第64話 気分の悪さは悪意を呼び込む



何だろうか。ティモ君遊びを見た辺りからお腹が痛い。笑ったりしていない筈だから恐らく原因は別にある。とにかくお腹が痛い。


「うぅ……」


呻く。そうしたところで何かが変わるわけではないけれど呻いてしまう。初めて味わう種類の痛みだ。とはいっても痛み自体を感じた経験があまり無いから当たり前なのだが。

考えられる原因は一つだけだ。あのカレーライス。味自体に問題があったわけでも毒が入っていたわけでもない。恐らくは……。


「……アレルギー」


あの野菜ソースと言っていた緑色のソース。あれに私のアレルギーの原因が入っていた。前世では特にアレルギーがあったわけではないので油断していた。この身体は元の身体とは違う。魔族に反応する食物があったかもしれない、もしくは私自身のアレルギーがあるのかもしれない。今はただお腹が痛いで済んでいるがこれが悪化する可能性はあるのだろうか。治癒魔法で治るのか分からないのが不安だ。


「とりあえず……神癒コールヒール


幾分かマシになった気はするが完全には治らない。新たに魔法を作り出して治すしかないのだろうがアレルギーを治す事が正直あまり想像できない。当たり前だ。前世ではアレルギー等治せるものではなかったのだからそんな想像が出来るわけもない。


「うぅ……辛い」


とりあえず今のところは神癒で持ちこたえるしか無いだろう。自分の迂闊さを呪いながら痛みに耐える。ちなみに今は寮のベッドに横になっている。一応女子寮なのでアルフやディーンは既に男子寮の方に向かわせた。フェリノが汗まみれになっている私の身体を濡らしたタオルで拭いてくれている。ステラはお粥みたいなものを作っているようだ。別に風邪というわけではないのだが何をして良いか分からなかったからだろう。ステラは料理が上手なので実は少し楽しみにしている。


「スイ……大丈夫?」

「大丈夫だよ。ちょっとお腹が痛くて身体が怠くて寒気がして震えが止まらないくらいだから」


うん、自分で言ってて割と重態な事に気付いた。あのカレーライス本当に何が入っていたのだろうか。一応あのカレーライスは食わないようにトリアーナ達とイルゥにも伝えておこう。魔族に反応する食物ならかなり危険だ。美味しいから余計に。母様には後で電話……電気じゃなく魔力を使うから魔話か?で知らせておこう。

そうして私が寝込んでいる最中に色々と事が進みつつあることをこの時の私は知りようがなかった。



――???――

「さてと、あたしの出番かね」


眼下に広がるのは広大な街、帝都イルミア。人族の最も多い街。天の瞳とかいう煩わしい魔導具も壊した。というか今乗っているのがそれだ。


「こんなのであたしらを見付けようなんて馬鹿馬鹿しい。これで見付かるのは下位だけだろうに」

「まあそう言わずに。彼等は彼等で必死なのですよ」

「あん?お前も来たのか?」

「ええ、ヴェルデニア様は万全を期したいそうでしてね。私のペットを二匹ほど連れてきました」

「はは!なるほどねぇ。あたしは実力不足だってか?」

「いえいえ、ヴェルデニア様は一度失敗されているので慎重になっているだけですよ」


目の前に居るのは胡散臭い笑みを浮かべた大嫌いな男。こいつ自体は大して強くもないのにあたしと同じ九凶星に選ばれてるのが気に食わない。

序列は五と九だから決して完全な同列ではないがやはり苛つくものは苛つくのだ。それにルルグス、人形遣いが持ち込んだ九凶星に裏切り者が居るという情報。

誰が裏切り者か分からないというのが疑心暗鬼に陥らせる罠にも感じる。とはいってもルルグスもそれなりに高位の魔族だ。罠を仕掛けられるような存在だとは思えない。それが余計に不信感を植え付ける。

