58:女帝の塔には変な噂がつきまとうらしいです…



■ガーネット 19歳

■Cランク冒険者 パーティー【紅陽千火】所属



 情報を集め、作戦会議を行い、気合いを入れて準備を行った私たちパーティーは【女帝の塔】へと乗り込んだ。


 転移門をくぐればそこは【帝都】の街並み。

 階層いっぱいに押し込められた、狭苦しくも立派な街だ。


 階層を包む外壁、その正面――おそらく二階層への階段あたりだろう――には巨大な城の風景画が描かれている。

 ここが【女帝の塔】であるならば、あれは【女帝の治める城】なのだろう。

 だからこそ一階層が【帝都】と呼ばれているわけだ。なるほど凝った創りをしている。



「これ屋根をつたって行けたりしないの?」


「無理らしいな。行けそうで行けないってのがトラップになっているらしい」


「折り込み済みかぁ。ま、そうだろうね」



 屋根を歩けば落とし穴のように屋内に落とされ、そこには大量の蜂がいるだとか、屋根から屋根へ飛び移ろうとすると見えない壁があって落とされるとか、落ちた先には槍が生えているだとか……普通に『帝都迷路』を攻略するより危険性が高いらしい。


 じゃあ普通に歩いて迷路を進めば安全かと言われればそんなことはないのだが。

 罠だってあるし魔物だって襲ってくる。あくまでマシという程度だ。



「しっかし人が多いね」


「これでも時間ずらしたんだけどねぇ。ホント人気だわ」


「あたしたちと同じくCランクになるのを待ってた連中が多いんだろ」



 狭苦しい『帝都』だからこそ挑戦者の多さが目に付く。通りの先に見えるのはいくつものパーティーだ。

 この分だと五階層あたりまで攻略されるのは案外早いのかもしれない。


 五階層に行けば往復転移魔法陣が使える。

 だからこそ四階層までを無理してでも突破しようと目論むパーティーは多いのだ。


 私たちも遅れるわけにはいかないな。

 焦りは禁物。調査と検証も必要。それでも攻略の手を緩めることは許されないのだ。



 そうして『帝都迷路』を進んでいると……一階層の半ばあたりだろうか。左側の外壁に近くなった時、別のパーティーの声が聞こえたのだ。



「お、おいっ! あれ見ろよ!」



 迷路の街並みに注視するのが探索の常である中、声を張った彼は外壁を見ていたらしい。

 釣られて見るのは彼のパーティーだけではない。近くにいた別パーティー数組、そして私たちも同じだ。


 その光景を目にし、呆気にとられる。


 長い梯子に上りながら、ペンキを手に持ち、メイドが外壁に絵を描いているのだ。

 おそらく階層正面にあった城の風景画――それと連なる空や山の風景を……。


 外壁全てに描くつもりか!? というか人力で描くのか!? 塔の機能で描いていたのではないのか!?


 いや、そんな疑問などどうでもいい。



「腕が四本のメイド……まさかあれが――」


「【女帝】の神定英雄サンクリオか!?」



 そう。隔絶した力を持つ神定英雄サンクリオは塔の″切り札″である。

 最上階、もしくは最後のボス部屋に配置されるのが当たり前。


 それがなぜ一階層に……。

 しかもその神定英雄サンクリオに絵描きのような真似事を!?

 どういうつもりなのだ、ここの【女帝】は!



