第3話 少女と少年、理解されることのない狂気



あるところに<人形姫>と呼ばれる少女がいた。少女の可愛らしく整った顔立ちに対して言われた言葉であった。


「お人形さんみたい」「可愛らしい」


そんな感じの意味合いを持っていた筈の言葉は日を跨ぐ度に徐々にその意味合いを変容させていった。


「人形みたいで気味が悪い」「不気味」


そういった悪意を孕んだ意味合いへと変容していく。理由は簡単で少女が無表情、感情を感じさせない声音、その全てが人というより人形を思わせるからだ。それだけなら少女がちょっと変わるだけで直せることだ。だが、少女はそれが出来なかった。しなかったのではなく出来なかったのだ。少女はちゃんと感情を持っている。しかし、それが表情や声に出ないだけだった。


口数は少なく何を考えているか分からないそんな少女ではあったが友人が居なかったわけではない。その欠点とも呼べる所にさえ目を瞑れば少女は愛想はないが可愛らしく頭も良く運動まで出来る文武両道な少女であった。友人達はそんな少女――同年代なのに年下にしか見えない――を可愛がっていた。友人達は少女の側にいることが多かったが、その少女の歪さには気付かなかった。いや少女が気付かせなかったのだが。その結果その日々は最悪の結末をもって終わりを迎える。少女の自殺という結果で友人達の心にトラウマを刻んで。


それはある日の会話、少女と少女の顔立ちに良く似ている一歳年下の弟の拓也との何気無い言葉、けれど理解しづらい会話。狂っている姉弟の狂っている会話。


「拓……お姉ちゃんのお願い聞いてくれる?」

「姉さん何かな?姉さんのお願いならどんなことだって聞くよ。あっ、でも死ねとかだけは勘弁してほしいかな。姉さんと離れろとかも勘弁して。そんなことになったら僕は狂ってしまって姉さんに近付きそうな男達を纏めて殺してしまうかもしれない」


可愛らしい顔をしている拓也は姉と違い早口かつ話す言葉も長かった。しかも話す内容が凄く気持ち悪いうえに過激であった。


「落ち着いて……そんなことじゃないから」

「ああ、ごめんよ姉さん、僕の早とちりだった。姉さんがそんなどうでもいいこと言うわけないよね。それでお願いって何かな?さっきも言ったけど何でも聞くよ?遠慮はしないでね。誰か殺してとかでも良いよ?」

「もし私が死んで」

「そんなこと言わないで姉さん。姉さんが死にそうになるなら原因を先に排除するし病気とかでお金が必要というならどんな手段を使ってでも治すから。だから姉さんが死んだ時の話なんてしないで」

「とりあえず最後まで聞いて」

「……分かった」

「別に死ぬつもりは無いから。でもどんなことが起きてもおかしくないから言うだけだから……私が死んだ時にお父さんとお母さんが生きていたら拓が支えてねって言いたかっただけ」

「うん。分かったよ。本当なら姉さんが死んだりしたら死にたいけど姉さんがそう願うならどんなに辛くても父さんと母さんを支えるよ。でも父さんと母さんが死んだら僕も死ぬからね?それは認めてもらうよ」

「いいよ」

「でも父さんと母さんが先に死んだら?」

「私も死ぬよ?何でそんな当たり前のことを聞くの?」

「だよね。姉さんならそう言うと思った。ならさ、その時が来たら僕も姉さんと一緒に死なせてね?僕の夢は姉さんと一緒に死ぬことなんだ。いいかな?」

「ん、分かった……その時が来たら一緒に死のうか」


姉弟は何かがあったから狂ったわけではない。ただ二人は生まれながらにして狂っていた。姉弟の間にしか出てこない狂気。少女は自分を愛してくれる両親だけが生きる理由であり居なくなれば生きるつもりはなかった。少年は両親のことを愛してはいたがそれ以上に姉を愛していた。だから両親が死ぬようなら少女は死に、少女が死ぬなら少年もまた死ぬ。ただそれだけ、だが理解されることはない狂気。

そして少女が十四歳になった年の夏のある日、突如としてその日は訪れる。少女の両親が事故で死に、そして少女と少年が自らの命を断った。そして異界へと少女が旅立ち、少女はそこで生きる理由を、親からの愛と願いを貰った。



そして、そんな少女だが今現在はせっせと指輪へとごろごろ転がる宝石や鉱石を収納しながら発見した自らの出生の秘密というより研究内容が書かれた日記を読んでいた。


「私は魔族だけど厳密に言うなら発生の段階から手を加えられたことで生まれた人工的な魔族……魔族の力の源である素因を作成するという奇跡的な出来事があったことが始まり。魔族は素因から漏れる魔素又は魔力等で身体が構成される。その発生のプロセスに介入することは困難。理由は何処で何時発生するのか分からず発生の瞬間に居合わせたとしても生まれるのはほぼ一瞬だから。だから発生段階に付け加えるんじゃなくて素因そのものを作成することで素因に性質や魔法陣等を付け加えることが出来た……と」


スイは呟くことで得た情報を整理していく。整理していくにつれて自らの力が他の魔族に比べて明らかに異常な程の強さを得ていることにも分かっていく。魔神王とやらを倒すために創られたのだから弱いわけもない。


「……魔族は素因を抱えている数で強さが変わる。それだけで優劣が決まるわけじゃないけど力の炉とも呼べる素因の数は出力的に多ければ多いほど良い……けれど受け入れられるのは適性を持つ属性の素因しか無理。容量も限られてる。その点私は作られたからかどの属性だろうが受け入れることが出来るし容量もかなり多いみたい。父様の持っていた素因の属性は火、雷、水、風、土、光、闇、それと父様しか持っていない混沌……私自身の素因は……制御?……ああ、この特性で持てない素因も持てるようになってるのか」


ある程度の情報を得た後は読むのをやめ日記を閉じる。これ以上は読んでも専門的なことが並ぶだけであまり意味がないと思ったからだ。粗方回収したので最後にアーティファクトらしい小剣と布の塊を手に取り部屋の隅にある小さな珠も回収していく。


「……これが階段の幕を作った<断裂剣グライス>……能力は空間の切断と再接続……絶対おかしいよ……神様はこんな危険なものを何に使うつもりだったの?それと汎用性高すぎる<黒羽こくうティル>……防御、攻撃、飛行、魔法の補助……何でもありか……やっぱり神様何を思って作ったんだろう?アーティファクトって大体性能おかしいよ。それとアーティファクトじゃないけど使い勝手良さそうな<刻落としの宝珠>……四つの珠で囲って発動すると囲われた全ての非生命体の経過する時間を遅らせる。ようは一ヶ月経っても一秒しか経過していないってさせる魔導具。これ使わなくても指輪で良かったんじゃって……ん?ああ、一定時間毎に魔力送らないと吐き出しちゃうのか指輪……吐いちゃうんだ……」


性能がおかしい道具を幾つも渡され、巨額の遺産も渡され、身体は実験に実験を重ねているために少女の身では有り得ないほどの力を持っている。スイはその表情も声音も変化はなかったが心の中では呆れていた。

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