第304話 鍛練の開始



アルフ達の目の前に広がるのは不思議な渦だ。その渦はあまりに唐突に庭の一部に出現していた。色は目まぐるしく変わり一時も安定していない。渦に間違えて入らない為なのか一応と言った感じで周りに柵が出来ているが必要があるかは知らない。そんな渦の前でアルフ達は腰が引けていた。

この渦の中に飛び込めば亜人族の神ドルグレイが守護している天の大陸に到着するというのは知っている。だが分かっていても奇妙すぎるそれは飛び込むのを躊躇わせた。またその渦の大きさが明らかに人よりも小さくディーンならば立ちながら入れるがそれ以外の面々はしゃがまなければ行けないというのも抵抗感を作り出していた。


「入らないのですか〜?」


見送りに来たテスタリカは不思議そうに聞いてくるがアルフ達は転移の経験はたった一回だしそれも入るというより魔法陣に包まれたと思ったら移動していたというものだ。こんな奇妙な渦の中に飛び込むといったものではない。


「なんでこんなに気持ち悪いやつなのかは分からないけど行くぞ皆」


アルフが少し息を吐いてからフェリノ達にそう告げて一歩進む。フェリノ達も恐る恐るではあるが進み始めた。そしてアルフが渦の中に身体を屈めて入るとその場から消え去った。それを追うようにフェリノ達も次々と入って行き後に残ったのは見守っていたテスタリカだけになった。


「……さて、私も〜色々動くのですよ〜」


テスタリカはのんびりとした口調でありながらその言葉には悲壮な決意が感じられるようだった。





風が異常に強く感じる。アルフ達が真っ先に感じたのはそれだった。以前来た時は風は地上よりかは強かったもののここまででは無かった筈だ。今は少し踏ん張っていないと身体が動きそうになるほどの風が吹いている。


「っ!な、何だ。こんなに風強かったかここ?」


アルフが咄嗟に耐えて自分の後ろから出てくるフェリノ達の風除けとなるべくコルガを取り出して風を遮る。その甲斐あってかフェリノ達は多少よろけはしたが何とか耐えることに成功する。


「良く来たな」


風に耐えながらも周りを見渡そうとするとアルフ達の上から声が聞こえてきた。顔を上げて見るとそこには全貌を把握する事など出来ないと言えるであろう巨大な龍が空を優雅に飛んでいた。何せ顔こそ此方に向けているがその先の尻尾、いや胴ですらしっかり見れていない。その龍こそ亜人族の神ドルグレイだ。


「来させてもらいました。早速なのですがお願いしても良いでしょうか?」


アルフがいつもとは違う口調で話し掛ける。それに対してドルグレイは一言こう返した。


「……普通に話して良いぞ?何か……こう、ムズムズするから」


言葉通りムズムズするのか悶えるように動くドルグレイにアルフはどう返したらいいのか迷い、少しして諦めた。多分ドルグレイはスイと色んな意味で似ているんだなと。


「あぁ……うん、分かった。普段通りに話すわ」

「……スイもそうだったがお前も大概だなアルフ。言われたからといってすぐにそう出来るのは中々難しいぞ?」

「だって、この話し方面倒だしな。使わなくていいならそれに越したことない」


アルフはそう言うとコルガを担ぎ直す。


「鍛錬をしてくれるんだったよな。ってことでよろしくお願いします!」

「……うむ。良かろう。付いてくると良い」


ドルグレイは何とも言えない表情を器用に浮かべると先行して飛んで行く。その後をアルフ達は付いていくと暫くして凄まじい数の気配を感じた。その数はざっと把握するだけでも百は間違いなく超えている。少し緊張しながら行くとそこには大小様々な竜が居た。

赤い鱗の小柄な竜、紫電を纏う大きな竜、どこかぼやけて見える霧のような竜、アルフ程度の大きさしかない竜にしてはかなり小さな竜、逆にドルグレイ程ではなくても見上げるのが辛くなる程の大きな灰色の竜など人族が見たら泣き出しそうな程の強大な存在達が百、いやこの分だと三百は居るかもしれないそれらが一様に此方を見ているのだ。気の弱い者ならショックで倒れていてもおかしくない。

しかしアルフ達もまたそれなりには戦いをしてきた自負がある。この程度では怯みはしない。アルフ達が気負うこと無く近付くと竜達の何体かは感心したように少し声を上げる。


「皆の者、以前にも言ったがこの者等が皆に鍛えて欲しい者達だ。頼むぞ」


ドルグレイの言葉に竜達は頷くと一斉に光り輝くとその場には竜の特徴である鱗と尻尾がある者達が立っていた。竜族の持つ竜化の能力を解除したのだ。獣化を持つ亜人族は少なくアルフやフェリノも使えないのだが竜族はその性質上か全員が生まれながらにして竜化の能力を持っているのだ。これこそが亜人族最強の名を欲しいままにした一端である。但し地上戦における最強は白狼族である。理由としてその機動能力に竜族の鱗すら突き破る攻撃力が上げられる。


「よろしくお願いします!」


アルフの声が響きそれに続いてフェリノ達も頭を下げる。頭を下げたアルフの頭に大きな手が乗せられる。


「おう!任せな!お前を鍛えるのは俺って決まってんだ!よろしくな!」


アルフの頭に手を乗せたのは一見かなり若そうな青年だがその身に秘める力はかなりの物だ。とは言ってもアルフとしては疑問に思ったのがこの青年よりも明らかに強い者が複数存在することだ。それはフェリノ達も感じたのか違和感を覚えているような表情だ。


