第272話 それぞれの思い



「……ー!……ザー!……マザー!」


自分に対して呼び掛ける声で白髪の少女は目が覚めたかのような感覚で辺りを見回す。そして自分を心配そうに見詰める瓜二つの黒髪の少女の姿を見付けた。


「マザー、ぼうっとするのは良いんだけどよぉ、そいついつまで絞めんの?流石に飽きねぇ?」


黒髪の少女、イルの言葉で白髪の少女は自らの手で首を絞めつけている男の事を思い出す。右手で絞めている男の首は既にかなり細くなっており絶命している事は容易に分かった。


「……あぁ、うん、そうだね」


白髪の少女はそう呟くと右手を開いて男の身体を落とす。男の首は握力のみで少女の掌に収まるほど小さくなっていた。


「それにしてもよぉ、マザー最近調子おかしくねぇ?あいつら殺してからずうっとそんな感じじゃん。気にしてんの?」


イルが言うようにアルシェ達と戦う、いや蹂躙してから既に二週間が経過していた。その間特に衝動が起きず今も適当に悪人を始末した程度で済ませていた。不思議な事に最初の国ごと滅ぼした事など嘘のようになりを潜めていた。


「別に気にしてなんてないよ。面白くなかったのは事実だし」


白髪の少女はそういうがイルはあまり信じてないようでジトッと見詰めるがすぐ溜息をついて逸らす。そうしてからイルは再び白髪の少女を見詰めると少し顔を赤らめる。


「マ、マザー。今日も疲れたな、地味に動くの結構神経使うしよ」

「……ん?そうだね?」

「今日はもう休まねぇ?ほら、近くに都合良く宿あったしよ」

「……そうだね、うん、そうしようか」

「おう!じゃあチェックインしてくるぜ!」


イルは言うが早いか走って宿へと向かっていく。その後を白髪の少女はゆっくりと歩く。


「……(最近身体の調子がおかしい。ぼうっとする事が増えて今も夢見心地の気分だ。誰がこんな事出来るかなんて分かりきっている。スイだ、あいつが身体を攻撃してきてる。許さない。この身体は絶対に渡さない。渡さないんだから)」


白髪の少女はその目に薄暗い輝きを灯してうっすらと微笑む。その底冷えするような表情は見る者の心を壊しかねない程の恐怖があったが幸いそれを見る者は居なかった。


「マザー!取れたぜ!」


イルの少し嬉しそうな声を聞いて白髪の少女は先程までの表情を一瞬で消して笑みへとその表情を変える。白髪の少女は先程までの考えを一旦遠ざける。せめて、今だけは楽しい夢を見たいから。



時は戻り、白髪の少女達が去った後に動き出す存在があった。それは致命傷であったが純粋な人族としての命を持たないアルシェであった。首を裂かれた事によって魔法を使えない状態ではあるがそもそも身体を魔力の塊のように出来る規格外の天才である。身体のダメージはあまり気にしないでおけるのだ。


「ごぁぽっ……えぁげ…げぁぁ!ぁぁぁぁぁ!」


但しそれ程のダメージを負ったことがあるかは別である。天才であったが故にアルシェはそこまで大きな怪我を負った経験が不足していた。ましてや魔法によってすぐに治せないというのも初めてする経験だ。

魔族のような身体を持っている為少しすれば首が治るのも分かるがそれまではとてつもない激痛と戦わなければならない。しかも自分以外にも致命傷を負った存在がまだ三人居る。治せるとすれば自分だけ、つまり気を失って楽になることも許されない。


「ごぽっ…ぁぎゅ?いぁぁ!だぁぁぁ!」


しかし悠長に魔族としての特性で治るまでに恐らく三人は死ぬだろう。それを察したアルシェは痛む首を無理矢理手で絞めて切り裂かれた場所を押さえる。激痛で意識を失いそうになるが歯を食い縛って魔力を練り上げると魔法を放つ。


「ぎゅっ!いがぁ!神癒慈雨ごぉるれいぃん!」


広範囲の治療を施すアルシェオリジナルの魔法、神癒慈雨コールレインが発動する。最初は小さな雫が空より落ちてきてすぐに雨が降り始める。その雨はアルシェ達の傷を少しづつ癒し始めるとやがて土砂降りに近い雨が発生する。傷の大小によってこの雨の規模が変わるのだがこれだけの土砂降りが起こるということは殆ど死にかけているのと変わらないということだ。

その事実を理解したアルシェは魔法が決して消えないように痛みを堪えながら行使し続ける。


「ひゅっ!ぐぅぅっ!あぁぁぁ!あのバカ娘がぁぁ!ぜえったい次に会ったら殴ってやるぅぅぅ!」


ようやく首が治り喋れるようになった瞬間にアルシェは怒りを目に宿し全力で恨み言を叫ぶ。相当痛かったようで今も尚涙を浮かべている。しかしまずは三人の治療が先だと更に治癒魔法を行使して三人の怪我を治し始める。結局三人の命が完全に助かったと分かったのは既に白髪の少女達が去ってから丸一日以上経った後だった。



「……シェス!どこに向かっているのですか!?」

「ねえちゃの感じがする!でも本人じゃない!」


ナイトメアは馬車でイーグを回収した後、即座に反転して帝都までノンストップでシェスと共に駆けていた。とはいえナイトメアだけならば夜通し駆ける事も出来るがシェスはどれだけ常人離れしていようがその身体はあくまで人族のしかも子供のものである。その為途中途中で休みを入れながら可能な限り最短距離を走っていたらシェスが足を止めたと思うと即座に向きを変えて走り始めたのだ。


