第299話 白狼族の幼女



アルフ達は街の外を馬車で走っていた。あの街の名前も知らないが居る必要性も特に無いのでさっさと出て来たのだ。その際に街の中を適当に見回った結果少し余計な買い物をしてしまっていた。


「あいがとう、おにいちゃん、おねえちゃん」


舌っ足らずな声で可愛らしくお礼を言う亜人族の少女、いや幼女と表現すべきだろう。その首にはアルフ達と同じ奴隷紋がある。そしてアルフ達が思わず買った理由は年齢もそうだが幼女の種族もあった。その子の髪は真っ白でそこに生えた狼の耳と尻尾、アルフ達と同じ白狼族だったのだ。ただし年齢は僅か三歳。


「気にするな」


アルフが優しく幼女の頭を撫でる。それに対して気持ち良さそうに目を細めてふにゃふにゃになった幼女ははっと目を開けると慌てて離れた。撫でられていたら眠りそうになったのだ。


「奴隷商の人意外に良い人だったね」

「そうだな。身寄りの無いこの子をわざわざ引き取ってたもんな」


勿論それには後々の金になると思っていた可能性も無くは無いが奴隷商の男性の年齢はなんと八十歳を超えたおじいさんだ。金になるよりも前に死ぬ可能性の方が正直な話高い。それにアルフ達がこの子を見て買いに来た時に条件をかなり出された。不自由させないことや危ない事はさせないでくれなどどう考えてもただの奴隷に対しての態度ではない。またこの子の親は既に亡くなっているようで両親の事も知っているようだった。


「帝国の中にも亜人族の事を好いてくれている人が居るってのは有難いな」


イルミア帝国は亜人族の事を奴隷にしている国だ。それには王妃であるイジェという魔族の思惑があったようで一応既に撤廃された制度となっているが長年続いたそれらは人々の心の中に根付いておりそう簡単に消え去らない。帝国内部ならばどの街に行こうが亜人族というだけで侮蔑の視線を送る相手が居るのだ。そんな街の中に昔から知っているからだろうが亜人族の事を好いてくれている人が居た。どれだけ貴重な存在だろうか。


「おじいちゃんのはなし?」

「ああ、良い人だったなって事だ」


正直そんな良い人から孫のように可愛がってそうなこの子を買うのはどうかとも思い一度は買わずに離れようとしたのだが奴隷商のおじいさんに引き止められて結局買う事になったのだ。おじいさんにも何か思う所があったのかもしれない。


「おじいちゃんはいいひと!」


アルフが嬉しそうに笑う可愛い幼女の頭を撫でる。ちなみに名前はシャロというらしい。撫でられて今度こそ眠ってしまったシャロの身体を近くに居たフェリノの膝に乗せるとアルフが御者をしてくれていたステラに礼を言って御者を交替する。


「シャロちゃんは翠の商会に置く形になるかなぁ。支部よりも本部の方が良いだろうし帝都までは連れて行くって形でどうかな?」

「良いんじゃない?彼処にはハルテイアさん達も居るし悪い様にはしないでしょ」

「支部の方でも大丈夫でしょうけど安全性を考えるなら本部一択でしょうね。トリアーナさんやミティックさん達魔族の人も居るし」

「まあそれが無難だよね」


言いながらディーンが眠っているシャロの頭を撫でる。ふわふわとした触り心地は丁寧に扱われてきた証拠と言えるだろう。コリコリとした耳を触っているとシャロが擽ったそうに身を攀じる。


「可愛いわねこの子」


アルフ達は完全にシャロにメロメロになっていた。ステラもまたシャロの尻尾を少しだけ触ると夢を見ているのかシャロがくすくす笑いながらコロンと転がる。フェリノの膝から落ちかけたのをフェリノが器用に尻尾を動かしてシャロの頭の下に差し込む。そして膝の上に戻してあげる。シャロはそれが気持ち良かったのかフェリノの尻尾に抱き着くようにしながら顔を埋める。


「その子、無意識の内に魅了アイネスの力を放ってるわ」


興味無さげにオルテンシアは馬車の外を眺めながらそう言う。


「アイネス?」


聞こえたディーンが聞き返すとオルテンシアは自分の指輪から適当な骨を出して齧りながら答える。


「その子の力と言うより名前のせいでしょうね。シャロ以外にも苗字があってそれがアイネスなんじゃないかしら。シャロ・アイネス?多分そんな感じ」

「何かこの子はしてるって言うの?」

「だからアイネスよ」

「?」

「?……ああ、ごめん。忘れてたわ。昔の言葉で今は伝わってないんだったわね。力ある言葉の一種なんだけど確定された言語が無いわけじゃないのよ。その確定された言語の中に使われるものでアイネスっていうのがあってそれが魅了の力を持つのよ。偶然でしょうけどそれのお陰でその子の両親も亜人族でありながら帝国で過ごせたんでしょうね」


