第279話 訪れるは……
フェリノ達を置いて走り出したアルフの目の前に広がった光景はスイと見知らぬ黒髪の少女が戦っている光景だった。アルフは直感的に黒髪の少女がスイの前世での姿だと理解した。そしてその瞬間嫌な予感に襲われ咄嗟に飛び出した。
黒髪の少女が腕に何か黒い渦の様なものを纏いスイに向かって振り下ろす。アルフはただ何も考えることなく自らに考えうる限りの自己強化を施すとスイを押し出した。黒髪の少女が振り下ろした腕はアルフの横腹をごっそり抉りとる。間違いなく致命傷だ。だがアルフはそれを喰らいながらもスイを助けられた事からにやりと笑うと最後の一撃と言わんばかりに右手にコルガを握り締めて黒髪の少女へと振り下ろした。
「アルフ!」
スイの悲痛な声が戦場であった場所に響き渡る。スイは即座にアルフの元へと駆け出すと全力の治癒魔法をかけ始める。しかしそれはあまりに効き目が無かった。
「なん…で!効いてよ!このままじゃアルフが!アルフが死んじゃう!」
ごっそり抉り取られた横腹はそこからの出血は少し治まりはしたが一向に治ろうとしない。それは混沌によって消滅してしまったからだと理解している。
「どうやったら……治癒魔法じゃ治らない。いっそもう一回り削って治す?ううん、そんなのじゃ混沌は防げない」
思考を巡らせつつもスイは治癒魔法を掛け続ける。但し掛ける対象はアルフの血そのものに対してで増血剤のような魔法を掛け続けていた。これがただの延命用の魔法であること位は分かっている。しかしスイはアルフを死なせたくなかった。
「でも……」
根本的解決方法が一向に見付からない。いずれスイの魔法だけでは延命出来ずにアルフは死ぬ事だろう。その未来を想像した瞬間顔が青ざめていくのが理解出来た。そしてそれ程までにアルフがスイの中で大きな存在となっていたことが良く分かった。
「あぁぁ……」
少しずつ、ほんの少しずつではあるがアルフの命が零れ落ちて行くのが手のひらを通じて伝わってくる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!やだよぉ……アルフ死なないで。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
スイの瞳から涙が零れ落ちそうになった瞬間横合いからディーンが突撃してきた。思わず殴り飛ばしそうになったが咄嗟に耐えるとディーンはスイと何故か近くに居たシェス、アルフに手を伸ばす。
「
全力の
「あぁん?ここらで混沌が発動したような気がしたんだがなぁ?なぁ?知らねぇか?魔王エルヴィアとルーフェさんよぉ?奇遇じゃねぇか。って事で死ねよ」
炎のように赤い髪を文字通り炎と化させたその男はスイにとって殺したい相手である魔神王ヴェルデニアだった。
ヴェルデニアが来る少し前イルとフェリノ達は戦っていた。しかしその差は歴然としていた。スイから魔力をかなりの量を貰っているらしいイルはフェリノとステラの攻撃を余裕を持って躱し続けていたのだ。現在も戦いが続いているのはイルからの攻撃がちょっかい程度でしかないからだ。但しそれはフェリノ、ステラ、ナイトメアの三人に対してのみであり依然としてアルシェ達への攻撃は苛烈極まりないのだが人数が増えたお陰で多少怪我の割合は減っていた。
「なぁ、もうやめにしねぇ?無駄だよ。お前らの攻撃はこの俺様には届きやしねぇ。さっさと死ねば楽になれるぞ?」
飽きてきたのか攻撃自体の頻度が少なくなってきたイルは途中から完全に回避のみになっていた。元から攻撃などまるで当たりはしなかったが回避に専念されると掠るどころかその服にすら触れられなくなってきた。フェリノは仲間内では最も早いと自負してきただけにその圧倒的な迄のスペック差に心が折られかけていた。
そしてこれはあくまでスイが創り出した人造の生命であることを考えると当然だがスイも同等以上のスペックを誇っている。つまり模擬戦等ではわざわざ攻撃を受けてくれていたという事実がのしかかる。
「けど!貴女を自由にしたらそれこそそこの人達をすぐに殺してスイのところに行っちゃうでしょ!」
