225:仕掛けられたらやり返します!



■アデル・ロージット 18歳

■第500期 Cランク【赤の塔】塔主



 【魔術師の塔】十七階層までの戦いは想像していた通りに厳しいものだったと思います。

 Aランクの塔として相応しい魔物の質と量。塔構成も巧く創られており、内心「さすが」と思ってしまいましたわね。


 ケィヒル・ダウンノーク伯は決して無能ではない。

 長年塔主として培った知識と経験があり、【魔術師の塔】をAランクの塔として存続させ続けた手腕があります。

 それは塔の至る所に見受けられました。



 とは言えここまでにSランクの魔物や固有魔物はおりませんでしたし、こちらの攻撃陣も精鋭を揃えたつもりです。

 エメリーさんも魔剣を持っていないとは言え本気を見せている今、そうそう後れをとることなどないのです。


 Bランクの魔物が数体まとまったところでSランクの魔物には敵わない。


 それは【傲慢】同盟戦の頃から気にしていたことではありますが、こちらにSランクを大きく超えるエメリーさんという存在がいる限り、Aランクの魔物が束になったところで負ける要素は少ない・・・


 それがバベルの戦いにおける″理″であり″常道″なのです。



 しかしそれが覆される可能性も存在する。それもまた″バベルの理″。

 こちらの予想を上回る何か・・。想像を超える何か・・

 それに怯え、警戒し、危惧し、それでも戦い続けるというのがバベルの戦いなのですから。



 わたくしたちがその違和感に気付いたのは十八階層の戦いが始まってすぐの事です。


 十八階層は言うなれば『炎の岩場』といった感じでしょうか。

 足元の悪い岩石地帯。しかもその岩は熱を帯び、至る所で焚火のように燃えているのが分かります。

 それがまるで巨大な円形闘技場のように広がり、魔物の軍勢が待ち受けていました。


 十八・十九階層がつながっている可能性のほうが高いと思っていましたがそれはなかったようで。

 つまり敵戦力に飛竜などはいないということの証明でもあるのと同時に、十八階層の戦いが前哨戦にすぎないということの表れでもあるわけです。



「この軍勢で前哨戦ですか……」



 そう呟くシルビアさんのお気持ちも分かります。

 まず十七階層にもいた炎貴精サラマンド(A)などの高位精霊たち。

 それと火属性の獣の群れ……そちらの数が異常ですわね。


 わたくしの【赤の塔】にもいるバーンレックス(A)やファイアドレイク(A)、ファイアリザード(B)、マンティコア(A)なども見えますし、火狐の魔物、ファイアフォックス(B)とその上位種であるファイブテイル(A)もおります。


 最後尾には固有魔物と思われる二体。

 一体は、体長5mは超えそうな九尾の火狐。ファイブテイルの上位種でしょうからナインテイル(S)と仮称しておきましょう。


 もう一体は、二首のドレイク。ファイアドレイクと似ている部分もありますが上位種なのか変種なのかは分かりません。



 ザッと見で全てBランク以上の魔物。それが百体近くおります。

 これだけの魔物を十九階層に置かないとは……まぁ何かしらの理由があるのでしょうが、確かに前哨戦とは言えないほどのボリュームであるのは間違いないでしょう。


 ともあれ相手は火魔法を使うことも多いでしょうが、獣の軍勢である以上、物量で押しつぶして来るような物理攻撃を仕掛けて来るはず。わたくしはそう予想していました。おそらくエメリーさんやジータも同じ考えだったに違いありません。


 だとすれば今まで通りに防御を固め、エメリーさんやジータ、ナイトメアクイーンを中心に攻めれば問題ないだろうと、そう思っていたのです。



 最初に仕掛けてきたのは高位精霊たちでした。

 十七階層と同じように炎貴精サラマンドは<炎の嵐フレイムストーム>を放ち、空貴精シルフスは<暴風の嵐ウィンドストーム>を放つ。


 それに対してターニア様の部隊やブラッディーウォーロックたちがウォール系魔法で防ぐと。

 見慣れた攻防から戦闘が始まったのです――が。



――ドオオオン!!!


