第138話 授業の後の不穏は平穏を壊すか
「聞いたにゃ、早速派手にぶちかましたみたいにゃ?」
教室に戻ってきたスイにメリティが特徴的な話し方で声を掛けてくる。演習場での一幕はつい先程の事だというのに情報を仕入れるのが早いものだ。
「ん、まあね。やりたかったわけではないけれど」
「なかなか凄かったよ彼女。何せ僕や一部の子を除いた全員をバッタバッタ薙ぎ倒していくんだから。正しく蹂躙という言葉が合ってたね」
ジアがそう言ってアルフ達の注意を引き寄せる。
「何したんだスイ?」
アルフが少し呆れ気味にそう言う。前までならこういう時は敬語を使っていたのだがスイが笑いに耐えられそうに無かったのでやめて貰ったのだ。
「私はただペアも居ないし先生も来ないし全体的に弱くて強さの参考になりそうに無かったからルゥイの所に行くためにちょっとやっただけだよ。先生も了承してたし私がやらかした訳じゃない」
スイのその弁明は聞き流された。詳しい事情をジアから聞いているアルフを見てむっとした顔をする。それに気付いたアルフがスイの頭を撫でる。この程度で機嫌をなおす訳にはいかないと思うが優しく撫でられるその力強い手に口元が緩みそうになる。
「それならジアも一緒にルゥイの元で稽古付けてもらったらどうだ?ジアならいけるんじゃねぇか?」
「僕には一応ペアが居るからね。難しいんじゃないかな?それにペアを置き去りにするのは流石にね」
「一クラスの人を一人交換してもらうかペアのあの人も一緒に連れて行けば良い。多分いける」
「ん〜、いけるかなあ?」
ジアが少し渋っているが出来たら一緒に強くなりたい。ジアは優秀な人族だ。是非とも強くなって貰って全てが終わった際に何かの役職に付けて大活躍してもらいたい。
「まあいけたら良いねって事でこの話は終わりだよ。次の授業の準備をしないとね」
「次の授業っていうと……基礎授業か。あれ眠くなるから嫌いなんだよな」
「そう言いながら学年でも上から数えた方が早いんだからアルフって凄いよね」
「基礎授業テスト首席のお前に言われたくねぇな」
ジアはどうやら文武両道をこなす万能だったらしい。
「……負けないよジア」
首席と聞いたら本気を出すしかない。ジアが優秀な人なのは分かっているので手は抜けない。いや最初から抜くつもりもないが。ジアはその宣言を聞いて苦笑いしていた。
「魔族というものは多種多様な種族の集まりだ。角があり大柄で戦闘狂の鬼族、魔法に優れ狡猾で残忍な性格の悪魔族、人の中に紛れ夜に忍び人々を襲い眷属を増やす吸血鬼族、獣の姿を一部持ち亜人族に紛れて生活する魔獣族、空を飛ぶ鳥の様な姿を持つ鳥獣族、海の中に居て滅多に出てくることはない海獣族、とまあそうは言っても最近では鳥獣族と海獣族は魔獣族に分類すべきではないかという意見が学者間では出ているらしいがね」
教壇に立ち黒板にチョークのようなもので書いていく初老の男性教師がそういった雑談を含めながら話していく。スイは色々間違った知識が溢れていることに気付いたため挙手をして目を向けさせる。
「はい」
「ん?何か質問かね?」
「魔獣族、鳥獣族、海獣族ですがそれぞれ現在の亜人族ではないのでしょうか?」
「そういう意見もあるようだね。結論として言えばまだはっきり分かっているわけではない。ただ現在主流とされている亜人族の生態からしてかなり異なる事から彼等は魔族に分類されるのではないかとされているのだ。なので亜人族の可能性は極めて高い可能性として存在する」
「では逆に魔族の生態は分かっているのでしょうか」
「そちらに関してはまるで分かっていないと言わざるを得ない。彼らは死した際に身体が解けるように消えていく為どの様な存在なのかはさっぱりだ。更に現在に至っては敵対関係にある以上誰かに教えてもらうという事も出来ないからね」
「ん、分かりました。ありがとうございます」
