第63話 久し振り



ルゥイに案内された店は小洒落た店だった。店内はかなり清潔に保たれていてテーブル席も仕切りが付いていて個人的にはかなり気に入った。妙に何処かで嗅いだことある匂いが充満している。


「スイ達って食べられないものとかある?」

「私はない」


私の言葉にアルフ達も同意する。


「そう、なら私のおすすめを紹介するわ!いつものを五人分お願い!」


ルゥイが威勢良く声をあげる。奥のカウンターから手だけひらひら振られていた。暫く待ってから出されたのは……。


「……カレーライス?」

「えっ!知ってるの?」


目の前に出された皿に盛られていたのは色こそ少し薄く緑色っぽいソースが掛かっているが匂いは間違いなくカレーライスだ。カレーライスの亜種みたいな料理なのだろうか。しかもルゥイの反応的にこれはカレーライスで間違いなさそうだ。


「……緑色」


これがくせ者だ。カレーライスに何故緑色が混ざっているのだろうか。その色は混ざらない筈だろうに。


「野菜カレーよ。このソースは何かの野菜をソースにしてるのよ。教えてくれないから良く分からないけど」


野菜カレー。確かにそれなら分かりはする。しかしやはり手を出すのに少し躊躇してしまうのは元の色を知っているが故か。少しだけ気合いを入れてスプーンで一口運んでみる。


「……あっ、美味しい」


意外というのも失礼かもしれないが美味しい。カレーライスの辛さが少しだけマイルドになり味に深みが出ている。野菜本来の甘味とカレーライスの辛味が上手くマッチしていてお互いを引き立たせている。これが少しでもどちらかが強いもしくは弱いとここまでの味は出ないだろう。研究の果てにようやく出せた味といった感じだ。肉が好きなアルフ達も美味しそうに口に運んでいる。


「美味しいでしょう?ここの店主が三年も研究して出した味なのよ」


三年もこの味を出すことに研究したのか。それは純粋に凄いと思う。思わずカウンターの奥を見たが店主の姿は見えなかった。


「店主なら見えないと思うわよ。カウンターから顔出せないから」

「顔が出せない?」

「足が動かないから車椅子に座ってるのよ」


ルゥイが疑問に答える。治癒魔法があるこの世界でも治せないものもあるのか。カウンターの奥から他のお客さんからの注文に手だけひらひらされる。なるほど。ルゥイが常連だからとかではなくあれが注文への返事なのか。


「そっか。まあ良いや」


まあそんなことどうでも良い。とりあえず今は久し振りに食べるカレーライスに集中する。あまりに美味しかったので気が付いたら食べきってしまっていた。まだ食べ足りないと思えるくらい美味しかった。たまに学園を抜け出して食べに来ることにしよう。



食事をした後はルゥイによって色々な店を案内された。キラキラした装飾品が並ぶ宝飾店に様々な武器が並ぶ武器屋、何に使うのかさっぱり分からない怪しげな薬品類が並ぶ店に一見して普通の道具に見える魔導具店など見て回るだけでなかなか面白かった。そして今は服屋さんである。


「スイは小さいからこんな感じのドレスが合いそうよね」

「こっちのもどうかな?」

「大人びたこんな服も背伸びしてるみたいで可愛いかもしれないわね」


ルゥイにフェリノ、ステラに何故か着せ替え人形化させられているが前世ではこういう事はなかった。というよりまず同年代の子達と遊びに出掛けることがなかった。なのでこれはこれで楽しい。

ルゥイが持ってきた服はいつも着ているドレスに近いものでフェリノが持ってきたのは他の子も着ているような普通の服、ステラのは母様辺りが着たら似合いそうな紫のドレスだ。いや、ステラそれは普通にサイズ的に合わない……と思ったけど微妙に合うのか。ある意味凄い。

三人が満足するまでひたすら着せ替え人形となっていた。まさか異世界に来て本当に人形姫っぽくなるとは思っていなかった。アルフ達は着せ替えに参加こそしていないが私が着替える度に服を見るのを途中で止めてわざわざ感想を言いに来ている。何かごめん。ちなみに感想を強制したわけではなく自主的に来ているのだ。その辺りは何だか嬉しい。


「はぁ~、スイって本当反則だわ。何なのこの可愛さ、天は二物を与えずって言うけどスイに関しては何物も与えてるわよねぇ」

「うん。勉強も出来るし力だってある。可愛いし頭の回転も早い。馬車だって作っちゃうし料理だって」

「正直何が出来ないのかの方が分からないわね」


ルゥイ達はそう言うけど私にだって出来ないことはある。少し恥ずかしいから言わないけど。


「ん?今スイ何か隠そうとしなかった?」


私の肩が少し揺れてしまう。何で分かったのか。シャイラか。確かそんな感じの能力もあった筈だ。


「隠そうとなんてしてないよ」

「嘘ね」


一発でバレた。シャイラの能力は反則だ。隠したい事もすぐにバレてしまう。


「……」

「ほらほら、話しなさいよ~」

「………いの」

「えっ?」

「泳げないの」


私は小さくそう言った。そう私はカナヅチと呼ばれる類いの者だ。前世では体育全般が苦手ではあったがそれは体力がないからだ。しかし水泳だけはどれだけ練習しようとも出来なかった。結局水泳の授業中は常にビート板を使っていたぐらいだ。同級生はそれで笑ったりしないから良かったのが幸いか。