『ギャアッ!!』

『うおっ! なんだこいつはッ!』



 攻撃陣全体に明らかな動揺が走りました。それは画面で見ていたわたくしたちも同じです。


 十七階層と同じ魔物、使われた魔法も同じ。

 だと言うのにその魔法はこちらの防御を突き抜けてダメージを与えてきたのです。



『どういうことですか!? 防御魔法が通じない!? 無効化でもされているのですか!?』


「い、いえ、壁は張られているはずです! それを突き破るほどの威力のように見えましたが……しかしいきなり魔法が強くなるなど……」



 わたくしにもシルビアさんと同じように見えました。

 防御魔法は使えるし、実際に壁の役割もしている。しかし魔法の威力が高くて壁を突き抜けたように……。


 同じ魔物の同じ魔法で威力が極端に上がることなどありえません。

 仮に【付与魔法】によるバフを受けたところでここまで極端にはならないでしょう。


 つまり――



「ジータ! おそらくダウンノーク伯の限定スキルですわ! 魔力を高めるか魔法の威力を高めるものだと思います! 防御はより固めて速攻で斃さないとジリ貧ですわよ!」


『おう分かった! おい姉ちゃん!――』



 ジータがエメリーさんに伝えています。これで対処してもらうしかありませんわね。



『アデルさん、ありがとうございます! やっぱりこれ限定スキルなんですか!?』


「そうとしか考えられないですわよ。と言いますか、そう考えて挑んだほうが精神的には楽でしょう」



 実際に答えがどうかは分かりませんが、訳の分からない状況で混乱するよりも限定スキルだと仮定して挑んだほうが戦いやすいに違いありません。


 限定スキルならばどんな理不尽な出来事であっても「それもありうるか」と割り切れますから。

 少なくとも悩んで手を拱いているだけよりもマシなはずです。



 しかし仮に限定スキルならば「ただ自軍の魔法威力を上げるだけか?」とも思ってしまいます。


 十七階層では使っていなかったので階層を限定するか、付与する戦力の数が限られるのか、威力を上げる代償はないのか、などなど分からないことが多すぎます。



「仮に代償なしに威力を上げられるのであれば魔法を一斉に撃たれるだけでこちらは半壊しますわよ」


『ですね……ターニアさんには全力で守ってもらいましょう』


「それに十八階層でこれということは十九階層も同じようなバフ状態と見て間違いないですわ。まさか十八階層限定なんてことないでしょうし」


『そうですね。ここで半壊なんかされたら堪りませんね。おそらく上はこれ以上の戦力なのでしょうし』


「手は掛けられないということですか……しかしこの軍勢、この魔法を相手にすんなりとは……」



 魔物の軍勢は精霊の魔法攻撃と合わせるように襲い掛かってきました。

 魔法で陣が崩れるのを予期していたのですね。


 おそらくダウンノーク伯は最初からその策をもってこの十八階層を用意していたのでしょう。


 高位精霊の怒涛の魔法、それも予想外の威力を持つ範囲魔法で相手を崩す。

 そこに襲い掛かる獣系の魔物の群れ。

 追加で魔法を入れるも良し、敏捷の高さを活かして飛び掛かるも良しと。


 いくらこちらの攻撃陣は精強であってもただでは済まない――それは間違いではないです。



 ――普通に考えれば、ですが。



 確かに攻撃の一角であったクルックーは火属性相手には相性が悪いですし、ナイトメアクイーンや配下のヴァンパイアは神聖属性の次に火属性に弱い。どうしても守勢になります。


 あの魔法攻撃を前にしてはターニア様も守りに回るしかありませんし、シルバや氷貴精レーシーでは相性の良い部分以上に悪い部分が目立ってしまいます。


 ジータも獣の群れから陣を守らなければなりませんから、なかなか攻撃に回ることは出来ません。



 この状態で攻撃に手を回すことなどできないのです。普通・・は。



『エメリーさん! お願いします!』


『お任せください。少々早いですが仕方ありませんね』



 エメリーさんは腰の後ろに付けている小型のマジックバッグに手持ちのハルバード二本を収納し、代わりに一本のハルバードを取り出しました。


 言うまでもありません――【魔剣グラシャラボラス】ですわね。


 今までに持っていたハルバードとは似て非なる武器。それは禍々しい闇の魔力を纏っています。



「な……なんですかあれは……」



 シルビアさんにはあとで説明が必要ですわね。

 エメリーさんが今まで使っていた神授宝具アーティファクトまがいの四本のハルバードは決して主武器ではなく、あれこそがエメリーさん専用の主武器であるのだと。


 出来れば最後の最後まで使いたくはなかったはずです。

 ダウンノーク伯も【魔術師の塔】も未知の存在には違いないのですから。


 【強欲】の時のような過ちを繰り返さない為にも隠し通せるならばそれが一番良い。

 それは【傲慢】同盟戦で最後まで出し渋っていたことからも窺えます。



 しかしエメリーさんは今それを出しました。

 十八階層という道半ばの状態で、それでも出さざるを得なかった。それほどの状況だと言うことです。


 そして使うと決めたならば攻めるのみ。

 他の全員を守りに回してもエメリーさんお一人で攻めるべきです。


 魔物の群れは持前の回避能力で潜り抜ける。

 そうして一撃でも入れてしまえば相手は獣、腐食もするし痛がりもする。


 かすり傷一つで死に至らしめる武器をあの・・エメリーさんが振るうという光景はダウンノーク伯にとって地獄のようなものでしょう。


 限定スキルを使い、虚を突いてこちらの陣を潰し、大きく傾いた戦況を覆したかったはずです。

 まさかそれをさらに覆す一手があるとは思わないでしょうしね。



 さあ、これでどう動きますか、ダウンノーク伯。

 十九階層を放棄して首を差し出してくださってもわたくしは構いませんわよ?



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