第11話 もふもふのもふもふ
「あの……スイ…さんは魔族なんですよね…?」
二人が残念そうな表情になっているとスイの後ろからステラが少し自信がなさそうな声で問い掛けてくる。
「間違いなく魔族の吸血鬼だよ。どうしてそんなことを聞くの?」
「えっ、あっ、その……魔族らしくないなと……思いまして」
「……ステラにとって魔族ってどんな人達?」
そう訊ねるとステラは少し困ったような顔をする。何と言葉にしていいのか悩んでいるようだ。
「思っていることをそのまま口にすればいいよ。私も魔王の娘だなんて言ったけど他の魔族に会ってなんかないからどんな人達なのか知らないの」
「……そう…ですね。凄く…怖い人達です……」
「……そっか……ヴェルデニアに嬉々として付いていく人達も居るかもしれないもんね。だったら全員……」
「あの…スイさん?」
「……ステラ」
「はい」
「敬語はやめて。アルフもフェリノもやめてね。したら怒るよ」
唐突な話題の変更であったがステラは触れてはいけない何かであると本能的に思い口を噤む。代わりにアルフが言葉を掛ける。
「でも、スイが俺達の主であるっていうのは変わらないんだぜ?敬語をやめろって言われてもなぁ。俺はいけても二人は……そのしんどいんじゃねぇかな?」
二人はアルフの言葉通り未だに緊張しているのか敬語が少し崩れることはあっても完全に敬語が無くなったわけではない。……いやこの場合すぐに崩れたアルフの方がおかしいのかもしれない。
「……ん、なら徐々にで良いから敬語はやめてね。私と貴女達は主従の関係だけど、それ以前に友達みたいな関係になりたいから。……主従の関係はやめないけど」
主従の関係を切らないのは理由がある。いずれ来るであろう吸血に関する衝動だ。どれぐらいのものが来るかは分からないがその時に手当たり次第に人を襲ってしまえば築いた関係など吹き飛んでしまうだろう。まるで餌のような扱いだが、スイは三人にそれ以外で酷い事をするつもりはないし、三人の待遇は出来る限り良くするつもりなのでギブアンドテイク?のような関係だ。…多分。
「おい、スイ。誓約の破棄を頼む」
そんなことを話しているとガリアがスイを見て誓約の破棄を求めてきた。
「……ん、良いですけどもう一回誓約して貰いたいです。今度はお互いの敵対の禁止と協力関係を結ぶという誓約を」
「お互いの敵対の部分は困る。もしお前が他の奴等を襲っても俺達が助けられないってことだろうが?協力関係は……まあ、構わん。ある程度は詰めさせて貰うが」
「……なら敵対の部分は無しにしましょう。私は構いません。その代わりに三人の身の安全を保証して欲しいです」
フェリノを手招きする。
「分かった。それは了承する。あと出来たら技術供与も願いたい」
近寄ってきたフェリノを引っ張って膝に座らせる。
「良いですよ。元から教えるつもりでしたし」
フェリノは顔を真っ赤にしている。
「そうか。有り難い。欲を言えばお前からの敵対だけ無しとかして欲し……」
フェリノの尻尾を掴んで抱き寄せる。フェリノは耳まで真っ赤だ。
「それは断ります」
フェリノの頭を抱き抱えるようにして尻尾をもふもふもふもふ…………
「まあ、そうだよなって……おい」
ガリアがじと目でスイを見る。
「何ですか?」
「俺らは今結構真剣な話してる筈だよな?」
「……?その筈ですよ?」
「なら!何で!お前は!そいつをもふもふもふもふしてんだ!!」
「目の端でふりふり揺れる尻尾に我慢できなくなったからです」
「そんくらい我慢しろ!」
「嫌です。昨日からずっと我慢してたんです。もう我慢出来ません」
