第300話 スイの変化



美しく整った美貌の持ち主の少女、スイの頬をアルフは指の背で愛おしげに撫でる。しかし撫でるその指とは裏腹にアルフの表情は悲しげで傍目には少女の死を受け入れられない男の様にも見える。アルフは暫く指で撫でた後立ち上がる。その表情はこれから戦いに赴く戦士の様であり闘志に溢れていた。


「行ってくる」


アルフは恐らく聞こえてはいないだろうと思いながらもスイに対して一言そう呟く。それに対する返答は何一つとして無かった。



アルフ達がシャロを買い街を出てから数日が経過した頃その異常は起きていた。フェリノがスイの近くで暇潰しに編み物をしている時にスイの腕が上がりフェリノの尻尾を掴んだ。


「ひゃん!?」


時折こうしてスイの腕が動き起きていることを表すかのように何かしらするのでアルフ達は慣れて来ていたのだが今回は少しだけ違った。フェリノの尻尾を掴んだ後その腕を直ぐに離して優しく撫で、そして動かなくなった。

フェリノはまた尻尾を掴まれただけだと思っていてスイの方へとその身体を向ける。仕方ないなと言わんばかりに自らの尻尾をスイに擦り付けるように動かすがスイの反応が一切無い。それどころか触れた尻尾から伝わる感覚がスイの肌から急激に熱が失われていくものだった。


「スイ?」


余りに唐突なその熱の喪失にフェリノは異常を覚えスイの額を触り、そのまるで死体のようなその冷たさにフェリノの顔が青褪める。


「スイ!?」


その切羽詰まったフェリノの声を聞いてようやくアルフ達もその異常に気付く。宗二に動かしていた馬車を止めるようにアルフが指示すると少しの時間を置いて馬車が道の路肩に止まる。馬車が止まったのを確認して全員がスイの近くに寄る。


「どうした!?」

「スイが、スイが凄く冷たくて、熱が……」


要領を得ないフェリノの言葉にアルフはスイの腕に触れ、そこでどんどんと冷たくなり今では氷のような冷たさになったスイに気付く。


「何だこれ……氷みたいな」


アルフの言葉にディーンやステラも同じく腕や額を触りその冷たさに思わず手を引っ込める。


「スイ!!大丈夫なのか!?」


アルフが必死にスイに呼び掛けるがそれに対する返答は一切無い。何時もならばこれだけの大声を出せば何かしらの反応は示すというのにだ。アルフ達の脳裏に嫌な想像が浮かんでは消えていく。


「退いてくださいな」


アルフ達がスイに群がるようにしていたのを細い足が蹴るように退かす。声の主はオルテンシアだ。その表情は呆れ返ったような表情をしておりアルフ達が狼狽している事に対して溜息すら吐きかねない感じであった。


「まあ予想通りですわね。では暫しの間お休みなさいませスイ様。起きられるのをお待ちしております♪」


オルテンシアはスイの身体を少し眺めた後そう言うとスイに対してカーテシーを行うと元々座っていた場所へと戻っていく。オルテンシアの余りにあっさりとしたその態度にアルフ達は何かを知っていると判断してすぐに近くに寄る。


「何ですの?」

「何を知ってるんだ?」


オルテンシアの問いに対してアルフが問い返す。その問いにオルテンシアはすぐには答えず溜息を吐いた。


「知ってるも何も何故思い至らないのですか?スイ様は自身の休息の為に眠られたのだと」


その言葉にアルフ達は困惑する。ずっと眠っているスイが更に眠るとはどういう事かと。


「あら?本当に分かっていないのですか?なら良く分からないのも仕方ないですわね」


オルテンシアはアルフ達の態度を見て理解出来ていないのを確認すると少し驚いた表情を浮かべる。だがすぐにアルフ達があくまでただの亜人族であり魔法や魔族といった存在に対しての知識があまり無い事を理解した。


「良いですか?スイ様はお眠りになられてからつい先程まで身体こそ横たわり眠られている様に見えていましたが実際の所は一切眠られておらず寧ろ不眠不休のような状態でした。ずっと起きていた訳ですわね。これには魔法の影響もありますし貴方達を守る為でもあります」


