第66話 嗜虐のアルマ



「よぉ?今日もまた可愛がりに来たぜ?」


目覚めたスイが真っ先に聞いたのは自分を攫い監禁している女の声。そしてすぐさま髪を掴まれ顔に膝蹴りが飛んでくる。当然身動きが取れない今は食らうしかない。


「あうっ!」


蹴られた反動で後頭部を壁に打ち付ける。壁は煉瓦造りのように何らかの鉱石が積み重なって出来ているので溝もありかなり痛い。膝蹴りは一度で終わらず四回、五回と続けてやられる。何度も蹴られた事で後頭部が割れたのかグチュッと音がした。


「あっはっはっ!可愛い顔が台無しだなぁ?とはいっても魔族だしすぐに治るんだけどなぁ!」


その言葉が終わる前に腰から出した小さなナイフで私の顔面に突き刺していく。執拗にそれは何度も口内を蹂躙し喉を貫通し目を抉り頬骨を砕く。


「あぁぁ!?」

「とりあえずあんたには聞きたいことがあるんだけど今はあんたのその顔を切り刻むのが先なんだ。聞くのはあと二日後くらいから意識してるからさぁ?それまで私の玩具になれよぉ?」


恐らくは最初に痛みを与え心を折って屈服させるのが目的なのだろう。ああ、何で酷い目に遭ってるのにこんな冷静なのかって?そんなの簡単だよ。私は痛覚の再現を消してあげただけ。

魔族は身体をある程度作り替えられる。大幅な変更は無理だけど神経の一つを再現しないだけなら簡単だ。大体の魔族は神経なんて意識しないから出来ないけど知っている私からすればそれは容易だ。

だから今叫んでいるのはただの演技。私の演技はある程度完成されている。気付くのは難しいだろうね。本当に痛そうに見えるでしょう?アルマ。父様を裏切った屑が。いや最初から裏切っていたのかもね。でもそんなの関係ない。今は難しくても必ず貴女を生きていることを後悔させてあげる。

とりあえず現状の把握をしたいが厳しいと言わざるを得ない。何故なら私の行動範囲はこの部屋の中に限定されている。しかも繋がっている鎖はアーティファクトだ。吸魔の鎖だっけ。

対魔族用アーティファクトで魔族の力の源である素因を痛め付け魔族に流れる魔力を横取りする物。魔法も吸収してしまうから脱出も難しい。アーティファクトなので物理的に壊せない。かなり鬱陶しいアーティファクトだ。

今アルマは私の爪を力任せに剥がしている。その間私は痛そうに身を捩りながら冷静に身体の中で魔力を練り上げている。アルマには気付かれない程度に尚且つ吸魔の鎖からの吸収されないように完全に私から切り離しながら。これがかなり面倒だ。

爪を剥がされた後はぐったりした演技をしていたらアルマは何だろう?おろし器のようなものを取り出す。そして私の指を掴むと削り始めた。うっ、流石に痛そうだ。その発想はなかった。


「あぁぁぁ!?痛い痛い!やめて!!」

「やだね。あんたは私の玩具なんだ。良い声で鳴けよ!ほらほらほらぁ!」


私の指が一本完全に無くなる。床には血溜まりと一緒に私の指だったものが落ちている。痛くはないけれど気分だけは最悪だ。誰が自分の指がすりおろされたのを見たいというのか。しかもアルマは一本どころか全部の指をすりおろそうとしているみたいだ。早くこいつを殺してあげたいなぁ。


「やめ……てぇ。痛いの……助けて」

「あっはっはっ!誰が助けるかよ。ほら次だぜ?」

「嫌っ!?やだぁ!やめてぇ!」


……私の演技凄いと思う。今更だけど十四年間積み上げた演技の生活は私自身すら欺けるくらいになってそうだ。まあ何故か拓と湊ちゃんにはバレたけれど。

そしてアルマは私の指を全てじっくりと時間をかけておろすと満足したのか部屋から出ていった。私はぐったりした演技だ。ふぅ、幾ら姿形があまり意味のない魔族といえど普通の魔族なら心位なら壊せそうな拷問だね。私はこの程度じゃ壊れないけど。


「さてと、出るための準備をしないとね」



この部屋にやって来て二日が経った。いや窓もないから日付が変わったかを理解するのは難しいけど私はずっと時間を数えてたから今日がそうだと分かった。そう私はあれから寝ていない。

何故かというと私から切り離しながら練り上げた魔力は寝ちゃうと消えてしまうからだ。正確には吸魔の鎖に吸収されてしまう。だから寝た振りをしてひたすら魔力を練っていた。寝ないで済む魔族だからこそ出来る芸当だ。


