第325話 離れて



車が急発進して近付いてきた時パパに腕を引っ張られたのに私は転けてしまった。そのせいでパパは死にそうになった。私のせいで死にそうになったのだ。私を抱き締めて守ろうとするパパを見て私の頭の中は後悔でいっぱいになった。

あの時私がしっかりと歩けていたならば、もう少し買い物をしていたら、いやそもそも買い物に出掛けなければ、後悔が次々と湧いては消えずに頭の中に残り続ける。

車の中でパパを見て喜んでいる男の人はパパの事を恨んでいるのだろう。あんな人にパパが殺されてしまう、そう思うと悔しくて仕方なかった。けど私に出来る事など無い。大人しく死の運命を受け入れるしか無いのだろう。無性に腹が立った。

その瞬間だった。私の頭の中に何かが生まれた。いや元から居たものが出て来た。それは言葉ではなく何か記憶のような物を見せて来た。洪水のように襲い掛かるそれらはある事実を私に叩き付けてきた。


(みどり、思い出しなさい。パパを助ける為に)


そして思い出した。私は本能のままにパパの腕からすり抜けると右腕を振り切った。スローモーションに見える世界の中で私の右腕はゆっくりと振り切られ間にある車のミラーを破壊し、ドアをひしゃげさせ、フロントガラスを砕きながら、にやけ面の男の頬を引き裂き、またフロントガラスを砕いて、最後にボンネットを凹ませた。

どれ程の速度でそれを為したのかは私にも良く分かっていない。だがスローモーションで起きたそれは振り切られて少し経ってからまるでハンマーで殴られたかのように大きく凹み、あるいは吹き飛びながら、男の頭部を血の塊だけに変えて一気に車は横に吹き飛んだ。

ガァンという轟音はあまりにも遅いスローモーションの中では意識しなければ聞き逃しそうだった。右腕の感覚では触った感覚すら無かった。それはつまり触った全ての物をまるで豆腐かあるいは水のように抵抗なく引き裂いたということだ。その事実に震えた。だってそれはほんの少し力加減を間違えただけでいとも容易く人を殺せるということだから。

怖かった。こんな事が出来てしまう自分が恐ろしかった。パパを守れたという安堵と共に簡単に人を殺せてしまう自分が怖かった。あの男は助からないだろう。何せ首から上が柘榴のように弾けてしまい肉片が車の中に飛び散っているような状態だ。右腕を振った時ほんの少し頬に引っ掛かっただけだと言うのに死んでしまった。

そしてスローモーションの世界が元に戻ると同時に私が得た記憶がまた読み返される。そして私は知った。私は人じゃないのだと、それどころかこの世界の生物ですらないのだと、いやそもそも人を幾人も殺した化け物なんだと、それを思い出してしまった。

宿屋らしい部屋の中で人を殺した、屋敷らしき所に居た人を金属の牛の中に入れて焼き殺した、洞窟の中に居た何人もの人を殺した、街を焼いた、歩きながら人の首を持っていた。余りにも悍ましい記憶。その記憶の中で私は……笑っていたのだ。無邪気に、いやむしろ邪気に溢れているとさえ言える。笑顔で人を殺していた。苦しむ姿を見て喜んでいた。

全てを思い出した訳では無い。その記憶にだって何か意味があったのかもしれない。笑っている振りだったのかもしれない。けど駄目だ。今しがた殺してしまった男の姿を見ても何とも思わないどころかパパを狙ったのだから当然という意識が何処かにある。それを自覚した瞬間分かってしまった。

私はここに居てはいけないと、こんな化け物がパパ達の傍に居ていいわけがないと思ってしまった。それと同時に巨大生物の記憶も渡された。私の中に居るあかと名乗る子は既に何体も殺している。なら私に出来ない訳はない。ならそれを殺そう。パパ達の傍に居ることは出来なくても間接的にでも助けになれるのならばそうしたい。そうしなければいけない。

パパの声が聞こえた。すぐには返事出来なかった。けど絞り出すように別れの言葉を吐いた。言った時涙が溢れそうになった。けれど言い切った後はひたすらに走った。化け物だった私はほんの数分で県を越えて笑いを生ませた。その後人目も憚らず泣いた。






パパから離れて何日が経っただろうか。分からない。この身体は本当に化け物なようで食事すら必要ない。喉が渇いても公園の水でも飲んでおけばそれで良く更に言えば眠る必要も無い。巨大生物と思しき気配は刻一刻と増えている。大抵はその場に留まったりするようだが稀に動き始めて私に突撃してくる。あかの渡してきた記憶通りならばこれらは元々私から溢れている何かによって生まれた化け物である。それを私が殺すことでまた回収している。

とはいえ溢れているそれらの使い方を思い出さない限りこれはいたちごっこだ。倒して回収してもその端からこぼれ落ちていくのだからそれは当然だろう。なら私がやることはこぼれ落ちていく速度よりも早く回収していく事だ。

幸いな事に回収した量が多くなったとしてもこぼれ落ちる速度は一定だ。ならば充分に可能な範囲だろう。惜しむらくは発生する範囲が広すぎることか。ひたすらに走り続けなければ発生したタイミングに間に合わないしそのせいで人が傷付いたりましてや死ぬ事などあっては悔やんでも悔やみきれない。

不眠不休で回収していくにつれ私の記憶も戻っていった。とはいってもどうやら元の世界に記憶の大半があるようで回収出来たのはせいぜい一パーセントと言ったところだ。

思い出した記憶の中には誰か思い出せないが大切な人らしい人と……その、キスをしていた。しかも割と濃厚なディープキスだ。舌とか絡ませてたし。私の見た目は小さいと思うのだがそんな私と濃厚なディープキスをしたその人はロリコンというやつなのだろうか。いや思い出したその記憶の中で嫌がってはいなかったのだから私も望んでやったのは間違いないのだけれど。というかなぜその記憶を思い出したのか。思い出したその時は恥ずかしくて暫く動けなくなった。今も思い出すと顔が真っ赤になる。

ただ私の記憶は戻ってこないがあかの記憶は結構戻ってきているようだ。どうも記憶を失ったのは私だけであか自体の記憶はこの世界に来てから何故かこぼれ落ちていった何かに引っ張られるように失ったようだ。

そうして走りながら見つけ次第巨大生物を殲滅していると久し振りに私の記憶が戻った。そしてその記憶の中にこぼれ落ちていったものの名前が分かった。依然使い方は分からないが魔力というらしい。

魔力というと幸太が良く話していたゲームの単語だ。MPとかともいうらしいが所謂魔法に使うためのエネルギーらしい。魔法、使えてしまうのだろうか。この世界とは異なる場所から来たらしい私ならば可能性はある。というかそもそも人じゃないのだから使えて当然なのかもしれない。

少し考えて魔力というものを調べることにしてみた。恐らくこのまま巨大生物を全て殲滅したところで私の記憶はほんの少しの半端な記憶が戻ってきて終わりだろう。あかの記憶も戻っては来るが魔力の使い方の記憶が戻ってくるとは到底思えない。それならば自力で魔力の使い方を習得した方が早い気もする。

そう思った私は巨大生物を殺しつつも魔力の扱い方を手探りで学ぶ事にした。ゲームや漫画、小説にネット、色んなものを見た。とはいえ所詮立ち読み程度で得た知識だ。どこまで役に立つかは分からない。図書館最高だと思う。お金が要らないって良いな。

そうしてパパ達と離れてから二年が過ぎようとしていた。

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