オルテンシアの言葉に疑問を浮かべるのは全て聞いてからだと思っているのかアルフ達は困惑しつつも先を促す。


「以前スイ様の身体は不安定な状態を維持していると言ったのを覚えていますか?」

「ああ、俺達の身体を安定化させる為にってやつだよな?」

「それです。恐らくはつい先程それが完了したのでしょうね。スイ様とアルフさん達を繋いでいたパイプが無くなっていますし。つまりアルフさん達は現時刻を持って存在の確立が成されました。正式に眷属化が行われ、そしてそれに伴って常に魔力供給を行っていたスイ様は魔力供給の為のパイプをカットした後休息の為にその身を眠りにつかせたといった所ですわ。体温の維持すらせずに最低限の機能を残して身体を治す為に全力を注ぎ始めた。だから気にする必要は特に無いですわ。あ、それより今ならば以前失敗した保護の魔法使えますわね。まあ、街に着いてからで大丈夫ですわよね」


オルテンシアはそう言うとアルフ達の顔を見て理解出来たと判断したのか馬車の外を眺め始めた。アルフはもう話してはくれないだろうとオルテンシアから離れスイの元へと近付く。


「そっか。ずっと無理させてたんだな。ありがとなスイ」


アルフはそう言うとスイの腕を握る。凄まじく冷たく生きているようにはまるで感じないが考えてもみればスイが死ぬ=アルフ達眷属化組の死亡という事なのでアルフ達がこうして生きている以上それだけは無い事を忘れていた。


「スイ、ゆっくり休んでくれ。俺達は起きるまでにきっと強くなってるから。スイが驚く位にな」


アルフの表情は覚悟と決意に満ちておりアルフの言葉にフェリノ達も頷く。宗二は一人御者台で何が起きているのかさっぱり分からないままに空を眺めていた。


「……とりあえず馬車進めても大丈夫かな?」


宗二の一人言は暫く誰も拾ってくれなかった。



宗二のアンデッドが操る馬車はそれから幾日か経ちようやく帝都の門を潜る事となった。


「着いたぞ〜。つうか何で門の通行許可書なんて物持ってんだ?誰何される事無く馬車の中も見られずにこの門を通れるとか異常だろ」

「この国の上の方と接点があるからな。まあそういう事もあるだろ」


宗二の言葉にアルフは適当に返す。間違いではない。大臣や国防の為の人災や果てには王妃と知り合いなのだ。知り合いというか完全に身内である。門の通過位は簡単に出来る。宗二も適当に流されたとは思ったが特段気にすることでもないので無視した。というか関わるとろくな事にならなさそうだと思ったのが八割くらいある。


「で、この馬車何処に持っていけば良いんだ?」

「それについては〜私が〜貴方と〜お話しながら〜行きますよ〜?」


宗二が後ろに声を掛けると居なかった筈の真横から声が聞こえてくる。それに対して宗二が取った行動は咄嗟に胸元に隠した短剣をそちらの方に突き出しながら声とアルフ達との間に身を入れることだった。


「良いですね〜。でも〜私は別に〜敵じゃないんですよ〜?」


短剣はその声の主、テスタリカによって指先で止められる。テスタリカはにこにこ笑っているだけで動く気配は無い。当たり前だ。別に襲撃という訳では無いのだから。


「何だこの幼女……つうかこの世界の奴らは全体的に化け物が多すぎる……!!短剣を指一本で止めるって何だよ……!!」

「まあ人族には〜出来ないでしょうけどね〜。私は弱い方ですけど〜仮にも〜魔族なので〜この程度だったら〜大丈夫なんですよね〜」


テスタリカからしたらスイ達と行動を共にするアンデッドという不可思議な生物に興味を惹かれて出てきただけだ。帝都は既にスイの味方をしている魔族達により安全圏になっているのでテスタリカも出歩けるようになっているのだ。そして出掛けるとアルフ達を守る為にその身体を盾のように使いながらも短剣による攻撃を仕掛けたアンデッドに花丸を上げたい気持ちになっていた。


「とりあえず〜一緒に行きましょうか〜アンデッドさん?」


テスタリカは満面の笑みでそう告げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る