「よぉ?今日もいっぱい遊ぼうな?」


アルマは昨日は私の骨という骨を折ったりお腹を裂いて内臓を引きずり出したりしてきた。流石にどういう風にされたのかは詳細は省くけど。というかあんまり思い出したくない。流石嗜虐というだけあるとしか。

一日中された拷問の時に私は心が折れた振りとして……えと、何て言うんだっけ。ハイライトが消えた目。そんな感じにしてみた。いや、自分でもここまで出来るとは思ってなかった。


「ちっ、流石に魔族でも心壊れたか?まあ良いか。おい!あんたに聞くことがある。北の魔王ウルドゥアと魔導王グルムス、東の魔王エルヴィアとその妻ルーフェ、南の魔王フォルトとその側近ユースティア、西の魔王アガンタとその妻ミュンヒ。そいつらが何処に居るか答えな」

「……知らない」

「あん?まだされたりないってのか?」


そう言い放つとアルマは私の腕を握り潰す。


「いっぎっ!」

「ほら答えな。あたしはそんなに気が長くないんだ」

「知らない!知らないもん!」

「黙れ!答えろ!」


本当に知らなかった場合でも関係ないのだろう。だってアルマの顔は恍惚とした表情を浮かべていて私を痛め付けられることに悦びを感じている。


「そこまでにしてくれないかな?」


私がアルマを内心睨んでいると別の誰かの声が響く。その声の主は部屋の扉を開けて入ってくる。恐らく部屋の外から内部の様子が多少見えるのだろう。入ってきた二十代半ばの男を見て私は驚いた。何故ならそいつは魔族じゃなく人族だったからだ。


「やぁ?初めまして。可愛い少女よ。私はアスタール、人は私を"教授"と呼ぶよ」


教授……ルゥイから一度だけ聞いた人災の一人。まさか魔族と繋がりがあるとは思わなかった。


「あぁ、しかし美しい姿をしている。均整の取れた肢体にその美貌。艶めく髪に透き通るようなその翠の瞳。染み一つ無い肌に触れれば折れてしまいそうな華奢な身体。男を知らぬ純粋な身体と最高だよ!」

「おい?こいつは殺すんだぞ」

「何て勿体無いことを言うんだアルマ!この娘は私が飼い殺すんだ!決して失わせたりしないからな!」

「あぁん!?」

「大丈夫だよアルマ!私は君を愛している。たとえこの少女を飼ったとしても君から心が離れることは絶対にない」

「……な、なら良い」


何だこれは。まさか父様を裏切りヴェルデニアに付いたにも関わらずこいつは次にこの人族に付くのか。何だこいつは、何だこいつは。何処まで私を苛つかせるのか。でも駄目だ。まだ私は準備を終えていない。あともう少しの我慢だ。だから今は耐えよう。ああ耐えてあげよう。けれどすぐに壊して殺してあげるから待っていてね。



この部屋にやって来てから五日経った。当然だが救助は来ない。いや場所も分からないのに助けられるわけがない。アルフ達は無事だろうか。


「ちっ、反応が薄くなってきたな。次何して遊ぶか」


あれ以来私に魔王達の居場所を訊いてこない。自主的に言うのを待っているのかもしれないが言うわけがない。それに南の魔王と西の魔王に至っては普通に知らない。


「やぁ?こんにちは」

「あん?アスタールまた来たのか?」

「まあね。そろそろアルマがネタに困ってきたんじゃないかなって思ってさ」


あの日以来毎日のようにアスタールはやって来る。その時に持ってくるのは決まって性的な拷問器具だ。アスタールはどうやら私を殺す気こそ無いが性的には虐めるようだ。

今まで持ってきたのは張り形?だったかとスペインのクモみたいなやつと苦悩の梨みたいなものだ。何故みたいなものとか付くのかというとこれらに痛みが無かったからだ。張り形は完全に男性器の形でしかなかったしスペインのクモも鉤爪ではなく握るだけみたいな感じだし苦悩の梨に至ってはただ広げるだけだ。唯一苦悩の梨が多少痛いかな?というぐらいだ。

ちなみにアルマが目の前でそれらを動かした事はあっても使われたことは無い。理由は簡単でアスタールは持ってくることは持ってくるが使わずアルマは使いたがらなかったというだけだ。拷問に対する意識の違いだろう。性的な拷問と痛みを与える拷問は使い方が違うからね。