「いやいやまた質問があればその都度言いなさい。知るという事はその者の価値を高める事だ。戦闘に特化した存在、武器や防具を作る事に特化した存在、そういった存在は確かに優秀ではある。しかし特化した事柄こそ無いが万能である存在、こういった者にも高い価値がある。君達がどの様な存在になるかを選ぶのを補助する、それが私達教師だ。私達に出来る事ならばどの様な事だってするよ」
教壇に立つ教師は重役として配置してもいけそうな感じがする。というよりかなり有望だと思う。惜しいのは年齢がそこそこ高いことか。まあそれももしも眷属になってくれるのならばあまり関係は無い。
そして授業終了の鐘が鳴り響く。教壇に立つ初老の男性教師は持っていた教科書を閉めると終了を告げる。
「では今日はここまで。明日は小テストの日だ。ちゃんと予習なり復習なりしておくんだよ」
そう言って先生は教室を出ていく。明日小テストなのか。皆驚いていないので周知されていた事なのだろう。私は色々ありすぎて知らなかったが。
「はぁー終わった。あの先生喋り方が……こう眠くなるんだよ」
まあ私もそこは分かるが授業中には眠そうに欠伸しないほうが良いとは思う。アルフ以外も十人くらい眠そうにしていたのでアルフだけが例外という訳ではなさそうだが。眠気を誘う話し方とその前に実技授業で身体を激しく動かすのでかなり眠たくなるのだ。
「そうだね。まあでもあれは意図的だけどね。あの人言葉に小さく魔力を乗せていたから」
私がそう言うとアルフが凄く驚いている。気付かなかったのだろうか。微量ではあるが言葉の端々に魔力を乗せて小さな魔法を発動させていたのだ。魔力が乗った部分だけを切り取れば「ね…む…け…ゆ…う…い…ん」だ。眠気誘引とは面白い魔法だと思う。強制の睡眠では抵抗されるのであくまで眠気。気付きづらい魔法である。
「あの先生何でそんな魔法を?」
「魔法に対する抵抗力を見てるんだと思うよ。この学園はあくまでも戦うための技術を磨く場所だから」
基礎授業にもそういう行為が行われるというのは面白い試みである。これならば気付かれずにその者の実力を垣間見ることができる。魔法に対する抵抗力は戦う上で大事な要素だ。欠かす事は出来ないと思っていたがしっかりやっていたので少し安心する。この学園がそういった事をしていなかったらどうしようかと思っていた。
そんな話をしながら寮に帰る途中で教科書を忘れたことに気付く。私はアルフ達に先に帰ってもらうように言ってから一人学園へと戻っていく。
「教科書入れたと思ったんだけどなぁ。次から指輪に……いや悪目立ちする可能性があるか。私個人を狙うだけなら別に構わないけど指輪だけ狙われたら面倒だし」
そんな事を呟きながら向かっていく。教科書を机から引き出すと学園から支給された鞄に入れる。こうしていると前世の学校を思い出す。教科書を忘れて取りに帰ったことは一度も無かったが。
そして寮に帰ろうと門を抜け外に出た瞬間に私の背後からとてつもなく強い悪寒を感じ咄嗟に前に飛び退く。シュッと小さい擦過音が鳴り響き髪を数本巻き込んで風に飛んでいく。
振り向いた私の目の前には無骨なそれでいて実用性のみが求められたナイフがある。更に後ろに飛び退くが左目の辺りを撫でられ裂かれる。
「うっ!」
無事な右目で襲撃者を見る。体格は小柄。何かしらの魔法か魔道具を持っているのか性別や顔は分からない。ついでにいうならば種族もまるで分からない。厄介だ。誰が襲ってきたかが分からない。
「誰?どうして私を襲ってきたの?」
「………………」
襲撃者は何も言わずに私に駆け寄ろうとして離れる。その瞬間風が巻き起こる。この魔法はフェリノの武器フィーアに刻んだ「
「大丈夫!スイ!」
フェリノを見ると襲撃者は音も無く空気に溶け込むように消えていく。
「何だったのあれ……」
近付いたことに一切気付かなかった。次も避けられるかと言ったらノーだと言える。私は死を間近に見て震える身体を何とか抑え込むのが精一杯でフェリノの後にアルフ達が来た事にも全く気付かなかったのであった。
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