280:始まったばかりなのに駆け引きの応酬です!



■ファモン・アズール 35歳

■第493期 Bランク【轟雷の塔】塔主



 【女帝】による【空白】【氷海】の二塔同時攻略。

 これに対しカラーダイス殿もドミノ殿も防衛に回らざるを得ず、自由に動けるのは私の戦力のみだ。

 いくつか方法は考えられるが……どれも決定打に欠ける。



『ファモン殿! 援軍の手配を!』


『こちらにも送って頂かねば困りますぞ!』


「分かっています。私とて完勝だったはずの策を捨てるつもりはありません。――お二人とも知恵を貸して下さい」



 案の定と言うべきかカラーダイス殿もドミノ殿も驚いて混乱している。

 最初に思い浮かぶのは「ファモンはこちらの塔に援軍を寄越さないのではないか」という心配だろう。特にドミノ殿はそう思うはずだ。


 しかしどちらの塔も私にとっては今後も必要な塔に変わりない。

 元々三塔が協力して【女帝】を斃す作戦を考えていたのに、最初の一手でそれを捨てることなどできないのだ。



「まず私の部隊を二つに分けてお二人の塔に送り込むというのは無理です。確実を期すならば戦力の分散は愚策。援軍を出すならば一塔ずつ片付けていく形となるでしょう」


『ううむ……』



 幸い、【女帝】の攻撃陣はそれぞれの塔の魔物を殲滅することを目的としている。

 足の遅いアーマー系やスキュラ部隊もいるので進軍速度としては通常の塔主戦争バトルより遅くなるだろう。

 私が片方の塔に援軍を出し、敵攻撃陣を挟撃にて斃しきり、その足でもう片方の援軍に向かうというのが最も確実な手だ。



「最初に向かう塔では挟撃ポイントを低めに設定してもらう必要があります。そういう意味ではカラーダイス殿に動いて頂き、その後で【氷海の塔】に向かうとしたほうが対処はしやすいでしょう」


『むむ……カラーダイス殿、その場合は早い段階でのスキル使用と迎撃体勢の準備となりますが、可能なのですかな?』


『できます。四……いや三階層ならばどうでしょう。急いで防衛陣を集結させます』


『三階層でスキルを使いつつ【空白】と【轟雷】の主力による挟撃……それならばこちらの対処もできそうですね。承知しました』



 納得して頂けたようだ。

 限定スキルの使用についてはどの階層であろうが問題はないだろう。

 だが魔物の配置が問題だ。本来の迎撃ポイントよりだいぶ下の階層になるので移動させないといけない。


 それを三階層まで下げるというのはなかなか大変なことだ。カラーダイス殿の本気が窺える。

 三階層で迎撃した【空白】の防衛陣はそのまま【氷海の塔】への援軍とすることもできる。

 そうなれば大部隊による挟撃で【氷海の塔】を守ることもできるだろう。



「お二人とも、もう一つ案があります」


『なんですか、ファモン殿』


「援軍に向かわず【女帝の塔】を先に攻略するという方法です。それをご相談させて下さい」


『そ、それは…………いや確かにありえますな』



 【女帝】は神定英雄サンクリオと三体のSランク固有魔物、そしてウィッチクイーンを攻撃陣に回している。

 となれば防衛に残っている眷属は多くても一体のみ。そしてそれがSランク級という可能性は極めて低い。


 それでなくてもAランクの魔物が十体とBランクの魔物が五十弱も【女帝の塔】から出払っているのだ。

 防衛力で言えばどれだけ高く見積もっても『Cランクの塔』相当まで下がっているとみて間違いない。


 さらに敵攻撃陣の進軍の遅さがある。

 むろん私が速攻で【女帝の塔】に仕掛ければ殲滅どころではなく急ぐ形になるだろうが、アーマー系やスキュラ系を抱えて速く進軍などできるはずもない。部隊の進軍速度では私の魔物に軍配は上がるだろう。


 仮に足の遅い魔物を置いて進軍速度を速めても、攻撃陣の数を減らした上で二塔の主力とぶつかることになるし、カラーダイス殿の<白昼夢の空>を併用すれば進軍速度を著しく落とすことも可能だ。


