第174話 アルフの試合
体育祭三日目、この日にやるスイの競技は存在しない。寮を出るとスキップしそうになる足を自覚しながらも足早にその場所へと向かう。向かった先はまるで闘技場のようになった舞台だ。
スイはまだ始まってもいない時間にそこにやってきて最前列で座る。その後一時間ほど経ってから少しずつ人が増え始める。満員になり椅子に座れない人が多くなってきた辺りで舞台の縁から司会者がやってくる。
「さあ!皆様お待ちかね!剣技大会の開始を宣言します!」
司会者が三日目の開始を宣言すると後ろの方で野太い男達の声が響き渡る。今日やるのは準決勝と決勝戦ぐらいだから白熱するのが分かっているからだろう。それは分かるがちょっと煩い。ちなみにブロックで別れているので準決勝が何回かある。アルフとフェリノ以外のを見る気が無かったので何回あるかは知らない。
一回目の準決勝が始まったがスイはアルフじゃなかったので指輪から飲み物を出して屋台で作った肉串を取り出して食べ始める。早くに来たから朝ご飯は抜いてるのだ。ついでにふわふわの白いパンも出す。少し甘い感じのするパンだ。かなり美味しい。屋台で作っていたのが明らかに十代前半の女の子だったので料理上手なのだろう。教えて貰えないか後で聞いてみよう。
「おい。嬢ちゃん。観ないならこの場所譲って貰えないか?」
「断る。私は見たい人がいるからわざわざ朝早くに来たんだから」
「だがなぁ」
スイに話し掛けてきた四十代後半と思われる男性がスイの後ろに目線をやるとスイに向けて明らかに好意的ではない視線が突き刺さってくる。だがそれらの全てをスイは無視した。無視されたのが苛立ったのか背後からスイに向かって誰かが手を伸ばす。
「だめだよ」
スイの言葉が届くか届かないかのギリギリの時に手を伸ばした男の手首を抉り取るように握られた鉤爪が出現する。その鉤爪の主は出現した次の瞬間に消える。それを間近で見る羽目になった男が驚いて尻もちをつく。
「私の護衛は私に対する害意にかなり敏感に反応するから気を付けてね」
スイはそれだけ言うと先程までの事を興味無さげに再び食事を始める。良く見ると一部の肉やパンは少し離れた所に置かれていてその護衛に渡しているのは明白だった。
そんな事がありながらも試合は順調に進んでいきついにアルフの番がやってきた。その瞬間スイは食べていた全ての物を指輪に直すとしっかり口元も拭って観戦モードに入る。
アルフはスイが見ているのに気付いたのかにっと不敵な笑みを浮かべる。そして剣を握ると対戦相手の大柄な男子に宣言した。
「ちょっとばかり良い所を見せたいんでな。悪いがすぐに終わらせる」
「何?ハッハッハッ!ふざけやがって。調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「おっと言葉ではもう戦いが始まってしまっているようです!では早速始めましょう!試合開始!」
司会者が開始の合図を送った瞬間アルフは駆け出す。対戦相手の男子は迎え撃つ為に腰を少し落とす。
「頑張って!アルフ!」
スイの応援が聞こえた瞬間アルフが凄まじい爆発音と共に加速する。急激な加速に一瞬反応が遅れた男はそれでも振るわれたアルフの剣に何とか剣を合わせることに成功する。しかし合わせた筈の剣は何故かすり抜けそのまま胴体に向けて振り抜かれる。
「
アルフの呟いた言葉は気絶した男の耳には聞こえなかった。だけどその瞬間に妙にはしゃいでるスイの声は聞こえたので男は彼女が欲しいなぁとか思いながら気を失った。
スイはアルフが振るった剣に見覚えがあった。あれは剣聖であるルゥイが使う剣技の一つだ。残念な事にスイには似たような動きを真似することは出来ても剣自体の才能はそれほど無いのか習得出来なかった。
というより剣で斬るよりなんだったら殴った方が強い。ルゥイと何度かやった感想は素手の方が余程強いというものだった。ルゥイから見てもスイの才能は凄いが剣を扱う上では微妙だったのだろう。否定はしなかった。
「ねぇ、ディーンならアルフのあの剣避ける事は出来る?」
「今ならまだ行ける。でもアルフ兄の成長が著しくて僕の成長が滞ったらいつか当たるかも」
冷静に分析した結果ディーンは自分なら避ける事が出来ると断言した。但しあの剣技に対してのみだ。他の身体能力などを加味すると模擬戦等をやれば百戦百敗する事は目に見えている。ディーンが成長すればどうなるかは分からないが少なくとも今は無理だ。
