第276話 白髪の少女と黒髪の少女
「うおぉらぁぁぁぁ!!!」
エルヴィアの拳が唸りを上げて近付くのを白髪の少女は紙一重で避けると反撃にグライスを振るう。しかしそれは当たるよりも前にエルヴィアの身体に隠れるようにして近付いてきていたルーフェの蹴りによって弾かれる。白髪の少女はその勢いに任せて背後へと飛び退くと寸前まで居た場所がエルヴィアの振り下ろした拳で砕け散る。
「あははは♪楽しいね!面白いね!けど許さない!私を認めない存在なんて誰一人許さない!私はずっとずっと居たもの!私こそがスイだもの!人格が作られたのが最近?知らない!そんなの知らない!最初に居たのは私!アイツが我が物顔で後から来たのよ!だから渡さない!」
白髪の少女は誰に言うでもなくただ叫び続けている。その様子は見るからに不安定であり歪過ぎた。
「あの子……」
「ああ、多分自分が何言ってるかも良く分かってねぇだろうな」
ルーフェとエルヴィアがそう話していると当の本人である白髪の少女は狂ったように頭を押さえる。
「あぁあぁぁぁぁ!!!うるさい、うるさい、煩い五月蝿いうるさいウルサイウルサイ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!」
白髪の少女は既にエルヴィア達のことは頭に無いのだろう。恐らく元々エルヴィア達が来た時点で既にかなりおかしくなり始めていたと思われる。そしてそれは白髪の少女の言う
「だが油断は出来ねぇ」
「今ですら凄い攻撃だものね」
白髪の少女は現在ひたすらに暴れ回っている。具体的には無差別に魔力を所構わず放ち辺りの被害を増やそうとしているレベルには暴れ回っている。しかし時折思い出したかのようにエルヴィア達目掛けて攻撃してくるので油断が出来ない。すぐに今のように暴れ回るので追撃こそ殆ど無いが。
「しかしどうしたもんかな。これどうやったら止まるんだ?」
「さあ?ゼス君の言う通りなら時間を稼げたら良いらしいけど」
そうこの二人はウラノリアの息子でスイの兄に当たるゼスの要請でわざわざ止めに来たのだ。ゼスの能力によるものらしいが詳しくは聞いていない。というより聞いた所で何か変わるわけではないので聞く必要が無いだけだが。
「その時間ってのはどれ位稼げばいいんだ?この調子なら何日だろうが稼げるとは思うが」
「ふふ、エルヴィア。ゼス君がそんな簡単な事なら私達に要請まですると思う?」
二人の知るゼスという男は割と危険な事をサラッと任せてくるのだ。数日は稼げるような出来事を魔王に任せるわけが無い。
「つまり?」
「ここからが本番よ。ゼス君が言うには……」
ルーフェがそれを伝えようとした瞬間、白髪の少女の動きがピタリと止まる。何かを口ごもって呟くと途端に晴れやかな表情になってエルヴィア達を見つめてくる。
「あはっ♪楽しむのはやめた、殺すね」
そう言葉にすると先程までとは桁違いの速度でエルヴィアへとグライスで切りかかる。エルヴィアは何とか対応するが遠ざかった時に額に冷や汗が流れていた。
「……やべぇな」
「まずいわね」
今の少しのやり取りで分かってしまったのだ。白髪の少女は本気で殺しに来ていると。そしてそれは先程までの温い攻撃とは違い少し気を緩めれば二人がかりだろうが殺されると。
「暴走したら元の力の数倍になるとかだっけか?」
「確かそうね。でも魔王が暴走するとこうなるのね。知りたくも無い情報だったわ」
どう少なく見積ってもエルヴィアの数倍は力も速度もある。まともに正面から戦うのは論外としてもそもそもグライスの攻撃を耐えられるような防具や武器は二人は持っていない。それが自分達よりも素早くそして力強く振るわれるのだ。たまったものではない。
