第65話 凶獣撃退、ただしその対価は



目の前に聳え立つように存在するのは優に十メートルを越す蛞蝓、名をヘビースラッグ。重量級の蛞蝓。まさにその名の通りである。

しかし当たり前だがただの蛞蝓ではない。魔物の頂点に立つもの、頂から見下ろすもの。最悪の魔物である。その皮膚から吹き出る体液は強い酸性を持ち剣などの物理攻撃がまるで効かない。有効打を与えるより早く溶かしてしまうからである。かといって魔法に弱いわけではない。ヘビースラッグは魔法型の魔物だからだ。唯一の救いはその巨体故に動きが鈍いことか。しかしその動きが鈍いことが唯一の救いともいえる凶獣が突如として帝都入り口に出現した。入り口近くに留まっていた商人達は慌てて帝都から離れる、もしくはさっさと街の中に入っていく。

兵士達が今は馬でヘビースラッグの周りを回りながら魔法による攻撃を加えているお陰で動きこそないがヘビースラッグがいつまでも捕まらない馬に飽きた場合真っ先に壁に向かって突進することになるだろう。馬を駆っている兵士達は必死で帝都から離すため攻撃を加え続けていた。

すぐにそのような行動に移れたのは偏にその場を預かっていた兵士長によるものだ。魔物が出現した瞬間に状況を見て兵士達に行動を伝えたのは二分も掛かっていない。それを見て今日が初仕事だった新米兵士は怯えつつも馬を駆っていた。自らが出来るのは馬を駆り時折嫌がらせ程度にしかならないであろう魔法をチクチク撃つだけの時間稼ぎ。このような凶獣を倒せるのはそう多くない。帝都に来ていたその数少ない人災の一人が異変に気付き応援に来るのを待つだけである。

しかし突如として馬の進路上に亀裂が走る。慌てて飛び越させるとその亀裂から巨大な、そうまるで先程から戦っていたヘビースラッグに似たくらいの巨大な魔物。凶獣だ。それに気付いた時には馬を駆れていなかった。自らが乗っていた馬は先程亀裂から出てきた魔物によって食われていた。飛び越えたのではない。弾かれるように吹き飛ばされたのだと思った瞬間背中から地面に叩き付けられる。

高所からの落下により肺から息が抜ける。落ちる際に下敷きにしてしまったのか左腕が動かない。腹の奥から込み上げてくる何かを吐き出すと血の塊が出てきた。どうやら臓器も傷付けたようだ。兵士はがくがく震える足を右手で取り出した剣を地面に刺して無理矢理立たせる。逃げなければならない。しかしどうやって逃げれば良いと言うのか。

絶望に染まり身体の動きが止まる。逃げなければならないのに動けない。動いたことで気付いて食い殺しに来る可能性もある。そう考えたがそれは間違いだったようだ。大きな蚯蚓の魔物、タイラントアースワームに目を付けられた。

動けないことに気付いたのか嬉しそうな鳴き声をあげると勢いよく口を開けて迫ってきた光景に思わず目を瞑ったがいつまで経っても食われない。疑問に思いふと目を開けると天使が居た。

金の髪を靡かせ美しい衣に身を包みタイラントアースワームを睨み付けるその横顔は有り得ないほどに美しい。その耳は人族とは違い細く長く伸びていた。エルフだ。決して帝都にエルフが居ないわけではないが殆ど存在していないエルフである。思わず目を疑ったがその美しいエルフは兵士の方を見ると一目散に掛けてきた。


「怪我をしているわね。少し待ってて、神癒」


その美しいエルフの少女はタイラントアースワームを無視して兵士である自分を治している。


「は、早く逃げるんだ。俺は置いといて良いから」


本当は自分も助けて欲しい。しかし目の前の美しい少女がやつに食われるのを見たくはない。少しでも治してもらえた今少女を逃がすために全力を尽くしたい。そう思い言った言葉は少女自身の言葉で霧散した。


「大丈夫よ。私は一人じゃないもの」


エルフの少女がそう言った瞬間タイラントアースワームの頭部に複数の切り傷が入る。傷が付けられると思っていなかったのか酷く暴れまわる。暴れまわっている最中にもどんどん切り傷が多くなっていく。最早傷が付いていない場所を探す方が難しいくらいだ。


