第281話 危機回避
「……ふう」
シェスに頭突きをされて少し頭が冷えた。無駄に熱くなったってこの状況は変わらない。冷えた事で周りを見る余裕が出来た。さて状況の整理を始めよう。
まずアルフは混沌の侵食こそ止まってはいないけど全力の治癒魔法が効いたのか今すぐ死ぬほどではない。勿論だからといって一時間も二時間も持つ訳では無いけど二十分程度ならギリギリ行けそう。
フェリノは胸骨が折れて臓器に刺さったのか苦しそうに唸ってはいるけど動きが少ないからまだ暫くは持つ。目下一番危ないのはステラだ。炎こそ消えたけど未だ燻っていて今にも死にそうに見える。魔法に対して抵抗力があるからこの程度で済んでいるけど恐らく炎にやられたのがフェリノだったら即死しているだろう。
次にエルヴィアとルーフェの方だがこちらはまだ余裕がある。無理に攻めたせいで細々とした傷は負っているけど戦闘経験の差か大きな傷までは負っていない。放っておいてもすぐに死ぬことはないだろう。
そしてヴェルデニアだ。こいつをどうこの場から引き離すかで変わる。エルヴィア達が撃退することはまず無い。そもそもまだヴェルデニアにかすり傷すら負わせられていない時点で厳しい。やはり直接的な戦闘によってヴェルデニアを引き剥がすことは不可能。
最後こちらが使える手札の確認だ。私は当然不可。そもそも出た所で何も出来ない。次にディーン。この子も駄目。そもそも
遠くにイルナと何故かメリーが居ることも分かるけどこちらも不可。そもそもイルナに助力を願うとかどれだけ絶望的でもやれるわけが無い。仮に助けて貰ってもその報酬に『では命を貰おう』って返してきそうな相手に助力を願うとか罰ゲームと変わらない。メリーは役に立たない。寧ろなんで居るのか。
同じように役に立たない者として人族の人達が居るけどまずここまで無事で来れないから無理。さっきからエルヴィア達とヴェルデニアの攻撃の余波で色々と地面めくれたりしてるから来たら即座に死ぬんじゃないかな。
改めて状況を整理して投げ出したくなるような状況という事に気付いた。だけど諦めない。シェスにあれだけ啖呵を切ったのだ。困難であるという理由だけでやめたりなんてしない。あくまで困難なだけだ。不可能じゃない。
私は深く息を吸って吐いた。それを三回ほど繰り返してから目を閉じて考え始める。深く深く思考の海の中に没入していく。周りの音も聞こえなくなってきて身体に触れるディーンの手のひらの熱も感じなくなって五感に触れるその全てがまるで現実感の無いモノクロのようになっていく。
勝利条件は味方の全生存、ヴェルデニアの早期撤退、アルフ達の治療方法の模索。
敗北条件は味方の死亡、ヴェルデニアによる全体攻撃、アルフ達の治療の失敗。
さあ、考えてみようか。
前提条件、ヴェルデニアはどうしてここに来たか。
解、混沌の発動を検知した。
前提条件、エルヴィア達はどうしてここに来たか。
解、味方による未来予知?
前提条件、エルヴィア達は死を恐れていない?
解、未来予知による死亡回避が宣言されている?
前提条件、アルフ達には知らされていない?
解、未来予知は不完全?故に知らされていない?
前提条件、ヴェルデニアはどうしたら退却する?
解、混沌の持ち主の死亡。
前提条件、戦闘による解決は不可能。
解、戦闘以外による解決は可能。
前提条件、アルフ達の治療方法は?
