308:影の塔が動き始めました!



■サミュエ・シェール 36歳

■第486期 Bランク【影の塔】塔主



 ジュリエット様が【忍耐の塔】の手により返り討ちにされました。


 お茶会は半年に一度程度、あとは少々のお手紙のやりとりくらいの希薄な関係ではありましたが、わたくしもオーレリア様もジュリエット様も、共に国の貴族の名を背負っている者として志は同じだったと思います。


 【竜翼の塔】はまだ五年目。これからも伸びる塔だったでしょうに……残念ですわ。



 おそらくわたくしやオーレリア様に先んじてあの同盟を討ちたいと意気込んだのでしょうね。

 前回のお茶会の席でもあの同盟に対する愚痴のようなものが多くなってしまっていましたから。


 そしてまずは手始めにと【忍耐の塔】を狙った。その狙いは間違っていなかったと思います。

 【女帝】や【赤】を相手するには今の【竜翼】では不足していますし、【世沸者】は論外。【六花】は弱すぎる。


 となれば【忍耐】か【輝翼】となるでしょうがジュリエット様は【忍耐】を選んだと。

 天使もいるでしょうしね。【竜翼の塔】にとって神聖魔法部隊というのは最も欲しいところでしょうから。



 しかし結果は敗戦。つまり【忍耐】の戦力を見誤ったということでしょう。

 ウリエルだけで竜に勝つのはほぼ不可能。他に何かしらの強大な戦力、それも攻撃側に使える魔物がいるはずです。


 つまり【忍耐】はすでにCランクの域になく、Bランク中位から上位ほどの実力を得ていると見て間違いないでしょう。

 【竜翼】の竜も手に入れているでしょうしね。益々強くなっていると思います。



 ジュリエット様の動きを知って、オーレリア様も動くと思われます。

 おそらく狙いは【赤の塔】。Cランクのジュリエット様が【忍耐】に仕掛けたのならとBランクのオーレリア様は【女帝】か【赤】を選ばれるでしょう。負けず嫌いな御方ですから。


 そして貴族の敵とも言える【赤】のアデル・ロージットを討つべきだと考えるに違いありません。

 まぁ【女帝】よりはマシだともお考えでしょうしね。それも間違いではないと思います。



 わたくしも【赤】は討つべきだと思いますし、できればあの同盟自体を潰したいと考えています。

 それは本国バラージ王国の貴族様方の願いでもありますし公爵位である父からも言われておりますが、わたくし自身の意思であの同盟を潰しておきたいと。


 反貴族を謳う多種族同盟ですからね。そんなものは貴族として許せませんし、バベルの汚点ですから。



 もちろん【赤】は討つべき筆頭なのですが、同盟を潰すと考えた時、一番に潰すべきは【女帝】に違いありません。

 同盟のトップに立ち、中心となっているのは間違いなくあの【女帝】なのですから。


 それは新年祭で【世界】のレイチェル様とご挨拶していた時にも感じました。代表してご挨拶するのは【赤】のアデルではなく【女帝】のシャルロット。二年連続でそれです。

 つまりレイチェル様ほどの御方が【女帝】を代表と見ているということに他なりません。



 ですので同盟を潰すのならば最初に【女帝】を潰すべき。中心たる【女帝】さえ斃してしまえば同盟としての力は相当失われると見ています。

 その後は大した躍進も見られなくなるでしょうし、こちらとしても対処しやすくなりますからね。



 そう思い、わたくしは【女帝】に塔主戦争バトルを仕掛けるための準備をし始めました。

 わたくしの限定スキルを使ってあの塔を調べ始めたのです。


 わたくしの<影カラ覗ク瞳>は諜報型限定スキルに属するもの。

 自らの目、その視線を″影″に置くことができます。目は影から影へと移動しどこまででも……それこそ絶対に入れない敵方の塔内でさえ、影さえ繋がっていれば覗くことができるのです。


 それを使っている間は片目を閉じなければならないとか、一度に覗けるのは一つの視点のみだとか、多少の制約はありますが非常に有用な限定スキルであることには違いありません。


