第137話 授業だけど授業してない
一夜明けてスイは現在教室に居た。教室といっても普段過ごす場所ではなく青空が広がる……分かりやすく言うと演習場である。そこに居るのはスイを含め六十三人という大所帯だ。その全員が腰に剣を、もしくは背中に剣を吊り下げている。直剣クラスの二、それがスイの教室だ。
ジアも居るがスイの隣には居ない。当たり前だがこれまで組んでいた相手が居るのでそちらの方に向かったのだ。相手は同じ生徒か疑うレベルの巨漢だが顔には幼さが残っている。二メートル近い巨漢でありながら直剣を持っている為玩具にしか見えなくて反応に困る。
二人一組なのでスイもペアを作らねばならないのだが現在スイは一人。というより余っている者が居ない。その為スイは模擬戦形式を早々に諦め剣を一人振るう。教師の誰かとやれたら良いのだが学園内部の教師は意外に少ない。その為慢性的に人手不足であり一人の生徒に関わる事が出来ないのだ。この直剣クラスの二には三人の教師が居るがいずれも二十人近い生徒を面倒見ているので忙しそうである。剣を扱う以上事故には相当気を揉まなければならないので仕方ないだろう。
「ん、でもこれじゃあ強くなれたか分からないよね……ルゥイが居れば良かったんだけどクラス違ったし」
ルゥイは直剣クラスの一に割り振られていて教師の真似事もしているらしい。流石にそこに突撃するのは駄目だろう。そこでスイは提案を思い付いた。
「先生、少しお話が」
近くに居た教師の一人が手持ち無沙汰になった隙に話し掛ける。凛とした女性教師だ。眼鏡をかけたらかなり似合いそうである。
「あら?どうしたの?」
「先生達と戦いたいです。それが許されないならルゥイの所に行きたいです」
「私達と?」
「はい。もしくはこの教室の全員を打ち倒して授業免除とかなりませんか?」
スイの提案は簡単に言うとここでは得るものが無いから早々に切り上げたいというかなり傲慢な提案である。しかしスイにはそんな自覚はない。じっくり時間を掛けても得られるのはかなり少ないだろう。はっきり言って時間の無駄になりかねない。それならば強くなれる可能性を更に求めたいだけだ。
まあそんな事を思っていても言わなければただの生意気なガキである。案の定女性教師は目元をひくつかせ苛立ちを隠し切れない様子だ。近くで聞いていた生徒も敵意を剥き出しにしている。
「そ、そう……ちょっと待っててね。相談してくるから」
教師にも教師としてのプライドがある。当たり前だがそこを思いっきり踏み抜いたのだ。教師達が剣呑な雰囲気を纏っていくのは仕方ない。人災と呼ばれるルゥイだからこそ教師の真似事もさせたのだ。それに憧れたか知らないが見た目十歳を少し越えた程度の子供に舐められる訳にはいかない。
結果としてはスイ対教室全員という構図が出来上がる。何人かの生徒はかなり躊躇していた。当たり前だがスイの見た目はこの教室内で言えば最年少だ。違う教室にはそれより下に見えるイルゥが居る筈だが少なくとも今現在においては最も弱そうに見える存在だ。
まあ当の本人であるスイはその構図に気分良さげにしているが誰もそれには気付かない。強いていうなら少し足が弾んでいるように見えなくもない程度の変化しかないので仕方ない。
ちなみにその構図に巻き込まれたジアは顔を引き攣らせていた。残念な事にスイの強さを伝聞とはいえアルフ達から多少聞いてしまっているからだ。
「誰から来る?全員一緒でも良いよ?」
「俺からだ!行くぞチビ!」
大声を張り上げたのは大柄な身体を持つ生徒だ。スイは直剣を地面に引き摺るように持つ。
「いつでもおいで?さっさと終わらせたいから」
スイの挑発に顔を赤くすると一気に走り寄ってくる。盗賊の一撃とかと比べるとやはり早く重そうではある。だからといって特にスイには変わりないのだが。
