第277話 イルナに乗って



時は少し遡る。白髪の少女とエルヴィア達が戦い始める少し前、アルフ達はイルナの背中に乗り凄まじい速度で流れる景色を見ることもせず必死に風に耐えていた。


「どうにか風の影響消せないのか!!!!」


風が途轍もない轟音となっているせいで自分達の声すらも掻き消されない状態でアルフは声を張り上げてイルナに頼み込む。しかしそれに対してイルナは走りながら首を振るという器用な事をして出来ないことを伝える。

次にアルフはステラを見るが必死に首をブンブン振っていることから恐らくは風が強すぎて魔法を唱えられないか唱えても魔力量の問題で出来ないかのどちらかだろう。

アルフ達はじっと耐えているのに何故か唯一人族である筈のメリーだけ普通に座っているのが気になる。アルフがじっと見るとメリーが不思議そうに首を傾げる。そしておもむろにゆっくり近付いてくるとアルフにもその異常が分かった。

何故かメリーの近くだけ風の流れが緩やかなのだ。それに気付いたアルフは今にも飛ばされそうなディーンとフェリノを無理矢理掴むと腕力だけでメリーの近くまで引き寄せる。


「え、何でここだけこんなに風が来ないの?」


フェリノが呆然と呟くとメリーが口に指を当てて静かにするようにジェスチャーをする。そしてゆっくりと移動しながらステラの近くまでやって来るとステラにもその恩恵が来たのかさっきまでの必死さはすぐに消えた。


「えっと、ごめんね。すぐに風の影響を消したかったんだけど結構強くて制御に時間掛かっちゃった。あと、あまり喋らないで欲しいな。呼吸位なら特に何も無いけど言葉は風の流れを変えちゃうから制御が少し面倒になっちゃうの」


メリーが小声でそう話すとアルフ達は頷く。ステラはメリーが風の流れの制御というかなり高度な技術を使っている事に唖然とする。というよりステラにもどうやればそれが出来るか分からない。恐らくはグルムスかテスタリカのどちらかによる魔法講座のお陰なのだろうが一応魔法に長けた種族という自負があったステラは少しショックを受ける。


「もう少ししたら完全に制御出来ると思うからそれまで少しだけ待ってて」


メリーはそう言い残すと集中する為か目を閉じる。そして十分程度経過すると目に見えて穏やかな風が流れ始めた。その頃にようやくメリーも目を開けた。


「うん、制御下に置いたよ。これで話しても大丈夫」

『器用なものだな。しかも我の漏れ出す魔力を使っているな?』

「えっと、嫌でしたか?」

『いや、どうせ我では使えないものだから構わん。しかし仮にも魔物の魔力を利用するとは中々凄い体質だな。身体に合わないと思うが』

「私の魔力には変えてないから大丈夫です」


ステラがその言葉を聞いて更に落ち込む。ディーンが慰めるかのようにステラの肩を抱きしめているのが妙に目立つがそれに対してメリーは目を向けなかった。自分に相手が居ない事への当て付けに感じたのだ。勿論ただの被害妄想である。そんな両者が微妙に傷ついた所でアルフがイルナに声を掛ける。


「イルナ様、これって何処に向かってるんだ?」

『勿論貴様等の主の所だ。その前に拾っていく者が居ているが』

「拾っていく者?スイのやつ戻る最中にまた誰か拾ってきたのか?」

経緯いきさつは知らん。興味も無い』


バッサリと切り捨てられ微妙な顔をしているとイルナが立ち止まる。そして立ち止まったところでようやく分かったのだが僅か一時間ほどで帝都から城塞都市付近までやって来ていたことに気付く。それが分かるのも鬼哭の谷という異界が目の前にあるからだ。


「ここって異界だよな?こんな所に人が居るのか?」

『ああ、そいつらを街に入れたら外に出られるか分からなかったのでな。仕方なくあの近くで話が出来てそれなりに理知的なのがここに居るから仕方なくここに連れて来たのだ』


仕方なくと二回も言っていることからあまりここに居る存在はイルナ的にはそこまで信用していないのかもしれない。そんな所に人を置いておくなと言いたいがあくまで予想なのでアルフは黙っておくことにした。


