第273話 イルナの問い
『天斬のジェクスか……ふむ、何らかの素因に因んでいるのかはたまたただの通り名か。分からんな。少なくとも我が聞いた事のある素因ではない。面白そうだ。我にその力振るってみるといい』
イルナがそう言うとジェクスが歯を剥き出しにして苛立ちを露わにする。まるで喰らわない事が前提のようなそんな態度に苛ついたのだ。いや事実その通りなのだろう。イルナはジェクス程度では傷を付けるのも難しいとそう言っているのだ。
「犬っころが!お望み通り切り刻んでやるよ!」
ジェクスがそう叫ぶと剣を持ってイルナへと駆けていく。イルナはそれを見ても一切避ける素振りを見せない。そしてジェクスの振り下ろした斬撃がイルナを切った。
『ふむ……中々の斬撃。傷が付くとは思わなかったな。グライスの下位互換といった所か。見事』
「あぁ?俺様のはそんな切るしか能のねぇアーティファクトとは違ぇんだよ!」
『ほう?グライスを知りながらそう言えるとは自信があるようだな』
「当然だ。この俺様の天斬は誰にも止められねぇ。お前の傷が治ることは二度とねぇんだよ」
ジェクスの言う通りイルナは一向に治ろうとしないその傷を不思議そうに見つめる。擦り傷程度と言っても過言では無い程度だがずっとこれが痛むとなると確かに面倒ではある。
『こういったものは術者を殺せば大抵消えるがそんな事が起きないとそう信じているのだな貴様は』
イルナは嘆かわしいと言わんばかりに頭を振る。それは完全に小馬鹿にした態度でジェクスは額に青筋を浮かべている。それを見たシェスはゆっくりとナイトメアの身体を抱えると背後へと少しづつ下がっていく。
「犬っころが!余程死にてぇようだな!」
『うん?不思議な事を言うな。貴様程度に我が殺せるわけが無かろうに』
イルナが挑発、いや本心から言ったのだろう。そしてそれはジェクスを激怒させるには十分過ぎた。
「ぶっ殺す!天斬!」
『擦り傷程度故当たってやっても構わんが我とて痛いのはあまり好きでは無いのでな。それが続くとなれば尚のこと。避けるとしよう。というより久し振りだな避けるという行為は』
ジェクスの猛攻をイルナは懐かしそうに自身の過去を振り返りながら避け続ける。それを見れば武術の素人であろうがイルナの方が圧倒的に強いのだと理解する事が出来るであろう。
『我に勝てると貴様本気で思っているのか?我が本気でやれば貴様は負けることぐらい分かっている筈。なのに何故攻撃を仕掛け続ける?』
イルナはそう疑問を口にしながら返ってくることは無いだろうなとも思う。しかし予想に反しジェクスは答えを返してきた。
「あぁ?俺様が今の段階で犬っころを殺すのが無理なことは分かってんだよ。だけどよ、この俺様を殺すのも無理なんだよ!」
ジェクスはそう叫ぶと更に一段とその攻撃の速度を上げて振るい続ける。イルナはジェクスを見て右の前足を上げると振り下ろした。そしてそれはジェクスの身体が真っ二つにした。
「あ?」
何が起きたのか分からないと言った顔でジェクスの身体は左右に別れて地面へと倒れた。イルナは興味無さそうにそれを一瞥するとシェス達の方へと歩いていく。そしてかなり近付いた瞬間突然背後から気配が近寄って来た。イルナが咄嗟に避けると逃げ切れなかったのか左の後ろ足を深々と切り裂かれる。
『貴様、何故動ける?』
イルナが見たのは先程真っ二つにした筈のジェクスがその手に血の滴る長剣を握りニヤニヤと笑う姿だった。血も消えておりまるで時間が巻き戻ったかのようだ。
「分かんねぇかぁ?分かんねぇよなぁ!これが俺様の力。不死だ。犬っころお前じゃ俺様を殺せねぇよ!」
ジェクスがそう叫んだ瞬間その身体は四つに分かれる。イルナが爪撃を飛ばして切り刻んだのだ。しかしその瞬間まるでそんな事は何も無かったかのようにジェクスが無傷で立っている。
『良く分からんな。我は観察は苦手なのだが』
イルナはそう言いながらひたすらにジェクスの身体を切り刻んでいく。しかしその度に瞬時にその身体を治して少しづつ近寄って来る。