横薙ぎに振り抜かれた直剣をスイは持っていた直剣に薄く研ぎ澄ませた魔力を纏わせ振り抜く。その瞬間豆腐でも寸断するかのようにスッと剣が斬られる。そしてスイの身体がばね仕掛けのように跳ね上がると足の爪先で顎を蹴り抜き一瞬にして昏倒させる。あまりに早く手際の良い攻撃に次に行こうとしていた生徒が躊躇する。
「次は誰?それともこのまま全員相手にして乱戦にする?」
スイの言葉に複数人で纏まるように生徒達が移動する。スイの実力から一体一では勝ち目がないと悟ったのだ。ちなみにジアは最初から敵うとは思っていないのか一人で佇んでいる。スイはそれを見ると薄く笑顔を浮かべ剣をくるりと一回転させると自分から突撃した。
振るわれる剣を紙一重で避けると魔力を纏わせた拳で打ち砕く。隙を狙った剣には地面を踏みしめた衝撃で蹈鞴を踏ませてその瞬間に持ち手を蹴りで折る。剣で重なるように振り抜かれる剣を一閃して割る。色んな方角からやってくる攻撃に多種多様な攻撃で全て蹂躙していく。その動きはまるでどんな動きが出来るかを試していくかのようで実力の差をはっきりさせていく。
いつしか残っていたのは教師と乱戦に参戦しなかった生徒だけだった。生徒の大半は顔を横に振り参戦を拒絶。教師は顔を引き攣らせながらも向かってくる。生徒に比べれば多少強くはあるがそれだけだ。生徒の大半が使っていた剣技を更に上手くしたといった所だ。はっきり言って敵にはなり得ない。一蹴するかのように三人の教師を剣の柄で殴打したり腹を蹴って動けなくしたり掌打で壁に叩き付けて終わらせる。
「ジアはやる?」
「やりたいけど今はやめておくよ。少なくともこの惨状を教師の誰かに伝えに行かないと。また機会があったらお願いするよ」
「へぇ、もしかして私の攻略法でも思い浮かんだ?」
「まあね、だけどそれをするには僕じゃ力が決定的に足りない。僕が一気に強くなるか別の誰かに教えるしか出来ないかな」
「そっか。ジア貴方は本当に優秀なんだね。欲しくなっちゃう」
「ありがとう。欲しくって何かの役職にでも付けてくれるのかな?」
そう冗談じみた発言をするジアに私は何も言わずに笑顔を浮かべる。もしも全てが終わった時にジアが生きていて来てくれるというのならば魔国に連れて行って本当に役職に付けても良いと思う。きっと凄く働いてくれる事だろう。そんな未来が作れたら嬉しいものだ。
何も言わない私にジアは本気で私が言ったのだと気付く。そしてふぅっと一息吐くと諦めたように首を振る。
「その時があったらお願いするよ」
その返答に私は頷くと教室もとい演習場を出て行く。満足もしたし優秀な人材を手に入れられた。学園に来て良かったかもしれないと初めて思った。途中で出会った教師に演習場の状況を伝えると私は直剣クラスの一に入る。中では死屍累々と言わんばかりの状況が広がっていた。ルゥイの前に大量に積み重なっているのでまあ大体の状況は理解した。
「あら?スイどうしてこっちに居るの?貴女もう一つの方のクラスでしょう?」
「ペアが居ないからこっちに来たの。こっちならルゥイとやれるかなーって思って」
「そんな簡単に移動出来たかしら?まあ良いわ。じゃあ早速やる?」
「ん、よろしく頼むよ。私に稽古をいっぱい付けてね」
スイはずっと引き摺るように持っていた直剣を構え直すとルゥイに向き直る。ルゥイもまた先程までの手加減した状態から本気で向かい合う。
お互いが持つのは模擬戦用の刃引きされた直剣であるのに真剣を握っているかのように感じられる。ちなみに教師は事態に気付いたがルゥイとそれに向き合うスイから放たれる威圧感に近寄る事を躊躇わされていた。
「じゃあ」
「行くわよ」
二人がぶつかり合う瞬間学園内部に鐘の音が響き渡る。重厚感のあるその音は授業終了の合図である。二人は突如として響いたその音に何とも言えない表情を浮かべると二人とも剣を下ろす。
「……教室戻ろっか」
「……そうね」
しょぼんとしたその二人に教師達は少し胸を撫で下ろしたという。
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