第136話 赤面
「……………………」
「えっと、今どんな感じかしら?」
「…………穴があったら篭って埋めたい」
此処は学園内部にある寮のスイの部屋。そこで現在スイは布団を被って顔を両手で覆い静止していた。スイが暴走してから約半日が経過していて既に外は真夜中となっている。気絶したスイをこの部屋に運んできてから起きると今の状況になってピクリとも動かなくなったのだ。
暴走によって起きた被害は例の如くイルゥによる強引な改竄によって魔法暴発ということになったためスイ達にお咎めはない。それどころか関わっていたことすら無かったことにされている。スイの実技試験だがその際に行われた事に勝手に変えた為明日からは普通に授業に出られる。直剣の授業なのでジアと一緒となる。
「まあ暴走に関しては私達の責任でもあるからそこまで落ち込まなくて良いのよ?」
スイを慰める女性はローレアだ。本来この場に居てはおかしいのだが魔族であり魔王でもあるローレアが気付かれずに学園に侵入する事など至って簡単だろう。そもそもスイが約一月前に拉致された襲撃も侵入した魔族によって行われたのだから。
「ん、分かってるけど母様の期待に応えられなかったし暴走した事で皆に迷惑を掛けた。やっぱり一番悪いのは私なんだよ」
幾ら纏めて素因を吸収したからといってスイの制御ならば何とか分離して受け入れる事が出来たはずなのだ。それが出来なかったのはウラノリアの力を感じ制御を手放して抱き付いてしまったのが原因だ。それが無ければ気を緩める事は出来ないが制御出来た事だろう。暴走は間違い無く防げた。
「そ、それに……」
暴走時に起こった出来事は記憶出来るパターンと出来ないパターンの二種類が実は存在する。スイは制御の性質上か朧げながらも覚えているようだがそれでもまともに記憶出来ていない時が存在する。吸血衝動による暴走は出来ないパターンで今回のような意図的、又は偶発的な暴走は記憶出来るパターンに含まれる。
つまり今回は記憶がしっかり残っており自らの言動や行動は全て覚えているのだ。四人を嘲った行動も覚えているしその後のアルフとのやりとりも覚えている。罪悪感と羞恥心とごちゃ混ぜになっていて今のスイには整理出来ないのだ。
「まあスイがアルフ君の事好きだって事は分かったから私にとっては大収穫よ?貴女ったら表情がまるで変わらないんですもの。でも分かったから今度からは恋愛相談なら受け付けるからね」
ローレアの放った言葉にスイの隠れていない耳や頬に赤味が増すのが分かる。分かりやすすぎる娘のその態度にローレアはスイのベッドに腰掛けると自分の膝にころんとスイを落とす。所謂膝枕の状態だ。
「それでもこれだけは覚えておいてねスイ。スイとあの子の寿命は全く違うわ。いつか離れ離れになるのよ?辛くなるかもしれないの。それでも良いの?あの子が眷属になってくれるかも分からないのよ?」
眷属になってくれるのならばなるほど寿命に関しては気にするだけ無駄になる。だがそれは同時に人から外れた異端の存在に変貌するという事だ。天涯孤独の身であるならば可能性はあるがアルフにはフェリノという可愛い妹が居る。もしもやるとなれば二人ともやることになるだろう。妹を大事にしているアルフがそれを認めるかもフェリノが嫌がるかもそもそも受け入れてくれるかも分からない。
「分かってる。これは私だけの想いとして胸に秘めておくの。決して言わない。アルフ達には幸せに生きていて欲しいの。既に遅いかもしれないけど私の人生に最後まで付き合わせるわけにはいかない」
はっきりと言ったスイの言葉に動揺等は含まれていない。既にその段階は越えているのだろう。彼女はアルフ達と共に過ごすという夢はとうに捨て去っているのだろう。それがどれほど悲しい事か。前世含めて弱冠十四歳の少女が平穏な日々を諦めているのだ。ローレアは何を言うべきか迷い結局は口を噤んだ。
「それに今は今で満足してるの。だから大丈夫。気にしないでね母様」
心情を見透かしたようなその言葉にローレアは目を見開く。自分よりも他者の気持ちを慮るその言葉にローレアはスイを抱き締めることで応えた。