「な、何が起きて?」

「ステラ!援護お願い!」

「分かったわ。加速アクセラレート、増力パワー

「何でその二つ!?」


何処からか聞こえてきた声にエルフの少女、ステラが補助魔法を使う。使われた側は抗議の声をあげているが。


「ちょ!早い早い!私が追えなくなる!」

「でもいつもそれくらいの速度じゃない」

「そうだけど!空中戦はやりづらい!」

「フェリノ姉、ステラ姉!あいつの動き遅くしたよ!頑張って!」

「直接効く毒は作れない?」

「作れるけど時間掛かる。巨体過ぎて毒も回るの遅いと思うし」


いつの間にか兎の耳を付けた少年?が傍らに居た。その少年は兵士の方を見るといーっと牽制してきた。何故牽制をされたのか全く分からない。


「やった!目を潰したよ!」

「フェリノ!その魔物は目で見てないわ!」

「うそ!?危なっ!?」


タイラントアースワームの目がいつの間にか潰されているがステラが言う通り目を使っていないためすぐに反撃される。フェリノはその攻撃を空を蹴ることで逃げる。フェリノが持つ穿光剣フィーアに刻まれた術式「大気の支配者エア」による移動だ。

既にアルフ達は刻まれた術式の複雑さを完全に理解しているが故に出来ることである。ちなみについ先日まで出来ない振りをしていたがバレたので隠さなくなったのだ。


「もう!こいつ硬い!全然刃が通らないよ!」


フィーアはスイ作だからか壊れるどころか刃こぼれ一つしない。スイ作ではない普通の剣、あるいは魔導具であれば既に壊れていたことだろう。


「私の剣は通用しそうにないしねぇ」


ステラが持つのは黒紋剣ヴァルト、短剣の部類となるうえ性質上複数に対しての攻撃がメインとなる。今回のように単体で大きく硬い、そういった魔物にはあまり効果的ではない。とはいっても小さな傷程度なら付けられるので先程からヴァルト自体は使っているのだが。先程からあまり効果がないようだ。

そうぼやいた瞬間だった。空に小さな影が出現した。一瞬新手かと兵士が顔を青ざめさせたが横にいるステラによって否定される。


「ああ、ようやく来たわね。時間稼ぎはしたわよ。後は頑張ってね」


そう言葉にしたとき空にまるで大地がそのまま落ちてくるような巨岩が出現する。落ちてくる最中にその巨岩は鋭く尖った槍のようになりタイラントアースワームの身体を串刺しにする。そしてその槍の一番上に頭に狼の耳を生やした青年が立っていた。


「待たせた!後は任せろ!」


青年はそう言い放つと背中に担いだ巨大な剣を眼下に居るタイラントアースワームに振り下ろす。そう串刺しにされたにも関わらずしぶとく生き残っていたのだ。しかしその青年が振り下ろした剣は硬い筈の皮膚を裂き頭部を真っ二つにした。


「な……」

「やっぱり硬い相手にはアルフが一番強いわね。流石としか言いようがないわ」


ステラがそう呟くがそれどころではない。タイラントアースワームは過去には山がぶつかっても平気だったと言われるほど頑丈なのだ。なのにフェリノという少女は軽そうな剣を振るだけで傷を付けていくし毒に耐性を持つ凶獣に毒を付ける少年は居るし極めつけはこの青年だ。何で剣であの大きな頭部を真っ二つに出来るのだ。

しかし兵士以外誰もそれを疑問に思っておらず最後にステラが軽く治癒魔法を施してからもう一体の凶獣に向かっていってしまった。兵士は自らが見たものが嘘ではない証拠として目の前に横たわる凶獣の姿をただ見るしか出来なかった。



凶獣相手の戦闘はアルフ達の参戦により終結した。ヘビースラッグは遠くから魔法により焼かれていき倒された。元より凶獣が一体であれば撃退できた筈の戦力がある。アルフ達によって凶獣が一体倒されたことで戦力が戻り負傷者こそ出たものの死傷者まではいかずアルフ達は感謝されて報奨の話が出たが辞退してさっさと戻ってきた。

報奨の話は勿体無いとは思うがそもそも金に困っているわけでもなく尚且つ奴隷であるアルフ達が報奨を貰えばスイに向けられる視線が悪意の視線に変わってしまう。主より目立つ奴隷は主を傷付ける刃にもなってしまうのだ。なのですぐさま踵を返しアルフ達はスイが眠っているであろう部屋を訪れる。


