第280話 絶望的な状況
「ヴェルデ……!」
「駄目だよ!」
思わず激高しかけたスイだったがそれにいち早く気付いたディーンが間一髪の所で口を塞ぐ事に成功する。ほんの一瞬の出来事だったが違和感を抱くには充分だったらしくヴェルデニアは周りを見渡す。幸いな事にヴェルデニアは感知する事が苦手なようで暫く辺りを見渡した後再度エルヴィア達の方へとその顔を向ける。
「……」
スイもすぐにディーンの意図を察して口を閉ざす。間近で見た事でヴェルデニアの力が未だスイの手の届かない所に居る事が分かったのだ。悔しそうに唇を噛みつつもヴェルデニアを睨み付ける。しかしすぐにその視線は外れ代わりに自分を守るためにその身を犠牲にした愛しい恋人を見つめる。そして再び恋人であるアルフに治癒魔法すら掛けられない状態である事に腹を立てたのかヴェルデニアを睨み付ける。
今現状目の前にヴェルデニアが居ても気付かれていないのはディーンの使った
「……(つまりアルフを助けたければ早急にヴェルデニアをこの場から離して更に混沌の根本的解決方法も考えなければならない?あはは、そんなの無理に決まってる。そもそもヴェルデニアは混沌の力を感じて来てる。それを壊さない限りヴェルデニアは去らないだろうし更に言えば悪い事にエルヴィアとルーフェさんが近くに居る。魔王である二人を逃がすとは思えない)」
それを理解した瞬間顔を背けたくなる事実に気付いてしまう。どう頑張ってもアルフを助けることは出来ないという事、目の前でエルヴィアとルーフェは死ぬであろう事。最悪はこの辺り一帯を焼き払われて全員死ぬ事。どう見ても詰みの状況だ。
「……(これが
さっさと殺しておけば、いや最初から衝動を扱おうなどと思わなければ、そもそも暴走しなければ、幾つもの選択肢を間違えた事にスイは悔し涙を流す。自らの慢心が引き起こしたこの状況に対して血が滲み出るほど拳を握り締める。
その時遠くから走り寄ってくる影を見付けた。それは人の頭に白い耳を生やした少女だった。それが此方に向かって全力で走って来ている。既にヴェルデニアを視界に入れているだろうにその速度は落ちるどころか早くなっていき右手に持った剣の力を使い更に加速すると最高速度でヴェルデニアへとその剣を突き出した。その速度はかなりのものであり人族ならば見る事すら困難であると思える程だった。
しかしヴェルデニアは当たる直前にフェリノに気付き、拳一つ分程の近さから一気に下がると振り向き様にフェリノの横顔を振り上げた左の足で蹴り抜く。完璧に決まったと思っていたのだろうフェリノはガードすることも出来ずにその強烈な蹴りを喰らって吹き飛ぶ。
「あぁ?んだてめぇ、この俺に攻撃するだと?舐めやがって」
たった一度の蹴りで身動きが取れなくなったフェリノに近付いたヴェルデニアはフェリノの胸を踏み潰すかのようにその身体を踏み付ける。ベキっと胸骨が折れた音が響き渡る。
「てめぇみたいな亜人族程度が俺に楯突いてんじゃねぇよ。死ね」
エルヴィア達の方は見ていないがエルヴィア達は動かない。ヴェルデニアはフェリノを踏み付けながらもエルヴィア達への警戒は怠っていないからだ。しかしその中で動く者が居た。
フェリノの後から追い掛けて来たのだろうステラとナイトメアが二人がかりならと言わんばかりに突撃する。ステラは途中で止まるとヴァルトを指揮棒のように扱い何百とあるその黒い短剣をヴェルデニアへと向かわせる。そして無防備になるステラをナイトメアが守護の力を使って立ちはだかる。
「うぜぇ」
ヴァルトはヴェルデニアが放った凶悪なまでの魔力に押し流されその力を失って地面へと落ちていく。そしてその言葉に含まれた強烈な殺意と魔力に二人は身体を震わせ動きを止める。次の瞬間にはナイトメアはその首をただ振り抜いただけの拳によってへし折られ力無く崩れ落ちる。更にステラの首をいつの間にか握っていてその身体を地面から浮かばせている。
「てめぇらみたいなのが何人束で来ようがな。この俺に攻撃は当たらない。だけどな、やられると腹が立つんだ。それはそれは腹が立つんだよ。さっきも言ったけどよ。舐めてんじゃねぇぞクソ共が」
ステラの首を握る腕からドス黒い炎が溢れてきてその手の中のステラへとそれは登っていくとステラの身体が燃え出していく。聞いたことも無い悲鳴を上げているステラの姿を見て私は唇を噛み締めながら必死に激情を押し殺す。隣ではディーンも涙を流しながらもその命が失われる瞬間を絶対に見逃さないと言わんばかりにじっと見つめている。
「さて、鬱陶しいのは無くなったな。じゃあ心置きなくやろうぜエルヴィア、ルーフェ」
「……」
エルヴィアは無言で拳を構えるとルーフェもまた拳を構える。それに対して鼻で笑うようにヴェルデニアは自分の胸の中からその身を構成する素因"溶剣"を取り出すとそれは一振りの剣へとその身を変えていく。マグマが冷え固まったかのようなドス黒い色の剣だ。
「行くぞオラァ!」
ヴェルデニアからの剣撃をエルヴィアとルーフェは紙一重で避けていく。ギリギリの綱渡りを続けながら隙を少しづつ突いていく。しかしそれは全く意味を成しておらず逆に無理に隙を突こうとして怪我が増えていく始末。はっきり言って勝つ見込みなどまるで無い。しかし二人の目はずっと闘志を燃やし続ける。勝つ可能性など微塵もないと言って過言ではないのに一切の諦めが無い。
「どうして……?」
何故諦めないのか、勿論諦めずにやるのが良いとは思う。しかし現状の打破など全く見込めない状態でそれが保てるかと言われれば別だ。少なくともスイの心は既に折れそうだ。アルフの治癒も出来ない、フェリノとステラも放置すれば死ぬだろう。そもそも下手をしたら自分も死にかねない。
絶望にその身を堕としかけた瞬間何かがスイの前に立つとその頭に衝撃を落とす。スイが痛みで涙を浮かべると目の前にはシェスが立っていた。シェスのその目はスイを信頼し切った目で見つめている。どうやらシェスに頭突きをされたようだ。
「ねえちゃ、駄目。ねえちゃ、考えて、色々、いっぱい、考えて、ねえちゃ、出来る。ねえちゃ、しか出来ない。きっとねえちゃは、どうしたらいいか、最初から、分かってる、見付けて、探して、ねえちゃ頑張る!」
シェスの言葉は途切れ途切れで分かりづらかったがスイならばこの状況を打破出来ると本気で思っているようだ。
「無理だよ。どう頑張ってもこの状況をひっくり返すなんて…っ!?」
泣き言を言おうとしたスイの頭に再度衝撃が走る。目の前のシェスが再び頭突きをしたのだ。
「ねえちゃは出来る!ねえちゃ諦めないで、僕も、諦めない、だから!」
それは短くて理論立てた答えでも何でもない。だけどだからこそなのだろう。今のスイには理論立てて言われても自らが導き出した答えを塗り替えられない。けどそれが感情的な言葉ならばまた別だ。スイは少し涙を浮かべるシェスを見てその瞳に浮かぶ涙をその指先で拭う。
「うん。うん、そうだね。貴方の期待に応えてあげないとね」
それは明らかに強がりの言葉ではある。だけど確かに立ち上がる事を決めた言葉でもあった。
「負けず嫌いなんだ私って」
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