「逃がさない、もう楽しんだりしないよ。確実にしっかりと殺すから」
白髪の少女はそう言ってグライスを握る手に力を込めるとその場から斬撃を幾つも飛ばしてくる。エルヴィアとルーフェはそれぞれ飛び上がり逃げ回るが白髪の少女が何かしているのかその斬撃は空中で向きを変えひたすらに追いかけてくる。
「ぐっ、まずいぞ、このままじゃいずれ追い付かれる!」
「エルヴィア、魔法とかで撃ち落とせないの?」
「出来たらやってる!あんな馬鹿みたいな魔力の塊に撃ち込んでも威力なんざ殆ど落ちねぇよ!」
二人は話しながら逃げ回る。グライスによる斬撃のせいか空間にも薄らと傷が残っておりそれに触れても恐らくは切り刻まれることだろう。どんどんと逃げ場が無くなっていく事から二人に余裕など全く無かった。一か八かで切り刻まれながらも白髪の少女を殴り飛ばしに行くのが良いかと真剣に考え始めた時、白髪の少女がまたしても頭を押さえて苦しみ始める。
「あ、あぁぁぁ!くそっ、くそっ!何で!まだ残ってるの!死ねよ!死ね死ね死ね!」
グライスすら手放して苦しみ始めた為斬撃はどこか遠くへと飛んでいく。空間に刻まれていた傷も消えており白髪の少女がわざとやっているという状態では無さそうだ。
「今の内に殴り飛ばすか?」
「通るとは思わないわ。下手に刺激しないでおきましょう」
そうは言いながらも油断無く見ていると白髪の少女は突如力が抜けたかのように地面にへたり込む。
「あ、あはは、あははははははは!そうだよ、ソウダヨ、アレがあった、アッタ、私にはアレがアッタジャナイ。フフフ、アハハハハハ!」
白髪の少女が嗤う。周りなどまるで見えていない。けれどその周りに漂う膨大な魔力が近付くことを躊躇わせる。
「アハハハハ!そんなにデタイならダシテアゲル!
白髪の少女がそう叫ぶとその身体から少し離れた場所に人の形が出来上がる。その人はゆっくりとした動きで地面に着地する。
「アハハハハハハハハ!ソウダヨ!お前にはそれが相応しい!」
白髪の少女が叫んだ先に居たのは艶やかな黒髪を持ち白磁のようなきめ細かい肌を持つ美しい少女であった。白髪の少女に勝るとも劣らないその美しい少女は自分の身体を頻りに確認している。
「そしてその身体ごとお前を殺せばこの身体は私の物だ!死ね!」
その言葉に慌てて二人は白髪の少女へと向かう。しかし元々離れていたこともあり間に合わない。二人が焦ったその瞬間殴りかかった筈の白髪の少女が吹き飛ばされていた。
「え?」
「ん、寸分の狂いも無い私の身体だね。ふふ、またこの身体で動けるようになるとは思ってなかった。こればかりは感謝しないと」
黒髪の少女はクスクスと静かに笑う。その声すらも鈴のなるような綺麗な声でいつまでも聞いていたいと思わせる。二人は呆然とそれを見ていた。何が起きたのかは遠くから見ていたからこそ分かる。白髪の少女の動きに合わせて黒髪の少女がほんの少し動いたと思うと身体ごと巻き込む様に転けさせたのだ。その為自身の動きで回転して吹き飛んで行ったのだろう。
「ど、どうせまぐれでしょう!?次はこうはいかない!」
白髪の少女がまたしても突撃すると黒髪の少女はその細い腕で白髪の少女の腕に合わせると左足で足を引っ掛けてその勢いのまま地面へと叩き付けた。そして叩き付けた勢いで空気が吐き出された少女に伸し掛ると腕を取り固めるといつの間に回収していたのかグライスを握り締め、迷いなく白髪の少女の首に突き刺す。
「ガッ!?ァ!?」
「ふふ、貴女を殺して私が吸収しても結果的には変わらないのよね。この身体の方が動きやすいし愛着もあるしそっちの身体は要らないかな。だからその身体はあげる、代わりに死んで?」
その瞳に本気の色を感じたのか白髪の少女は涙を浮かべて暴れ回る。しかし伸し掛られている上現在は首をグライスにより刺し貫かれている。動こうにも動けない。言葉を話すことも出来ない。
