第323話 目覚めるは赤



「それで?その……銃弾も効かないようなコマドリをあの子が素手で貫いて首を引きちぎったと?」

「その通りだ。目の前で見たからな。というかコマドリの死体を見たら分かるだろ。俺があんな化け物の首を引きちぎれるとでも?」


俺の言葉に頭を抱える上司。俺だって未だに信じられないのだからそうしたいのは山々だが残念な事にこの目で見てしまっている。


「そしてその子は恐らく二重人格持ちでまた出る事が確定してると」

「ああ、あの口振りだとほぼ間違いないだろうな」

「何時出るかは分からないのか?」

「分からん。聞くより前に意識を失ったからな。風呂に入れられても分からない程度には深く眠ってたよ」


もしかしたら出る事自体それなりに負担があるのかもしれない。それを知るには再びみどりの中に眠るもう一人に聞くしかないだろう。


「そうか。分かった。とりあえずいつも通り接しておけ。無線機を持たせるから起きたら連絡をしてくれ」

「分かった」





そうして部屋から出て少し歩くとまた後輩の小山とみどりが何やら話しているようだ。小山は調子良く話していてみどりもそれを聞いて少し笑顔を見せている。以前は言葉も通じていなかったみたいだが今となっては完全に通じている。というか三ヶ月程度で日本人と遜色無い話し合いが出来るみどりがおかしいのだろうが色々と規格外なのは分かっているからそこは気にしない。


「何の話をしてたんだ?」

「フラッシュ暗算ならぬ言葉暗算っす」

「本当に何の話してたんだおい」

「いや凄いんすよ先輩。みどりちゃん計算凄い早くてその場で答えてくるんすよ。やばくないですか?」

「そんなこと出来るのか?」

「うん。簡単だから」

「簡単って言いましたけど六桁の計算で四則計算全部入れたんすけどね」

「大人気ないしそれに答えられるみどりは凄いな」

「可愛くて頭も良くて気遣いも出来て可愛くて綺麗で家事も出来て料理も上手くて可愛い女の子とか最高すよね。俺の姉貴にも見習わせたいっす」


小山の姉って確か空手と柔道の有段者で痴漢したおっさんの顔面に思いっきり拳入れて倒れたおっさんの腹に蹴り入れた人だったか。美人だったのは覚えてるが中々苛烈な人だったな。


「私にも出来ないことはいっぱいあるよ?」

「そうっすか?みどりちゃんに出来ない事なんてあんまり想像出来ないっすねぇ」

「ううん、まだ私はアレを殺せてないから」

「へ?」

「アレを殺すにはまだ力が……………………ん?小山さんどうかした?」

「うぇ?あ、いや何もないっすよ?」

「ふふ、変な人」


唐突に見せたみどりの変貌に思わず言葉を失う。しかしその直後にみどりは先程までの言葉を忘れたかのように話し始める。その不自然極まりない行動にある可能性が思い浮かぶ。もしかしてみどりは記憶を失っているのではなくて記憶を失わされているんじゃないか?


「パパ?お仕事終わったの?」

「あ、ああ、終わったぞ」

「そっか。なら帰りにスーパーに寄ってもいい?ママからお買い物を頼まれてるの」

「分かった。小山ありがとな」

「いえいえ、みどりちゃん可愛いっすからね。そんな子と話してるだけで時間潰せるなら最高っすよ。先輩とペアになって初めて良かったと思えたっすよ」

「分かった。次からお前じゃなくて柏木でも呼ぶ事にする」

「じょ、冗談じゃないっすか。やだなぁ。あ、今度飯奢りますよ?」

「みどりの分も出せよ?」

「勿論っすよ」

「なら良い」


下らない会話をしながら小山と署の入口で別れる。多分この後小山は何処かで俺達の護衛をし始めるのだろう。その事に申し訳なく思いつつも俺に出来る事は無いので怪我だけはしないで欲しいと信じてもいないが神に願っておく。




「パパ」

「ん?どうした?」


スーパーで買い物をしているとみどりが俺の服の袖を掴む。


「ずっと不思議に思ってたんだけど小山さん達って私の事を監視してるよね?」


その言葉に少し固まってしまう。間違えても目に付くような場所には居ないはずの護衛にみどりは気付いていたのか?


「……あぁ、ううん。大丈夫だよ。その反応で分かった。分かってる。私って不審人物だもんね」

「違うぞ。みどり。あいつらはみどりの事を守る為に用意されたんだ。監視じゃない」


実際に監視じゃなくて護衛であるのは間違いない。最初こそ確かにみどりから他の人を守るための護衛ではあったが今はみどりを巨大生物から守る為の護衛になっている。


「そうなの?」

「ああ」

「そっか。でもそれなら一緒に居てくれても良いのに。お話しながらじゃ駄目なのかな?」

「ううん。それは難しいだろうな」


実際小山は今防弾チョッキも着てフル装備で動いているだろうしな。分かりにくくはしているだろうが街中を堂々と歩いていたら流石に目立つだろう。ましてや聞いた話だと護衛の数は十数人は越している。その数の集団は普通に怖い。