 ……しかし。しかしだ。

 これはチャンスでもある。



 神定英雄サンクリオなど攻略の最終盤でなければお目に掛かることなどない。戦うこと自体が夢のような話だ。


 もし斃せれば、たとえ攻略でないとしても大戦果。

 斃せずともその情報を得られれば戦果となりうる。


 とは言え、見た目がメイドだろうと絵描きの真似事をしていようと、神定英雄サンクリオが弱いはずもなく、このメイドがプレオープンで数百人を殺したという情報もあるのだ。


 戦う価値は大きい。

 しかし戦ってはいけない。

 そんな葛藤を覚える中、勇敢にして無謀な挑戦者はメイドの元へと近づいた。



「おいっ! お前は【女帝】の神定英雄サンクリオだなっ! 俺たち【無廟速砕】が相手だっ! さっさと下りてきやがれ!」



 【無廟速砕】……おそらくDランクか、Cランクでも下位だろう。

 数多いバベリオの冒険者だ。その全てを把握している者など誰もいない。

 少なくとも注目されている有望株ではないはずだ。


 メイドは振り向き一瞥すると、言われるがままに梯子を下りてきた。

 ペンキを置き、彼らに向かって一礼する。姿勢を正したお手本のような礼だ。



「初めまして。わたくし【女帝の塔】塔主シャルロット様の侍女を務めておりますエメリーと申します。お見知りおきを」


「へっ! 侍女でもメイドでもなんでもいいぜ! 神定英雄サンクリオには違いねえ!」


「メイドではありません、侍女です」


「なんでもいいっつってんだろうが!!!」



 先頭の剣士が飛び出し、合わせるようにパーティーメンバーが飛び掛かる。魔法使いも火魔法を放った。

 出遅れた他のパーティーも急かされるように殺到する。

 手柄を独り占めさせるわけにはいかない、自分たちが首級をとるのだと言わんばかりに。



 私たちはその背中を見ていた。

 一人のメイド――いや侍女か――に群れる人の波を。

 それはまるでか弱い女性に襲い掛かる悪漢か山賊か――



 ――ザアアァァァン!!!



「なっ……!?」



 次の瞬間、私の目に見えたのは――斬り刻まれた十数人の骸だった。

 ある者は首を刎ねられ、ある者は上半身と下半身は別れ、肉塊と大量の血液が壁のように広がり、それがドサドサと地に落ちる。


 壁が取り払われた先に見えたのは変わらず佇む侍女の姿。

 その手には禍々しい真っ黒なハルバード。

 大きくえぐれた斧の形状は見るからに異質で……



「し、死神か……」



 隣の仲間が呟く。そう、まるで死神の鎌だ。

 エメリーと名乗ったその女は、今自らが斬り殺した死体を一瞥もせず、無表情のまま私たちを見つめる。

 ひっ、と息を飲む音がすぐ後ろから聞こえた。



「さて、貴女がたはどうしますか? 向かってくるのなら――」


「い、いや! わ、私たちは挑むつもりはないっ!」


「そうですか。では失礼して、作業を続けさせて頂きます」


「どどど、どうぞ!」



 彼女は再び丁寧な礼をして、ペンキを手に取り、梯子を上る。

 何事もなかったかのように。数秒前の殲滅劇など。

 それが余計に恐ろしさを増長させた。


 私たちは逃げるようにその場を後にした。

 気付けば入口だ。前に進む気にはならなかった。上に行くなどとんでもない。


 ここには【死神】が巣食っている。


 【女帝の塔】? 【死神の塔】の間違いじゃないか?


 そんな愚痴をこぼしていた。




 ――その後、冒険者ギルドでも噂に上る。


 ――侍女が絵を描いている時は決して近づくな。


 ――あれは【女帝の塔】における【死神】だと。






■シャルロット 15歳

■第500期 Cランク【女帝の塔】塔主



「エメリーさん、大丈夫ですか?」


『問題ありません。今日はもう少し続けたいところですね』


「気を付けて下さいね」



 侵入者が普通に入っている日中に一階層で壁画を描くというのはさすがにどうかと思いましたが、一番エメリーさんの時間があるのはここですしね。


 エメリーさんなら危険性もないでしょうし。

 Cランクの侵入者の方々の力量も量れるかもしれませんし。

 討伐TPも稼げますし。


 ……と少し塔主らしいことを考えてみましたが、一番はエメリーさんがやりたいことをさせてあげたいと、その気持ちが強いです。


 いつも私のために動いて下さっていますし、塔の中とは言え好きに動いて、楽し気に絵を描くのは止めるのも忍びないです。



 エメリーさんの情報が少し漏れちゃうかもしれませんけど……見せている武器も魔竜斧槍一本だけですし。

 動きとかも極力見せていないようですし。

 大丈夫じゃないでしょうか。……希望的観測ですかね。



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