「んん!ん〜〜!!?」
「何を言ってるのか分からないわ。言葉が話せるならちゃんと話さないと。あぁ、でもやっぱり良いなぁ。最初に私の身体を見た時から思っていたの。きっとこの身体が私じゃなければ凄く楽しい玩具になりそうだなって。それが今実現出来て凄く嬉しいの。貴女には感謝しないとね」
そんな事を言いながらグライスを捻る。それにより激痛が走ったのだろう。白髪の少女は痙攣しながら激しく暴れ回る。
「どうして私が貴女を倒せたか気になる?簡単よ?この身体の方が私は動きやすいの。だってそっちの身体は常に混沌の制御をしないといけないし常時魔力が動き回るから動かすのにも慎重にならないといけないし素因が増える度身体の調子がおかしくなるもの。元々無理矢理作った身体だし仕方ないとは思うけど不具合が多くて多くて面倒なんだよね。それにこっちの身体と違って手足のバランスも違うから思った通りの行動がしづらいんだよね」
そう言いながらもグライスは捻り続ける。
「こっちの身体なら素因の制御もしやすそうだし是非とも死んで欲しいなぁ。どれ位抉れば死ぬかな?魔族って耐久力だけは本当に高いよねぇ。あ、知ってたかな?素因を壊す以外にも身体をひたすら壊し続けても魔族って死ぬんだよ?だからいっぱい遊べるよ♪」
白髪の少女の瞳に恐怖が浮かんだ瞬間、何かをしたのか二人の少女が一瞬動きを止める。そして黒髪の少女が息を吹き返したかのように恐怖の表情を浮かべる。
「入れ、替われた?助かったの?」
どうやら白髪の少女は黒髪の少女の身体に乗り移る形で逃げたようだ。つまりそれは先程までの優位性が無くなったどころかそのまま自分の不利へとなったということだ。エルヴィアとルーフェがそれに気付いた瞬間白髪の少女の足が跳ね上がると黒髪の少女の首に巻き付きそのままへし折った。唖然として止まった二人は悪くないだろう。
白髪の少女は自分の首に刺さったグライスを引き抜くと口から血を吐き出す。そして首が折られた黒髪の少女へと近付くと無造作にその胸へと腕を突き刺す。
「がっはっ!」
「あ、ああ、ああ。うん。喉の調子は悪くないかな。さてはっきり言って最初は残しておいてあげても良いかなとか思っていたんだけどね。貴女は要らないかな?その身体を作ってくれたしお情けで生かすというのも考えたけど生かす理由それ以外無いしね」
「あ、ぁぁ、たす、助けて。死にたく」
「いや殺すよ?邪魔だし。じゃあね、名も無き存在さん。創命魔法、
白髪の少女が黒髪の少女の命乞いを無情にも切り捨てるとその身体を消していく。消えていくその身体に黒髪の少女が暴れようとするが既に半分以上が消えており動くこともままならない。
「あぁぁぁぁ!」
「うるさいなぁ……散々生かしてあげたんだから満足してよ」
「許さない!許さない!許さない!例え私が死のうともお前も!殺してやる!」
黒髪の少女がそう叫ぶと残っていた右腕に見覚えのある黒い渦を発生させる。それは混沌だ。
「!?」
「死ねぇぇ!!」
黒髪の少女が右腕を振り下ろすと白髪の少女に当たる寸前に何かが現れてその混沌により身体を削り取られる。その人は削られながらも持っていた大剣を黒髪の少女へと振り下ろす。
「あ、アル…」
ズンと物凄い音を立てて黒髪の少女が死んだ。そして同時に中に割り込んできたその存在もまた地面へと倒れ込んだ。白髪の少女は吹き飛ばされる形になっていたがすぐに起き上がるとその存在の元へと走り寄る。
「アルフ!」
こんな所に居るはずもない愛する人の名を呼びながら。
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