解、人道的解決は不可能。
結論………………
「シェス、イーグの死体は?」
「えっ?メアが持っ」
「分かった」
スイの唐突な質問にシェスは戸惑いながらも答えようとして即座に打ち切られる。打ち切ったスイの瞳はどこか遠くを見ているようで不安になったのかシェスが心配そうに見ている。ディーンは初めて見るスイのその表情に驚きはしたが自分のすることはこれだけだと言わんばかりに
「……イル」
スイはボソッと呟く。その呟きは近くに居たディーンですら聞き逃しかねないほど小さな声だ。
「……死ね」
続いて発された言葉にディーンはギョッとする。しかしすぐにイルというのがスイの創り出した存在だと気付く。そしてその言葉は状況を遠くから見ていたイルに届いた。
「クハッ!流石マザーだ。容赦ねえ。だけどそれが良い!"悪意"の権能。千変万化」
イルは黒く染まっていた髪を白くさせ、次の瞬間にはスイそっくりの姿へと変貌していた。そして自分の身体を変化させて創ったグライスそっくりの短剣を持ち全力疾走でヴェルデニアへと突撃する。スイのほぼ全力の魔力を注ぎ込まれているイルの一撃はかなり早くヴェルデニアは近付いてくる攻撃に目の色を変える。
「ヴェルデニアァァ!!」
スイそっくりの声でヴェルデニアへと攻撃を仕掛け続けるイルにヴェルデニアはギョッとする。
「てめぇ……!バーツの野郎が殺したって聞いたのに何で生きてやがる!混沌はてめぇの素因かクソが!」
ヴェルデニアの反撃は早く重い。まともに喰らえば一撃で瀕死になりかねない。死ねと言われたイルだが同時に出来るだけそれらしく戦って死ねという意思も受け取っている。無茶苦茶な命令にイルは混乱したがすぐに自分が全力で戦っても地力で上回られている以上死ぬのは確定していると考え本気で戦っていた。
「ディーン少しの魔力なら隠せる?」
「隠せる」
スイの問いに考えることなく即答する。元々魔力自体は隠しているのだ。その割合を増やせば魔力の動きを隠す事は不可能ではない。
「
その魔法はステラへと飛んでいくとその今にも朽ち果てそうな身体を淡い光が一瞬包む。ともすればバレかねない魔法だが魔力の動きを誤魔化され更にイルによる視線の誘導が合わさりバレることは無かった。
「これですぐには死なない。苦しむけど」
本来ただの拷問用の魔法であり死なないようにギリギリで生かすだけなので痛みや苦しみが消える訳では無い。だが治癒魔法となると継続的に掛け続ける必要があるので選択出来なかった。
「後は……どうせ見てるなら手助けしなさい。会った時に一つだけお願い事聞いてあげるから」
誰に言ったか分からないその言葉はディーンを困惑させる。この状況を遠くから見ている存在が居るというのだろうか。そしてその言葉と同時にイルの胸がヴェルデニアの出した剣によって貫かれる。
「ちっ、手こずらせやがって。魔法を使わなかったのは舐めてんのか?それともバーツの野郎の攻撃で怪我が深かったか?まあ良い。これで混沌は無くなる」
「……げほっ、お、おめでたい頭だね」
「あぁん?」
「例え私が死んだとしてもお前はいずれ死ぬんだ。その時どんな顔をするのか楽しみだよ。先に地獄で待っていてあげる」
スイの顔をしたイルがスイっぽく喋っているのを本人は凄い嫌そうな表情をして聞いている。こんな状況だというのにディーンはそのおかしさに少しだけ笑みを浮かべる。
スイそっくりのイルはその後胸を刺し貫いている剣を更に奥深くまで突き刺すとヴェルデニアの腕を掴む。そしてその状態で唇を歪ませ「ばーか」と呟く。ヴェルデニアが何か言い返そうとした瞬間イルの身体が爆発する。スイのほぼ全力と変わらない魔力による自爆だ。直撃すれば如何にヴェルデニアといえどダメージは免れなかっただろうが咄嗟に気付いたのかヴェルデニアは即座に離れて事なきを得る。
「クソが!親子揃って自爆なんざしてんじゃねぇ!」
自爆にトラウマでもあるのかヴェルデニアは心底嫌そうに叫ぶ。そしてその怒りのままエルヴィア達の方へと向かおうとすると背後に転移魔法なのか男が一人現れる。スイを一度殺した男だ。スイはそれを見てディーンに視線を向けるが既に感知していたディーンによって
幽霊であった茜に気付いていた事から恐らく目に関しての素因を保有していると思われる男、バーツならば
「バーツ、どうした?」
「ヴェルデニア様、魔国ハーディスに魔王フォルト率いる魔族達が押し寄せてきています。
「あぁん!?フォルトぉ!?接近に気付かなかったのか!?」
「恐らく気付いた者は早々に捕えられるか殺されたのかと」
「ちっ、流石にフォルト相手じゃ厳しいか。仕方ねぇ。戻るぞ。いいか。エルヴィア、ルーフェ、逃がしておいてやる。精々見付からねぇ様に逃げるんだな」
そう言うと早々にヴェルデニアは戻っていく。バーツもまた転移魔法かそれとも魔導具か分からないが使うとフンっと鼻を鳴らして戻っていく。その際にバーツの視線が一瞬スイを見た感じがしたがすぐにバーツは消えていった。
「生き残った……?」
信じられないのかディーンは呟く。まさに絶体絶命と言ってもおかしくなかったのだ。その反応は仕方ないだろう。しかしスイはそれを気にも留めずにステラ達を魔力で寄せる。
「さあ、ここからが本番だ。私が助けてみせる」
そう言ったスイは覚悟を決めた表情を浮かべていた。
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