閑話.裏方
「ふ、ふふふ、可愛いなあ姉さんは、僕もその近くに行きたいなあ。でも行くと姉さん怒りそうだしなぁ。ああ、でも行きたい。くぅ、これが焦らしプレイってやつだね姉さん!もどかしいよ!会いたい見たい聞きたい話したい触れたい感じたい嗅ぎたい姉さんを常に視界に収めておきたい姉さんに常に触れていたい姉さんとずっと話しておきたい姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん」
「いや怖いよ。流石に引くよ?」
とある部屋で何やら無駄に繊細かつ膨大な魔力を使用してどこか遠くを見ているらしい拓也に呆れた声でレクトは声を掛ける。此処はレクトの治める国である法国セイリオスにあるレクトの屋敷だ。普段は神殿の方で寝泊まりしたりする為あまり使えない屋敷ではあるが最近ではかなりの頻度で使用する事となっていた。
その元凶が気持ち悪い発言をしながら悶えていた。シスコンなのは知っていたがここまでかとレクトは顔を引き攣らせる。剣国の勇者である拓也は本来なら剣国で魔族からの防衛等をしないといけないはずなのだが拓也は恐ろしい事に転移の魔法を自力習得した挙句、魔族側の魔軍総大将であるフォーハに単独で接触して打ち合わせをして戦闘そのもののコントロールまでし始めたのだ。更に部隊のさり気ない動かし方や魔軍の中の始末したい者の武器等も劣化させて剣国側はそれらを拓也達勇者が単独で撃破していくのだ。
それらをたった十三歳の少年がやってみせたのだ。はっきり言って化け物の類にしか見えない。黙っていれば線の細い美少年、又は美少女にしか見えないその姿にどれだけの人々が騙されたのだろうかとレクトは思う。
「……(まあこの気持ち悪い姿を知っている人はそう居ないと思うけども何か納得しづらいな)」
レクトは世の理不尽を呪いながら拓也を見る。拓也は流石に声が聞こえていなかった訳では無いらしく不服そうな顔でレクトを睨んでいた。その睨んでいる姿すら絵になるような美少年なのだから質が悪い。
「酷いなレクト。僕はただ姉さんへの愛を語っていただけだろう?」
「傍目から見たら邪神か何かを信奉する狂信者の類にしか見えなかったよ」
しかもそれが幼い内から無意識のレベルまで刷り込まれた根っからの狂信者だ。一番質が悪い類だとも言う。まあそんな事は口に出しては言わないが。
「姉さんが邪神か……妖艶な感じの邪神だったら……ちょっとエロいのかな……うん、これはこれで……」
本当にこいつは弟なのだろうかとレクトは本気で悩んだ。どっちかと言うとただの変態に近い気がするとレクトは割と本気で失礼な事を考えていた。拓也はそれに気付いているのかいないのか分からないが少なくともそれを言ったら間違いなく喧嘩になりそうだと思ったレクトは口を噤んでおいた。
「そもそもタクヤの言う姉さんとやらは本当にその子なのかい?」
拓也から聞いた話だと拓也の姉は剣国に何処からともなく現れて姉である事を告げた後は剣国側はその行方を見失ったという話だった。即座にそれを捕捉して以降、遠見の魔法でストーキングしている勇者が居るがその事実は知られていないのだろう。いやもしかしたら知った上で放置している可能性もあるが。
「間違いないよ。あの子は姉さんだ。それだけは確実にね。だからこそ姉さんをこんなに見ているんだろう?」
だからこその部分はさっぱり分からなかったがそれだけ断言するという事は確信もあり間違いは無いのだろう。だからこその部分はやっぱり理解出来ないけれども!