この間ずっとフェリノは頭を抱き抱えられて尻尾をもふられて顔が耳まで林檎みたいに真っ赤になってぷるぷるしていた。嫌がっている様子はないのでスイはもふるのをやめない。むしろエスカレートしていく。仕方無い、フェリノのリアクションも可愛いうえにもふもふなのだ。スイは我慢してたこともあり止めようとする様子はない。
「はぁ……諦めようガリア?スイちゃんはこういう子なんだって諦めた方が楽だよ。とりあえずスイちゃんには錬成のやり方と鉱石作成の方法を教えて貰いたい。他にも失われた技術を知ってるなら頼みたいな」
怒鳴るガリアを止めたジールはそのままスイに向かって頭を下げる。頭を下げられたスイとしてはそこまでの事をしたつもりがないので少し申し訳なさそうだ。表情が変わらないため良く分からないが。
「分かりました。教えるのはお二人にすれば良いんですか?」
はぁっと溜息を吐いたガリアが頭を掻きながら口を開く。
「いや、出来たら今ギルドにいる奴らと職人連中にも教えてくれ」
「……面倒ですけど分かりました。でもこれだけは覚えていて欲しいのですけど」
「何だ?」
「錬成した武器は今武器屋に置いてあるものより一段…いえ、二段階は上のランクの武器になると思います」
「……?そうだろうな」
「私はこれからそれを作るための方法を教えます。けれどそれを使い、自分達から争いを引き起こそうとするのであれば私はその人を殺します」
「…………どういうことだ?」
「私が錬成や鉱石作成の方法を教えるのはあくまでも魔物や敵対する何かから身を守るためです。その武器を使って単に魔族だからとかで殺されたら堪らないです。なのでもしもそういう行いをした者を見付けたら言い訳無用で殺します。どんな手段を取ってでも必ず見つけ出し殺します。匿う者も同様に殺します。知らなかったでは済ましません。……良いですね?」
「……言い訳も無しか」
「殺された後に言い訳されても腹立たしいだけでしょう?その事態になった時点で殺します。必ず」
「………………周知させておこう」
「頑張ってくださいね?私だってやりたくはないですから。……とりあえず今日は帰っても良いですか?また明日ここに来ますのでその時に教えます。日時の指定とかあるならその日に。何回も同じこと教えるなんて嫌ですから」
「分かった……来るよな?」
「疑うのは当然だとは思いますがどこかで妥協しないと愛想尽かしちゃいますよ?別にここで教えなきゃいけない訳じゃないので」
「……あぁ!分かったよ!さっさと帰れ!」
そう言ってガリアが虫でも払うように手を振って追い出そうとする。スイは膝に乗せていたフェリノを降ろし三人を連れて部屋を出ていく。あとに残された二人はこれからの未来を思い頭を抱えた。……尚この話し合い中スイはずっとフェリノの頭を撫で尻尾をもふっていたことも追記する。
スイ達が一階に降りると受付の一部が真っ白になっていた。少し触れると粘りけのある感触とさらっとした感触の二種類が感じられた。スイはすぐにこれがタウラススパイダーの糸なのだと気付いたが想定以上の量に少し驚く。
「あぁ~♪スイちゃん~♪ちょっと助けて欲しいなぁ~なんてお姉さん思ったりしてるのぉ。助けてくれるぅ?」
シャーリーの声が真っ白な塊の中から聞こえてくる。少し考えてスイは塊をそのまま指輪に収納することでシャーリーを助け出す。シャーリーはどうやったのか少し浮いた状態で出てきたのでスイは視認すら難しいほどの速度で素早くシャーリーの下に潜りお姫様だっこの状態で床にゆっくりと下ろす。先程お姫様だっこされたのでやり返したのだ。シャーリーは少し顔が赤くなっている。恥ずかしがらせることに成功したようだ。スイは少し満足した。
「あぁ~うん。スイちゃんありがとねぇ♪」
「……ん、それよりさっきのがタウラススパイダーの糸で合ってる?」
「そうよぉ。出来るだけたくさんって言われたからぁ、ちょっと頑張って持ってきたんだけどねぇ。転んじゃってぐるんぐるんってなっちゃってねぇ助かったわぁ♪……そういえば糸はどこに行っちゃったのかしら?」
