】のアレサンドロという枢機卿もそれを利用しようと躍起なのではないか。

 でなければこの時期に神定英雄サンクリオに説法などさせまい。

 どうやら滅多にあるものでもないらしく、教会は大勢の信者で溢れておるそうじゃ。



 しかしそれを受けて【聖の塔】、ひいてはその同盟の在り方・・・が見えた。



 【翡翠の聖女】ミュシファの昔話は英雄譚というよりも聖書の一ページのように描かれておる。


 慈悲の心に溢れ、身を粉にして奉仕活動を行い、数多の人々・・を救った。

 それはまさしく【聖女】であり、神定英雄サンクリオとして召喚された今も尚その心は変わらない。


 今まさに教会で行われている説法ではこんなことを言っておる。



『――そして神は世界に人間を創り出しました。そして獣を、魔物を、さらに人ならざる亜人を――』


『――人とは、人間とは全ての始まりであり世界にとっての全てなのです――』


『――この世界を人の世として繁栄させる為――』



 そう、つまり【翡翠の聖女】ミュシファは、超がつくほどの『人間至上主義者』なのじゃ。

 彼女の守るものは人間であり、それ以外の存在を許さない。エルフ、ドワーフ、獣人は人ならざる者であると。


 人間が頂点であり、それは当たり前のこと。これを強固なものにするために生きている。今はその為に神定英雄サンクリオとして呼ばれたのだと、そういうことじゃ。



 もちろん創界教の経典にそんなことは書かれておらぬ。

 創界神が創り出したのは間違いないらしいが、人間が始まりであり頂点などとは書いていない。



 ではなぜそのような説法が許されるのか。

 それは【聖の塔】のアレサンドロもまた人間至上主義者だからに他ならない。

 じゃなかったらそもそも説法させんじゃろ、というわしの考えじゃ。



 ではなぜこの時期に行ったのか。

 それは先日のわしらの新聞記事が原因じゃろうな。今一番人気のある【彩糸の組紐ブライトブレイド】による差別反対の発言。


 そもそも多種族が属するわしらの同盟自体を疎んでいたとは思うが、昨今の活躍ぶりに加えてあの記事じゃ。


 おそらくアレサンドロも動かざるを得なかったのであろう。

 世間に対し一番求心力のある【翡翠の聖女】を使おうと。一歩間違えれば爆弾であると知りつつも。



「いつの時代もあのような者はのさばっておるのですなあ。情けないものです」


「ゼンガー爺の頃はどれくらいおったのじゃ」


「上のほうは七割ほど。だから儂は司教止まりでしたし精霊信仰にどっぷりになったのですが」


「今は何割になっておるのかのう。なんとなく増えていそうじゃが」



 神聖国家ペテルギアは人間以外の住人がおらぬそうじゃ。まぁそうした国は他にもあるが。

 そしてそれは【無窮都市バベリオ】において異端。


 だからこそそれを聞く信者たちの様子を見たかったんじゃがなぁ。

 聖女の言葉だからと真摯に受け止めるのか、「何言っちゃってんの聖女様」となるのか。ファムではその表情までは読み取れぬ。


 いずれにせよ【聖の塔】同盟とわしらは相容れられぬ。


 わしらと関係をもったレイチェル殿は【聖の塔】にとってますます目の上のたんこぶになるじゃろう。

 これが変な方向に行かなければよいが……どうかのう。





 別日、わしは夜の街へと繰り出した。屋台も覗きたいし行ってみたい飯屋もある。

 たまにはこうして遊ばんと息がつまるからのう。



『フッツィル様! また抜け出して!』


「ゼンガー爺がおれば目立つじゃろ。心配するでない。すぐに戻る」



 ファムも見張っておるし、フードを被ったわしが歩いていたとて誰も【輝翼の塔】のフッツィルだとは思わんじゃろ。


 相当注視でもしなければ……。


 と、大通りを歩いていたらどうやら注視しておる者がおったらしい。残念じゃ。


 では帰ろうか、それとも撒こうかと考えてはみたが、どうやらその者――後ろからコソコソと付けて来ている者が妙なことに気付いた。



(こやつは……まずいのう)