「それに僕が姉さんを見ている時に来るレクトは意図的としか思えないんだけど?」
「何がだい?」
「姉さん、ううん、レクトとしてはスイちゃんが好きだから見たいんだろう?わざわざお供も付けずにこの部屋に来たんだから」
「……何を言ってるか分からないな。僕は勇者の魔の手からか弱い一人の女の子が何かされないかと心配なだけだよ」
「まあそういうことにしておいてあげるよ」
拓也はそう言うと自分一人だけで見ていた遠見の魔法をまるでテレビのように広げる。そこには白髪の少女が映っていた。先程まで普通に歩いていた少女はほんの少しだけ表情を苛立たしげにした後、気付けないように小細工した筈の遠見の魔法に向かって目線を向ける。その動作は明らかに完全に気付かれていた。
「ねえ、これ本当に気付かれてないの?」
「ん〜、流石に正確な位置までは把握されてはいないと思うけど見られている事には間違いなく気付かれているだろうね。何回も使ってるせいか大凡の位置まで把握され始めてるけど」
「それ大丈夫なの?」
「姉さんの力を考えたらぶっちゃけ危ない。けど姉さんは多分転移を使えないんだよね。そういうイメージが無いのもあって僕達の元に直接来るってのは出来ないんじゃないかな?」
「でも逆に言えば何らかのイメージさえあれば使えるって事かい?」
「うん。僕に出来て姉さんに出来ない事なんてものは無い。姉さんは完全に僕の上位互換で更にそこに追加で様々なプラス要素ばかり詰め込んだような人だからね。違いは女の子で体力がそんなにないって所だけだったからぶっちゃけそれすら今では無いから姉さんの弱点が分からないんだよね。勿論それだけで勝てる人が居ないこの世界だとどの位置に姉さんが居るかは分からないけど」
拓也はそう言うと森の中に何やら殺気立った態度で入り込んだ自らの姉を見る。
「ほら、レクトと話してたら姉さんが怒っただろう?」
「ええ……あれ私のせいなの?」
絶対違うと言い切れないのが何とも言えない。スイならば拓也以外の誰かが一緒に見ている事くらい勘付いていそうだ。
「って、森が燃えたね」
「……姉さんらしくないな」
レクトの言葉に拓也はじっと見つめていると不意にまた炎が飛んできて今度は映像が途切れた。
「……今のは?」
「間違いなく姉さんの攻撃だね」
レクトの問いに躊躇うこと無く拓也が答える。
「見られていたのがそんなに腹が立ったのかな」
「いや、違う。あれは多分姉さんじゃない。そしてあれは放置しちゃ駄目なやつだな。ごめん、レクト暫くこの部屋使わせてもらうよ」
拓也の言葉に迷うことなく頷く。拓也の勇者としての力と思考能力の高さはレクトでは思い浮かばないものも浮かぶ程だ。そんな拓也が真剣な表情を浮かべているのだ。協力しない理由がない。
「勿論、バックアップは任せるといいよ」
レクトがそう笑顔で答えると拓也は笑う。
「頼りにしてるよ。レクト」
そうして暫く見ていて分かったのは今のスイは暴走状態にあるということ。あまり長く見ていると苛つくのか映像が消されてしまうこと、暴走状態にしては長い事から何らかの攻撃を受けたことだ。
スイの攻撃を遠見の魔法越しに邪魔を適宜入れるという離れ業を見せた拓也には驚いたがそのお陰で無為に死体を増やさせずに済んだ。途中からスイは映像を消さなくなったので気になったが拓也曰く恐らく暴走状態にありながらも姉さんの意識が残っていて邪魔しているのだろうと言うことだった。
暫くそんな風に邪魔をしている拓也の為に食事等を持って行ったりしていたら事態が一気に動いた。人災や凶獣、魔王によってスイの暴走状態が解放されたのだ。最終的にはスイ自身で解放したようにも見えたがそれが出来たのも追い詰めたからこそだろう。思わず僕達は手を叩いて喜んでいたらより酷い事態になっていた。いつの間にかヴェルデニアが居たのだ。
「終わったと思ってたらフラグ立てちゃったか……」
苦々しい顔をしている拓也がヴェルデニアをどうにかして退けられないかを考える。そんな中僕はふと思い付いた考えを話す。それを聞いた拓也が勝算があると思ったのかすぐに遠見の魔法を別の所に出して見始める。そしてそれを見終えた拓也がすぐにスイの元に遠見の魔法を出すと即座にその声が聞こえてきた。
「後は……どうせ見てるなら手助けしなさい。会った時に一つだけお願い事聞いてあげるから」
それは僕達が見ている事が前提の言葉、やはり気付かれてはいた。だけどそれが今は有難い。
「タクヤ!」
「分かってる!光の存在よ。我が意に添いし
拓也の魔法によって生み出されたのは先程まで見ていた事でかなりの精度を誇る人形。それは生きているかのように動くと声を発し始めた。
「ヴェルデニア様、魔国ハーディスに魔王フォルト率いる魔族達が押し寄せてきています。
「あぁん!?フォルトぉ!?接近に気付かなかったのか!?」
「恐らく気付いた者は早々に捕えられるか殺されたのかと」
「ちっ、流石にフォルト相手じゃ厳しいか。仕方ねぇ。戻るぞ。いいか。エルヴィア、ルーフェ、逃がしておいてやる。精々見付からねぇ様に逃げるんだな」
生み出したのはヴェルデニアの側近バーツだ。上手く騙せた拓也はバーツの姿の魔法を動かしてスイの方を見させた。きっとこれで気付いてくれるだろう。さて後はバーツの姿と魔王フォルト率いる魔族軍の魔法を作らなければならない。少しだけ忙しくなるなと拓也は滲んだ汗を拭いとった。裏方の仕事は大変だ。
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