第61話 交差する運命



「さて貴方の申し出は受け入れても構わないのですが此方の利益は何でしょう?まさか貴方が襲わないという言葉を信じるのが利益だとは言わないでしょう?」

『無論だ。我がこの街の防衛に組み込まれてやろう。後はシェティスもか。この娘は鍛えた後で良いなら防衛に組み込……いやそれは無しだ。この娘は鍛えた後はスイと連絡を取らせて行動を共にさせられるようにせよ』


ジールさんの問いにイルナはそう返す。スイという少女がこの街に居ないことは聞いている。ここから遠い帝都と呼ばれるイルミア帝国の首都に行っているらしい。既に着いていることだろう。ここから遠いのに連絡の取り合いが出来るのだろうか。


「鍛えた後で良いのですか?」

『そうだ。今のままで向かわせるわけにもいかないだろう。せめて戦う術を持たせねばな』


スイという少女と会うためには私自身が鍛えられなければならない。あの子だった場合、会った時に役立たずの足手まといな私だったら会えて喜びはするかもしれないが歓迎は絶対にしないだろう。

幸いというべきかこの身体は人…族(人間じゃないから言いづらい)と違って身体能力に優れた魔族だ。あの子は魔王と呼ばれる最上位の魔族らしいから隣で戦うことこそ出来ないとしても役立たずの足手まといにはなりにくいだろう。


「イルナ、私だって今のままで向かったりしない。最初会った時は色々と混乱してたから連れていってなんて言ったけど状況を知った今は無理に行こうとは思わないわ。だから連絡が取れるなら取らせて欲しい。あの子かどうかだけでも知りたいの」


私がそう言うとイルナは少し悩んでからジールさんを見つめる。ジールさんは判断を委ねられたことに困惑する。少ししてから考えが纏まったのか私に顔を向ける。


「そうですね。約束してくださるなら構いません」

「約束ですか」

「えぇ、連絡をさせるのは構いません。知り合いかどうかは知りたいでしょうし。但しスイちゃんが会いたいと言っても決して向かってはいけません。イルナさんの言う通りに強くなってからなら止めたりはしません。ですが弱いままで向かうのは駄目です。魔族は素因というものを持っていてそれを奪えば自らの力にすることが出来るからです。今向かえば間違いなく餌になるだけでしょう。ですから約束してください。強くなり自らの身を護れるほどになってから向かうと」


ジールさんが念を押す。そこまでされなくても分かっている。あの子の不利益になるのだろう。なら私は自分の感情くらい制御出来る。


「はい。約束します。あの子の不利益になるのなら我慢します」


ジールさんは私の顔を見ると頷く。


「分かりました。連絡を取る事を許可しましょう」

「本当ですか!」


思わず身を乗り出しそうになる。ジールさんは苦笑いしながら頷く。スイという少女と連絡が取れる。本当にあの子なのだろうか。今更ながら恐ろしくなる。もしも別人なら?全く関係ない赤の他人ならば?もしくは本人でも既に数百年生きていて忘れている可能性は?幾ら記憶力が良いあの子でも数百年経っていたら忘れている可能性はある筈だ。


「ええ、失礼ながら貴女の心を読む魔法を使わせて貰いました。イルナさんも止めなかったので」

「えっ、ああそれくらいどうでも良いです」


どうでも良い。心を読んだから何だというのだ。心の言葉くらいすぐに消せるだろうに。偽れるものにそこまで興味はない。私の回答にジールさんは一瞬呆然としすぐに平静を取り戻す。


「そ、そうですか。まあとりあえず連絡を取るのは構いません。今すぐが良いですか?」

「はい!是非お願いします!」

「分かりました……っとあれはガリアが持っていましたね。呼びに行ってきますので少しの間この部屋でお待ちください。え~っと……」

「あっ、ルーレといいます。イルナが付けてくれた名前なんです」

「ルーレさんとイルナさんは少々目立ちますので」

「分かりました。ここで待っています」


私がそう言うとジールさんは少し頭を下げてから部屋を出ていく。ガリアさんを呼びに行ったということは魔導具か何かか。魔法で連絡が取れるのならばジールさんが連絡させてくれる筈だ。