「そっか。二人とも凄いね。私だと剣を受け止めて殴り殺すか当たるよりも前に殴り殺すしか出来ないもの」
スイの考え方が完全に脳筋になっているがある意味仕方ないことだろう。そもそもスイは戦いの経験など殆ど無い。魔物では虐殺にしかなり得ずヴェインの時は手加減されていた。アスタールの時は自滅したしアルマの時もまた虐殺に近かった。まともな戦闘経験などシャトラの時しかないがたった一回で達人並に強くなるなど才能があろうが無理に決まっている。
但し殴り殺すと聞かされたディーンは苦笑いだ。ディーンでは絶対に出来ない選択肢だからだ。どちらが良いのかは良く分からない。
どうやらアルフの試合で最後だったらしくそのままアルフは舞台に立っている。決勝の相手は貴族なのか試合用の服ではある物の明らかに質が良かった。そしてそれを見たスイの視線が厳しくなる。
「不正するなんて良い度胸だね」
「どういう事?」
スイは対戦相手の服の内側を指差す。
「ディーン良く見て。あの服には明らかに魔術回路が入ってる。魔導具だよあの服」
この大会は剣のみで競い合うものなので魔導具や魔法等の魔力を使用する全ての物は禁止されている。だからアルフはコルガの使用も魔闘術も素手での戦いも出来ない。それなのに対戦相手の服には防御用の魔法が掛かっている。あれでは普通の剣を使っているアルフでは斬りかかって当たっても折れることだろう。当然折れたら試合など出来るわけが無い。強制的にアルフの負けとなる。
間近で見ているアルフは流石に気付いたのか厳しい目で対戦相手の男を見ている。スイに言われて気付いたディーンも苛ついた表情で男を睨んでいる。
「では試合開始!」
アルフは仕掛けない。男は斬られたら勝てると分かっているからか積極的に斬りかかってくる。アルフは剣を合わせることもなくひたすら回避に徹する。防御用の魔法は剣にまで効果を及ぼしているからだ。
先程までの試合と違いひたすら回避し続けるアルフに客が白けた表情を向ける。まあ普通に見れば決勝戦で消極的な戦い方をしているアルフは客からしたら面白くないだろう。スイは苛つきながらもアルフを信じて舞台を見る。
「はぁ、はぁ!この!逃げるな!」
「やだね。お前みたいな大して強くもない奴に合わせてやってるんだ。むしろ感謝しろよ」
まあアルフの体力はスイよりも若干多い。この程度であれば一日中回避し続けても息を切らすことなど有り得ないだろう。対戦相手の男もそう思ったのか魔導具の服に魔力を送る。そうすると剣を覆っていた防御用の魔法が範囲を広げる。無理矢理当てて舞台外に飛ばそうとしているのだろう。魔力を送られて使用されているにも関わらず誰にも気付いた様子が無いということはあれには何らかの隠匿効果があるのだろう。
アルフが少しだけ心持ち後ろに飛んで逃げる。そしてアルフが舞台の端に追い詰められた。それに気付いた男がにやっと笑って何故か私を見る。気持ちの悪い目で私を眺めるとアルフへと向き直る。え、何、普通に気持ち悪かった。
「これで終わりにしよう」
にやにやした笑みを浮かべながら魔力を更に込めて万が一にも逃げられないようにする。横薙ぎに剣を振る。地面スレスレまで範囲を広げたのでしゃがんで避ける事も不可能。勝ちを確信した男は笑う。
「ははは!吹きとべぇ!!」
振られた瞬間アルフは対戦相手の背後にジャンプすると勢いよく剣を男の服に当てる。しかし魔法は何故か発動せずに男の身体を勢いそのままに場外へと弾き飛ばす。
「確かに終わりにしたな?しかも吹き飛んだ。占い師にでもなれるんじゃないか?」
アルフはそう言うと司会者の優勝宣言を聞くよりも前に剣を舞台の床に放り投げると舞台を飛び降りてスイの前にやってくる。
「スイ優勝した」
「ん、したね。格好良かった」
「ご褒美が欲しいな」
「ん、何が欲しいの?」
スイがそう問い掛けるとアルフはスイの身体を抱き締めると啄むようなキスをスイの唇にする。
「後で貰いに行く」
アルフはそれだけ言うとまた舞台に上ると放った剣を拾って優勝したことを表すメダルを貰う。その間スイは唇を人差し指でなぞって悶えていた。ディーンはとりあえずこのだらしない表情のスイを見せないよう
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