第324話 急変



あかが目覚めてからほんの少しだけ日々が変わった。とは言ってもあかが指定する日に署に向かうことが増えただけで殆ど変わりはしない。しかも署がわざわざ貸し切った倉庫に向かってはあかが巨大生物の死体に手を翳してそれで終わりなので三十分も掛かりはしない。

それを繰り返す事十数度、季節が変わり雪がチラホラと降り始めてから変化が起き始めた。しかも悪い変化で巨大生物達に銃が効かなくなってきたのだ。元の生物がどんなものであろうとも銃弾を弾き返す程度にまで硬くなった皮膚は容易に倒せない。火を使ったり生物由来の弱点を攻めたりと色々な方法を試しているがいつまでそんなことが続くか分からない。


「パパ?暗い顔してどうしたの?」

「いや……何でもないよ」


今はみどりの状態だからな。教える訳には行かない。どうもあかはみどりの状態でも外の状況を理解しているみたいだがみどりはそうじゃないみたいだしな。無駄に不安がらせる訳には行かない。かと言ってあかにみどりにも教えろとは言い難いしあか自体それを望んではいなさそうだ。


「そう?でも私が役に立てそうなら遠慮なく言ってね!私頑張るから」

「ああ、その時はよろしく頼むよ」


みどりの可愛い言葉に思わず笑顔になりながら頭を撫でる。出来るならばずっとこの子には笑顔でいて欲しい。本当はそんな事思ってはいけないのかもしれない。けど俺はいつしかみどりの事を本当の娘のように思っていた。花奈より小さいから末っ子になるのかな。花奈より賢いけど。





あかが目覚めてそれから三ヶ月が更に過ぎようとしていた。巨大生物は既に銃弾では倒せなくなり軍に要請して手榴弾やら対物ライフルでぶち抜く以外に方法が無くなってきていた。幸いな事に未だ巨大生物達は民間人に興味が無い為一目散にみどりの方へと向かってきている。

はっきり言って少し失敗すればその時点で個人が対応出来ない巨大生物とこんにちはしかねない状態というのは恐ろし過ぎるが夜まで引き付けていてくれたならばあかが起きて鼻歌交じりに首をへし折ったり貫手で心臓ぶっ刺したりするので何とかなっている。

ちなみに手榴弾は難しいが対物ライフルはうちの近くの高層ビルからぶっぱなしているので音で民間人が気付きにくくはしている。とは言えそれが許されるのもそう簡単では無いだろう。というかそろそろ限界だ。

妻達には流石に危険が大き過ぎるので離れるように言ったが全員断りやがった。残ってくれて嬉しいと言えば嬉しいが複雑な心境だ。俺にもマグナムを渡されたとはいえこれで仕留められるような化け物じゃない。覚悟を決めないとな。




事態が動いたのは全くと言っていいほど別の角度からだった。ある日みどりと二人で買い物に行った時だ。ちなみにこれも巨大生物の動きを誘導する為なのでかなりストレスの溜まる移動をしている。今回はそれなりに手こずっているようで何時もは三、四時間で済むのに既に夕方を超えて夜中になり掛けている。いい加減みどりが家に帰りたがっているので引き留めるのが辛い。

その時夜道に浮かび上がるヘッドライト、ハイビームだったのか一瞬目が眩む。それだけだったのならば何も思いはしないのだがその車は急発進し明らかな殺意を持って俺に向かって来た。咄嗟に逃げようとしてみどりの腕を引っ張るが気付いていなかったらしいみどりはいきなりの俺の行動につんのめり身体を倒す。


「ぃっ……!?」


倒れた状態でようやく猛スピードで近付いてくる車に気付いたのかみどりの顔が引き攣る。しかしその瞬間みどりは俺を見て安全圏まで逃げられると分かったのか……笑った。勿論みどりの身体は特別強いから車に轢かれても死なない可能性の方が高いだろう。だがその時の俺はそんな事も考えずにみどりの身体を自分の身体で守れるように抱き締めた。戻ってきた俺が見たのは車の中で俺を見て笑う男の顔と絶望したような表情のみどりだった。

すまない。馬鹿な父親でごめんな。せめて痛くないようにするから。

次の瞬間ガァン!!!と凄まじい衝撃音が鳴る。俺に衝撃は……無い。


「…………」


咄嗟に腕の中のみどりを見ると影も形も無い。一瞬の内に抜け出したのか!?そして車の方を見ると右腕を振り切った体勢のみどりと凄まじい衝撃音の通りやられたのだろうぐしゃぐしゃの車と中に居た男の頭部が無くなった死体だけだった。


「何が……」

「……………………」


さっきから一言も話さずに立っているみどりを見る。横顔から見えるその瞳の色は翠。あかではなかった。


「……………………パパ、バイバイ」


みどりはそう言うと走り始める。何が起きたのか分からなかった俺はそのまま走り去っていくみどりを見て失敗した事を悟ったのだった。





みどりが居なくなって巨大生物の動きも変わった。しかし発生してはすぐに消えるようになったので恐らく記憶が戻ってきたかあかの持つ記憶を見て理解して自ら消しに行っているのだと思う。その消滅させるまでの速度が早すぎてみどりの姿を確認することは出来ない。勿論後から現場に行き監視カメラで確認する事は出来る。だが現在地を知ることは出来ない。

何せ県を三つも四つも越えた先に僅か十五分で辿り着くあの子の事を追い掛けられるわけが無い。多分目の前に居ても走られた瞬間見失う事が分かりきっている。けどどれだけ確率が酷くても俺は今日も署に来ては情報を探っている。無駄になる可能性の方が高いだろう。だけど会えない確率なんて考えたくもない。


「先輩……」

「……どうした」

「根詰め過ぎっすよ。俺達だってあの子の事好きではあるっすけど先輩はやり過ぎっす。そんなんじゃいざ会えるって時に体調崩して会えませんでしたになりかねないっすよ?」

「だが……」

「良いから休めっつってんすよ。それとも中高大と空手一筋だった男の本気パンチでも喰らっても無理矢理寝かされたいっすか?」

「…………分かった。後頼む」

「了解っす。先輩はあの子に会えた時の為に英気を養っとくっすよ。俺達じゃきっとあの子は話聞いてくれないっすからね」


小山はそう言ってコーヒーを飲みながら俺の出した資料を元に計算を始める。そんな小山の言葉に頷くと俺は仮眠室に入る。そこで壁に空いた穴を見てこれは多分俺が撃った銃弾が当たったんだろうななどと思う。思い返すのはみどりの居た日々、あの子の笑顔、そして最後に見せた泣きそうな顔。


「…………みどり」


きっとみどりも断腸の思いで俺達から離れた。それが分かっているなら後は簡単だ。


「家出娘を連れて帰る。親に心配掛けたんだ。揉みくちゃにされても知らんからな」


俺はそう呟くとそのまま眠りの中に落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る