そして目の前で薄ら笑いを浮かべた男がどうしても信用出来ない。元々ヴェルデニア様と一緒に居た人物というわけでもない。何処からかやってきていつの間にか九凶星になっていた男。裏切り者と思い浮かべて真っ先に思い浮かぶのはこいつだ。


「はん!とりあえず邪魔だけはすんじゃないよ」

「ええ、分かっていますとも」


そうして私は帝都に降り立った。その瞬間に帝都の入り口に巨大な魔物が出現し火柱を上げた。



――グルムス邸――

「!?」


私は書類作業をしている最中だった。突如として街の入り口に出現した凶獣。私はあれを知っている。


「魔物遣い。そうですか。少し位時間を頂きたかったものですが仕方ありませんね」


魔物遣いが来たということはこの街に最低でも二体の凶獣がやってくる。決して帝都の防衛戦力が低いわけではないが剣国程ではない。一体ならまだしも二体以上の凶獣を退けることは出来ないだろう。


「ダスター、スイ様に状況を伝えに行きなさい」

「はっ」


短く礼をしてダスターが部屋から出ていく。


「私は動きません。スイ様はどうされますか?」


そう呟いたグルムスの目は何かを見極めるかのように空を見ていた。



――スイ――

何かが街の入り口に出現した。流石に学園の結界を通してからだとあまり正確に把握しづらい。それでも出現を確認出来るだけで凄いのだがスイは気付いていない。


「うぅん、辛いけど動いた方が良いかな」


出現したのは恐らくは意思を持たない凶獣だ。帝都の防衛戦力だけで撃退も出来る気がするが何故か嫌な感じがする。


「お腹痛いけど……フェリノおぶって帝都の入り口に連れていって」

「えっ、でも……」

「良いから連れていって」


スイが少しだけ汗を垂らしながら有無を言わさぬ口調でフェリノに言う。しかしそれでもフェリノはおろおろするばかりでやろうとしない。分かっている。フェリノはスイの身体が心配なのだろう。けれど今はそれが邪魔だ。


「連れていきなさい」


なのでスイは奴隷紋を通じて命令をした。はっきり言って命令などしたいものでもない。しかし今は仕方ない。フェリノは嫌そうな顔をしながらも命令通りに私の身体をおぶって走り出す。ステラも慌てて追い掛けてくる。その途中でアルフ達に魔法で移動を知らせていたのは流石だと思う。

すぐにアルフがディーンを担いで出てきた。ディーンはまだ幼いから仕方ないが走っている最中にステラも担いでいた。いやアルフ普通に凄いな。二人抱えてるのに速度がまるで変わらない。


「どうしたんだ!?」


アルフが追い付いてきた。えぇ~、凄いな。何で追い付くの。私もアルフに担いでもらった方が良いのかもしれない。定員オーバー気味になるけど。

ぷらぷらとアルフに向けて手を振るとアルフがフェリノごと担ぐ……って!?担げるの!?流石に驚いた。


「帝都の入り口に」


それでも声色には出ていないとは思う。アルフが若干得意気にしていたので意味はなかったかもしれないけれど。というか私まだちゃんとした学園生活を送れていないのだが今後もこんな感じになるのだろうか。嫌な生活になりそうである。

私が少し憂鬱になりそうになっていると再び出現した。凶獣の二匹目が現れたのだ。有り得ない現象に思い浮かぶのは何者かによる襲撃だ。恐らくは本命を隠すための囮に見える凶獣による襲撃だが本命が何か分からない以上乗るしかない。どちらにせよあれが本命になる可能性もあるのだから。



辿り着いた帝都の入り口では必死に兵士達が戦っていた。敵の凶獣は外壁からも顔が見える巨大な……蛞蝓ナメクジ。私はアルフを止める。それはもう必死に。


「ど、どうした?」

「な、なめ、くじ?や、やぁ……」


私はぷるぷる震えながらアルフにしがみつく。駄目だ。ああいう生物は駄目なのだ。私は前世から蛞蝓や蛙、百足ムカデなどに生理的嫌悪感を抱く人間だった。

その私に巨大な蛞蝓を撃退しろなど無理だ。触るなどもっての他、近くに寄ることもしたくない。それに先程からたまに外壁からにょろっと出てくるのは蚯蚓ミミズか。それが見える度私の足ががくがくする。


