第275話 白髪の少女は吠える



「テスタリカ様ー?アルフさん達呼んで来ましたよー」

「中に〜入って〜貰ってください〜」


メリーの呼び掛けに部屋の中から答えが返ってくる。呼ばれたからといってすぐに入ったら怒られるので一度やらかして以降は毎回呼び掛けする事にしているのだ。

扉を開けると中ではテスタリカがごちゃごちゃとした器具に囲まれていて顔だけしか見えない。器具に埋もれているのかと勘違いしそうになるので整理はしてくれと一度頼んだのだがあまりそれは取り入れられてないようだ。まあ実際埋もれていても魔族であるテスタリカにとってこの程度の重さであれば大した事は無いのだろうが。


「よく来てくれました〜。色々と〜聞きたいことも〜あるとは思いますが〜今から〜貴方達には〜帝都から〜抜け出して〜貰いたいと思います〜武器などは〜持っているのでしょう〜?」

「ああ、ステラが作ってくれた指輪の中に入ってる。というか多分だけど外に居るのってイルナ様だよな?」

「はい〜。その通りですね〜」

「って事はスイ関連だよな?」

「間違いないでしょうね〜」

「んじゃ決まりだ。すぐに向かう。結界内だと気付きづらくて仕方ないな。テスタリカ様ありがとう」

「いえいえ〜頑張ってくださいね〜」


アルフさんはどうやら理由が既に分かっていた模様。まああれだけの力の持ち主ですし気配を隠そうともしていないので感覚に優れた亜人族であるアルフさん達なら分かるのも道理ですか。


「メリーも〜連れて行って〜貰えますか〜?」

「メリーを?正直きつい感じもするんだが……」

「……は?いやいやテスタリカ様何を言ってるのですか!?私戦闘訓練なんてまるでした事ないですよ!?私なんて行っても役に立つとは……」

「アルフ君達だけで〜街の中で買い物が〜出来ると思います〜?未だ亜人族への〜当たりは強いんですから〜純粋な人族であるメリーは貴重ですよ〜?それに〜スイ様のお近くで〜居ようと思うならば〜これくらいの困難は〜乗り越えなさい〜死んだらそれまでです〜」


テスタリカの容赦の無い言葉に言葉に詰まる。確かに居ようと思うならば戦えないからと遠ざかる事は許されないだろう。それにテスタリカやグルムスによってある程度魔法に関しては教えられているのだ。足手まといになる可能性も高いが何も出来ないと言う事は無いだろう。無いと信じたい。


「わ、分かりました!頑張ります!なのでアルフさんお願いしても良いですか?」

「う〜ん、まあ分かった。本当に危なくなりそうだったら後ろに下げれば良いか?」

「それで構いませんよ〜」


テスタリカの言葉にそれならばとアルフが頷く。


「メリーの装備は……無いよなあ」

「あぁ、メリーには〜私が作った〜アーティファクトを〜渡すので〜気にしないでください〜」

「ふえっ!?アーティファクトってスイ様が回収していたあの石で作ってたやつですか!?あれ私のやつだったのですか!?」

「そうですよ〜?スイ様からは〜メリーを〜使えるレベルにしろと〜仰られていましたが〜アーティファクトで〜底上げでもしないと〜無理という結論に〜なりましたので〜作らせてもらいました〜」

「えぇ……まあ、作ったということはもう戻せないでしょうし有難く貰いますけど」


メリーを納得しづらかったが既に作成後という事もあり貰い受けることにする。自分に使えないものであったり他により使える人が居るならばその人に使ってもらえば良いかと考えたのだ。ちなみにメリーはアーティファクトが再利用出来ないと思っているが実際は難しいだけで出来ない訳では無い。


「じゃあ早速行くとするよ。メリーは大丈夫か?」

「大丈夫です」


メリーの言葉にアルフが頷くとすぐに部屋から出ていく。メリーも着いて出ようとした時にテスタリカに呼び止められる。


「メリー。貴女は本来ならば関わらなくても良い案件でしょう。決して見ていて気持ちのいいものでもありません。ですが貴女がこれからもスイ様の元に居たいと願うならば避けては通れない光景です。肝に銘じてください」

「テスタリカ様……はい。分かりました」


短くそれだけを返す。テスタリカにとってはそれだけで十分だったのか頷く。それを見てメリーもすぐに部屋から出ていく。テスタリカはその姿を見て少し痛ましげな表情を浮かべる。


