第274話 帝都の夜を駆け抜ける
その日帝都に激震が入った。比喩表現とかではなく文字通りの意味で帝都中が震えたのだ。何が起きたのかを正確に理解した存在はそれ程多くない。凄まじい揺れと共に何処からか獣の鳴き声の様なものが聞こえたという者も現れたがその数は多くなくただの噂話として流されることとなった。
そしてそれが聞こえた数少ない人物であるテスタリカは震えた。恐怖で身体が強張るがその鳴き声に怒りの成分が含まれておらず呼び掛けであると把握出来たテスタリカはすぐに息を整える。これは間違いなくテスタリカが生きている事を知っていてテスタリカならば言葉の意味を把握出来ると分かった上での呼び掛けである。
「ふぅ……心臓に〜悪いから〜やめて欲しいんですけどね〜まあ〜私心臓無いですけど〜」
そんな事を言いながらテスタリカは椅子から立ち上がる。そして部屋から出ると隣の部屋にノック無しで入っていく。そこでは魔力の使い過ぎで疲れてへばっているメリーが薄着でベッドに横たわっていた。寝る前に使い切ろうと思ったのだろう。人族は魔力回復の過程で保有魔力の上限が増えるのだ。
「……はっ!?て、て、テテテテステリカ様!?なな何の用でしょうか!?」
意識が少し朦朧としていたのかテスタリカが入ってきた事に少し遅れて気付いたメリーが起き上がろうとしてドタバタしている。身体に力が入らない事ぐらいは把握してあるのでそこまで慌てなくても構わないのだが今から頼む用事を考えるとメリーに行ってもらうしかない。
「魔力は〜少し〜渡してあげますので〜ちょっと〜学園の方に〜向かってくれませんか〜?」
テスタリカのその言葉にメリーは不思議そうにしながらも頷く。師匠であるテスタリカの言葉に逆らうという選択肢はメリーには無かった。流石に寝巻きで向かわせるのもどうかと思ったのでメリーに着替えるように言いながら魔力をある程度回復させてあげる。本来ならこの過程で魔力の上限が増えるのでメリーの今日の上限増加の修行は残念な事に失敗となるがそんな事よりもあの呼び掛けに答えないなどという選択肢は無い。
「テスタリカ様、着替え終わりましたけどどうして今頃学園の方に向かうんですか?」
「アルフ君達を〜呼んできて〜欲しいんですよね〜私は〜この部屋から出ると〜ちょっと〜まずそうなので〜」
「まずそうですか?テスタリカ様偶に出てますよね?」
「今の時間は〜駄目です〜見られちゃってますから〜どこのどいつかは〜知りませんけどね〜まあ古き魔族の〜老害どもが〜何かしてるんでしょ〜。という事で可及的速やかに〜アルフ君達を〜全員呼びなさい〜寮に居なかったら〜翠の商会で〜そこも居なかったら〜とりあえず〜探し回ってくださいね〜」
テスタリカの言葉にメリーは頷く。既に身体からは疲労が抜けている。恐らく話しながらテスタリカが回復させてくれたのだろう。有難く思いながらメリーは夜の帝都を駆け抜け始めた。
「…………最後あの子〜何で私に〜礼なんてしたんでしょう〜?私がしたのは〜魔力渡したくらいですよね〜?」
テスタリカは不思議そうに首を傾げながらもとりあえずは報告に戻ってくるまでは実験でもしていようと呼び掛けの前にやっていた作業を再開し始めた。
「よっと……とと、まだ少し慣れないなぁ」
メリーは自身の外側を流れる魔力を捕まえると足元に集めて足場を作っていく。そしてその上を跳ねるように走っていく。帝都には異界、もといダンジョンが多い為か空気中の魔力が割と多い。その為こうして捕まえて自らを強化しつつも足場を作ることも出来る。
ちなみにメリーは割と簡単そうにやっているが自身と異なる魔力を操るというのは想像以上に厳しいものがある。そもそも質そのものが違うので動かすどころか支配下に置くことすらまともに出来ないのが普通だ。スイ達魔族ならば可能か否かで言えば可能だ。だが大抵は力ずくの支配になりスイ達一部の魔力制御に優れた魔族ならば自身に近しいという条件のもと利用する事が出来る。制御という素因を持っている為スイは一応どんな質だろうが利用は出来るがロスは確実に発生する。だがメリーはそれをそのまま自身の魔力の質に合わせずに利用するという離れ業を使っているのだ。スイが知れば驚愕に目を見張ることは間違いない。