「やだぁ……なめくじ、みみずはきらいなのぉ」


ちょっと泣き声が混じった。あと声が幼くなった。あんまり意識してなかったけど凄い怖いんだもん。


「お、おぅ……」

「スイの苦手な生物だったってことね」

「えっ、じゃあどうするの?」

「僕達で倒す?」

「それしかねぇだろうなぁ」


アルフ達が何か言っているが私は怖くてアルフにずっとしがみつきっぱなしだ。


「あぁ~、スイ。そろそろ離してくれねぇと」

「やっ!」

「こま……るんだがなぁ。どうするか。なら後ろ下がるか?」

「うん……おねがい」


私は若干舌ったらずになりそうな声で頼む。駄目なのだ。本当に。一度小学生の時に同級生の男子が蛙を教室に持って帰ってきた時など悲鳴をあげて逃げ回った。その男子がいたずらっ子でなくて良かったと思う。

いや実際はそうだったのかもしれないが普段悲鳴をあげるどころか笑ったり泣いたりもしない私が本気で悲鳴をあげて逃げ回ったから追い掛けたりしなかったのだろう。後で謝ってくれたし。

ちなみにその時の同級生はスイが感情表現が苦手なだけの可愛い娘だと理解したためその頃辺りから友達が増えたことにスイは気付いていない。


「そうか。じゃあ下がるぞ。悪い。俺は少しの間だけスイを宥めに下がる。無理しない程度に……いや絶対怪我しない程度にちょこちょこ嫌がらせでも仕掛けといてくれ」

「分かった。スイを宜しくね」

「ああ、すぐに戻る」


私をアルフが担ぐと先程より更に早い速度で寮まで戻ってくる。物凄く早い。


「ここなら大丈夫だ。俺は戻るけど大丈夫か?」

「うん。ごめんね」

「いや、気にすんな。スイにだって苦手なものがあるって分かっただけだからな」

「凶獣相手に大丈夫?」

「大丈夫。あのイルナさん程じゃないだろ」

「イルナと比べたら駄目だよ」

「だな。とりあえず行ってくる」

「うん。気を付けてね」


アルフが走って戻っていく。私は未だ震えが治まらない。この震えはあれを見たからこそ起こっているものなのかそれともその前のアレルギーによるものか。分からないがあまり気分が優れない。


「はぁ……情けない」


思わず自分を責める。はっきり言って今さっきの私は役立たず以外の何者でもなかった。しかも駄々をこねる最悪の役立たず。


「力を得たからといっても私じゃ駄目だったんじゃないのかな。他の人がスイになった方が良かったんじゃないの?もしかしたら私が中に入らなければ父様が復活していた可能性もあるんじゃ?」


それは私が発生してからずっと抱え続けていた疑問。何故あの塔で私は発生したのか。何故真っ先に私はあの素因群を手にしたのか。まるで導かれるようにして私は疑いもせず移動したのか。何故素因群に父様の記憶が残っているのか。私は父様の復活の芽を摘んだのではないか。


「気分……悪い」


体調が悪いせいか嫌なことばかり思い浮かぶ。そんな筈無いのに。でもそれを否定出来なくて私はトイレに駆け込んで吐いた。胃の中の物を全部吐き出した。それでも治まらず私はひたすら吐いた。口の中を水でゆすぐと私は倒れ込むようにベッドに横になる。意識を夢の中に囚われそうになった時部屋の中に声が聞こえた。私は振り返った瞬間頭に激痛が走りそのまま倒れた。意識を失う瞬間酷く苛ついたような女の声が耳に響いた。

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