第4話 巨額の遺産が更に高額になりました
スイはアーティファクトの<断裂剣グライス>を抜き身のまま剣帯――元々<黒羽ティル>にくるまれていた――に付けてマントだったらしい<黒羽ティル>を羽織り、部屋の外へと歩いていく。部屋の中には何もない。言葉通りスイは部屋の中にある全ての物を指輪の中に入れて出ていく。塔からの出方は既に知識の中から引き出している。部屋から出る際に扉に魔力を送ることで塔の入口へと繋ぐ。そして出る前に振り返り呟く。
「頑張るね。父様。だから安心して」
そしてスイは扉を押し開き、まだ見ぬ塔の外へと出ていく。塔の外は深い森のようだった。ちなみにさらっとスイは出たため知らなかったのだが塔の下階は異界化しており、見た目に反して途方もない広さと強大な魔物たちが生息していた。とは言ってもスイが持つ力はかなり強力なので余程の事がなければ死ぬような事態にはならないだろうが。
「森を<断裂剣>で裂いたんだったよね。異界化しているらしいからさっさと通り抜けちゃおう」
そう呟くとスイは腰に下げた<グライス>に魔力を込めて引き抜く。この時スイは既に自らのかなりの力を殆ど把握し制御していた。そのため<グライス>が余分に取ろうとする魔力を強制的に止める。<グライス>が無理に取ろうとするためスイは逆に圧縮した魔力を叩き付けるようにぶつけ無理矢理制御権を奪う。
「……やっぱりこの剣意思があるね。面倒だな」
制御するためにかなり魔力を使ってしまったため、むしろ余計に使うことになってしまったがスイに気にした様子はない。魔力を込めた<グライス>を片手で上段に持ち、勢い良く振り下ろす。
「歪んだ道に一筋の
<グライス>は告げられた言葉通りに異界化された森にそれら全てを無視して本来の森の道を一筋だけ作り出す。その作られた道をスイは走る。道はそう長く作るようにしていないためすぐに異界化した森に呑み込まれてしまうからだ。
走りながら剣帯に<グライス>を納め、全速力で森の端まで走り抜けていく。通り過ぎて少しした後に道が閉ざされ元の異界化した森へと戻っていく。スイは塔があった方に一度だけ顔を向けて、そのまま何も言わずに歩いていく。二度と振り返ることはなかった。
暫く歩いていくと良く整備された街道を見付ける。いずれ何処かの街に着くだろうと適当に歩いていく。更に進んで日が沈み始めた時にまだスイは街道を歩いていた。
「街……まだ見えないかぁ」
決して疲れているわけではないが歩いても歩いても街が一向に見えないというのは心情的にはかなり疲弊していた。早急に街に着いてご飯と寝る場所を確保したいとスイは願う。そしてその願いは後ろからやってきた馬車によって叶えられることになる。
「……あん?なんだぁ?」
御者席に座っているのは強面の男性であった。男性は馬車の速度を少し緩める。すると馬車の中から若い男性と女性の声が聞こえてくる。
「どうしたオルド?何かあったか?」
「魔物でも出たの?」
オルドと呼ばれた強面の男性は後ろに声をかける。
「いいや、魔物じゃねぇよ。女だ。かなり若い」
「女?」
馬車から御者席の方に顔を出したのはまだ少年の様相を残した青年だった。青年はスイを見付けると訝しげな表情になりオルドに囁く。尚無駄に耳が良いらしいスイは聞こえていた。
「(何でこんな所に若い女がいるんだよ)」
オルドもまた囁き声で返す。
「(俺が分かるわけねぇだろうが、面倒事な気がするが相手からももう見えてる。どうするよ?)」
「(適当な対応を頼む)」
そう言った後青年は馬車の中へと戻っていく。
「(てめぇ、後で覚えてろよ)」
そう言うとオルドがスイに声を掛けてくる。
「あぁ~、こんなところで何してんだ嬢ちゃん」
「……ん(魔族であることは多分隠した方が良い。ヴェルデニアが友好的関係を築こうとするとは思えないし何よりそれを推し進めていた父様を殺したしむしろ悪化してる可能性の方が高い。無難に正体を隠したまま騙る方が楽かな)」
短い時間で方針をかためてスイは話し始める。
「実はそちらの方にある森の中の小さな集落で過ごしていたのですが村の掟に反したことをしてしまい追い出されてしまったのです。ある程度の荷物だけ渡され途方にくれながら街道をさ迷っていました」
適当にも程がある内容だが指し示した方の森はスイが来た異界化した森であり、確かめるためだけに行かないだろうと見当をつけていた。案の定オルドは訝しげな表情にはなったものの確かめることはしなかった。訝しげな表情になったのはスイがまだ幼い少女であり掟に反したと言っても追い出すまでいくのかという思いと無表情かつ声音から悲壮感が一切感じられなかったというものも理由としてある。
「そうか……この辺りは強い魔物は出ねぇが馬車で暫く走らせねぇと街には付かねぇぞ。行く当てがねぇなら俺達と一緒に来るか?夜までには街に辿り着くと思うからよ(迷いの森から来たか……嘘話な気しかしねぇが確かめるのも一苦労だ。どっかの詐欺師の一団とかだったら衛兵に突きだしゃいいか)」