「スイ……どんな子だろう。あの子かな」


少しだけ不安になりながら私は待つことにした。



――学園内――

「酷い目に遭ったわね」

「ん、あんなに怒らなくても良いのにね」

「いやあ、でも仕方ないんじゃねぇかなあ」


ルゥイの言葉に同意を返すとアルフが苦笑いしながら答える。既に言葉は崩れている。妙な丁寧語は違和感しか無かったのでこれで良い。


「ん、でも代わりに静かな場所紹介してくれて良かった。これで鍛練しやすくなった」


演習場は使いにくくなったが代わりに校舎から少し離れた場所にある旧演習場を紹介された。旧演習場は場所が離れているということで使われなくなって暫く経っている。今では全く使わないのだそうだ。


「ん、ここだね」

「うわぁ。自然がいっぱい…って言えば良いのか?」


放置されて年月が経っている旧演習場は森林地帯みたいになっていた。もはや平らな草原など何処にもない。それどころか奥の方を見れば魔法か何かで抉られたのか岩石地帯みたいになっている場所に深い穴の中に長い年月風雨に晒されたせいか湖まで出来ている。ここが演習場なのだと他の誰かに言っても信じられないだろう。


「まあやりやすい。とりあえずこの旧演習場に魔法で保護してみるよ。時間保護結界タイムプロテクション


私が掛けた魔法は今の景色を保護する魔法だ。壊されても一定時間で元に戻る魔法。ただし保護された景色が壊されてから一定時間なので壊し続けたら元には戻らない。まあ永遠と壊すなんて出来ないのでいずれ元に戻るが。


「何で保護するんだ?」

「ん?わざわざ色々な地帯を作るより良いじゃない。それに人工的な森と自然の森はやっぱり違うから。平原だけで戦うことなんて絶対ないから」

「そうね。森の中での戦闘に水中、浮遊しながらの戦闘とか色々あるでしょう」

「なるほど、確かにそれもそうだな」


魔法で保護した後はどうしようか。皆と模擬戦でもしようか。いややはり今日はやめておこう。もしここに移動してすぐに轟音でも響こうものなら先生が飛んでくるかもしれない。


「まあ今日はもうやめて学園内の街でも……いや帝都内でも見に行こうか」

「そうね。壊されたこの街はちょっと見て回りたい景色ではないものね」


私の提案に誰も反対はしないようなので皆で校舎に向かう。校舎の入り口には事務員の人が座っていて校舎外に出ることを伝えると簡易な木札が渡された。木札には発信器のような魔法が付いてある。これで不測の事態が起きた際にすぐに迎えに行けるようにするのだろう。

木札はブレスレット型とネックレス型の二種類があったのでネックレス型にしておいた。簡易な木札とはいえ多少デザインには気を遣っているのか割とちゃんとした造りではある。前世の凝った装飾品と比べたらまだまだではあるが前世の物は日本人ならではの気質というか全ての物が凝った物だったので比べるのも意味がないだろう。まあとはいっても装飾品の類いを前世では使わなかったので実はこの世界に来てから初めて装飾品を付けたのだが。



帝都の街は学園内の街とは違い壊されてはいない。むしろ帝都に住んでいた人達の大半は襲撃があったことすら知らないのではないだろうか。ならば学園内の何に対して彼等は襲撃を仕掛けてきたのだろうか。いや襲撃の際に使われた彼等が何かに対してやったのか。

恐らく魔族の二人は彼等の支援役だったのではないだろうか。本来の支援役が少年の魔族でその護衛がヴェイン、そう考えれば辻褄が合う。しかしやはり何のための襲撃だったのかは分からない。帝都に対して打撃を負わせるなら帝都の街自体に襲撃を仕掛けた方が良い筈だ。ということは帝都に対して恨みを抱いているように見せ掛けて学園そのものに恨みがある感じか。何だ。学園に何の恨みがあったかは知らないがその程度ならどうでも良い。