『ヒヒ!あまり我を待たせるな!異界ごと壊すぞ!』

『怖ぇこと言ってんじゃねぇぞ!てめぇなら出来るからビビるだろうが!』


慌てて出て来たのは大柄な鬼の凶獣だ。その見た目はかなり凶悪そうな風貌をしているがその背中に小さな鬼の子供を背負っていて違和感が半端じゃない。しかも一体ではなく二体。産まれたばかりらしい赤子の鬼とそれよりかは大きいがやはりまだまだ小さな女の子の鬼である。両方とも寝ているようですやすやと寝息を立てている。ヒヒが大声を出しても起きない事から日常茶飯事過ぎてこれくらいじゃ起きたりもしないのだろう。小さくてもその辺りはやはり鬼らしい。


『……貴様また子供を……鬼は別に多産な種族ではない筈だが……』

『分かったらさっさとあいつらを引き取って欲しいんだが?子供達があいつらに惚れたらどう責任取ってくれんだ?ああ?』

『いやそれはないだろう』

『ああん!?俺様の子供達が可愛くないってか!?』

『誰もそんな事言ってないだろうが……』


疲れたようにイルナがそう話すがヒヒからしたら譲れない何かがあったのだろう。更に食って掛かろうとして後ろからやってきた小柄な影に押さえ付けられた。


『あんた、馬鹿なことやってんじゃないよ!イルナ様が困ってんだろ!イルナ様すみませんね!旦那が馬鹿なもんで』

『大丈夫だ。昔からこやつはこんな感じだしな。それよりジャル、割と急いでいるのだ。良ければすぐにでも我が連れてきた者をここに寄越してくれると有難いのだが』


ジャルと呼ばれた鬼は分かりました!と大きな声で言うと走っていく。それをアルフは見てかなり驚いていた。何せヒヒの姿は鬼らしいがジャルの姿は角が生えていただけで人族の女性とそう変わりなかったからだ。


『ジャルは鬼と人族の間の娘だ。故にあの様な姿をしている。気にしているかは知らんがあまり不躾に眺めるのはやめておけ。細かいことを気にする性格では無いから見られていた事にも気付いているかは怪しいが』

「分かった」


魔物は一般的には他の種族との子供を作ったりはしないが稀に他種族と恋に落ちて子供を残そうとする者もいる。大抵はそもそも合わなくて子供を作れたりはしないが鬼のような比較的人に近い魔物ならば可能性としては十分に有り得るのだろう。

納得しているとジャルが何かを肩に担いで戻ってきた。担がれている者がイルナの連れてきた人なのだろうがぐったりしていて生きているのか心配になる。その後ろでは割と大きめな子供が同じように何かを担いで走っている。


『おお!ラグもう人を担げるまでに…』

『イルナ様こんにちは!』

『う、うむ』


ヒヒが何かを言おうとしてラグと呼ばれた鬼の子供に完全スルーされて固まり挨拶されたイルナが気の毒そうな目をヒヒに向けている。ラグはしかしそれを無視をして自分が担いでいた男の子を降ろす。降ろされた男の子はありがとうとお礼を言うとサッと立ったままのイルナの背中に飛び乗った。この時点で明らかに普通の子供じゃないのでアルフは怪訝そうに見るが魔力が異常に多い以外は普通の子なので全く分かりはしなかった。

ジャルに担がれていた方はいつまでも降ろさないジャルの肩をビシビシ叩いて無理矢理降ろしてもらっていた。その姿は黒騎士だろうか。余程の速度を出されていたのか少し気分が悪そうにふらついた後すぐに首を振ると同じようにイルナの背中へと飛び乗る。その際にアルフ達の方へと向き直ると頭を下げる。


「……この度は要請に従って頂き感謝します。アルフ様、フェリノ様、ステラ様、ディーン様、メリー様。私名前をナイトメアと言います。姫様、スイ様の創り出した創成体でございます。そして此方がシェスという者で姫様の奴隷となります」

「シェスです。ねえちゃ、助けます。お願いします」

「……シェスは言葉を多く知らないので拙い話し方となります。その辺りはご容赦を」

「いや別に構わねぇよ。気にしないからそんな固くなくていいよ。それよりスイの身に何があった?」


アルフのその言葉にシェスとナイトメアは少し頷くとそれまでにあった内容を話していく。ちなみにイルナが走り始めるには何かの準備がいるようで今はまだ走り始めてはいない。短距離ならばすぐに走れるらしいのだがまだ遠いのだろう。


「スイが暴走か……」


アルフはそう呟くと小さく頭を抱える。スイの暴走など考えるだけでも頭が痛くなる。しかも強制で恐らく解除手段であるはずの吸血では治らないとなると話が変わる。全員が押し黙った所で声を上げたのは意外な存在だった。


『僕ならそれ多分何とか出来ますよ?』


そう声を上げたのはラグと呼ばれた鬼の子供だった。

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