241:ジータさんが飲みに行きます!



■ジータ・デロイト

■【赤の塔】塔主アデルの神定英雄サンクリオ



『おすすめの飲み屋じゃと? それならイイ場所を知っておるぞ』



 何気ない毎日の塔運営の最中、画面共有に割り込んでフッツィルの嬢ちゃんに聞いてみたらそんな答えが返ってきた。


 主たちは今度バベリオの街に繰り出した時に行くつもりの飯屋を色々と聞いてたんだけどな。

 俺は俺で飲み屋の情報が欲しかったってわけだ。


 そういうことならフッツィルの嬢ちゃんに聞くのが一番いい。

 おそらくバベリオ中の食事処をチェックしているはずだからな。


 ファムを操るハイエルフだけの特殊能力……相変わらずすげえもったない使い方をしてやがる。まぁ俺はその恩恵にあやかるだけだが。



 今までも夜に飲みに行くことはちょくちょくあったが、どこも適当に選んだ店ばかりだ。

 騒がしい大衆飲み屋って感じだな。

 俺はそういった店が好きなんだが周りが騒がしくなるのが厄介なんだ。

 酒に溺れて突っかかって来る冒険者とかもいるしめんどくせえったらありゃしねえ。


 んで、フッツィルの嬢ちゃんにおすすめを聞いたってわけだ。

 酒飲みでもないのによく知っているもんだと思ったが「是非とも一度行ってみてくれ」と。


 そこまで勧められちゃ行かないわけにもいかないってことで早速俺は行くことにした。

 主は「はいはい、行ってらっしゃいな」とかなり寛容。これもいつものことだ。



 そんなわけで通常営業が終わった夜、俺は街へと繰り出した。

 一応警戒のために超小型となったフェニックスクルックーを忍ばせてある。<悪意感知>要員だ。

 これなら<気配察知>とかでも気付けない大きさだからまず見つからない。



 言われた通りの道を辿り、大通りの裏道から南側へ……こっちは高級住宅街か?

 いや、さらに曲がって……こっちは確か娼館街だよな。俺も何度か来たことはある。


 やがて辿り着いたのは娼館街と高級住宅地の境あたりにある一軒家。

 門構えは飯屋なんだが、看板も出ちゃいねえ。まさしく隠れ家って感じだ。



 とりあえず入ってみるかと扉を開けると、薄暗い店内でソファーやローテーブル、衝立なんかが並んでいる。なかなかの広さだな。


 客もチラホラ入っていて、ドレスアップした姉ちゃんを侍らせて飲んでいた。

 なるほど、こっちのタイプの飲み屋か。たまにはいいか。

 しかしフッツィルの嬢ちゃんがよくこんな店勧めてきたな……。


 入口に突っ立っているとすぐに執事服の男がやって来た。



「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました」


「初めてなんだが飲み食いはできるか?」


「もちろんでございます。あちらの席でどうぞ。ご案内いたします、ジータ・デロイト様」



 ほお、気付いていた上で普通に接客したな。なるほどこれは高級店だ。

 大抵の店は俺に気付くと騒ぐか取り乱すかするもんだからな。

 こりゃ確かに勧めるだけはあるかもしれねえ。フッツィルの嬢ちゃんもやるなぁ。


 ソファーに座ると両隣に女が座る。これも貴族令嬢のような仕草でそこいらの接客とは一味違う。

 俺は適当に酒と食い物を頼んだ。女の酒もな。これは礼儀みたいなもんだ。


 出て来る酒と食事は見事という他ない。俺としちゃ大衆食堂の味が好きなんだが、これはこれで間違いなく旨い。

 女も話し上手の聞き上手で、魔法契約されてなきゃうっかり【赤の塔】の内情を話しちまいそうなほどだ。


 たまにはこういうのもいいもんだと舌鼓を打っていたんだが……



「おいおい、誰かと思えば英雄ジータ様じゃねえか! こりゃ奇遇だなあ!」



 音楽の流れる店内に相応しくない大声に興が覚めた。


 誰だ、邪魔しやがって――と声のする方向を見てみれば……こいつ、ジグルドじゃあねえか!