 わたくしは侵入者の影を使って転移門をくぐり、【女帝の塔】に″目″を潜入させたのです。


 入ってしまえばこちらのもの。屋内地形であればいくらでも影はありますし、屋外地形でも障害物や壁、天井の隅などいくらでも影はあるのですからそれを伝っていくのみ。

 そうして階層の構成、魔物の配置、それらをつぶさに観察していきます。



 それは噂以上に難易度の高い塔でした。

 塔構成と配置の妙。そして魔物の質。どれも二年目のBランクではありえないもの。

 四階層あたりまではまだマシですが、五階層以降は魔物が強すぎる。これではBランクどころかAランクの侵入者であっても攻略などできないでしょう。


 それでも観察を続けましたが驚きの連続です。

 九階層ではなぜか天使の部隊がいましたし、十二・十三階層ではなんと海の階層となっていたのです。


 こんなものは歴史書に見る【女帝の塔】でもありえません。一体どこから魔物を手に入れたのか。手に入れたとしてなぜ不合理な塔構成にしたのか、全く意味が分かりません。



 十四階層ではほとんどBランクとAランクの魔物しかおらず、しかし大ボスの姿はない。

 どういうことかと最上階に″目″を移動させたのですが……そこには玉座に座る女王が並んでいたのです。


 赤い絨毯の脇にもいくつかの玉座が並びサキュバスクイーンやアラクネクイーンの姿も確認したのですが、それ以上に正面の光景に目を奪われます。


 中央の【女帝】の玉座、その段下に並ぶ四つの玉座。

 わたくしに分かるのはウィッチクイーン(A)のみでしたが、他の三体は固有魔物に違いありません。


 つまり【女帝の塔】で召喚できるSランク固有魔物が二体。それに加えてどこかから手に入れた固有魔物が一体、ということでしょう。



 【女帝】の眷属はメイドと四人の女王、それは確定しました。

 ランクはSSAAかSSSAか……いずれにしても総合的に見てわたくしの戦力と差はないでしょう。

 いえ、神定英雄サンクリオのメイドがいる分、わたくしの方が下と見るべきですか……屈辱的ですね。



 【女帝】は画面を大きく映し出し、眷属と共にそれを見ながら塔運営をしている様子でした。

 わたくしはそれを近くで見ようと影の″目″を動かし、天井を伝って【女帝】の背後へ――



 ――というところでわたくしは慌てて目を見開いてしまいました。自ら限定スキルを解除してしまったのです。



 最後に見えたのは【女帝】の背後から見える景色。その画面に見る塔の内部映像。

 そして【女帝】の隣に立つメイドがちらりとこちらを見て……おそらくナイフを投げてきたのだと思います。


 あまりに一瞬すぎて分かりませんでしたが……とにかく死の危険を感じて、思わず目を開いてしまったのです。

 どっと汗が流れだし、身体の震えが止まりません。呼吸が落ち着くまでに時間を要しました。



「大丈夫ですカ、サミュエ様」


「ええ……大丈夫ですよ、ありがとう【スカアハ】……」



 わたくしの限定スキルが見破られたことなどありません。

 視覚的に分かるものでもないですし――ただの影ですから――<気配察知><危険察知>なども無意味です。

 <悪意感知>も意味ないはずです。それで分かるのなら九階層の天使にバレていますからね。<魔力感知>も同様でしょう。


 現にSランクの強者たる【女帝】の眷属女王たちは気付いていなかった。

 しかしあのメイドは気付いた……。


 それはなぜかと考えれば、一つ見当が付きます。


 新年祭、【狂乱】のゼーレが襲撃した時のこと。それは英雄ジータとメイドの手によって取り押さえられました。

 英雄ジータは剣でゼーレの手を遮っただけですが、メイドに至ってはゼーレの背後から剣を突きつけていたのです。


 これはゼーレが近づく以前から動き、剣を抜いていなければ出来ない芸当。いくら動きが素早くても見てからでは遅いでしょう。



 そこから導き出される答えは一つ――あのメイドは限定スキルを感知することができる、と。

 だからゼーレの襲撃を未然に防げた。だからわたくしの″目″にも反応できた。



 おそらく異世界人特有のスキルか能力に違いありません。

 しかし距離的な制限があるのでしょう。ゼーレにしてもわたくしにしてもかなり【女帝】に近づくまでメイドは反応しなかったのですから。


 なるほど、だから【傲慢】同盟や【魔術師】同盟にも勝てたのですか。

 あの同盟が下剋上を為した塔はどれも限定スキルを有していたはずです。それに挑み、勝つというのは本来であれば考えられないこと。

 しかし高ランク塔主が限定スキルに頼るのもまた事実ですし、それがメイドに防がれていたとすれば理に適います。



 ではわたくしも手を引くべきか――いえ、それは違いますね。


 今回の偵察で塔構成と魔物を全て把握できましたし、メイドに限定スキルは効かないという情報も手に入れました。

 それとわたくしの戦力を見比べれば……勝ち筋ははっきり見えます。


 あとはそれが為せるような戦略を詰めなければなりません。

 よく考えなければ。スカアハにもかなり協力して貰わなければなりませんからね。






■シャルロット 17歳

■第500期 Bランク【女帝の塔】塔主



 いつもの通り六女王会議をしながら塔運営をしていたある日の午後。

 エメリーさんが突然、背後の壁にナイフを投げつけたのです。


 まぁその投擲が速すぎて、いつマジックバッグから取り出したのかも分かりませんし、「カンッ」という音でようやくそれに気付けたのですが。



「どうしたのですか?」


「いえ、なんとなく見られている気がしましたので……もしかしたら諜報型限定スキルですかね。だとすれば反射的に迎撃したのは早計だったかもしれません。申し訳ありません、お嬢様」


「いえいえいえ、覗かれてたのなら迎撃で正解ですよ!」



 おそらく敵を油断させるために野放しにさせたほうが良かったとお思いなのでしょうが、私からすれば速攻で対処して下さいという感じです。

 覗かれるのなんて嫌に決まってますし。見られていると分かっていながら普通に行動するとか私には無理ですし。



「でも【青】のコパンさんの覗き見は分からなかったんですよね? それで今度は分かったと?」


「ただの勘ですね。本当に限定スキルを使われていたのかは確証がありません。念の為投げつけただけですので」


「なるほど……じゃあ皆さんに注意喚起もできないですか。一応しておいたほうがいいですかね」


「今後高ランク塔主が塔主戦争バトル申請をしてくるようならば諜報型限定スキルを持っている可能性があると、それくらいしか言えませんが」


「いつもの心構えと変わらないですね、それは」



 どこも私たちが目障りなのは同じでしょうし、高ランクの塔なんて限定スキルを持っていて当たり前。諜報型も相当数あるでしょう。


 いつも覗き見、盗み聞きされているくらいの気持ちでいたほうがマシなんですよね。どうぞ覗いて下さいと。

 それでも戦う相手とは戦うし、戦えない相手とは戦わない。結局はそうなるのですから。



 まぁ願わくば覗き見した情報が広まらないでくれ、という感じですかね。

 覗き見した相手と塔主戦争バトルして斃せるようならありがたいのですが……それも危険ですかね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る