「学園に居るとすればアルフさんとフェリノちゃんかな。ディーン君は商会の方に居そうだしステラさんは……どっちかな?どっちにも居そうだし分からないかな」
メリーはそんな事を話しながらもテスタリカの先程の表情を思い出す。かなり焦っていたようだがその理由もメリーは実は知っている。あの獣の鳴き声が聞こえたのはテスタリカだけでは無いのだ。そして外部魔力をほぼ完全に利用出来るという性質からかその鳴き声に込められた魔力伝播の声を正確にメリーは理解していた。そう『スイの為に行動せよ』という短いながら聞こえる者がかなり限定されているものだ。
恐らく内容的にメリーに聞かせるつもりなど無かったのだろうということぐらいは分かった。その為メリーはテスタリカが来た理由も知っていたが敢えて知らないふりをしたのだ。もしも知っていたとなればどうなるか分からなかったから。あの時聞こえた獣の鳴き声の持ち主は凄まじい力の持ち主だ。というより空中に居るメリーの瞳にはその凄まじい力が可視化されて帝都を少し出た先にあることが分かる。
「……あれ、本当に何なんだろう。スイ様より凄い感じがするんだけど本当に味方なんだよね?」
メリーの瞳的にはその力の根源が負の方面に偏っていると言い切れる。どう考えても人の為に行動する何かには見えない。だが実際スイの為に行動している様子から恐らく根源が負の方面なだけで悪い存在では無いのだろうと考えた。完全に信用までは出来ないが。
メリーは少し悩んだあとにきっぱり忘れる事にした。そもそもメリーがどうこう出来る存在じゃないのだ。気にするだけ無駄というものだ。むしろあれに興味を抱かれる可能性を考えると忘れていた方が危険からは遠ざかれそうだ。
「よっと……」
そうこうしている内に学園まで辿り着いた。門前で少し服を整えた後学園の結界内へと入っていく。本来なら侵入を防ぐ結界だがメリーは以前から学園には何度も来ておりその際に侵入防止結界の対象外となっている。テスタリカは防がれるであろうしこういった面からもテスタリカはメリーに頼んだのだろう。
メリーはスタスタと目当ての建物に近付くと中に入る。女子寮の入口で管理人にフェリノとステラを呼んで欲しい旨を伝える。流石に侵入防止結界の対象外とはいえ寮の中には入れないのだ。十分程待っているとフェリノがやってきた。目が冴えているように見える事から恐らく寝てはいなかったのだろう。ちなみに普通なら夜に寮に来ても追い返されるのだが管理人には緊急の用件だと伝えて連れて来て貰っている。
「メリーさん?どうしたの?」
「うん、テスタリカ様がどうもアルフさん達を呼んでいるみたいでね。急ぎの用件らしいから呼びに来たの。ステラさんは?」
「今はディーンと一緒に居るはずだよ。商会の方じゃないかな」
「そっか、じゃあ私が呼んでくる。フェリノちゃんは良かったらアルフさんと一緒にテスタリカ様の所に向かってくれるかな?」
「分かった。じゃあ着替えたらすぐ向かうね」
「うん、お願いします」
メリーはそう伝えた後すぐに寮から出て行く。そしてそのまま学園から出ると肌寒い風がメリーから体温を奪っていく。少し身体を震わせた後再び同じように外部魔力を捕まえて走っていく。
「せめて昼なら良かったんだけどなぁ」
まあその場合流石に空を走り抜けて行けるとは思えないので時間は倍以上に掛かると思うのだが。少し考えた後にメリーはふうっと溜息を吐いてこんな事態を引き起こした獣に恨み言をぶつぶつ言いながら商会までの道を進んでいくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます