第62話 黒海に住む象



「どうしたのよスイ?」


泣いている私を見て心配そうにルゥイが問い掛ける。私はそれに何も答えずにルゥイに抱き付いた。


「本当どうしたのよスイ」


そう言いつつそのまま抱き締めて頭を撫でてくれる。


「……もう会えないと思ってた幼馴染みと会話したの。私を追い掛けてきたんだよ」


私はそれだけ言うとルゥイの慎ましい胸に顔を擦り付ける。


「なるほど。嬉しい涙なわけね。良かったじゃない」

「うん……良かった」

「……うん?あれ?でもそれじゃその子は……」

「うん。私を追って死んだんだろうね」


私がそう言うとルゥイは固まる。アルフ達も良い話かと思って聞いていて途中で気付いたのだろう。私は転生してきているから幼馴染みが居るわけがないと。この場合の幼馴染みは前世の縁だと。皆顔が真っ青になっている。


「えぁっ、あれ、それは良い……のかし…ら?」


ルゥイが困惑した表情で問い掛けてくる。


「良いんじゃない?湊ちゃん……ルーレちゃんも会えて嬉しがっていたし」


変な質問をするものだ。会えて嬉しがっていた位なのだ。前世での生より今世の生の方が良いということだろうに。


「湊ち……ルーレちゃんも魔族みたいだしずっと生きられるんだ。嬉しいなぁ。ヴェルデニアを殺した後は一緒に色々遊べるんだ。拓も来てないかなぁ」


そうは言ったもののヴェルデニアを殺す算段は未だついていない。いやつくわけがないのだ。地力が十倍以上離れた相手には流石に勝てない。どうにかして素因を得て対等な位置まで並び立たなければ話にならない。いや対等ではなく多少下でも構わない。その程度の差は埋めてみせよう。そう考えた時お腹が鳴る。


「あ……と、ルゥイ美味しいお店に案内してくれるんだよね。行こう」


私は少し恥ずかしがりながらそう言ってルゥイの腕を掴む。その腕には何故か力が入っていない感じがした。



――渦巻く黒海――

「へぇ、渦巻く黒海ねぇ。言い得て妙というかそのまんまだね」


僕の目の前にあるのはまるで海中で竜巻が発生しているように渦を巻く真っ黒な海だった。しかも不思議なことにその黒い海はまるで仕切られているかのように突然無くなりそこから普通の海になっている。渦の影響も一切発生していない。


「異界か。確かにこの不自然さはそう言わないとおかしいね。あの黒い海にもう少し近付ける?」


僕はここまで船を出してくれた兵士達に訊く。しかし顔を横に振るだけで返事をしない。話し掛けたら情が移るから極力話さないようにしているらしいけどもう何人か移ってるよね。心優しい人が多いのは良いことだ。僕は兵士達に微笑んでから黒海に顔を向ける。


「さてと、シーエレファントだっけ?殺ってこようか。しかしどう入ろうかな。話に聞く限りじゃ普通に息が出来ないみたいだし面倒だなぁ。もうここから狙い撃ちでも良いかな」


僕は魔法で狙撃銃を作り出す。やはり狙い撃つのならばそれっぽいのにしないと気分が乗らない。狙撃銃は適当な想像で作ったので何の銃かも良く分からない。とりあえずスコープを覗いて空を睨む。これはあくまで魔法だ。直接見る必要などない。

スコープ越しに食事をする象を見付けた。牙が異常に発達していて身体が鋼鉄のようになっていることを覗けば至って普通の象だ。いや食事の内容がシーサーペントとか呼ばれそうなものでなければというのも追加しなければならない。


「……ん~、バイバイ象さん。身体ぐちゃぐちゃになっちゃえ」


そして僕は引き金を引く。その瞬間象の身体の中に出現した対物ライフル並みの威力が縦横無尽に跳ね回る。狙撃銃を作り出す魔法ではない。狙撃対象の身体の中に強力な威力を持ち身体の外に出ずに跳ねる銃弾らしいものを作り出す魔法なのだ。象は突然の痛みに攻撃されたことに気付いたようだが何処から攻撃されているか分からず重要な臓器が幾つも傷付いたせいか暫く悶えた後に口から血を吐き絶命した。


「んと、殺したけどどうしよう……ああ、いや魔法で引き寄せれば良いのか」


場所が良く分からないのでスコープを再び覗いてシーエレファントの身体を入り口まで強制的に転移させる。どうも転移の概念自体はあるのに使えると思っていないせいかこの世界の住人は転移が出来ない。自分を移動させるのは怖くても物を転移させることも出来ないのは不便だと思うのだが。

入り口まで引き寄せたことで身体が見えてきた。やはり大きい。スコープ越しだとあまり大きさが実感できなかったが五メートル以上あるか。この象の元の大きさを実は知らないのでこれが大きいか小さいか知らないのだが。


「よっと……それっ!」


小さな掛け声をあげてシーエレファントの身体を船まで持ち上げる。慌てて兵士達が魔法で手伝わなければ船が揺れていたかもしれない。


「さて、こいつだよね。シーエレファント。狩ったし帰ろうか。考えてみたら水中行動しながら象を狩るのは確かに面倒かもね。それを考えたらこいつ強かったのかも」


そんなことを言いつつ僕は象が食べていたシーサーペントみたいな物も引き寄せる。この世界では魔物の肉は良く食べられている。普通の動物の肉の方が少ないくらいには食べられている。シーサーペントのようなこの魔物の肉も食べられるかもしれない。それに今はお金を貯めている。

アーシュには悪いが勇者として生きる気など毛頭ない。お金を貯めたら僕の生活費としてお金を返し後は自由に生きるつもりだ。姉さんが僕を生かしたというのならば勇者として生きる事など望んだりはしないだろう。勇者として生きるということは死と隣り合わせということなのだから。


「さてと……あの貴族様達はこの実績をどう否定するのかな?」


僕は楽しくなって笑顔を浮かべる。周囲の者から見たらまだ男だと思われていないために天使の笑顔の美少女に見え、知っている者から見たら邪悪な歪な笑顔を浮かべる悪魔の少年の笑みを。



帰ってきた僕に貴族様達は真っ先に偽物だと断じた。何を根拠に偽物だと言ったのかは分からないが恐らく外面に傷が一切付いていないためだろう。中身など見ないのだからある意味仕方ない。しかし一日足らずでこの象の偽物を作れる者が居るなら逆に見せてほしい。


「これは……凄いね。傷一つ無くシーエレファントを狩ったって言うのかタクヤ」

「いや傷はあるよ。中身ぐちゃぐちゃになってるんじゃない?多分切り開いたらこの辺り血で真っ赤に染まるくらいには」

「中身……つまり臓器の類いは使えないと?シーエレファントの臓器が薬に使えると知った上でぐちゃぐちゃにしたのか貴様!」

「いや、知らないよ。臓器が薬に使えるなんて誰も教えてくれなかったし。それより……貴方の子供か親戚辺りに薬が必要だったりするのかな?」


僕は突然突っ掛かってきた初老のおじさんにそう問い掛ける。多少にやにやしちゃったのは仕方ないと思う。だってやっぱり個人的な用件で僕を使っていたと白状したようなものなのだから。初老のおじさんはそれに答えはしなかったけど顔を見れば良く分かる。姉さん程ではないけど顔を読むこと位は僕にも出来る。


「何のことだ。単に私は使える物が使えなくされたことに憤りを感じただけだ」

「ふぅん、まあ良いけどね。とりあえず僕は言われた通りにシーエレファントを狩ってきたよ。実力証明には充分だよね?」

「うん。充分だよ」

「いや、待て。どうやって狩ったのだ」


レクトの言葉に重ねるようにして初老のおじさんが問い掛ける。一応レクトの方がこのおじさんより位が高かった筈だけど。レクトはにこにこ笑顔で……ああいやここでおじさんを排除したいのか。なるほど。


「兵士達に訊いたら?」

「確かにな。どのように勇者はシーエレファントを狩ったのだ」

「はっ、勇者様は黒海には入らず魔法にて遠隔でシーエレファントを狩り引き寄せました」


答えたのは僕に情が移らなかった兵士。こうなった事態に合わせて先んじて兵士に自分の手の者を入らせていたのか。


「何だと……!では魔法が強いということしか分からないではないか!これではいかん!実力証明とはなりませんな!」


何か突然始まった大振りの演技を見せられてげんなりする。結局このおじさんは僕に何をさせたいのか。あと僕は勇者として生きる気はないから実力証明とか実は心底どうでも良い。


「テニクス、なら勇者はどうすれば実力証明出来るのか教えてくれないか?」


レクトが呼び捨てでおじさんに声を掛ける。位が高いから当たり前なのだがその呼び捨てに一瞬顔をしかめるおじさんもといテニクス。レクトには結構敵が多そうだね。心優しい人が多いけれど上層部はむしろ魔窟化しているってところかな。貴族っていうのも面倒だね。


「それは勿論同じ物で良いでしょう。シーエレファントを今度はしっかりと黒海に潜り肉弾戦で倒すのです」

「ふむ。タクヤやれるかい?」

「面倒だね。でも良いよ」


ならば今度は肉弾戦で内臓をぐちゃぐちゃにしてあげよう。



そして僕は再び黒海に来ていた。今回はしっかり魔法で息が出来るようにしてから潜る。というか今潜ってる。


「……(ふぅん、泳ぎながらの戦いは結構面倒だね)」


僕は突っ込んできた飛び魚みたいなやつを掴んで首を折る。死体は支給された指輪に収納する。そうして暫く進んでいると再び象と会った。再びといっても実際生きているのとはこれが初めてだけど。

どうやっているのかパオーンと象ならではの鳴き声をあげて突進してくる。今回は肝臓以外を無傷で殺す。肝臓は薬に使えるようだからだ。僕は僕を勝手に使おうとする人は許さない。僕を使って良いのは姉さんか湊位だ。他の誰にも両親であっても使わせない。