「糸なら持ってますよ。出したら面倒ですのでこれこのまま貰っても良いですか?お金渡しますので」
「持って……?あぁ~魔導具なのねその指輪♪良いわよぉ、でもすっごく高いわよぉ?」
「どれくらいしますか?」
「んっとねぇ、今さっきの量だとぉ……銀貨五十枚はするかなぁ?大丈夫ぅ?」
「銀貨五十枚ですか。想定以上ですね」
「やっぱり高いわよねぇ」
「いえ、想定以上に安かったです。金貨一枚もいかないんですね」
「……えっ」
「とりあえずお支払いします。持ってきてくれてありがとうございます。ファナさんが居ないみたいなのですが……もしかしてまだ持ってくるんでしょうか?」
「……えっ、あっ、ファナさんは別のお仕事に向かったわよぉ」
「そうですか。ではファナさんにもお礼をお伝えしておいてください。私達はそろそろ宿の方に戻ります」
「分かったぁ伝えておくわねぇ♪」
会釈をしてギルドから出ると既に日は落ちていてかなり暗くなっていた。完全に見えなくなる前に宿へと着くため早歩きで向かう。その途中何か妙な声が聞こえた気がしてスイは足を止める。
「……?何か聞こえた?」
三人も立ち止まり耳を澄ませる。三人とも耳は良い方の種族だったからかそれぞれ聞こえたことを話す。
「何か呻き声っぽく聞こえた。どっかで誰か怪我したのかもしれない。血の匂いがそれなりに強いから傷は深めだな」
「少し高い声に感じました!子供のようです!」
「スイさんどうしますか?」
「……三人はどうしたい?」
そう問い掛けると三人は迷わず頭を下げた。
「助けてやってくれないか」
「「お願いします!」」
「……ん、分かった。助けたよ」
そう言ってスイは右手の人差し指を立てて空を見るように促す。空を見た三人は呆然とする。空にあまりに巨大な魔法陣が浮かび上がっていたのだ。その魔法陣から声の聞こえた方へ一筋の光の柱が立っている。ちなみに魔法陣には偽装が掛かっているため見えるのはスイとアルフ達のみだ。スイは自分の限界を知るために何かする際は本気で行使するようにしている。今回も治療の際にどの程度のものを治せて範囲はどの辺りまでなら大丈夫なのかの検証をついでに行ったのだ。また心の中での詠唱でも発動するのかも見てみたかったのもある。
「……じゃ、見に行こうか」
そう言ってスイは宿への道ではなく光の柱が立った場所へと踵を返す。三人は自分達の主の規格外振りを改めて感じて決してスイだけは怒らさないようにしようと誓った。
未だ光の柱が立っている場所へとスイ達が辿り着くと一人の男の子が倒れていた。六、七歳のまだ幼い子供だ。背中の服が斬られたかのように破れている。その子供は意識を失っているようで起きる気配はない。
スイがその子供に近付くと同時に光の柱は溶けるように消えていき、柱と同様に空に浮かぶ魔法陣もゆっくりと消えていく。その子供は見た目こそ人族なのだが何か違和感がある。子供は複数の魔法を意識を失いながらも行使しているようだった。
「偽装に隠蔽、認識阻害?完成度が高い……意識を持ってたら気付かなかったかも」
高度な魔法を常時使用しているにも関わらず子供はそれらをかなりの高精度のまま維持していた。魔法の腕が高いというのもあるのだろうがここまでの精度であれば日常的にこれらの魔法を使用しているということだろう。スイが素直に感心していると背後から一人の男の声が響く。
「おや?お嬢様ではないですかぁ。また会うだなんてご縁があるようですねぇ」
スイが振り返るとそこに居たのはあの厭らしい笑みを浮かべた奴隷商の男が立っていた。
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