「……姫様のお知り合いが近くに?」

「分かんない!でも感じはする!凄く早いけどまだ追い付ける!」

「……追い付ける?」


シェスは小柄だからかそれとも元からなのかかなりの速度で走る事が出来る。そのシェスが凄く早いと称するそれが果たして人族や亜人族の類なのかと考えた時にナイトメアは咄嗟にシェスの身体を掴み自分の鎧の内側に隠す。すると向かっていた方角から風切り音が聞こえてナイトメアの身体を打ちつける。いやそれは凄まじいまでの切断力を誇っていたのかナイトメアの鎧を裂きその内側にダメージを与える。


「……!?」

「メア!?」


吹き飛ばされた先でナイトメアの左腕が地面に落ちていた。咄嗟に魔力を巡らせたことで左腕だけで済んだのだろうがかなりの攻撃である。その事実を理解するとナイトメアは攻撃が飛んだ先に視線を向ける。しかしまだその姿は見えない。だが攻撃は飛んできた。遮蔽物は無く更にその攻撃の速度は最初の一撃より重く早い。回避は不可能と考えたナイトメアはシェスの身体を自分の身を呈して守る。魔力を巡らせてナイトメアは自身に刻まれた"定義"を発動する。


「……我が名はナイトメア、"守護"の騎士、鉄壁誇りて無数の傷より主を守らん」


創命魔法によって創られた生命の全ては何かしらの定義と呼ばれる物を刻まれる。それに基づいた命が生み出されるのである意味では定義は擬似的な形を持たない素因と言ってもあながち間違いではない。そしてその定義の行動を取る場合のみ飛躍的にその実力を伸ばす。そしてナイトメアに刻まれた定義は守護、誰かを守ろうとする行動によって発動するのだ。

奥の手に近いので許可無く使う事は禁じられていたが敵は遠いので見られる心配は無いだろう。万一見られても言葉が聞こえていないのならば特に警戒する必要も無い。

そして飛んできたその斬撃をナイトメアは全てその身で受け止める。飛躍的にその実力を伸ばしたとは言っても決してナイトメアは防御力に全力で振ったような存在ではない。その衝撃はかなり大きくナイトメアの口から血が溢れる。シェスは必死にナイトメアに泣きながら何かを訴えているが斬撃は全く止むことはなくその音でナイトメアに伝わることは無かった。

十数分にも及んだその斬撃の嵐はナイトメアの身体をズタズタに引き裂くには十分過ぎた。鎧は幾度もの斬撃によって削られ破壊されその下から意外に細い白い肌を晒している。その白い肌も既に血だらけであり左腕は無くなり右腕も半ばから切断されている。足こそ無事だがその胴体は切り傷だらけであり出血によって地面に血溜まりを作っている。


「…メ、メア」

「……ど、うしまし、たか、シェス」


シェスの瞳に涙が浮かんでいるのを見たナイトメアは指でそれを拭おうとして腕が両方無い事を思い出す。


「……あぁ、すみ、ません。シェスの、なみだ、をぬぐえ、ないです」


シェスはその首を振る。そんなことが聞きたい訳では無い。だけど何を言えばいいのか分からない。そんなぐちゃぐちゃになった思考でシェスはナイトメアに抱き着く。


「……いち、おう、わたしは、おんななので、おとこのこで、あるシェスが、だきつくのは、だめだとおもいますよ」


ナイトメアの鎧は全てが壊されており隠されていたその兜の内側も見えていた。シェスはその言葉に頷くが動く気は無さそうだ。それを感じたナイトメアは仕方なさそうに笑う。背後からは凶悪な気配が近寄ってきておりもう間近に迫っているのが分かるのだ。今更逃げても恐らく意味は無いだろう。ならばシェスの好きなようにさせてあげればいい。少し残念なのがシェスは死ねばおしまいだがナイトメアは復活出来てしまうという事だ。申し訳ない気持ちになる。


「メア……メア」


シェスは泣きながら何かを謝りたがっている。まず間違いなくこんな危険人物の所に連れて来てしまったことだろう。気にする必要など無いのにナイトメアの為に涙を流しているのだ。ナイトメアからすればシェスを危険な目に合わせてしまったと後悔しているのだがそれはシェスにとって何の慰めにもならないだろう。


「……シェス、もうし、わけありません。あなたを、たすけられそうに、ない」


ナイトメアはそれでも謝るとシェスの額に自らの額をくっつける。


「……ごめん、なさい、あなた、とせめて、いっしょにいけたら、よかったのでしょうが、わたしは、しねない、のです。シェス、ほんとうにごめ」


ナイトメアが更に謝ろうとした時シェスはナイトメアの顔を掴むとその唇を自らの唇で塞ぐ。


「女が、うだうだ言う時は、こうしろって、酒場のおじちゃんが言ってた。メア、謝るの、僕、ごめんなさい。あと、メアが、女の人なの、最初から知ってた」


シェスはそう言って笑うとメアの唇に再び自らの唇を不器用に押し付ける。


「あと、もういっこ、ごめんなさい。僕が感じたのはこいつじゃない」

『ふむ、気付いていたのか。やはり超越者共の感覚はおかしなものだな』


あまりにも重厚なその気配は突如として出現した。それに対してナイトメア達へと攻撃を加えていた魔族は歯を剥き出しにする。


『ふん、名乗るだけの時間は与えてやろう』

「はっ!獣風情が!仕方ねぇから名乗ってやるよ。俺様の名前はジェクス。天斬のジェクスだ!よく覚えときな犬っころが!」

『近頃の魔族はなっていないな。我も分からぬとは。時代の流れとは残酷なものだ。我が名はイルナ、頂の王である。平伏せ愚民よ』

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