第305話 竜族との鍛練



アルフ達が鍛練を開始してから僅か六日後に竜族の一人が倒れた。倒れた一人は重厚な鎧を着た竜族で相対していたのはディーンであった。


「……ふふ、あぁ、やっぱり僕はこういう勝ち方が好きだなぁ」

「……うぐっ!ひ、卑怯だぞ!こういうのは無しだろう!?」

「スオーさん、戦いに勝ち方なんて持ち込めるのは圧倒的強者だけであって決して僕に選べる方法じゃないんだよ?それに最初の方はちゃんと正々堂々と戦ったでしょう?」

「確かにそうだが私が課した鍛練はこう真正面から打ち破るものだ!決して断じて騙すやり口ではない!」

「でも負けは負けだよ?スオーさんは僕に負けた。そこは間違いないでしょう?」

「駄目だ!そんなの認めない!」


二人の言い合いを遠目で見ていたドルグレイは唖然としていた。ディーンは決して四人の中では強くない。いや寧ろ弱いとすら言える。なのに騙し討ちに近いとはいえ竜族のましてや鎧まで着た者相手に打ち勝ったのだ。

鍛練の内容は決闘に近い。騎兵槍ランスを軽い棒切れかのように振り回して攻撃してくるスオーを相手に勝つというものだ。ある意味一番簡単な鍛練であり一番ディーンにとって苦手な筈だった。確かに最初の数日はディーンは真正面から攻略しようとしていた。しかし六日目の今日は少し様子が違った。

スオーの突撃を持ち前の俊敏さで回避しながら何かを囁き続けていた。流石に遠いしドルグレイ自身が放つ魔法のせいで何を言っていたかまでは分からないが途中からどんどんとスオーの動きが悪くなり最後には脚をもつれさせるようにして倒れたのだ。そこに悠然と近付きディーンは兜をずらすとその首に鉤爪を添えたのだ。

傍目から見ていただけでは何が起きているのかさっぱり分からないがやたらとそこに魔力が満ちた異様な空間になっていた事だけは分かった。ドルグレイの知らぬ魔法である事は明白だった。


「……うむ、お見事。スオーよ。下がりなさい」

「兄上!私は負けてなど!」

「下がりなさいと言ったのです。スオー。ここからは私が相手をしましょう」

「くっ、わ、私は認めてやらないんだからなぁ!」


ディーンがスオー相手に言葉を振るっていると遠くから一匹の竜が飛んで来てスオーに話し掛ける。スオーは少し話をした後ディーンを睨むように叫ぶと逃げるように駆けていった。見た目が成人女性なだけに物凄く子供っぽかった。


「さて、第一段階であるスオーの次はこの私、ゼオフです。貴方に課す鍛練は一つ。一定時間死なないようにしなさい。反撃は認めません。全ての攻撃は弱くしますので直撃したとしても死にはしないでしょう。但し一つでも直撃すればその時点で即死したものと見ます」

「……厳しいな。反撃は認めないって攻撃じゃなければ良いの?」

「ええ、構いませんよ。防御に幻惑、誘導、何でもしても構いません。私に対して攻撃となるものが禁止です。誘導して私にぶつけるのは無しです」

「……ん、よし、分かった。やろうか」


ディーンは少し息を吸うと不敵な笑みを浮かべた。そして僅か一回でその鍛練を突破したのであった。





「あのちびっこいのが気になるのかい?」

「ええ、ディーンはその私達と違って身体が出来上がってるとは到底言えないから少し心配で」

「まあねぇ、でもあたしゃとしてはあっちの小僧の方が心配だけどねぇ」

「アルフが?」

「そうだよ。あの小僧の相手はデハークだ。デハークは若いが才能に溢れてる。アルフとやらが才能に溢れてようが同じようなやつ相手にどこまで通用するか分かんないね」


ステラはシャオの言う言葉を真剣に考える。ステラ達の共通の認識としてアルフは四人の中で最も強い。正面切っての戦いでは間違いなく勝てず搦手を使ったとしてもそれを正面から打ち破ってくるだろう。そのぐらいには強いアルフが苦戦する事はあっても負けそうになるというのが想定出来なかった。


