第278話 戦いの場へ



『ダメだダメだダメだ!行かせられねぇ!馬鹿言ってんじゃねえぞラグ!』


ヒヒが凄まじい剣幕でラグに対して掴み掛かっている。ジャルが止めるかと思ったが流石に内容的にヒヒと同じ意見なのか止める様子は無い。それもそうだろう。ラグが言い出したのは下手をすれば一瞬で死にかねない場所に向かうと言ったのだから。


『でもあの人に僕は助けられたんだ!時間が経てば父さんに助けられたかもしれない。けどあの時確かに助けてくれたのはあの人なんだよ!』

『アイツにはお前の元素因アニマスをやったろうが!それであの時の事は決着着いてんだよ!』

元素因アニマスなんて作ろうと思えば幾らでも作れる量産品じゃないか!それと僕の命が釣り合う訳ない!本当ならあの時あの人に命を懸けて仕えるぐらいはしたかったんだ!けど僕じゃ彼女に仕えるだけの実力もないからって諦めたんだ!でも今は違う!あの時より強くなったし彼女の暴走を止められる素因の停止トレルグァも手に入った!』

『あの時より強くなっただ!?馬鹿言うんじゃねぇ!まだまだ俺様より弱っちいラグが魔王の暴走体の近くなんざ行ったら余波で死ぬに決まってんだろうが!』

『命を助けて貰ったのにその命を使うのが駄目だって言うの!?父さんはいつからそんなヘタレたんだ!』

『テメェの為に言ってんだろうがラグ!』

『あの時父さんは彼女に助けが必要ならって言ってたじゃないか!今がその時だろう!』

『あれはヴェルデニアとの戦いの時には参戦してやるって意味だ!間違えてもアイツの暴走を止める為じゃねぇ!第一暴走したのはアイツの自業自得だろうが!魔族は暴走しないように動くのが普通だ!それを怠ったアイツの尻拭いなんざする気はねぇ!』

『一応強制暴走らしいぞ』


ヒヒとラグの言い合い(という名の掴み合い)に横からイルナが訂正を入れる。それを聞いたヒヒは一瞬口を開けてその瞬間青ざめた。


『イルナ……今何て』

『強制暴走だそうだ。吸血による停止は不可能に近いということだな』

『それを使ったやつは』

『知らん。スイがその時に殺していなければまだ生きているんじゃないか?我からすれば例え強制暴走だろうが喰らわないだろうから何も関係が無いが』

『ば、馬鹿言うんじゃねぇぞ!?ラグはもろに食らうじゃねぇか!やっぱり駄目だ!絶対行かせねぇからな!』

『父さん!』

『暴走なんてしたら俺様達の場合は死ぬしかねぇんだよ!衝動じゃねぇからな!理性も知性も失った化け物に成り下がるなんざ認められるか!』

『ヒヒ』

『イルナ!流石に俺様はラグを行かせ』

『我が全力で守ってやる。だから連れて行かせろ』

『イルナ様!』


イルナの言葉にヒヒが凄まじい剣幕になりラグが喜色を浮かばせる。


『良いじゃないか。イルナ様が守ってくれるって言うんだ。行かせてやろう。それにラグはこうなったらうるさくて仕方ないからね』


そしてそれにジャルが追い打ちをかける。それを聞いてもヒヒは暫く唸っていたが地面にどかっと胡座をかくと溜息を吐く。


『チッ、認めてやるよ。だけどイルナ、絶対に守れよ!ラグ!お前もあまりに危険なら下がれよ!分かったな!』

『父さん!うん、ありがとう!』


ラグがそう言うやいなやすぐにイルナに近付くと『よろしくお願いします』と言ってから背中に飛び乗る。


『ふむ、では行くぞ』

『俺の息子を頼んだぞ』

『頼まれた。ちなみにだがスイを助けたあとこやつはこちらまで届けに来たら良いのか?』

『……いや、そのままアイツの所にでも置いてやってくれ。ラグはなんつうか鬼らしくねぇからな。三男坊だから俺様の跡を継ぐのも難しいだろうし。ラグ自身求めてないだろうしな。それならしたいようにさせる迄だ。やるからには徹底的に。俺様の教育方針ってやつだ』