「……それだけ?」


ルゥイがそう問い掛けてくる。私はそれに頷く。私が出来ないと分かっているのは水泳だけだ。拓はむしろ得意だったのに私は出来ない。その勝負だけは負けだろう。まあ前世では体力がないため身体を使う勝負は一切受けてこなかったが。


「何だその程度か。私も泳げないわよ」

「泳ぐって何?」

「泳いだことはないわね」


ルゥイは泳げない。フェリノはそもそも良く分かっていない。ステラは泳いだことがない。私達が万が一水中で戦うようなことがあれば致命的な感じがする。


「……多分泳いだことある人の方が少ないと思うわよ。スイの前世ではどうだったのか知らないけどこの世界じゃ魔物が居るもの」

「あっ……」


それもそうだ。別に魔物は陸上だけにいるわけではない。海中にも深海にすらいるし空から降りてこない魔物だって居るのだ。普通の一般人が海で泳ぐなどしないだろう。船を出すのすら危険なのに生身で泳ぐなど馬鹿のすることだ。


「まあ、それでも泳げる人は居るだろうけどね」


ルゥイの言葉が妙に刺さった。



帝都の街並みを一通り見て回った……とは言っても広大なこの街を全て見るのは無理だが。ある程度見ると学園に戻ってくる。やはり学園の校舎を抜けてまた街が見えると奇妙な感覚に教われる。


「不思議な光景だよね。街の中の学園の中にまた街があるんだから」

「そうね。でも慣れないといけないわね」


そんな会話をしているとふと覚えのある気配が近寄ってくる。これは……えと、誰だっけ?


「スイ!また会ったな!」


何か丸っこいあのどこかの伯爵の馬鹿息子とか言われていた子だ。名前が思い出せない。記憶力は良い方だが流したせいかパッと思い出せない。


「えと……」

「貴様!ティモ様に話しかけられたのならばしっかりと返事をしろ!」


ああ、そうそう。ティモ・トラン君だったね。取り巻きさんありがとう。


「そうだね。二回目だね。それで何の用?」

「いや……食事にでも誘ってやろうと思ってな。当然来るだろう?」

「いやもう食べた後だから行かない。じゃあね」


そう言って離れようとすると肩に手が伸ばされた気配。そして以前と同じくアルフがその手を取る。


「だから触んなって言ってるだろうが。今度こそ折るぞ」


アルフって結構忠犬っぽいよね。狼だけど。


「き、貴様!一度ならず二度までも!」

「あ?」


取り巻き君達がアルフに食って掛かったけど睨まれて下がる。いや確かにアルフは鍛えているし睨まれたら怖いのも分かるけどもう少し頑張ろうよ。あっ、アルフまたティモ君で遊び始めた。今度は手を最初から揺らして屈伸運動か。最終的にどうなるのか気になりはする。


「それ以外に用事があるなら早く言って」

「えと……あれだ!学園について案内してやる!」

「要らない。私地図見たら覚えられるから」

「な、なら学園の街の中の案内だ!」

「要らない。ルゥイに案内してもらう」

「え~っと……」

「何も無いならバイバイ。後お節介だろうけど……悪役ぶるのはやめておいた方が良いんじゃない?」


私は後半だけは小声でティモ君にだけそう囁く。そう以前感じた違和感はティモ君の言動などからだ。妙に取り繕った感じがしたのは演技だからだろう。恐らくティモ君は実際は馬鹿息子ではない。しかしその馬鹿息子の振りをしている。何故かは知らないし知る気もないが辛いならやめれば良いと思う。

私の言葉にティモ君は目を見開く。その態度だけで充分確定出来る。私はそれを見るとさっさと振り返ると歩き出す。あっ、アルフは最終的にティモ君を両手を持ち上げて左右に揺らしていました。笑わなかった私を誉めてほしい。あれは反則だろう。



――???――

「やはり確定されているのね」

「ごめん。これ以上の良い結果は出なかった」

「良いわよ。貴方は良く頑張ってくれてるわ」

「でも……!」

「大丈夫よ。私は充分生きたわ。貴方やあの子が生きられるというのならそれで良いの」

「……」

「さて私は私で動かないといけないわね。頼むわよ」

「分かった。僕は僕にしか出来ない仕事をするよ」

「ええ、私は私にしか出来ない事をする。そしてあの子に託すわ」

「……愛しているよ」

「ありがとう。私も貴方をあの子を愛しているわ」

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