第176話 デート
アルフと手を握って体育祭を回っていく。剣を使うせいか少しだけ固くてそれでいて暖かくて優しい手。何だか嬉しくなってアルフの方に身体を少し寄せるとアルフが驚いたように反応する。ニコッと笑うとアルフも笑い返して私に目線を合わせ……。
……キスされちゃった。少しだけ恥ずかしい。でも嬉しい。私の異世界に転生してから最も幸せな出来事は間違いなくアルフ…ううん。アルフ達と出会えた事だろう。だからこの幸せだけは決して失わせたりなんかしない。でも皆はきっと私を守る為に前に出ようとするのだろう。だったら私に出来ることは皆を信じる事だ。悔しいけれど私には止められない。
だから今は幸せな気持ちのままで居させて。そんな気持ちでアルフの手を握る。アルフは私の感情の変化を見分けることが出来るようになってきたのか。少し不安そうな私を励ます為かただギュッと手を強く握り返してくる。うん、有難いのだけど私以外にこれくらいの力で握らない方が良いよ?私ですら若干痛いから多分他の人だと手を握りつぶされているんじゃないかな?アルフは自分の力が物凄く強いという事を理解した方が良いと思う。
慌てて手を離そうとするアルフを笑うとアルフはからかわれたのを理解したのか少しだけムスッとしたあと私を見ると笑う。ああ、こんな時間がずっと続けば良いのになぁ。
スイと手を繋ぎながら歩いて屋台で色々買う。スイが言っていた白パン屋も寄って食べてみたけど確かにふわふわしていて美味しい。スイがレシピの交渉したがっていたけど流石にデート中にそれをする気にはならなかったのか横でパンを食べている。ついでに買い占めようとしてたけど流石にそれは他の客の迷惑になりそうだから止めておいた。
けど止めて離れた瞬間嫌な音が響いた。明らかに屋台が壊れた音だ。嫌な予感を感じて振り返るとあの白パン屋の屋台が柄の悪い男達によって蹴り崩されていた。売っていた白パンの大半は地面に落ちていて残ったパンもわざわざ地面に叩き付けている。しかも踏み付けもした。女の子は泣いているが男達は意にも介さず壊しまくっている。
……こえぇ。横の自慢の彼女の方を見るのが凄まじく怖い。デートという事で機嫌を治したはずなんだがそれすら無駄に終わる勢いで不機嫌になった。怒気どころか殺気すら感じる。やばい。この状況を打破する方法を思い浮かばない。
考えているうちにスイが男達に向かって歩き始める。仕方ない。行くしかないか。でもスイじゃなく俺が出よう。
「おい、何してんだお前ら」
「ああ?何だこのガキ」
「この女の知り合いか?なら関わんのはやめとけ」
「こいつの両親が借金作って逃げやがったんだよ。んで借金の担保がこの女って訳だ。それで返済能力があれば良かったんだが無かった。だからこいつの事を奴隷にするんだよ。俺達だって体育祭の最中にこんな事したくねぇさ。だけど期日ってもんがあるんだ。悪いが金を返さないやつが悪い」
お、おう。思った以上に普通に答えが返ってきやがった。しかも俺が亜人族であるってことはこいつらにとっては関係ないみたいだな。仕事は仕事ってことか。どうしよう。金の問題になったら流石に俺じゃ解決出来ないぞ。ただの暴力問題だったら楽だったのに。
「借金は幾らなの?」
「ああ?何だこのガキ」
「お前もこの女の知り合いか?関わるのはやめとけ」
「銀貨で五枚だ。利子も含めてな。流石に払えないだろ?あ、ちなみに複数の所から借りてるからこんな金額になってるだけだぞ。俺らはそいつらからの依頼で動いてるから解決したいなら全員の借金を返さないといけないぞ」
最初の二人ほぼ同じ事しか言ってねぇぞ。最後の一人に完全に説明投げてんじゃねぇか。というか銀貨五枚か。スイからの小遣いが毎回凄い金額だから麻痺しそうになるんだけど本来物凄い金額だよな。銅貨二十枚が毎回渡されるから今持っているのは……銀貨で二枚と銅貨六十枚か。普通に足りないな。後依頼の報酬で銀貨が三枚分。なんでか分からないけどニードルレインの報酬が俺の方に振り込まれていたんだよな。さっぱり分からないけど多分スイがなんかしたんだろうな。あの日以来ニードルレインの肉を度々見るし。
払おうと思えば払える。けどスイ的にそれはどうなんだろうか。借金を返したとしてもそれは俺からの借金に変わるだけだ。実際は奴隷を買うのと何ら変わりない。しかもこの女の子は俺とあまり変わらない年齢の子だ。見過ごすのは嫌だが奴隷を買ったと思われてスイに嫌われるのも嫌だ。女の子の方を見るけど項垂れていて何も言わない。ただ地面に小さな雫が落ちて染みを作っているだけだ。
「スイ」
「アルフのしたいようにすれば良いよ」
流石俺の彼女だ。俺が何をしたいのか分かっているらしい。
「金なら渡す。それで引き下がってくれないか」
「へぇ?払えんのか?銀貨五枚だぞ?」
「気前がいいな。良い男になるぜ。いやもう男前か」
「内訳なら見せてやる。銀貨五枚に少しの利子があるが……男を見せたお前にならって無しにしといてやる。利子はこっちで代わってやるよ」
いや良いやつかこいつら。見た目と行動が粗暴に見えるのに言動が良いやつ過ぎて訳が分からん。それとも見た目とか行動はわざとそうしてるのか?