「ふむ、少し見に行ってみるかい?あたしゃボロボロになってると見るけど」

「……いえ、アルフ達の事信用してますから」

「ふふ、そうかい。ならあたしゃ達も頑張らないとね」

「はい」


ステラはシャオの扱う魔法を時に自分用にアレンジしたり効率を上げたりして覚えていく。少し時間は掛かりそうだったがステラも問題無く突破しそうになっていた。





「うひぃっ!?無理無理無理無理無理無理ぃ!!」

「そう言いつつまともに当たってなどおらんではないか」

「当たったら死ぬかもしれないから必死になってるの!」

「我がそのような下手な加減をするか。当たっても数日寝込みそうになる程度だ」

「十分じゃない!?」


ドルグレイはこの目の前の少女の恐ろしいまでのその加速力に目を見張っていた。確かにドルグレイ達ならば目の前で加速して消えたとしても即座にそれを捕らえる事も出来る。だがそれ以外の者、魔王にもなっていないような魔族であればかなり厳しくなるのではないだろうか。勿論その速度で走れるからと言って魔族に勝てるかと言われたら否だ。速度の割に攻撃力とでも言うべきものが無いのだ。ドルグレイならば無防備に目に攻撃をくらった所で恐らくその剣が目を貫くことは無いだろう。


「勿体ないと言えば勿体ないが雑魚相手にはこれで十分か。だが物足りないな。少し硬い者が居るだけで厳しくなる。もう少し何とかしてやりたいが」

「考え込むのは構わないけど爆発系の魔法ボコスカ打ち込むのはやめて欲しいんだけどぉ!?」


フェリノは今日もひたすら逃げ惑っていた。恐らく全員の鍛練が終わる日までこれが終わることは無いだろう。





「……」

「おい、何ぶっ倒れてんだ」

「……うる、せぇよ」


デハークは目の前で血だらけで倒れるアルフに対して厳しい目付きで睨み付ける。デハークには傷らしい傷は無くアルフに完勝した事は誰が見ても明らかであった。


「何で勝てねぇか分かるか?」

「……」

「分かんねぇか。ま、今のお前じゃ分かるわけねぇよな」

「……」

「良いか。お前が何で俺に勝てねぇか教えてやる。お前と俺の違いはな、魔力の運用方法だ。お前の魔力の動きは雑で感覚で使ってる事が分かんだよ。対して俺はちゃんと理論立てて使ってるし無駄な魔力の使用なんてしてない。だからお前の方が先に無くなるし強化も足りねぇから俺に打ち勝てねぇ。魔法が使える仲間が居るからって疎かにしてたろ。それが今この場で明らかになってんだよ」

「うる、せぇんだよ」

「分かってんだろ。お前は本気で鍛練してたつもりなのかもしんねぇけど俺からしたらまだまだだ。苦手だから?お前より使えるやつが居るから?甘えてんじゃねぇよ!良いか!お前が本気でやってねぇから俺に今こうして負けて地面に這ってんだ!お前のせいで仲間が危険になるんだ!」

「うる、せえって言ってん、だろうが!」


無理矢理起き上がったアルフが拳を握り締めてデハークに殴り掛かるがデハークはその拳を掴むと地面にその身体を叩き付ける。


「ぐっ!」

「本当に仲間の事を思うならお前は苦手だろうが何だろうが鍛えるべきだった!おままごとじゃねぇんだぞ!自分でやれる事は全部やれ!苦手なもんは得意なもんに変えて得意なもんは長所にして!お前自身の限界をお前が決めてんじゃねぇ!限界なんぞお前が諦めなきゃねぇんだよ!どんな事だろうがやり続けろ!」

「うるせぇ!分かってんだよ!んなこと!」


アルフが叩き付けられて痛む身体を起こすとデハークの身体を掴むと無理矢理投げ飛ばす。勿論デハーク自体は大した傷も負ってない為、即座に体勢を直して難なく着地する。


「ごほっ!」


アルフが血反吐を吐き身体をよろめかせるがその目はギラギラと輝いていてデハークに近付くのを躊躇わせる。


「分かってんだよ……だからこうしててめぇから盗めるもん盗もうとしてんだろうが」


アルフはデハークに殴られ蹴られつつもその身に纏う魔力が自分のものとは違う事を理解していた。だからこそどのように動いているかどんな場面で使われているかどういう風に制御しているかをずっと観察し続けていた。戦いの中でそれをするのがどれ程難しい事かデハークは分かっている。


「……はっ、くははっ!良いじゃねぇか。なら存分に見やがれアルフ!」

「うるせぇ……もう十分見てんだよ。魔闘術」


アルフはにやりと笑うとデハークと真正面から殴り合いを始めた。殴り蹴り斬り斬られそうして数時間が経過した時立っていたのは一つの人影、獣の耳を付けた人影だけだった。

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