「勿論そのつもりだぜ?今更何を言ってんだよ。フェリノたんは戦いでは誰一人死なねぇのが当然だとでも思ってんのか?戦えば基本的にどっちかは死ぬんだ。更に言っておくけど今回のはあっちから仕掛けてきたんだぜ?」
「そんな事分かってるわよ!あとたんとか付けないで!そんな風に呼んでいいのはスイだけよ!」
「いやむしろマザーなら呼んでいいのかよ…逆に引くぜ?」
「やかましい!」
「逆ギレじゃねぇか!俺様は一回呼んだだけだろ!?」
下らない会話をしながらも凄まじい速度での斬り合いが発生しているのだがイルはそれを余裕を持って回避してそれを見てフェリノは更に速度を増していく。
「黒紋剣ヴァルト……塵風!」
フェリノが少し下がると無数のヴァルトがイルの周囲に浮かび上がる。その数は数えるのもしんどくなるほどだ。
「マザーの作ったやつより少しばかり数が多い気がするなぁ?クハハハハ!こいつは面白い!そりゃそうだよなぁ。マザーと離れた後でも鍛錬は絶やさなかった訳だ!作ったのはグルムスかテスタリカ辺りか?魔導具の一種だからテスタリカかな?まあいいか。で?それが俺様に喰らうと本気で思ってんのか?」
「いいえ、貴女と私達ではどう頑張っても倒せないって事ぐらい分かってるわ。だから」
「……それ以降は私が相手になります」
「メアちゃんか。分かってると思うが俺様に勝てるとは思ってないよな?」
「……ええ、勝てないでしょうね。ですが時間稼ぎなら私程優れた者もこの中には居ないでしょう」
「それは間違いねぇな。守護持ちのメアちゃんは突破すんのに時間がかなり掛かるだろうな。厄介極まりねぇ」
「……その割には笑っていますね」
「そりゃそうさ。最後に勝つのは間違いなく俺様なんだ。なら勝ち方に拘る余裕すらあるさ」
ナイトメアの隣に黒い馬が現れる。そしてその馬にナイトメアが乗ると嘶きを上げる。
「……確かに私は守護を持ちますがこの子はまた別ですよ。この子は攻撃を持ちます。私達は二つで一つ、人馬一体の騎士。それが私達の本当の力です。余裕を持つ事は悪い事ではありませんがそれが油断ならば殺します」
ナイトメアが言い切ると一気に急加速してイルへと切り掛る。イルは咄嗟に飛び退く。その額には冷や汗が流れていた。
「クヒャハハハハ!!最高だぜマザー!所詮俺様の妹だと思ってたがこれは想定外だ!マザーってば本当俺様の事を分かってるぜ!」
イルは一頻り笑うと右手に小さな黒い短剣を生み出す。そして人馬一体の騎士へと突撃した。短剣による攻撃を馬がまさかの後ろ足のみで立ち前足で攻撃するという方法で躱した。危うく頭を蹴られかけたイルは即座に体勢を立て直すと再び突撃していく。しかし今度は頭上から振り下ろされる直剣により後退を余儀なくされる。
「……イル・グ・ルーでしたね。貴女は姫様と違い魔法が使えない。違いますか?」
「クヒャハハ。その通りだメアちゃん。俺様のこの身体はあくまで見た目だけだからなぁ。こちとら暴力の化身であって魔法は専門外なのさ。だけどなぁ。俺様はそれを置いてもお釣りが来るんだ。そいつを今から見せてやるよメアちゃん。我が名はイル・グ・ルー!"悪意"の化身!悲鳴轟かせる厄災の毒!全てのものに悪意の咆哮を!」
イルの身体から膨大な魔力が放出される。それはナイトメアの内包する魔力を上回っておりナイトメアは無意識に下がる。
「クハハハハ!じゃあ行こうか!第二ラウンドの開始だ!」
イルがそう言葉に発した瞬間、ある方向を見つめる。そちらにあるのはスイ達だ。先程までの不敵な笑みはなんだったのかと思うほどイルの顔色が悪くなる。
「まずいだろそれは……マザー!」
イルは自分を囲うように展開されているヴァルトに当たるのも構わずに包囲網から無理矢理抜け出すとスイ達の居る方向へと駆け出す。慌ててフェリノ達もイルに追い縋るが地力の差から離されていく。
「マザー!今!助けに行くから!絶対、絶対に死なせないから!」
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