 【火の塔】の神定英雄サンクリオ、【竜狩り】ジグルド・バルッジオだ。



「なんでてめえがここに居るんだ、ジグルド」


「こっちの台詞だぜ。ここには何年も通ってんだ。ジータが来るなんて全く知らなかったぞ」


「そりゃ初めてだからな。勧められたから来てみただけだ」



 こいつがいるんなら来るんじゃなかったな。

 新年祭の時にも俺と戦いてえみたいに言ってきたし、阿呆みてえな戦闘狂なんだよ、こいつは。


 個人的に戦いてえのは俺も同じだが場を弁えろと言いたい。

 ましてやこいつの【火の塔】はAランクでも【魔術師の塔】より上だしな。喧嘩は買いたくても買えねえんだよ。



「ここで会ったのも何かの縁だ。どうだ? 帰りがけに『訓練の間』にでも」


「行くわけねえだろうが。どうせ身内に強えのがいるんだろ? そいつと模擬戦でもしてろ」


「そんなのつまらねえだろうが! ジータがいるのに戦わずしてどうするってんだよ!」


「知るか! そんなの――」


「何っ!? ジータだと!?」



 その声は別方向から聞こえた。俺とジグルドは揃ってそっちを見る。

 するとジグルドが「げっ、こいつもいたのかよ」と小声で漏らした。


 酒瓶片手に近寄ってくるのは獅子の鬣を思わせる髪と髭を携えた筋肉質な大男。

 その顔は俺にも見覚えがあった。塔主総会の画面で見たツラだ。



「ガハハッ! 【英雄】ジータに【竜狩り】ジグルドか! 名立たる神定英雄サンクリオが二人も揃っているとは幸運だな! 今日来たかいがあるというものよ!」


「けっ、相変わらずうるせえな。俺はお前がいると分かってりゃ来てねえぞ、ダグラよ」



 Bランク【猛獣の塔】塔主、ダグラ・ベントラー。

 平民ながら若くしてスルーツワイデ王国騎士団の百人隊長を任されていたほどの男らしい。

 ただもう二十年近く塔主でいるはずだから「若くして」とは言えねえけどな。


 ジグルドはすっかり大人しくなっちまった。

 歴も力も【火】のほうが上のはずなんだけどな。ダグラが輪をかけてうるせえから仕方ない。



「お前ら知り合いなのか?」


「時々この店で会うんだよ。見つけるたびに酒持って絡んで来やがるからウゼエんだ、こんな風に」


「ガハハッ! ここで会ったのも何かの縁だ! 共に飲もうではないか!」



 そう言ってダグラは勝手に席に着くと酒瓶をテーブルに置いた。

 ジグルドも無理矢理座らせて酒を注いでいる。無茶苦茶な勢いのヤツだな。こんなヤツだったのか。


 俺も流されるまま酒を受け取り、強引に乾杯させられた。

 ああ……女を侍らせての楽しい飲み食いはもう終わりだな……。



「それでどうしたのだ、強者が二人も揃って。戦いの密談か?」


「うるせえな。俺がジータと戦いてえって話だよ。横取りすんなよ」


「ガハハッ! 【火の塔】では申請しても【赤の塔】が受理しまい! ならばうちはどうだ? 【猛獣】と【赤】ならば丁度いいのではないか?」


「おいコラ、横取りするなっつってんだろうが!」



 おいおい、こいつも戦闘狂かよ。類は友を呼ぶってことか……俺は類じゃねえけど。


 この分じゃ本当に【猛獣】から申請されるかもしれねえな。

 そうなったら……さすがにヤバイか。【火の塔】よりはマシだがとても勝てるとは思えねえ。おそらく【青】と同じようなもんだろうしな。


 ある程度言い争って疲れたのか、どうやら俺と戦うのは諦めたらしい。

 そこからは飲みつつ愚痴る感じになった。



「お前らそんなに戦いてえんならそこいらのヤツに喧嘩ふっかけりゃいいじゃねえか。塔でも侵入者でも」


「それが出来たら苦労しねえよ。【赤の塔】は選び放題だろうけどな、こっちは訳が違えんだ」


