第303話 隠れた天才



「では〜皆様〜おやすみなさいませ〜♪」


アルフ達は呼びに来たテスタリカと夜食を共にした後、明日はかなり疲れると思われる為に早めに休む事にした。テスタリカの居る屋敷には本来王騎士と呼ばれるリードやその息子であるジアは住んでいる筈なのだがどうやら王城の方に行っているらしく最近はあまり帰ってきていないらしい。

ちなみにリードの妻でテスタリカと同名の女性は居るのだがアルフ達と喋る事が無さ過ぎて殆どは魔族の方のテスタリカと話していた。というか名前が一緒なのは少し紛らわしくて仕方ない。

部屋に戻って来たアルフは明日の為に早速寝る事にした。ベッドに横になって目を閉じ意識が落ち始める瞬間部屋の隅にほんの少しの違和感を感じて咄嗟に寝る時にも付けている指輪からコルガを取り出すと跳ね起きてそちらに向けて突く。しかしコルガは空を切り何も起きることは無かった。


「?何かあったような気がしたんだけどな?」


アルフは変な違和感を感じつつも神経が過敏に反応してるだけだと思い直し指輪の中にコルガを直すとベッドに横になり今度こそ寝始めた。コルガで突かれた場所には小さな蚊のような魔物が落ちていたのだがそれに気付く事は出来なかった。



「うひっ!?マジかぁ。飛鬼ひき越しとは言え大剣が目の前に迫ってくる経験なんざするもんじゃねぇな。マジで死ぬかと思ったわ」


宗二はドキドキする胸を抑えながらそう呟く。飛鬼は全ての部屋に配置していてアルフの部屋だとかは特に気にしてはいなかったのだが次からは少し考えた方が良いかもしれないとそう思う。ちなみにフェリノやステラの部屋には流石にどうかと思ったので飛鬼の配置はしていない。正確にはしていたが二人の部屋と分かったら部屋から出して扉の前で待機させる事にした。


「しっかし飛鬼ひきに気付くってどんな性能してんだあいつ。害意もなくただ見てただけの蚊に気付いたってことだぞ。バケモンかよ」


宗二はそう言いながらもとりあえず扉の前にでも置いておこうと一匹追加で出して飛ばしていく。そしてその瞬間自らの首元に鋭い刃を持つ鉤爪が添えられた。


「……」

「うん、分かってるよ。君が僕達の為にしているって事はね。でも僕には教えて欲しかったなぁ。そんな便利な物があったならさ?いや手持ちの全てを見せてなんて言われても教えたくないって言う心情自体は理解するよ。だけど僕達は同志だろう?隠されると取れる手立てもその分少なくなるんだ。アルフ兄達には黙っておいてあげるから……ね?」

「寧ろどうやって俺の元まで来れたんだお前、しかもその様子だと俺が居るって知ってたな?夕方にいきなり転移してきた俺を」


宗二はそっと鉤爪を指先で退かすとすんなり外してくれたディーンが笑みを浮かべながら立っていた。当然ディーンの部屋にも飛鬼は設置していたしこの部屋に来るまでの廊下にも何匹も配置していた。そもそも部屋の中にディーンが居たことも飛鬼の目は捉えていた。なのに何故此処に居るのかと宗二が思うとディーンは笑みを浮かべたまま部屋の中のソファーに寝転がる。


「そりゃ分かるさ。そもそも僕達亜人族に五感の感覚で勝とうなんて甘い。君が来た事はすぐに分かったよ。とは言ってもこの屋敷の人達の匂いを覚えておかないと流石に分からないとは思うけどね。現に僕以外は分かってなかったし」

「屋敷の人間って数えるだけでも三十人は超えてるんだが?」

「その程度なら覚えるのも容易いよ。流石に学園とかの規模になると厳しいものもあるけどね」


学園の人数は数千人単位だ阿呆がと宗二は叫びたくなる気持ちをぐっと堪える。アルフ達の中では最も年下のこの男の子は記憶力も高ければ頭の回転も恐らくかなり早いのだろう。ある種スイに似た規格外の化け物というやつだ。気にするだけ無駄というものだろう。


「まあいい。んで?幾らお前でも見られている時夢幻ファンタジアだっけ?使っても効果は薄いんじゃなかったのか?」

「そうだね。でもそもそも見られる前に使ってるなら話が変わるよね?」

「はあ?」

「あはは、分からない?僕は君が来るよりも前、いやそれ以前の話でこの街に来る前から馬車の中でずっと使い続けているよ?寧ろ解いた時なんか一秒たりとも無いんだから分かるわけないだろう?僕は弱いからね。アルフ兄みたいに奇襲されても即座に反撃なんか出来ないしフェリノ姉みたいに避ける事も出来ない。ステラも魔法で致命傷じゃなければ治してすぐに行動出来るだろうけど僕にはそれらの力が無いんだ。なら最初から大丈夫なようにするのは当然の話でしょ」