「あの光景はかなり厳しいものがありますがメリーは大丈夫でしょうか。少し心配です」


テスタリカはそう呟くと手元のメモに目を落とす。そこに書かれていたものは決して良い内容ではない。しかし覆せる可能性も高い。


「未来のメモ。この通りにならなければ良いのですけど」


テスタリカはそう願いもう必要の無くなったメモを握り潰して捨てる。そこに書かれていた文字には幾つかの文言があるがその中の一つに強調するかのように赤字で書かれているものがあった。【アルフ達奴隷組の誰かが死ぬ】と。



白髪の少女は黒髪の少女と共に街の外で襲撃にあっていた。襲撃者は盗賊、ではなく明らかに兵士の格好をしていた。そしてその兵士達の先頭に立つのは白髪の少女と比べてもあまり変わらないような茶髪の少女と虎人族の男性に人族の老爺が居た。宝魔殿アルシェと壊拳ガゼット、槍聖グイードだ。


「あれ?マザー?あいつら生きてんだけど何で?」

「さあ?誰かが回復させたんでしょう」


そう言いながら白髪の少女は忌々しそうに顔を歪める。どうやって回復したかなど分かりきっている。あの時止めを刺せなかったのはやはり自分の中のスイが余計なことをしたのだろう。


「……(眠っている癖に衝動わたしの邪魔をしないで欲しいわ。忌々しい。さっさと消し去りたいわ)」


ここ数週間の間感じ続けている自分の中の違和感に対し攻撃を繰り返しているのだがのらりくらりと躱され続けて白髪の少女は苛立っていた。スペックとしては間違いなく白髪の少女の方が勝っているのにそれを嘲笑うかのように躱しては嫌がらせを繰り返すスイに対して殺意すら抱いていた。


「イル、遊んであげなさい。私の手を煩わせないでね」

「分かったマザー!あいつらは適当に肉片にでも変える!よっし!さあ!来いよ!雑魚共が!このイル・グ・ルー様がテメェらの相手してやるよ!」


イルがそう吠えた瞬間白髪の少女は背後へと飛びイルもまた同様に飛び退く。次の瞬間白髪の少女達の居た場所が破壊される。


「あ?誰だテメェ?」


イルが睨んだ先に居たのは緑髪に青の瞳を持つ大柄な男性と緑髪と薄い赤色の瞳を持つ優しげな女性であった。その二人は白髪の少女のみを見ている。間にいるイルの事は無視している。というよりは白髪の少女の事が気になって仕方ないという感じか。


「東の魔王エルヴィア様にルーフェ様か。あはっ、イルにはちょっと厳しいかなぁ」


白髪の少女はそれはもう楽しそうに笑うと一歩前へと進む。イルは背後から感じた白髪の少女からの圧倒的な力に身体が震える。しかしそれに対しエルヴィアとルーフェはにっこりと笑う。その背後に居るアルシェ達のことは完全に放置している。


「よう、お前さんがウラノリアの娘だってな。中々の美人さんだ。今から殴らなきゃいけねえってのが残念だな」

「もうスイちゃんったら油断して暴走なんてしちゃって……お仕置きさせてもらいますからね」

「あはは、良いなぁ。うん、良いよ。ずっと消化不良気味だったんだ。遊ぼう。いっぱいいっぱい遊んで楽しませて!」


三人が向かいあって笑い合うと少しの間見詰め、次の瞬間激突した。エルヴィアの拳を白髪の少女は受け止める。横から飛んできたルーフェの蹴りはエルヴィアの拳を起点に飛ぶことで回避する。反撃に白髪の少女はグライスを振るうがそれは二人に当たらず空振りに終わる。


「ルーフェ」

「ええ、スイちゃんじゃないわね」


何かを感じたのかエルヴィアとルーフェはそんな会話をする。それが聞こえた白髪の少女は苛立たしげに顔を歪める。そしてそれを見て二人は確信する。


「なるほどな、ならスイにその身体を明け渡させればいい訳だ」

「難しそうだけど本意じゃないならやらないとね」


二人のその言葉に白髪の少女は髪を掻き毟ると血走った目を向ける。


「どいつもこいつも……スイ、スイ、スイ、スイ!この身体は私のモノだ!誰にもワタサナイ!私の、わたしの!ワタシのモノだ!アイツこそ異物なのに!アァァァあぁぁ!!!譲らない!渡してなんてやるものかァ!!!」


白髪の少女はそう咆哮を上げるとまるで獣のように二人へと走っていく。そして戦いは混迷を極めていく。

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