銀貨五枚分の金を払うと男達は素直に引き下がった。去り際に女の子に屋台分の金と言って銅貨で十枚分払っていった。屋台壊したりするのはもしかして依頼だったのかな。
呆然としている女の子に手を差し伸べて立たせる。スイ悪いけどちょっと手を離して欲しい。起き上がらせにくくて仕方ない。まあ手を離したくないのは俺もだけどさ。
「あ、ありがとうございます。あの、良かったのですか?」
女の子がおずおずと話し掛けてくる。
「まあ大丈夫だろ。金はまた稼げば良いし女の子が奴隷に落ちるのをただ眺めるだけってのは嫌だしな。スイもそう思ったから何も言わなかったんだろうし」
「ん、気にしないで」
「でも、稼げば良いって言っても銀貨五枚ですよ!?きっと一生懸命稼いだお金の筈です!それなのに私なんかの為に使ったりして」
「私なんかなんて言うな。自分を卑下するな。そんなことするくらいなら前を向いて歩いてくれ。じゃないと俺が助けた意味が分からなくなるだろう?」
何か言おうと思ってつい返したけどマジで何を言ってんのかさっぱり分からなくなった。もうちょっと上手い返し方あると思うんだけど思い付かない。
「ん、というか銀貨五枚程度なら」
「ストップ」
きっとスイの事だからすぐに稼げるって言いたかったんだろうが普通は稼げない。ウラノリアが凄まじい金額を残したから若干金銭感覚おかしいんだよなぁ。まあ実際スイならそれとは無関係に銀貨五枚なら稼げそうだけどさ。
「えっと、なら私は一体何をして返せばいいのでしょうか?私に出来ることなんてパンを作るくらいしか…」
「ならレシピ頂戴。自分達で食うように欲しい。もしくは貴女が私達用にいっぱいパンを作って欲しい。専属パン屋さん?」
専属パン屋さんって何だ。初めて聞いたわ。スイの前世にはそういう職業があるんだろうか?なら専属パン屋さん以外にも専属スープ屋さんとか専属肉屋さんとかあるんだろうか。需要あるのかそれ?
「それだけで良いのですか?」
そして何でこの子は俺に訊くんだ?あっ、借金払ったの俺だからか。そして何か勘違いしたのかスイが脇腹を
「あ、えっと俺はあくまで奴隷でこの子が主人だからこの子に聞いてくれ」
そういうとスイが抓った場所に回復魔法を掛けてくれた。いやもうあれは肉を奪おうとしていた位の抓り方だった。マジで泣きそうになった。
「えっと……」
なんか困惑してる?ああ、見た目か。スイの見た目はどう見ても十二歳かそこらにしか見えない。見方によってはそれより幼く見えなくもない。それにスイの髪色は白で俺と同じだ。耳を確認出来ないだけで妹に見えなくもない。そんな子が主人と言われても困惑するだろう。
「まあその辺りの事情は気にしないでくれ。色々あるんだ」
「わ、分かりました」
「ん、というか専属パン屋さんって何だろ?」
いや知らないよ。それ言ったのスイだからな?
「まあドゥレ達の所に連れていくのが無難かな。屋台は……良いか。これだけ壊されたら直すのも面倒だし消してもいい?」
「え?自作の物ですから壊れてもまた作れば良いので構いませんが消す?」
「ん、
なんてもん放ってんだ。凄まじい火力が屋台を一気に燃やし尽くす。近場の屋台の人達は一気に離れたが燃え移ることも無く屋台とパンを燃やし尽くすと炎は消える。いや確かに指輪とかに戻してやるのも行けるとは思うが粉々の屋台とか直すのも面倒だしな。仕方ない……のかな?
「じゃあ、行こっか」
スイは俺の腕の中に収まりながら話す。えっと、俺はスイを抱き抱えながら行かなきゃならないのか?まあ良いけどさ。可愛いなぁ。多分嫉妬かそれとも独占欲かな。どっちでも良いけどスイがこうやってくっついてくるのは嬉しい。最大の難関はこれ俺何年くらい我慢出来るかって話だよな。スイの元の年齢は十四歳らしいから後最低でも四年は我慢しないとな。耐えられるかな……。
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