「どうすんだよ?アスタールのは正直使いたくねぇ」

「ん?簡単だよ。拷問器具は駄目なら実際の男を使えば良い。好きな男でもいるようなら心を完全に折るには良い手段だと思うよ」

「実際の男ぉ?用意すんのか?」

「いやいや居るじゃないか」

「……アスタールがすんのか?」

「この娘が僕以外の誰かのものになるなんて嫌だからね。僕のものにするんだ。身も心も全部」


そう言ってアスタールは舌なめずりをする。私は嫌悪感で身体を震わせる。ああ、気持ち悪い。思わず殺したくなる程度には気持ち悪い。

私は準備を既に終えている。なのに動かない理由は簡単だ。こいつらが隙を見せる瞬間を待っているだけだ。

それにも気付かずにアルマは私が犯されるのをというよりアスタールが私を犯すのを見たくないのか部屋から出ていく。後に残されたのは服を脱ぎ始めたアスタールと拷問の際に破けて端切れだけを身に纏った私だけだ。


「さあ、君の全てを僕に見せてくれ」


そんなことを言いながらアスタールは私の小さな胸を掴んで揉む。もう一つの手は私の秘部に伸びていく。痛覚は消したが流石に快感に関しては消していないため少し変な感じがする。アスタールの身体が私に覆い被さろうとした瞬間私は魔法を発動する。


「……出ろ。ケルベロス」


私の胸から突如出現した三つの犬の頭にアスタールは魔法が使われると思っていなかったせいか反応が遅れ胸を噛み千切られる。そして私に大量の血が落ちてくる。あまり飲みたい血ではないが衝動を押さえるのも限界だ。それに飲まなければ流石に力を取り戻せない。私は私に落ちてくる血を夢中で飲む。もし部屋の外から覗けたとしても覆い被さるアスタールが見えるだけだろう。


「ぷあっ、美味しくない。アルフは凄く美味しかったのに」


しかし血を飲んだお陰で魔力も回復したし何より吸魔の鎖の掛けられた魔法も制御して消した。私の基幹素因である《制御》は魔導具に反応することは分かっていた。ならば魔導具の究極系であるアーティファクトもいけるのではないかと思ったが何とか出来たようだ。といってもかなり消耗したので量産型のアーティファクト限定っぽいが。

消耗した分をアスタールの血で癒していく。美味しくないので飲みたくない。確かアルフ達と離れてしまった時の事を考えて輸血パックを幾つか作って指輪に入れていたはずだ。指輪は回収されたみたいだが幸いアスタールに譲るつもりだったのかアスタールが付けていた。貢ぐ物は多少考えないとねぇ?

私はアスタールの指を切り離し指輪を私の指に付ける。指輪に魔力を送ると輸血パックが入っていた。良かった。要らないから捨てようとされたら困っていた。私は輸血パックを出す。パックといってもその辺にあった容器を錬成で改造しただけだが。


「ああ、やっぱりアルフの血は美味しい。帰ったらいっぱい飲ませてもらおう」


気分が良くなったのでとりあえずアスタールを蹴飛ばす。吸魔の鎖で身体能力も落ちていたが魔法は消したから既に身体能力は元通りになっている。流石にアスタールが吹き飛ばされると気付いたのか部屋を開けようとアルマがしようとした瞬間私は吸魔の鎖とくっついている壁ごと無理矢理引き剥がし扉に壁をぶつけた。


「ごはっ!な、何が起きやがった」


私は無言でアスタールをアルマの方に蹴飛ばす。アルマがアスタールを受け取った瞬間もう片方の鎖に付いた壁ごと叩き付ける。アルマは咄嗟に逃げる。アスタールを置いて。ぐしゃっという音と共にアスタールの身体が肉片と化す。


「あぁぁ!?アスタール!?」

「あはっ、良い気味」


私は思わず笑みを浮かべる。


「て、てめぇぇ!!」

「アルマ……貴女の素因って確か四つだっけ?嗜虐は知らないから五つ目かな?」


私の言葉に答えずアルマは私に向かって拳を握って殴り掛かってくる。最初は奇襲だったし私は気分が悪かった。だから喰らってしまったが万全の体調ならこの程度は大丈夫だ。だってこいつはヴェインより弱いし何より戦うのが苦手な部類だ。私は拳を握ってあげる。


「んなっ!何で掴める!?」

「弱いね」


私はアルマの腕を掴んで地面に叩き付ける。そして頭を踏みつけて地面にめり込ませる。


「何で……こんなつえぇ……」

「あぁ、私が誰か分かってた訳じゃないんだ。しかも素因の数も分からないと……はぁ、幾ら弱っててもこんなのにやられるなんて悔しいなぁ」


私はアルマの顔を更に強く踏みつける。


「ぎゃっ!痛い痛い!やめろぉ!」

「えっ?嫌だよ。私貴女にされたこと十倍にして返さないと気が済まないからね。魔王に逆らったんだ。それくらいは当然でしょう?ねぇ、アルマ?」


私はこの時凄く嗜虐的な笑みを浮かべていたことだろう。アルマの顔が絶望に染まるのを私は楽しげに見ていた。

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