オルテンシアの説明でようやく理解出来たのかフェリノ達が感心したように頷く。その上でシャロを再び見るが魅了されているかはいまいち分からない。既に魅了された後になる筈なので違いが分かる訳も無かった。


「まあ特に害がある訳じゃないし気にする必要は無いわ」


オルテンシアはそれだけ言うと骨を齧りながら馬車の外を適当にぼうっとしながら眺め始めた。


「名前にも力ある言葉が宿ったりするのかぁ。ん、それじゃあシェスにもあるってこと?」

「無いわ。下手に力ある言葉で名前を付けるとその子の才能まで歪むわ。力ある言葉は普通は名前なんかに付けるものじゃないのよ」


ぼうっとし始めたので聞いていないかと思ったらオルテンシアがそう答える。


「だから貴方達に子供が出来たとしても力ある言葉は絶対に付けないようにね。才能だけならまだしも人格まで歪む可能性があるから。まあその時はスイ様か私に聞けば答えられるわ。ちなみに通称や別称としての力ある言葉なら後付けだから大丈夫よ」


改めて力ある言葉の異常過ぎるその力にフェリノ達が怯える。才能や人格すら歪めかねないその力に流石に怖くなる。


「つまりシャロはこれからも色んな人を魅了するような子になるって事?」

「ある程度の力を持つ相手には無効化されるでしょうけどね。現に私やそこに居るシェスなんかは魅了された様子は無いでしょう?シェスの場合はそれ以上に強力な力が体内にあるからで私は膨大な魔力で無効化している。貴方達も知らなかったから魅了されただけで今ならそんな事は無いと思うわ。まあ魅了の力を差し引いたとしても普通に可愛い子だとは思うけども」


オルテンシアはそう言ってシャロの方を見る。興味無さげではあったが関心が全く無いという訳でもないのだろう。


「……そう考えたら確かにさっきまでの可愛いって気持ちは少しだけ薄れたような?確かにあんまり強い力ってわけじゃないんだろうね」


ディーンが納得したように頷く。そう言いながらもシャロの尻尾をふわふわする。


「スイが起きていたらずっと抱き締めてそうな子ね」


フェリノの言葉に全員が簡単に想像出来たそれにほっこりする。フェリノに至っては見たいと思ったのかシャロを起こさないように持ち上げると眠っているスイの近くに置く。ディーン達が呆れたようにフェリノを見ているとスイの腕が徐に上がりシャロの身体の上に被せられて抱き寄せるような形になる。恐らく眠ったスイに代わり防衛魔法の方のスイがわざわざ動かしたのだろう。スイの髪も白なので並んだ二人の姿はまるで年の離れた姉妹のように見える。

満足気なフェリノの頭を御者を宗二の操るアンデッドに任せたアルフが少し小突く。宗二の操るアンデッドは御者の楽しさに目覚めたようでアルフからひったくる様に御者を交替したのだ。そして馬車の中に戻ってきたアルフにフェリノが小突かれたらしい。


「見たかったのは分かるけどスイも身体を動かすのは辛い筈なんだから程々にな」

「うっ、ごめん」


フェリノがしゅんとしているとスイの腕が少し動き近くに居たフェリノの尻尾を触る。慰めようとしてくれているようでフェリノは少しだけ笑うと近くに寄ってスイの身体に尻尾を擦り付ける様に動かす。少しだけ満足そうな表情をしたように見えるスイにアルフ達は笑う。


「ああ、それと今夜は野宿になりそうだからもう少ししたら寝場所の確保とか薪とか探しに行くからな」


アルフがそう言うと各々の返事が返ってくる。フェリノはどうせなら鍛錬しながら行こうと馬車から飛び出して薪代わりの木々を集めながら馬車と併走し始めた。御者のアンデッドは驚いているが亜人族なら余程の子供でない限り過半数の者が出来る事なので驚かないで欲しい。

ステラは馬車から幾つかのヴァルトを飛び出させると恐らく獣か魔物のどちらかを狩りに行かせたようだ。指輪のお陰であっても腐りはしないから狩れるだけ狩る事だろう。アルフとディーンは動かない。テントを張る時に力仕事だったり警戒をするのが自分達の仕事だからだ。そもそも馬車と並走は出来ても薪を拾うためにしゃがんだり少し離れるとアルフ達じゃ追い付けない。遠隔攻撃が魔法以外の手段がないアルフ達が出来ることがない。その分夜間の警戒を少し長めに取ったり力仕事をやってバランスを取っているのだ。


「まあそれも宗二に取られそうだけど……」


アルフは便利過ぎるアンデッド達に少しだけ羨ましげな目を向けるのであった。

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