突進してきた象を滑り込むことで回避する。大きいから腹の下に結構空洞があるのだ。腹の下に潜り込むと肝臓の場所目掛けて魔法で拳を浸透させる。僕が使うのは脳を破壊するついでに肝臓も破壊するだけの魔法だ。ちなみに肝臓は丸ごと擂り潰して使うものらしいので半分くらい削っておく。他の臓器は無傷にしようかと迷ったが不自然にならぬように一応一部削っておいた。名目は実力証明だ。薬のために臓器を残す必要がない。

死んだ象に一応申し訳程度に剣で傷を付けておいた。硬いからなかなか上手くいかず刃が少し欠けたがどうでも良い。どうせ普通の剣だ。買い換えれば良いだろう。象を指輪に収納する。さて帰ろうか。



「狩ってきたよ。少し手こずったね。やっぱり水中だと動きづらかったよ」


そんなことを言いながら指輪からシーエレファントの身体を取り出す。パッと見る限りでは傷が少なく見える。それを確認してテニクスが笑顔になる。今回僕は魔法ではなくて肉弾戦で倒した…と思われている。だから僕は臓器が欠けたことには気付いていない。そういうことになっている。僕は笑顔のままでシーエレファントが運ばれていくのを眺めていた。


「今度こそ実力証明には充分だよね?」

「無論、流石勇者様であった」


テニクスがそう言って何かを言おうとした時にレクトが口を挟む。


「今夜は私がタクヤを接待することとしよう」


レクトを見ると小さく目配せをされたので僕はそれを受ける。



「ということはあのシーエレファントは……」

「臓器の一部が欠けているね。素直に薬が欲しいから頼むとでも言ってくれたらやってあげたのに」


僕はそう言って嗤う。僕にお礼でもしたくなかったのか理由は分からないが素直に頼まれたならば僕だって少しは考慮してあげた。しかしそれをしなかったのはテニクスだ。貴族の面子やらがあるのかは知らないがどうでも良い。


「そっか。タクヤもう一回狩りに行かない?テニクスに恩を売りたいんだよ」

「面倒だよ。シーエレファントを探しにまた黒海に潜るなんて嫌だね」

「そこをどうにか出来ないかな」


レクトが必死に頼む。まあ僕だって良心はある。もし臓器が傷付いて使い物にならないと分かった時に素直に頼みに来るのならば渡してあげないこともない。そうシーエレファントはまだ指輪内に三体ほど狩って入れている。当然臓器は傷付けていない。倒し方は簡単だ。魔法で血液や臓器の動きを止めてしまえば良い。

シーエレファントは魔法に弱いらしく他の魔物なら抵抗出来るであろう魔法でも死ぬみたいだ。指輪に入れているので死後硬直もそれほど経っていない筈だ。


「まあ良いよ。黒海に行くのは嫌だけど」

「?黒海に行かずにどうやって?」

「指輪の中に三体ほどまだ入れているからね」

「三体!?うわぁ。そっか。なら一体丸ごと買い取りたいな。金貨十五枚でどう?」

「それが適正か分からない」

「あぁ~、えっと、無傷だよね?」

「そうだね。外傷無し内傷無しの綺麗な身体だよ」

「どうやって狩ったのそれ……まあ良いや。なら上乗せかな。金貨三十枚。適正金額は本来十枚程度だよ」

「脳も傷無くても?」

「えっ!?本当!?なら跳ね上がるなぁ。金貨七十五枚で」

「売った」

「やった!ありがとう!」


レクトが凄い嬉しそうに喜ぶ。金貨七十五枚を払っても尚利益が出るということか。無茶苦茶だな。


「とりあえず商談はこれで終わりにしようか。今は食事でもしよう」


食事はレクトの家でした。大きな屋敷でレクトがかなりの高位の貴族であるのが良く分かる。パッと見て回ると馬車置き場で綺麗な馬車がある。他の馬車とは違い見た目というか材質から違う。その御者らしい人がうっとりした目でその馬車を磨いている。何だあの人色々とやばい。


「ん?ああ、その馬車はイルミア帝国に向かって帰る時に女の子から貰ったんだ」

「女の子から?」

「そう。目の前で馬車を作ってしまったんだよ!凄く可愛くてさ。鉱石や宝石がぐにゃぐにゃ形を変えて馬車に変わったんだよ。しかもそれなのに軽いし防御力もかなりある!揺れたりもしないし凄いんだよ本当に!ああ、また会いたいなぁスイ」

「スイっていうのがその女の子の名前?」

「そうだよ。可愛い名前だよね」


そう語るレクトは恋する者の目だ。一目惚れだろう。


「多分……ああ、いや間違いない!彼女きっと学園に居るんだ!どっちの学園だろう。調べてみよう」


そう言ってレクトは使用人らしい人に頼んでいた。レクトの熱の上げぶりにアイドルの追っかけを思い浮かべた僕はきっと悪くない。

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