第93話 素因というもの



「ごめんね?可愛いものを見ちゃうと私暴走しちゃうらしくって。良く執事やメイドにも止められるんだけどねぇ」


謝罪をするルーフェにむくれていたスイがはぁっと少し溜息を吐きながら受け入れる。最初と今で既に二回程気絶させられているがルーフェに関する記憶でこうなるかもとは予想していたので気にしない。というか気にしても仕方ない。恐らく会話していたら後何回かはやられるだろうからだ。


「まあ良いです。若干諦めてますから」

「うぅ…本当ごめんなさい」


項垂れるルーフェを見ながらスイが問い掛ける。


「これからどうするんですか?帝都に向かってエルヴィアと合流しますか?」

「そうなると思うわ。スイちゃんは?」

「私はここでクライオンを手伝って用が済んだら帝都に戻ります。その前にセイリオスに戻ることになりそうですけど」

「どうして?」

「船がそこに向かうからです。ここに来る途中に馬車があったので商人達も来てるでしょう。その方々の船に乗せてもらいます」

「海を走れば良いじゃない?」


何故そんな面倒なことをと言わんばかりに疑問を浮かべるルーフェにやっぱりこの人も魔王なんだなと理解した。当然だが海にも魔物はいる。むしろ人が滅多に入れない場所のせいか巨大かつ陸上より遥かに強い魔物が海には多い。そこを自力で渡りつつ魔物を撃破し続けられる者などそうそう居るわけがない。ルーフェはどうやらそれをしつつ獣国へとやってきたようだが。スイには当然出来ない。


「そんなこと出来ません。まだ私の素因は傷付いていて本気を出せませんし私自身の技量もそこまでないです」


そう言って断るスイ。技量に関しては一見スイは高そうに見えるが実はそうでもない。見て覚えたことをしているだけでありそこには工夫が存在しない。勿論見て覚えただけでそれが出来るというのは相当凄いことだがあくまでもそれはスイの動きではない。なので実は初見の動きをされただけでスイはどの行動を取って良いのかの判断が遅れるのだ。ヴェインのような戦闘に慣れ親しんだ者にはすぐに見抜かれてしまう程度には危ういのだ。


「素因が?ちょっと見るわね」


ルーフェが少し驚いた後そう断ってからスイの胸に手を当てる。近くで見る者が居ればスイの身体の中に手が入り込んでいるのが見えただろう。そうして何かを確認出来たのかルーフェが険しい顔になって手を引き抜く。


「これは……厳しいわね。どうやって治すつもりだったの?」

「癒狂の人形です」

「それだけじゃ治らないわ。やるとしたら高位の素因と一緒に一つずつ治しなさい。じゃないと不完全なまま完成しちゃうわ」


ルーフェがそう言ったことに対してスイはやっぱりかと少し気落ちする。実はこれら素因には下位、中位、高位、最上位と魔族の格分けに似た分類が存在する。当然下位から最上位の間には覆せないほどの絶対的な差がある。それに素因にも幾つかジャンルがあり属性素因、概念素因、物質素因と三つ程存在する。

属性素因はそのまま属性を扱う素因だ。例えば火という属性に関して言えば下位素因は《火》だ。中位は《炎》、高位は《崩焔ほうえん》、最上位は《天焔てんえん》となる。これが水になると《水》《氷》《崩湖ほうこ》《天海てんかい》となる。

そしてこういった属性素因には同じ属性の素因同士をくっつけると上位の素因に変化するのだ。それだけならば二つの素因を持っていた方が良いのではと考えるかもしれないが魔族は持てる素因の数に限度があるうえ《火》の素因二つより《炎》の素因一つの方が強いので基本的にはくっつける。

何故そのようなことになるのかを分かりやすく言えば《火》の素因が水が十リットル入る器だとして中から取り出そうとしても出せる場所が一箇所でかつ一度に出せる量が十ミリリットルであれば殆ど意味が無い。これが上位素因に変わるにつれて出せる場所が二箇所、三箇所と増えていき出せる量も倍々に増えていくと考えれば理解しやすいだろうか。出せる量が単純に倍以上あるのだ。そちらの方が優秀に決まっている。ただし手加減が難しくなるというデメリットがあるがそれは要鍛錬だろう。

次は概念素因。スイの持つ《制御》や《混沌》、イルゥの持つ《改竄》、ヴェルデニアの持つ《魔神王》等がそれに分類される。概念素因には基本的に高位や最上位といったものは存在しない。それは単一の概念だからだ。

概念素因は基本的には世界に一つしか存在しないものであり決して壊れない素因でもある。その強さは千差万別でヴェルデニアの《魔神王》は魔族に対して強力すぎるアドバンテージを得られるが人族や亜人族には何の影響もない。イルゥの《改竄》はかなりの魔力を使用するが事象そのものを変化させる。ただしあまりにも掛け離れた事象には変化させられない。