「あ……れ?スイは?」


フェリノは自分の目が見た光景を信じられなかった。意気揚々と帰ってきてスイに誉めてもらいたかった。ステラ達に苦笑いされながらもフェリノは皆より一足早く走って戻っていったのでそれに一足早く気付いた。スイの気配がない。それどころか知らない誰かの匂いがする。


「え……スイ?」


感じるのは知らない誰かの匂いがスイの匂いと一緒に部屋を出ていったという匂いだけ。それが先生達の匂いで保健室にでも連れていったのならば分かる。 だが、何故スイの匂いから血の匂いがするのだろうか?


「スイ!?」


フェリノは部屋から出ていった。匂いの元を追い掛けようと走り出したがその匂いは学園の入り口から出ると突如消え去った。まるでその場から一瞬で消えたかのように。


「どうしたフェリノ!?」


学園に入っていったと思ったら突如慌てて出てきたフェリノに焦るアルフ。


「スイが……スイが居なくなったの!誰か知らない匂いがスイの事連れていったの!スイから血の匂いがしたの!ねぇ!スイは何処に行っちゃったの!?」


慌ててアルフも周りの匂いを嗅ぐ。確かにスイの匂いから血の匂いがする。近くに知らない誰かの匂いもする。そして突如として消えたのも理解した。理解した瞬間アルフの顔面は蒼白になる。

何故自分はスイから離れてしまったのか。せめて誰かを近くに置いておくべきだったのではないか。もうスイの事を目にすることは出来なくなってしまうのではないか。優しい無表情で、でも時折笑うと可愛いあの少女のことを失ってしまうのではないか。

アルフ達は全員その場から固まってしまう。ここまで痕跡が一切残らない移動をされてしまうとアルフ達では追えない。匂いが残っていれば、何処からかスイの声でも聞こえれば追える。しかし魔導具なのか魔力が消費された痕跡も残らず移動されると手掛かりが残らない。しかも恐らくは移動の魔導具だろう。そんなものは人族や亜人族側は作れていない。ならば作成者は間違いなく魔族、もしくはそれに属する者による物だ。たとえ追い付けたとしても勝てるかも怪しい。魔族は小さな凶獣と変わらない。知恵を持つ分魔族の方が圧倒的に強いが。


「……グルムスさんとローレアさんに伝えるんだ」


辛うじて出せた答えはそれだけだった。何も出来ない自分達にとてつもない無力感を感じアルフ達は悔しさを滲ませながらグルムスの元へと向かった。



――スイ――

「うっ……」


ガシャッと聞き慣れない音が聞こえる。頭が痛い。殴られた痛みが未だに残っている。かなり強めに殴られたか血が出ているかもしれない。


「よぉ?吸血鬼さんよ。目ぇ覚ましたか?」


スイが顔を上げるとそこには女が居た。見た瞬間理解する。目の前の女は魔族、恐らくは悪魔族だろう。


「誰?」

「あ?敬語使えよ」


問い掛けると頬を叩かれた。あまり強くはないが本気ではなかっただけだろう。


「貴女は誰なのですか?」

「あたしは九凶星が五、嗜虐のアルマだ。よろしくしようぜぇ?」


名乗ると同時にお腹を蹴られた。


「ごふっ」

「あっはっはっ!あたしはあんたみたいな可愛いやつや綺麗なやつが嫌いなんだ!あたしより綺麗なやつは全部惨たらしく惨めに死ねば良い!」

「ぐっふっ」


突然癇癪を起こしたように何度もお腹を蹴られる。けれど壁に両手足が鎖で縛られているため身を捩って逃げることも出来ない。


「ま、あんたには聞きたいことがあるんだ。それを聞くまでは多分生きてるよ。その後は殺すけどな」


そう言い放つと頭を壁に叩き付けられる。何度も何度も何度も。頭が割れたのか血が出ているのが理解できる。


「今日はこの程度にするか。魔族だからその程度じゃ死なねぇだろ。じゃあな。また明日遊ぼうぜ?」


アルマはそう言うと私を思いっきり蹴飛ばすと部屋を出ていった。私は突如として置かれた状況を正しく見て救助は絶望的と判断した。どうにかして自分だけで逃げなければならない。私はそう考えて襲い来る痛みから逃れるため意識のシャットダウンをした。

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