滅茶苦茶な理論にも聞こえてくるがそれが出来るにはどれ程の鍛錬が必要になるのか検討も付かない。十歳になったばかりの少年が持つには異常過ぎる警戒心だ。どんな経験をすればそうなるのか分からない。


「はぁ……良いや。俺みたいな凡人にゃ理解出来ねぇし」


とりあえず諦めた。宗二がこれから先どんな経験をしたとしてもディーンのようにはなれないしなろうとも思わない。


「それがいいよ。それでその飛んでいる……飛鬼ひきだっけ?もしかしてそれもアンデッドなの?」

「ああ、そうだ。見た目通り大した事は出来ないけどな。ただの情報収集になら幾らでも使えるから割と気に入ってる。死んでも数が多いからすぐに調達できるのも大きいな」

「良いね。それで君は何を見たの?」

「何も見て……」

「見たよね?テスタリカと……ゼスさんとかかな?あ、当たった?どんな会話してたのかな?今後の話?それとも……いや、違うかな?スイ姉の事?あ、うん。起きるタイミングとか……何年後?一年?二年?三年?四年?……四年後か」

「……頼む。人の顔色見て暴いてかないでくれ。普通に話すから……」


宗二は隠そうとしたそれらを秒単位で暴かれたので諦めて素直に話す事にした。というか隠してもバレる以上隠すメリットが無い。


「あはは、スイ姉直伝の人の顔色を見るの成果は大成功だね。君が素直で読みやすかったよ」


ディーンはそういうがそんな簡単に出来る事では無い。スイは出来るのが当然だったせいか気付かなかったようだが。ちなみに弟である拓也は僅か数週間でそれらの技術を使いこなせるようになっていた。ディーンは流石に時間こそ掛かったがやはり数ヶ月といった所なので十分に異常である。

宗二は隠さずに全てを話した。ゼスが見た予知の内容こそ分かりはしなかったがかなり厳しい未来が見えたのだろうという事や四年後の冬になる前にスイが目覚める事、ゼス自体はどこかで死ぬ可能性が高い事など包み隠さず全てだ。

ついでに宗二では使い方を見い出せない可能性も考えてアンデッドの能力の全てを話してみた。勿論現状使えるアンデッド達も全てだ。ディーンはそれらを使いこなせるだけの頭があると判断したのだ。宗二も使いこなしている自信はあるがそもそもこの世界の事についてはあまり知らない。そういった点を考えて伝えた。嘘だ。どちらかというと有用性を伝える事でディーンからの心象を良くしたかっただけである。明らかにディーンはスイ以外の誰も信用していない。アルフ達ですらもしも敵になったならどんな手を使っても殺しにくる筈だ。そこに情け容赦は一切無いだろう。

そんなある種の劇薬に近いディーンは宗二の事をいらないと判断したら即座に切り捨ててくるだろう。せめてアルフ達と同レベルの扱いをしてもらう迄は怖くて仕方ない。というか実際先程首元に鉤爪を持ってこられるまで気付かなかった事を考えると寝ている最中にそっと心臓に爪を突き立てられても気付かないだろう。眠るようにそのまま殺されると思う。


「……うん。うん。良い能力だね。慣れちゃうと他の事を疎かにしちゃいそうな位だ」


ディーンは機嫌良さげにそう呟くと宗二に笑い掛ける。


「良し、じゃあまずは僕の言う人族、亜人族を君の力で集めてくれるかな?あ、集める場所もちゃんと指定するよ。君なら名前を言っただけで分かるんだろう?」

「ああ、俺の力には対象の名前を知る必要があるからな。飛鬼ひき越しに見るだけで名前も分かる」

「便利だね。じゃあ集めてもらおうかな」


ディーンはそう言って名前を次々に挙げていく。流石に七十を超え始めたあたりでこいつ記憶力良すぎじゃないかと本気で思ったが今更なので諦めた。俺?覚えてるわけないだろ?アンデッドに記憶させて飛び回らせておけば該当したやつを見付けたら報告が来るよ。自分で言うのもなんだが本当に便利だなと思う。後そろそろ名前呼びやめて欲しい。百人以上集めてどうするんだ……。俺は早めに終わらねぇかなと思いながらディーンの言葉に耳を傾けるのだった。

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