「ごめんね、スイ。ごめんなさい」
「どうして母様が謝るの?母様は何も悪くないよ。これは私が決めた事だもの。誰の責任でもない、私の責任なんだよ」
「それでも貴女から選択肢を狭めたのは私達よ。それは紛れもない私達の罪なのよ」
その言葉にスイはしょうがないなぁとでも言わんばかりの態度で抱き締める母の腕の内から愛しい母を抱き締め返す。
「母様がそう言うならそういう事にしておくよ。でも最終決定権は私にあったんだよ?言ってもきっと認めてくれないんだろうけど」
だから、とスイは一層強くローレアを抱き締める。
「母様が後悔しないように私頑張るから見ててね」
きっとそれは狂った少女なりの愛情への返答。その返答は望まれてはいなかっただろうけれども少女はその意識を排除する。少女の中にあるのはただ一つ。母親と父親、この二人がスイへと望んだ言葉を実行するだけ。ヴェルデニアを殺し世界を平和にする。その為ならばその過程でどれ程の犠牲も厭わない。たとえその結果九割の人が死滅しようとも一割残っていればそれで良い。きっとその世界は平和だろうから。
スイは笑顔で
「おい?まだ見つかんねぇのか?」
「只今捜索中ではありますがどうもガセの情報を多数流しているようで確認作業のため時間だけが浪費されていく状況でございます。忍び込んで調べるのにもどうしても時間が掛かりますので未だ有力な手掛かりは掴めておりません」
俺の前にいるのは古き魔族と呼ばれる素因の代わりに魔力タンクを作って強大な存在になっていった老害だ。無駄に歳だけ食って使えねぇ老害に俺は手元にあったグラスを投げ付ける。本気で投げたからかグラスは勢いよく割れ破片が老害に突き刺さる。
「使えねぇなぁおい。あれから一月だ。それで成果どころか何も分かってないって報告かよ?あぁん?役に立たねぇならせめて俺の素因にでもなるか?てめぇみたいなのでもちょっとは役に立てると思うぜ?」
俺は立ち上がって老害の胸に手を突き刺す。
「それでも構いませんがこれでも私はそれなりに優秀な部類だと自負しております。そういった人物を癇癪を起こして消していけばいずれ回らなくなります。それに陛下の評価としてもどんどん悪くなる事かと。賢明な判断を下されますよう」
チッ、こいつの言葉通りに動くのは癪に触るし今すぐにでも消してやりてぇところだが言う事には一理ある。いくら俺が強かろうが質より量が欲しい時だってある。そういった時に多少なりとも動ける人手が居なければ最終的に困るのは俺だ。腹が立つ。突き刺した手を無理やり引き抜いて壁に放る。少し咽せているのを見てスッキリした。
「んで?ならてめぇはどうやって成果を見せてくれんだ?魔王も側近も居場所がわかんねぇ、ヴェインとアルマが消えた場所もわかんねぇ、ルルのいう裏切り者が誰かもわかんねぇ。ふざけてんのかおい?」
「それにつきまして分かったのが一つだけあります」
「あん?言ってみろ。良い情報なら考慮してやる」
「誰が消したのかそれの候補があります」
そう言って老害は指輪から書類を出す。三枚か。一枚目は帝都に行かせたルル達を迎撃したと思われるやつの名前か。剣聖、王騎士が最有力。後は誰だ?
「おい、このスイっつうのは誰だ?」
「それは分かりません。あくまで候補として上がってきた人物ですので、分かっているのは何処かの貴族の娘であり入学式の後一月程学園を離れていた首席合格者、強大な魔法と剣技を用いる凄腕といったことだけです」
「ふん、そうか。まあこんだけで良いか。今回は許してやるよ。この三人何とか仕留めてこい。無駄に邪魔されんのは面倒だ。戦力は余裕を持って殺してこい」
「畏まりました」
老害は一礼だけして部屋を出ていく。
「ったく無能どもが。魔王どもを殺したらあいつらを消すか」
苛つきを抑える為に酒を一息に呑む。バーツが今は出掛けてて居ねぇから暇だな。カァッと熱くなる身体を冷やす為ベランダに出て俺は空を見上げて一つ毒づいた。
「さっさと帰って来いよバーツ」
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