 わしは溜息交じりに振り返り、そやつに近づく。ビクついて物陰に隠れたつもりらしいがはみ出ておるぞ。



「【春風の塔】のエレオノーラじゃな」


「なっ……!?」



 気付かれたことに驚いたのか、名が知られていたことに驚いたのか、そやつは挙動不審になる。



「そ、そういうあんたは【輝翼】のフッツィルでしょ! あたし知ってんだから!」


「声がデカイわ。騒がれるのはごめんじゃぞ」


「あ、そうよね、ごめん……ってそうじゃないわよ! あんたにちょっと――グゥゥゥ……」



 腹の音で言葉はかき消された。夜でも分かる。こやつの顔は真っ赤じゃ。

 はぁ、仕方ないのう。





「べ、別にお金に困ってたわけじゃないからね! ちょっと二~三日ダイエットしてただけだし! あんたに集ろうだなんて最初からこれっぽっちも――」


「はいはい、分かったからさっさと食え。わしの奢りじゃ」


「あたしの方が先輩なんだからね! 言っておくけど私51歳だから! あんたの五倍くらい生きてるんだから!」



 なんじゃわしと同年ではないか。しかしこやつはアデルと同じ年頃に見えるというのにわしは……ハイエルフのこの身がつらい。


 そう、こやつはエルフじゃ。

 【春風の塔】の塔主、エレオノーラ・グリンプール。三年目のEランクじゃな。


 もしやわしがハイエルフだと気付いたのかと声を掛けてみたが、どうやら違ったらしい。

 夢中でモグモグしているこやつと少し話す。



「それでなぜわしにアドバイスなど。わしは一年目の新米じゃぞ」


「あれだけ活躍してるんだから一年目とか関係ないでしょ! もう私の塔だって抜かれちゃってるかもだし……」



 実際とっくに抜いておるけどな。【輝翼の塔】はDランクで【春風の塔】はEランクなんじゃし。


 ともかくこやつはわしに塔運営のアドバイスをくれなどと言ってきたのじゃ。さすがに驚いた。

 夜道で隠れて後をつけそんなことを言ってくるとはのう。



「エルフの先達に聞けばよかろう。クラウディアとか」


「ク、クラウディアさんになんて聞けるわけないじゃない! エルフの塔主なんてみんな大先輩なんだから! そうそう相談なんてできないのよ!」


「そういうもんかのう。しかしだからと言ってわしに聞かんでも」


「あ、あんたたちはその、人種差別とかないって聞いたし、まぁあそこであんたを見つけたのはたまたまだけど……」



 そういうことらしい。新聞を読んだということか。どうやら真面目に情報収集はしておるようじゃな。


 それでたまたまわしを見つけたからアドバイスくれと。

 まぁ【春風の塔】が苦しんでおるのは知っていた。エルフの三人はチェックしておるからのう。【緑の塔】はファム的に無理じゃが。


 どうにかしようとあがき、後輩だろうが教えを乞う姿勢というのは褒められる。まぁどこか抜けていたりもするがいいじゃろう。


 わしとしても協力するのはやぶさかではない。

 ただしハイエルフであることを隠す意味でもエルフとの接触は控えたいところじゃ。



「まぁ相談に乗るくらいならばいいのじゃが」


「ほんとっ!?」


「落ち着け。だからと言って同盟に入れることはできぬし、こうして接触するのも極力避けたい。これはわしの我が儘じゃ」


「むぅ、やっぱあの同盟はムリかぁ」



 狙っとったんかい。いやまぁそうであってもおかしくはないが。



「手紙でよいなら時々相談に乗るぞ。どうせエルフ以外に交友もないんじゃろうし」


「う、うるさいわねっ! まぁ、その、じゃあお手紙友達からってことで……」



 なんか危ういやつじゃのう……よくこれで三年も生き延びれたものじゃ。

 一応後でクラウディアにも連絡しておくか。こやつはほうっておけと。



「それはそれでいいんだけどさ、実は喫緊で差し迫った問題があって――」


「【忍ぶ者の塔】じゃろ? あんなもん全部スルーせい」


「なっ!? なんで知ってんの!? すっごく申請されるし変な手紙くるしずっと狙われてるんだけど!」


「わしの調べだと塔主のデュフ・ゴザールはエルフ好きの変態じゃ。ランク的にも狙われるのは【春風】しかあるまい」


「はぁ~~~……って言うか怖いんですけど! 何エルフ好きの変態って!」



 他のエルフは皆【忍ぶ者】より高ランクじゃからのう。どうにかできそうなのはエレオノーラしかおらぬ。


 仮に塔主戦争バトルして【春風】が負けそうになったらヤツが直接乗り込みそうじゃのう……怖い怖い。



「それとおぬしの塔は魔物配置と罠配置が適当すぎる。それが楽々攻め込まれる原因じゃ」


「なっ!? なんであたしの塔のことまで……!?」


「そりゃ他の塔の情報くらい得ようとするじゃろ。ともかくそこを改善しないといつまで経ってもTP不足は解消せんぞ」


「はぁ~~~これがスーパールーキーってやつなのね……」



 【忍ぶ者】を無視したところで【春風の塔】は侵入者がすでに四階層まで来ておる。攻略寸前じゃ。

 配置が下手じゃから魔物と罠の再配置で赤字になっておるしTP的にもきつい。


 すでにどうにもならん気もするが、まぁエルフのよしみと言うか、あがいた結果わしと会えたのじゃからな。ある程度は手助けしてやろう。



 クラウディアがこやつに突っかかったりしなければよいのじゃがな……。



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