「良いのですか……?」
「ああ、構わねぇよ」
スイは信じられてない事は分かっていた。というかどう見ても十二歳程度にしか見えない自分がどんな説明をしたところで信じられるわけがないと考えていたので適当に話しただけだ。それで信じようが信じまいがスイはどっちでも良かった。そもそも歩き続ければスイのスペックなら普通に街まで辿り着くのだ。馬車に乗せてもらう必要すらない。が、スイは既に体感で四時間以上歩き続けていたため心情的に楽をしたかった。なので遠慮なく馬車へと乗り込む。それを見たオルドが微妙そうな表情になるが許可を出したのは自分なので何も言わなかった。
馬車の中に入ると先程の青年と青年とあまり歳の変わらないであろう女性がいた。 声は聞こえていなかったがもう一人老人がいた。全員人族のようだ。スイはこの老人が恐らく一番強いと確信していた。青年達より二回りは実力が違うだろうと。老人がスイを見る、スイもまた見つめ返す。暫く見合った後老人が何か満足したのか見るのをやめたためスイも見るのをやめる。この間青年も女性も話さなかった。とりあえずスイが自己紹介をする。老人と見つめ合っている最中に話したら駄目な気がしていたのだ。理由までは知らない。直感である。
「えっと……私の名前はスイと言います。少しの間だけ同乗させてもらいます」
「あ、あぁ。俺の名前はウォルだ。で、今御者席にいるのがオルド」
「レフェアよ。よろしくねスイちゃん」
「…………グイードだ」
自己紹介しあった後にスイはとりあえず今の情勢がどうなってるのかをさりげなく探ることにする。
「あの……私の住んでいたところは人があまり来なかったので色々と聞きたいのですが良いでしょうか?」
さりげなく……スイにとってはさりげなくなのだ。ストレートに聞きたいとか言っているがさりげなくなのだ。
「え?あ、あぁ。答えられる範囲でなら良いよ」
少し戸惑ったようだがウォルは笑顔で返す。
「今の他種族との関係が聞きたいです」
そう言うとウォルが少し嫌悪を滲ませた。やはり友好的関係を築くどころか悪化しているようだ。
「そうだね……何て言ったら良いんだろう。魔族が全種族の敵であり害悪であるということ、僕はそうは思わないけど亜人族が半魔族であり下に見られていることとか?」
「半魔族?」
基礎知識の中にそんな単語はない。ここ千年の間に新たに生まれた説のようだ。
「ああ、亜人族は遥か昔に人族と魔族の間に生まれた種族であるっていう説だね。その説に確証なんてものは無いのだけど……ほら、亜人族はその見た目が魔族みたいに多種多様だろう?それが拍車をかけてしまっているんだよね。その説が出た辺りから亜人族が奴隷にされたりし始めたんだよね……」
そう言ったウォルは亜人族が奴隷にされていることを本気で嫌がっているようだ。その代わりに魔族を本気で嫌悪しているようだからスイとしては難しいところである。話の内容から半魔族説はそれほど昔の出来事ではなさそうだ。まだ取り返しがつくかもしれない。
そう思っていると御者席からオルドが声を掛けてくる。
「そろそろ街だからな。金の用意だけしてくれ」
まだあまり話していないのにもう街のようだ。馬車がそれほど早く走っているようには思えなかったが何らかの魔法などで補助していたりしたのだろうか。
「了解だ。スイは金を持っているか?無いようなら代わりに払っておくけど」
ウォルがそう告げてくる。しかし、金を持っているのに払わせるというのもおかしいだろう。断っておく。
「少しは持っているから大丈夫だと思うのですが幾らぐらい必要なのでしょうか?」
白金貨が千枚もあることなど言わない。そう簡単に貨幣価値が上下するとは思えないが千年だ。貨幣そのものが変わってしまっている可能性もある。少しだけ不安になったがその事態も踏まえてのあの大量にあった宝石類なのだろう。準備の良い魔王様である。
「銅貨二枚と鉄貨五十枚かな」
………………五十枚?
「えっと……」
「あるかな?無いなら……」
「ああ、いやあるのですが五十枚……ですか?銅貨七枚ではなく?」
「銅貨七枚?どうしてそうなったの?」
「えっ……だって鉄貨十枚で銅貨一枚じゃ?」
「いつの時代の話さ。今は鉄貨百枚で銅貨一枚だろう?」
…………百枚で一枚?
「あっ、あの?なら銀貨は?」
「銅貨百枚?」
「……金貨」
「銀貨百枚、庶民じゃ持てないよねぇ」
「………………白金貨」
「国が使うような大金だね。僕ら冒険者には縁がないね」
…………父様?貴方の娘はいつのまにか戦争ぐらいなら引き起こせそうな大金を個人で保有してしまっているようです。どうしたら良いでしょうか?
思わず今は亡き魔王の父に相談してしまうスイであった。
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