第302話 二人の会話



「……という事でアンデッド使いの男は連れて来ました」

「うん。ありがとう」


ある部屋で二つの人影が話し合っている。片方は青年でもう片方は幼女と言っても過言ではない姿、テスタリカだ。そしてテスタリカの報告を受けているのはスイの兄であるゼスだ。


「不満そうだねテスタリカ、顔に出ているよ?」

「……すみません。しかし未だに分からないのです。あのアンデッド使いの男が役に立つとは到底思えなくて。ヴェルデニアとの戦いにおいて役立たずは味方に負担を掛けます。わざわざ他の街に働き掛けて迷いの森を攻撃させて……そこまでする価値があるのですか?」

「う〜ん、そうだね、彼はヴェルデニアとの戦いでは何の役にも立たないよ。彼が操るのはあくまでただのアンデッドだしね。だけどそうじゃないんだ。彼に期待しているのはその後の話なんだよ」

「その後……ですか?」

「そう。彼は僕の見た未来において唯一スイに従いながらも心酔しない貴重な人材なんだよ。勿論似たような子は何人か居たけど彼程条件が揃った子も中々居ないからね」

「心酔しない……それは良い事なのですか?」

「ああ、良い事だよ。だってスイがどんな立場になろうともあの子自身を見てくれる。友人関係になれるのさ。スイの心を守るという意味では彼も必要な人材さ」


ゼスの言葉にあまり納得はしていないのだろう。テスタリカは渋い表情を浮かべるがやがて諦めたのか首を振る。


「私にはそれが必要かどうかは良く分かりません。今のままでも大丈夫なように感じていましたがゼス様がそう仰るなら今はそれで納得しておきます」


ゼスはその言葉に苦笑いを浮かべる。


「まあ今は無理に納得しなくても良いさ。彼の存在が必要だと分かるのはその時が来ないと分からないからね」


ゼスはそう言うと深くソファに座り込む。テスタリカは少し頭を下げてからその隣に腰を下ろす。


「さて、テスタリカよろしく頼むよ」

「はい。お支えします」


ゼスが目を閉じて自分の中の魔力を練っていく。ゼスの身体の中にある魔力量は決して多くない。魔族の中では最底辺だと言っても過言ではないだろう。しかしその身の内に秘める素因は有象無象の素因とは桁が違った。


「選択された未来を見せろ、予知バラジェクト

「我は万象の全てを知る者、把握コンリュート


二人の身体から膨大な魔力が溢れ世界に溶け込んでいく。そして二人は未来を知る。



赤に染まる街、希望を失った人々、対峙する二つの影、泣き叫ぶ少女の声、荒野に立つ総数が分からない人の影、雄叫びを上げて進んでいく者達、そして……一人の少女の血塗れの姿



そこまで見た二人は素因の使用を止める。次の瞬間その反動かのように二人の口から血が溢れ出す。しかしそれを慣れた様子で拭く二人は険しい表情を浮かべる。


「……どういう物だと思いますかゼス様」

「……分からない。今までに見た予知の中にあんな場面は無かった。いや最初は何となく分かるけどそれ以降が分からない」

「そうですか……ですが既に計画自体は進行しています。今更止めることは出来ません。私達に出来ることは今よりも最良の未来を作り上げる事だけです」

「そうだね、その通りだ」


ゼスは少し息を吐くとテスタリカに声を掛ける。


「テスタリカ、スイの様子はどうだい?」

「……未だ眠っています。起きる様子はありませんね」

「そうか。なら起きる日は決まったかな」


テスタリカの返答を聞きゼスは今までに見た予知の中で現在の状況を当て嵌める。


「スイが起きるのは四年後。冬になる少し前だね。日付までは分からないけどそう遠くないはずだ」

「四年後ですか」

「ああ、僕たちの想定していた最悪の事態より遥かにマシだ。何せ最高で二百年以上の眠りに付くんだから。まあ可能性としては殆ど無かったけど」

「最短で二年でしたからね。振り幅が大き過ぎて調整するのに苦労しました」

「あはは、君には負担を掛けちゃったね。だけどまだ僕達にはやる事がある」

「……本当にやるのですか?」

「うん。頼むよテスタリカ。君にしか頼めない」

「……はい。分かりました」

「ありがとう。スイを、僕の可愛い妹を頼むね」


ゼスの言葉にテスタリカは頭を下げる。そのテスタリカの頭をそっと撫でると立ち上がる。


「今までありがとう。テスタリカ。もしも僕が生きて帰れたらその時は……そうだな。美味しい料理とお酒でも用意してくれ。そして計画の成功を祝って二人だけで祝宴でも挙げよう」

「……ふふ、そうですね。良い提案です。是非とも成功させてくださいませ」


ゼスの言葉にテスタリカは笑みを浮かべる。


「じゃあ行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませゼス様」





「……何だこれ」


俺は飛鬼ひきから貰った情報に頭を悩ませる。特大の爆弾を無理矢理押し付けられた様な気だ。しかも解除するのも命懸けとかそのレベルのやつだ。


「ああ、くっそ。だけど俺が役に立たねぇって言われた事だけは絶対に忘れてやらねぇ。お前らの計画が何かは知らねぇし俺に出来ることなんざ大した事は無いけどよ。だけど本当の脇役ってのは誰も見てなくてもお前らみたいなやつの為になる事が出来るんだよ。見せてやるよ脇役の力ってのをな」


そう一人で呟く。ちょっとばかりイライラするが仕方ない。実際俺に出来る事は殆どない。当たり前だ。俺に与えられた力はアンデッドを作ったり指示を出したりするだけで決して俺自身は全くと言っていいほど強くない。


「だけどあいつらの中じゃ俺は弱い。予知なんてものを持ってるせいで見えた先に俺が居なかったら分かんねぇのかもしれねぇけどな」


そう言いながら俺は飛鬼ひきを更に取り出すと笑みを浮かべる。


「俺の力は大した事ない。だけど使い方によっては単に強いだけのやつより遥かにうぜぇって思わせられるんだぜ?って事で飛鬼ひき、進化しろ」


俺の手の中で飛鬼ひきは徐々に身体を大きくさせていく。とは言ってもこれでもせいぜい五センチ程度だ。だがその力は何百倍にまで跳ね上がってる。元の力が単に弱すぎるだけだが。


「さあ、出番だ。お前達に宿した力でもって手駒を増やしてこい」


俺の手から何百匹という単位で飛鬼ひきが飛び立つ。一部は帝都の中に殆どは街の外へと飛び出していく。


「きっと普通にやってるだけじゃ助けられはしない。なら普通にやらないだけだ。今までは見付けたやつだけアンデッドにしてたけど今からは違う。盗賊は見つけ次第アンデッドにして、それ以外も死んでたらアンデッドに、魔物は積極的に殺してアンデッドに」


アンデッドしか使えない。だからどうした。ならアンデッドが強くなればいい。数を増やせばいい。俺にはそれが出来るしそれをするだけの余裕がある。


「とりあえずの目標としてアンデッドの数は十万を目指すかな」


宗二の言葉を受けてアンデッドの人族、亜人族、魔物が静かに吠える。主の命に従うために。各地で密かに事態が動き始めた。それがどんな結末を生むかはまだ誰にも分からない。

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