「とりあえず街中でも見て回ろうか。どんなのがあるか楽しみだね」

「そうね。私が案内してあげるわ!美味しいお店に綺麗な服や装飾品、武器防具に魔導具の店も知っているわ!」

「ん、ルゥイに任せようかな。まずは美味しいお店でお願い」


私がそう言うとルゥイは自信満々に歩き出す。私も一緒に向かおうとしてフェリノに袖をちょんと摘ままれる。


「どうしたの?」

「ガリアさんから連絡が来てるみたいだよ」


そう言って渡されたのはトランシーバー擬き。獣のような音を響かせている。やっぱりこの着信音らしいものはセンスが無いと思う。


「ん、どうしました?」

『おう、繋がったな。いや俺に何か用事がある訳じゃないんだが。そういえば今お前何処に居る?』

「帝都に居ます。学園に所属することになって今はルゥイ、人災の剣聖と共に帝都の街を案内して貰おうとしています」

『……何でそうなった』

「さあ?とりあえずルゥイは味方です。それとジェイルさんも」

『剣聖が味方か。それは朗報だな。ジェイル……ジェイル……断鎧のジェイルか!Aランク、いや帝都に向かったってことは今頃Sランクか』

「確かそんな名前でしたね。それで近況が聞きたかったんですか?今ルゥイが案内しようとして私が動かないのでそわそわしてるんですけど」

「余計なこと言わなくて良いわよ!」

『ああいや違う。というか随分若いんだな。はじめましてか。剣聖ルゥイ。俺はガリアだ』

「ガリアさん!?嘘!炎帝ガリアさんですか!?」

『うわっ、くっそ恥ずかしいな。ガリアで良いよ』

「あ、あのなら私もルゥイで良いです!いやむしろそう呼んでください!」


ルゥイが凄い興奮している。やはりガリアさんはかなりの強者か。Sランクと聞いているから強いのは分かっているが剣聖であるルゥイが尊敬している様子からもしかしたら人災クラスなのかもしれない。その時は人災なんて知らなかったから分からないけど。


『ああ、分かったよ。それでだな。用件はスイ、お前と会話したがっているやつが居る』

「私と?」

『ああ、そうだ。お前とだ。どうする?無理に話せとは言わん』

「いえ会話するのは構わないのですけど誰なのか分からなくて」

『ルーレと名乗っている少女だ』

「……ルーレですか。進む者。力ある言葉を名に持つ者ですか」

『力ある言葉?』

「その言葉単独で意味があるものです。名を付けられた相手はその名の通りの力を多少得ます。魔法でも同様に多少効果が増えますが基本発音できないので出来ませんね」

『基本発音できないって言葉としてはどうなんだ』

「さあ?神様に言ってください」

『まあ良い。とりあえずどうする?』

「会話します。近くにいるのでしょう?」

『ああ、じゃあ替わるぞ…………はじめまして』

「はじめまして。貴女がルーレさん?」

『えっ、あっ、はい。えとスイ……さん?』

「えぇ、スイです。何が話したかったのですか?」

『……//〇◇∥▽という名前に聞き覚えはないですか?』

「……えと、今何と言いました?」

『えっ、//〇◇∥▽です』

「…………あの」

『えっ、あれ?//〇◇∥▽ですよ!?分かりませんか!?』

「さっきから何を言ってるか聞き取れないんです」

『な、ならえとそうだ!湊なら!拓也なら分かりませんか!?』

「えっ……湊?拓也?ど、どうしてその名を!?」


混乱しているのが良く分かる。何故?どうしてその名前が出てくるのか。


『ああ……神様!感謝しますっ!私っ……私湊だよ!榛原湊!//〇◇∥▽と拓也の幼馴染みの湊!』


もしかして先程から聞こえない言葉は私の名前か。まさか記憶どころか聞き取ることすら出来なくなっているとは思わなかった。正しく名前を失っていたわけだ。


「湊……湊ちゃんなの?」

『うん!うん!そうだよ!良かった!拓也は居ないの?』

「拓は分からない。一緒に死んだと思うけど見付けては居ないよ。でも何処かには居そうだよね」

『そっか。でも本当に良かった。色々と話したいことがあるけど私今は我慢するよ。ノスタークで鍛えて貰うことになったんだ。事情は聞いてるからいつか//〇◇∥▽の隣に立てるように頑張るからね』

「分かったよ。待ってる。湊ちゃんと一緒に会える日を待ってるね」

『うん!あっ、ガリアさんに交代するね……話せて良かった。また一緒に会える日を私も待ってる………………ってことだ。分かったよな』

「ええ、ありがとうございます。ガリアさん。湊ちゃん……ルーレちゃんをよろしくお願いします」

『ああ、任せろ……良かったな』

「……ありがとうございます」


私は久し振りに聞いたあの子の声に涙が出るのを抑えられなかった。けどこのときぐらいはきっと許されるだろう。私は誰に許しを乞うているかも分からずそんなことを考えていた。

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