 となれば【女帝】が【空白の塔】や【氷海の塔】を攻略するより私が【女帝の塔】を攻略するほうが速いだろうし、そうすることで二塔を守ることにもつながる。



「――というわけです。お二人の意見を伺いたいのです」


『ううむ、なるほど……どちらも有効な手ですな』


『カラーダイス殿、その場合、限定スキルの使用方法ですが――』





■シャルロット 16歳

■第500期 Bランク【女帝の塔】塔主



『――という感じじゃな』


「うわぁ、最悪ですね。さすがと言いますか何と言いますか」


『向こうの結束を軽んじておりましたわね。わたくしも少々驚きましたわ』



 こちらが二塔同時攻略を開始したことで【轟雷】のファモンさんがどう動くのかと予想していました。

 私は【空白】と【氷海】の両方に援軍を出すだろうと。

 アデルさんやドロシーさんは【氷海】を見捨てて【空白】だけに援軍を出すだろうと。


 しかしファモンさんは【空白の塔】で早めの挟撃を行い、それから【氷海の塔】に援軍に向かうという案を打ち出しました。

 さらに第二案として援軍を出さずに一気に【女帝の塔】を攻略するとも。



 なぜそこまで予想が外れたのかというと、カラーダイスさんの持つ限定スキルを見誤っていたのが原因です。

 私たちは【魔術師】のケィヒルさんが持っていた「魔物に対するバフ効果」のようなスキルを想像していました。

 それなら主力に掛けるだろうし、主力が上層に配置されている以上、挟撃ポイントは上層になるだろうと踏んでいたのです。


 ところがどうやらバフ系のスキルではなく「階層全体にデバフをかけるような効果」らしいのです。

 それを【空白の塔】だけでなく同盟塔の階層にも適用できると。想像よりかなり強力なスキルですね。


 それがあるから低階層での挟撃も可能となる。

 早くに挟撃できればもう一方の塔へも援軍に行く余裕ができる。

 それでなくてもこちらの探索速度自体を落とすことができるそうなので、援軍を送らずに【女帝の塔】の攻略を進めても問題ないだろうと、そういう算段をしているようです。


 まずは眷属伝達で五人全員に共有しておきましょう。



「みなさん、【空白】のスキルは階層全体に作用するデバフ効果のようです。探索阻害のようなものと予想しています。また何か分かりましたら連絡しますがご注意下さい」


『『『了解!』』』


「それとエメリーさん、【轟雷】が【女帝の塔】に攻め込んで来る可能性が出てきました。承知しておいて下さい」


『なるほど、承知しました』



 これでよし。とりあえず皆さんには各塔の殲滅を頑張ってもらいましょう。

 まだ始まったばかりですからね。こちらもどうとでも動けます。


 ただファモンさんは早くに結論を出して、早くに動かないといけませんね。

 援軍を出すにしろ、私の所に乗り込むにしろ時間との勝負になりますから。


 元々【轟雷】はどちらかの塔への援軍と【女帝の塔】に圧力をかける予定でいましたから、編成自体は楽だと思います。その二部隊を合流させればいいだけですし。

 しかし私が【轟雷の塔】を最初に狙う可能性もあったため、主力の初期配置は上層なのですよね。

 一階層で準備させておけば良かったのでしょうが賭けはしなかったということでしょう。


 そうなると編成した攻撃陣を一階層まで下ろし、そこから【空白の塔】なり【女帝の塔】なりに送り込むことになると。

 どちらにしてもかなり急ぎ足になると思います。

 【轟雷の塔】は素早い魔物が多いのでそれを主体にした軍編成になるとは思いますが……。



 そう思案していたらフゥさんから声が上がりました。



『シャル、結論が出たぞ。【女帝の塔】じゃ』



 あー、一番嫌な手で来ましたね。

 攻められている【空白】のカラーダイスさんと【氷海】のドミノさんが【轟雷】の【女帝の塔】攻略を支持したわけですから、それだけ限定スキルの探索阻害が有効と見ているわけですね。ますます警戒する必要があります。


 こちらとしても考える必要が出てきました。

 一応【轟雷】が攻め込んで来ることは考えていたのですがね。防衛が薄くなる危険性は承知していましたし。

 しかし単純な攻略というわけではなく「二塔が攻略する前に【女帝の塔】を攻略してしまおう」という攻め気の策ですから悩みどころです。



「フゥさん、敵の陣容は分かりますか?」


『うむ、まず総指揮官が神造従魔アニマのサンダーファングで――』



=====


【轟雷の塔】塔主:ファモン・アズール(B)

 総指揮官:サンダーファング(神A)

 サンダーファング(A)5、サンダーリンクス(C)30

 サンダーバード(D)30、サンダーイーグル(B)10

 雷精霊チャク(C)20、雷貴精トール(A)3

 イエローデビル(C)30、サンダーデーモン(A)3


=====



 Aが12体、Bが10体、Cが80体、Dが30体。計132体。

 やはり固有魔物はなし。イエローオーガキング(A)などの足の遅い魔物もなし。

 速度のある魔物を集めたような感じですね。


 防衛の薄くなった【女帝の塔】ならばこれで十分と踏んだのか、これ以上出すのが無理だったのか……微妙なところです。

 いずれにせよ私がとれる策は二つですね。


 一つは残った戦力と塔構成だけで守り切る。

 もう一つはエメリーさんを戻して潰してもらう。


 後者のほうが確実です。その分【空白の塔】の攻略は遅れますが仕切り直せばいいだけですし。

 まだエメリーさんは【空白の塔】の一階層を殲滅中ですから戻ることも容易い。

 攻撃陣全てを戻すよりエメリーさんお一人を戻してバートリさんは殲滅の指揮を継続してもらいたいところですが……


 雷貴精トールなどの精霊系と鳥が厄介なのですよね。

 エメリーさんでも斃そうと思えば斃せるでしょうが、あまり有効とは言えません。

 かと言ってバートリさんの部隊を一緒に戻しても同じことですし……うーん……



「エメリーさんとターニアさんに戻ってもらおうかと思うのですがどう思います?」


『殲滅は継続かい。強欲やなぁ。まぁウチはアリやと思うで』


『わたくしも賛成ですわね。一番消費を抑えられますし』


『わしも賛成じゃな』『わ、私もいいと思います……』『異論はありません』



 うん、良さそうですね。ではそれでいきましょう。



「エメリーさん、ターニアさん、聞こえますか――」




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