ヒヒの言葉にイルナは頷く。


『あいわかった。まあ少なくとも我の見ている中でこやつが殺される事は無いからそこだけは安心せよ』


イルナがそう言ってからある方角を見つめるとそちらの方角に魔法陣が幾つも出来上がる。そしてそちらに向けて一歩踏み出し一気に加速する。風の勢いを一切考えていないそれはしかしアルフ達に何の影響も与えなかった。何故なら殆ど瞬きの間に到着してしまったからである。普通それだけの速度であれば切り刻まれるか吹き飛ばされるか木っ端微塵にでもなるかしそうなものだが恐らくは複数の魔法陣のどれかがそれを防ぐものだったのだろう。


『着いたぞ』


そう事もなく告げるイルナにアルフ達は今更ながら凄い存在なのだなと実感した。けどすぐに自分達のやる事を思い出しアルフ達はイルナの背中から飛び降りる。アルフの目の前に居たのは黒い髪のスイに似た誰かとそれに相対している複数の兵士と実力の異なる三人組。


「フェリノ、ステラ、ナイトメアは黒スイを連携して止めろ!ディーン、ラグ、シェスは俺に着いてこい!突っ切る!」


アルフがそう声を上げるとかなりの速度で突っ込んでいく。それぞれがアルフの指示通り動き始めるのを見てイルナは感心の声を上げた。ちなみに流石にメリーに指示を出すのは躊躇われたのか未だイルナの背中に乗ったままだ。

黒いスイと呼ばれたイル・グ・ルーはアルフ達が来る前に三人組、アルシェ、ガゼット、グイードと連れてこられた兵士達と戦っていたのだが三十分が経過しても未だ誰一人として倒せていなかった。たった一回の戦闘でイルの癖でも見抜いたのか更にそれに対して対策まで立てたのか攻撃は当たるのだがそれは掠った程度であり致命傷にはなり得なかった。追撃しようとすれば他の誰かが守るので上手く動けていなかった。代わりにイルに対してはかすり傷一つ与えられていないのだが。徹底的に時間を稼ぐ戦い方をされているのだ。それがあの二人の魔王を自由に動かす為だと言う事は分かる。分かるが故に苛立ちを隠せない。


「実力も劣るようなクソどもがうぜぇなおい」


イルがそう呟くと同時に何かが急接近してくる。そちらを見るとイルナが居た。それに対して動揺したイルは少し動きが慌てる。その隙を突くかのようにアルシェの魔法とグイードによる誘導槍が飛んで来たがそれは即座に躱す。しかし躱した後にやって来たアルフの攻撃は大袈裟な程飛び退る。いやそれは大袈裟でも何でもないのだろう。凄まじい轟音と衝撃波により当たっていないにも関わらずイルは吹き飛ばされたのだから。


「ぐっ、なんて威力だ。流石はマザーの男って…おい!何処行きやがる!」


アルフはイルを吹き飛ばした後脇目も振らずにその横を通り過ぎて行く。その後ろをディーンとシェスの小さい二人が通り抜ける。慌てて追い掛けようとしたイルの前に途轍もない速度で剣が突き出される。


「ああん?フェリノとステラとメアちゃんか。俺を止められるとでも?メアちゃんより俺に与えられた力は強いぞ?」

「……私に貴女の知識は無いのですが?」

「そりゃそうだ。マザーは俺の存在をそれこそケル姉にも黙ってたんだ。新参もいいとこのメアちゃんに教える訳ねぇだろ」


馬鹿にしたようにそう答えるイルに苛立ったのかナイトメアが珍しく好戦的に剣を構える。


「クヒャハハハ、メアちゃんの定義は守護だろうに攻撃を仕掛ける側だとそれは使えないんじゃねぇか?」

「……いえ、これは姫様をお守りする戦いですので」

「成程、誤魔化してやってる訳か。まあ無理のあるやり方ではあるけど一応は発動するか。全力とは程遠いだろうが」


そう言うとイルは少し離れる。


「なら俺の定義を教えてやる。俺の定義は"悪意"だ。マザーの中に眠るそれは大きいからな。俺が一部負担することでマザーは普通に過ごせてるんだ。俺が悪意を発散すればマザーはその分気持ちよく過ごせるようになるっていうことさ」


イルはそう言ってから表情を歪める。


「つまり俺が戦うのはマザーの為にもなるわけだ。だからな、精々頑張ってくれ。俺の為にもマザーの為にもな」


そう言って綺麗な笑みを浮かべたイルはその身から凄まじい魔力を放出する。


「さあ、戦おうぜ?」

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