「お前じゃこの俺様は殺せねぇよ。俺様の力は天斬。そしてもう一つの力は点斬。過去と今を切って繋ぐことで俺様は瞬時に治るんだよ。正確には過去の俺様を保存していてそれを転写してるっつうのが正解か?まあどうでもいいけどよ。一瞬で殺せたとしてもそれは自動発動するからな。俺様は不死身なんだよ」
ジェクスは気持ち良くなったのかそう語りながら近寄っていく。そしてそれはあまりに致命的な所業だった。
『貴様は阿呆か?』
イルナの振った爪撃が先程までと同様にジェクスの身体を切り刻む。そしてそれはすぐに治るはずだった。
「……あ?治んねぇ……何で」
『何故と問うか、過去の貴様を転写する事で貴様は実質的な不死性を持つのだろう。ならばその過去の貴様ごと殺せば良いだけの事。もしくは貴様という存在そのものを消し飛ばしてしまうかな。まあどちらにせよ貴様の死は最初から確定している』
「そんな……馬鹿な。無茶苦茶過ぎんだろうがぁ!」
『無茶苦茶か。覚えておくといい。三神自らが封印措置を取らなければならない三匹は以前こう呼ばれていた。理不尽の権化。我等が唯一出来ぬ事はただ一つ、神殺しだけだ』
イルナはそう言うと虫の息であるジェクスを踏み潰した。抵抗する事も許さぬその一撃によってジェクスは間違いなく死んだ。そしてそれを成し遂げたイルナは興味無さそうにそれを見た後シェス達の方を見る。
シェスはそのあまりの理不尽過ぎる力に恐怖を感じたのか身を竦ませて声も発する事が出来なさそうだ。ナイトメアはかなりの致命傷であったが元々身体を持たない魔法であるからか既に身体がゆっくりと癒えているようだ。イルナは二人からスイの香りを感じた。
『ふむ、貴様らはスイと関わりを持っているのか』
「あ、う」
『む?圧は消したつもりだったがまだ些か強かったか?……これくらいなら話せるか?』
「あ、うん。イルナ…様」
『シェスと呼ばれていたな。貴様我を追い掛けていたようだったが何用だ?』
そうシェスが最初に追い掛けたのはイルナだった。しかしその道中でジェクスに捕まったのだ。それに気付いたイルナがわざわざ戻ってこなければシェス達は為す術なく死んでいた事だろう。
「助け、ありがとう……あと、ねえちゃ、助け、お願いします」
『……我に助力を乞うか。それがどれ程の禁忌か…分からんか。我は三神により人の世に関わる事を禁じられている。その上で我を動かすとなれば相応の覚悟が必要になるぞ?それにだ。我は人に動かされるのが大の嫌いだ。シェスよ、貴様は知らないだろうから忠告してやるが我に頼み事をした者は例外無く死ぬか後悔をさせた。それを聞いて尚貴様は我に助力を乞うか否か』
「シェス駄目です。イルナ様は本当にそう動きます。死ぬかもしれないのですよ!」
イルナの問いにナイトメアは考え直すようにシェスを説得しようとする。かつてスイですら断ったイルナの助力。それは凄まじい効果を上げるが同時に対価もかなり取られてしまう。それは命か、はたまた守りたかったものか。少なからず後悔することになる。しかしシェスはそんなナイトメアを抱き締めながら言葉を発する。
「よく、分からない、けど、お願いします。僕じゃ、ねえちゃ、助け、出来ない!助け、したいけど、僕じゃ、力が、足りない。どれだけ、願っても、足りない。僕が、助けたい。誰かの力使いたくない!でもねえちゃ、辛い、早く助けたい。だからお願いします。悔しいけどお願いします」
涙を堪えながらそう叫んだシェスを見てイルナは何を思ったのか近付いていく。そしてシェスの瞳を見る。
『……やはり超越者共は世界を美しいままに見るものだ。羨ましくすら感じる。良かろう。人の世を混乱させない程度と定めさせてもらうが助力してやろう』
そう言ったイルナは何処か懐かしそうに瞳を細める。助力する事を決めたイルナは何故か少し機嫌が良さそうに見えた。
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