「疑問に思ってるみたいだな?何で俺なのかって。まあ分かる。俺より強いのが後ろに居るのに何故ってな。だがまあ理由を言うと苛立つだろうが簡単だ。お前らが弱いからだ」


アルフがその言葉に反射的に言い返そうとして口を噤む。


「……まあ嫌な言い方だがそういう事だ。少なくとも親父連中とお前らじゃ何十回、いやそれこそ万の回数戦ったとしても勝ち目なんざ一つもありやしねえ。だがな、その万に一つの勝ち目を作る為の鍛錬だ。だから俺がお前を鍛える。あの嬢ちゃん達も別の竜族が教える。マンツーマンってやつだ。ドルグレイ様が言うにはだな。俺とお前の実力はほぼ互角に近いらしい。だからすぐに……とは言わねえがお前なら俺ぐらいは超えられる。超えた先にも壁はあるだろうがそれも超えればまた壁がある。だがそうして超えて行った先にきっとお前の求める力がある」


青年の語った言葉にアルフがハッと目を覚ましたかのように見つめる。その目には既に先程の疑問は消え去っているように見えた。


「良い目だ。さて、俺の名前はデハークだ。短い付き合いになるか長くなるかはお前次第だがそれまではちっと俺に付き合いな」

「アルフだ。すぐに追い抜かしてやるよデハーク」


好戦的に笑ったアルフにニヤリとデハークは笑い返すと二人で少し離れていった。

その姿を見ていたフェリノは若干遠い目をしていた。それには色々と理由はあるが原因となる目の前の龍に半眼を向ける。


「……あの、何で私の目の前にドルグレイ様が居るんですか?ねえ、何で?」

「……言い難いのだがな。お前はその……早いだろう?」

「うん。それなりには早いと思うよ。でもそんな訳ないよね?ほらさっきのあの人とか絶対早いでしょ?それで良いじゃん。ねえ、目を逸らさないでよ」

「お前の速さに付いていけそうな竜族が居なくてな?」

「嫌だ。聞きたくない」

「段階に応じて強くはするがちゃんと手加減はするしそれなりに有意義な時間にする事は誓おう」

「……」

「……お前の相手は我だ」

「やだー!?何で!?どうしてそうなっちゃったの!?明らかにおかしいよ!?」

「……すまない」

「謝らないでよ!?」

「時間も押してるだろうしやろうか」

「やだー!?死にたくないよぉ!!」

「ハッハッハ、まずは我の攻撃から逃げ続ける鍛錬だ。行くぞー」

「いーやー!?」


そうして一人は全力でもう一人は悠々と空を泳ぎながら凄まじい爆音を響かせながら何処かに走って行った。

フェリノのあまりに可哀想な悲鳴を聞いてステラは同情の念を送る。しかしすぐに切り替えると目の前に座る?いや横たわっているのか良く分からないが何故か竜化したまま戻らない恐らく老婆であろう存在に向き合う。


「済まないねぇ、あたしゃもう人の姿でいるとあまり動けないんだ。申し訳ないけどこのままでいかせてもらうよ」

「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」

「あいよ。あたしゃシャオって言うんだ。気軽にシャオ婆とでも呼びな」

「私はステラと申します。シャオ様」

「様なんて付けなくて良いんだけどねぇ。まあ良い。あたしゃあんたに身体の動かし方こそ教えられないけど頭ん中にある魔法を教えるのは出来る。あんたにゃあたしゃの全ての魔法を叩き込んでやるよ。厳しく行くけど頑張んなよ」

「はい!」


フェリノとは違い二人はその場に留まると静かな鍛錬を開始し始めた。

皆の様子を眺めながらディーンはぼんやりと辺りを見回す。地形に空気、風の流れなどを把握していく。


「私の相手は君か。思ったより小さいな」

「先日十歳になったばかりだからね。アルフ兄とかと比べたらそりゃ小さいさ」

「十歳か……」

「何?まだ若いんだから戦いに向かわなくてもとか思ってる?」

「まあ正直な感想だけを述べるならな。馬鹿にしている訳では無いぞ。本来君のような子供は大人や保護者が守るべき存在だ。そんな存在が戦いに赴かなければならない状況になっている事こそを私達は恥じねばならん」

「まあその意見には概ね同意するよ。だけど守られるだけじゃ嫌なんだ。僕にだって守りたいもの位ある」

「……君は幼くとも戦士なのだな。分かった。ならば私も本気で戦おう。私が出す課題はただ一つ。純然たる戦力だ。君が最も苦手とするであろうそれを克服出来たならばきっと君は更に伸びる」

「あはっ、望む所だよ。ディーンだ。よろしくねお姉さん」

「スオーだ。小さき戦士ディーンよ。遠慮も容赦もしない。君の力存分に発揮するといい」


ディーンは少し冷や汗を流しながら相対するスオーは重厚な鎧を着たその身体に小脇に抱えていた兜を頭に被せるとその手に騎兵槍ランスを抱えて突撃した。




「俺は戻っても良いかな?」


何故か連れて来られた宗二は早々に置き去りにされて少し不貞腐れた後そっと屋敷に繋がる渦の中に入って戻った。だって宗二を鍛えるとかいう竜族来なかったし。宗二は落ち込むと屋敷の部屋で少し不貞寝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る