そう言った物からすればスイの基幹素因である《制御》はそのままの意味しかない。魔法が制御しやすくなり身体の動きも意図のまま出来る。上手く使えば他者が使う魔法を乗っ取り制御することも出来る。だがあくまでも制御であってその乗っ取った魔法の威力は使った本人の魔法と同程度の威力しかないし他者の身体を制御するこのは出来ない。この素因で強い所は魔族にとって限界が存在した素因数を無視することが出来るということだろう。素因を取り込まず《制御》で管理することにより素因数を増やせるのだ。まあそれには結構高度な管理が必要なので実質それ以外にはまともに使用は出来ない。概念素因は極端な性能を持つが使いようによっては属性素因よりも遥かに強いというものだ。

最後に物質素因。これらは概念素因に近いが単一のものでは無い。これにはヴェインの基幹素因であり現在スイが所有する素因|天鏡《てんきょう》が該当する。これらには属性素因と同様に下位、中位といった格がある。天の言葉が入ってあることから分かる通りヴェインの素因は最上位の素因だ。これらは属性素因と似通う部分が多い。まず《天鏡》は使用すれば使用者の目の前に鏡が出現する。この鏡には二種類あり魔鏡まきょうと呼ばれるものと鬼鏡ききょうと呼ばれるものがある。魔鏡は魔法攻撃を反射する。鬼鏡は物理攻撃を反射する。分かりやすい能力である。但し両方同時には使用出来ずまた一度に出せる鏡は一枚だけだ。だがどんな攻撃であろうと必ず反射する。

これが下位になっていくにつれて反射出来る攻撃の種類が減っていくのだ。ちなみに反射と言っても魔法の使用者に向かうのではなく鏡が向いていた方に反射する。実際は屈折とかの方が近いかもしれない。百八十度変えることもあるので反射でもあるが。

そして物質素因の特徴として最も分かりやすいのは出した物はそのままになってしまうことが挙げられる。先の例で言えば鏡がそのまま地面に落ちるのだ。まあ鏡なので落ちたら普通に割れて消えるのだが。そして出された物質は基本的に普通の道具と変わらない。能力自体は付与されているので魔導具と偽ることも出来る。そしてこれらは壊れた場合又は能力が発動し付与された力が無くなった場合は溶けるようにして消える。属性素因などは発動したらその場で暫く残ってから消えるのでそれが違いだろう。

そしてこれら素因が傷付いた場合概念素因以外の素因は治す過程で失敗すると下位の素因になる場合がある。とは言っても基本的に素因が傷付く原因は余程酷使したか戦闘で壊されたかぐらいしかない。治すことも基本的には無い。治すのは大体倒した相手が手に入れた素因に対して使うぐらいだ。

そしてスイの持つ素因群は最上位のみで構成されている。これは流石最強の魔王といったとこだろう。ウラノリアが魔王としては素因数が少ないにも限らず最強と呼ばれる所以はここからだろう。まあウラノリア自身は《混沌》の能力のせいでその最上位の素因がただの出力強化にしかなっていなかったのだが。


「高位の素因なんて何処に落ちてますか?」


少しむくれながら問い掛けたスイにルーフェが苦笑する。当たり前だがそんな情報があればルーフェ自身が行って取りに行っている。ちなみに素因は魔族の生まれる核でもあるが実は適当にぶらつくだけでも素因というものは見付かる。まあ《小石》とか《草》とかの素因なので全く強くは無いのだが。とはいえ実はそれらの素因でも大量に入手すれば実は相当強くなる。

スイも暇さえあれば一応回収している位だ。現に今現在最強の一角であるイルナと同等クラスの凶獣はこつこつ手に入れ続け《小石》から《天地》、《草》から《天樹てんじゅ》とかいう最上位の素因にしている。どれだけ手に入れたというのか。ちなみにスイの今は《石》と《茂草もそう》だ。先は遠い。

場所によってかなり高位の素因もあるが当然そういう場所はかなり危険だ。火であれば活火山の火口の中や水であれば深海の水圧だけでどれだけの巨体であろうと手のひらサイズまで圧縮する場所といった所だ。当たり前だがどれだけ強かろうと行けるわけがない。普通に死ぬ。


「まあそうよねぇ。ならはい。これあげるわ。途中拾ってくっ付け続けたけど考えてみたらもう私素因数限界で持てないことに気付いたものよ」


そう言って出したのは淡い青い光をまとった珠だ。水の素因崩湖だ。それを見て戸惑うスイ。幾ら何でもはいっと渡せるものではない。それに途中拾ったと言ったがそんな簡単に高位の素因が作れるわけがない。明らかに目的を持って取っていなければ不可能だ。戸惑うスイににこやかに笑うルーフェの胸中は分からない。


「え……あ」

「ほら、早く受け取っちゃって。誰かに見られたりしたら困るわ」


結界を張っているので見られる訳がないが押し切られる形でスイの胸の内に入れられる。


「あの……」

「んー、とりあえず私そろそろエルヴィアの所にでも行くわね。じゃあ頑張ってねスイちゃん」


スイの言葉を遮りウィンクをすると何処かに飛び去っていくルーフェ。その耳がほんの少し赤くなっていたことにスイは気付いた。


「ありがとう、ルーフェさん。頑張るね」


その隠された思いをしっかり受け止めスイは飛び去ったルーフェに頭を下げる。スイの瞳にほんの少し涙が浮かんだのは誰も、本人でさえも知らない。

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