「自由に戦えるのはCランクまでだのう! それ以上はだんだんと戦うことができなくなってくる! 困ったものだ、ガハハッ!」



 【赤】だって選び放題ってわけじゃないけどな。【火】や【猛獣】に比べりゃ選択肢はあるだろう。

 誰だって【火】や【猛獣】から塔主戦争バトル申請が来りゃ警戒して却下するだろうしな。早々戦う機会がないってのは分かる。



「んじゃお前ら同士で戦えばいいんじゃねえか」


「ガハハッ! わしは【火】に挑むような馬鹿でないぞ! せめてBランクならば面白い戦いができそうであろう!」


「俺んトコはウィリアムのヤツが臆病っつーか慎重派っつーか、そんな感じだからな。俺が発破かけたところで【猛獣】には申請しそうもねえな」


「そりゃいい塔主じゃねえか。しっかり手綱を握って大したもんだ」


「うるせえよ! おかげで俺ばっかストレス溜まんだぞ! だからこうして飲みに来てんだ!」



 【火】も【猛獣】も塔主はまともな神経してんだな。ダグラは性格がアレなだけで極めて理性的だ。

 戦いたい欲はあるけど物差しがしっかりしてる印象。

 押し引きの線引きがあって余計に踏み込んだりはしねえってことだ。



「つーかこの店は何なんだ? 俺は知らなかったが塔主やら神定英雄サンクリオやら集まる店なのか?」


「その解釈も間違っちゃいねえな。ここなら外野が五月蠅いとか面倒な絡みとかねえし」


「それにしても今日は異常だがな! これほど集まる日も珍しい! 塔の関係者が五人もいるなどわしも初めてだ!」


「五人?」



 俺とジグルドとダグラ、他に二人もいるのか?

 そう思って薄暗い店内をぐるりと見渡すと……ああ、なるほど。


 一人は隅の席にいるのがすぐに分かった。

 とんでもない肥満体型の男がテーブルいっぱいに広げた料理を食い散らかしている。



 Aランク【暴食の塔】塔主、ピロリア・ピロピロティ。


 こいつは確か商人だったな。しかもどっかの国の商業ギルド長だったはずだ。

 なんとまぁ贅沢な暮らしをしてるもんだ。見ただけで金持ちだって分かる。



「ピロリアは分かったがもう一人は誰だ?」


「【色欲】のドナテアだよ。知ってんだろ?」


「ここはほとんどヤツの店と言ってもいいからな! 今この場にはいないが毎日来るからいるも同じだ! ガハハハッ!」



 【色欲】のドナテアだと?

 確かにあいつの『ドナテア娼館』は近くにあるが、ここもあいつの店だってのか。

 だから塔主が来やすいから集まると? ……いや、余計に来たくねえんじゃねえか? 敵の巣窟みてえなもんだし。



「なんだ、ジータ。お前ドナテアを警戒してんのか? そんなこと気にしてたらバベリオのどこの飲み屋にも行けねえぞ?」


「ガハハッ! そのとおり! 夜の街の情報網などどこが繋がっていてもおかしくはない! ドナテアがその気になればいくらでも探れるのだからな! ならば居心地が良く旨い酒が飲める店のほうが良かろう!」



 ドナテアの御膝元だろうが関係なしに塔の関係者が来やすい店だってことか。

 まぁそれこそ高ランクの塔主なんかは金持ちばかりだろうしな。この店はターゲットをそこにしているわけだ。

 なるほど塔主相手の飲み屋とは恐れ入った。さすがは【色欲】だ。


 つーことはフッツィルの嬢ちゃんはその情報を持っていたわけだな?

 それを知っていて俺にこの店勧めたと……偵察かよ、俺は。


 ったく食えねえヤツだ。ハイエルフ様ってのは恐ろしいもんだな。



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