「お仕事だもんね。小山さんに今度会った時に何時もありがとうって言わなくちゃ」

「そうしてやってくれ。あいつなら喜びまくるから」

「ふふ、そうだといいな」


そんな事を言いながらみどりは笑顔を浮かべる。俺はそれを見ながらみどりの中に眠るもう一人の存在が一体何者なのかを少しだけ考えていた。





その日の夜報告書を書き終え後は寝る所といったタイミングで部屋の扉が控えめにノックされる。報告書を引き出しに直すと扉を開くとみどりが立っていた。


「どうした?こんな夜中に」

「……お邪魔するわ」


何時ものみどりの口調とは少し違うその話し方にまさかと思うがみどりは部屋に入ると置いてあった椅子に腰を掛ける。

そして振り返るとその目はまるで血の赤の様に真っ赤に染まっていた。


「昨日ぶりね。パパ。待ち切れなくて逢いに来ちゃった」


みどり?はそう言って笑顔を浮かべる。奇しくもその笑顔は昼間に見たみどりの笑顔と変わらなかった。


「お前は……」

「私の事が気になるのよね?良いわよ?その無線機を付けても。色々と話してあげる。とは言っても私もこの子と同じで結構な記憶が消えちゃってるのだけどもね。あ、名前が気になるなら……そうね。目の色で名前が決まるならこの子がみどりで私はあかになるのかしら?あかちゃんって嫌ね。産まれたばかりの赤ん坊のように記憶の殆どがないのだから仕方ないかもしれないけれど」


あか?はそう言うと椅子の背もたれに身を預ける。バレているのならばと無線機を机の上に置くと電源を付ける。それに対してあかは笑顔でこちらを見るだけだった。


「さて、自己紹介と言いたい所だけど私もこの子も名前の記憶は忘れちゃっているから許してね。こうして私が出てきた理由なのだけど貴方達にお願いしたい事があるからなのよ」

「お願い?」

「ええ、そうよ。パパは……安全な所で過ごしてくれたらそれで良いのだけど。警察の人達にはあのコマドリみたいなのをいっぱい集めて欲しいのよね。あれは私達の力の影響を受けた生物だから。正確には私の力の割合が大きいけれど」


巨大生物達があかの影響を受けている。それは凄く納得してしまった。実は巨大生物達の出現範囲が少しずつ拡大しているのだが中心点は常にみどりだった。その事から上司達はみどりは無意識に巨大生物を作り出してしまっていると仮定した。巨大生物達はそれを理解していて記憶を失い明らかに不調なみどりを殺す事で自分達の安全を確保しようとしているのではないかということだ。


「起きるまでに時間が掛かったせいで結構力の流出が起きているし今もその力の制御方法が分からないせいで漏れているわ。だけど分かっているのがあいつらは力と同時に私からほんの少しずつ記憶も奪っていっているということ。なら奪い返せば私の記憶も完全とは言わずとも戻るでしょうしこの子の記憶は戻らなくても私と記憶の共有をすればある程度戻りはするでしょう。という事で貴方達はあれらを殺して私に渡して欲しいのよね」

『私達にメリットがあるとは思えないが?』


無線機から上司の声が聞こえてくる。


「ん?何か勘違いしてないかしら?別に私は貴方達と協力関係なんて結ぶ気なんてないわ。貴方達に奉仕して欲しいだけよ」

『……それは』

「断るなんてことしないわよね?私からしたら別にあのコマドリが大量に暴れてもどうでもいいのよ。私はパパ達と一緒に暮らせたらそれでいいのよ。ただ私に渡さなければ影響がどんどんと大きくなって銃なんかじゃ立ち向かえなくなるだけよ。まさかミサイルや核とか使えないでしょう?」

『脅しのつもりか?』

「いいえ、事実よ。私の数少ない記憶の中には核ですら死にそうにもない化け物の記憶があるもの。それも複数ね。いくら私から漏れる量に限界があるとしてもいずれそうなるのは間違いないわ。だけど私からパパ達と離れて集めに行くのは嫌なのよね。だから集めるのを任せたいのよ。そうしたらお互いに丸く収まるじゃない」


そう言ってあかは俺の腕を取る。


「パパは私が守るからね」


無線機に届かない程度の声であかが俺に囁く。


『……分かった。集めるのはこちらでしよう』

「燃やしたりしないでよ?そうしたら意味が無いから。身体の原型が残ってるのが前提よ」

『分かった』

「そう。じゃあ私から言いたいことはそれだけよ。あ、いいえ、もう一つあったわね。私に対してとパパ達に対しての危害は決して許さないわ。裏切ればその地ごと沈むと理解しなさい」

『……分かった』

「話は以上よ。じゃあね」


あかが無線機に手を伸ばして電源を落とす。そうしてから再度背もたれに身を預ける。


「パパ、私疲れちゃったからまた暫く眠るね?次に警察に行く時は三日ぐらい後がいいな。その時に私…起き……るから」


糸が切れたように眠りにつくあかを見て俺は三日後どうなるのか少し不安に思うのであった。

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