第271話 黒き魂の存在



「クヒャハハハハ!弱ぇ弱ぇ!全然!弱ぇぞテメェらァ!!もっと本気でやれよカス共!!そんなんで俺を殺せると思って舐めてんのかクソがァ!!!」


イル・グ・ルーが耳障りな嗤い声を上げてキレるがそれと相対している四人はかなり必死だった。何せ先程までの白髪の少女とは違い手加減など一切無く本気で殺しに来ているのだ。勿論イル・グ・ルーの方が白髪の少女よりは弱いのだろう。だがそんなもの四人にとっては全く信じられなかった。

白髪の少女は一応攻撃を受けてくれたしその攻撃も手心が加えられているとはいえ耐えることが出来た。だが今防御越しに血を吐いて倒れたガゼットを見ればどちらを脅威に感じるかは明白だ。


「必中の空槍くうそう!シェザール!」

雷火の花園ライトニングガーデン!」


グイードの放った槍がイルの胸へと飛び地面からは雷で出来た花が生えていく。しかしその全てをイルは苛立ったように顔を歪めるとその場で足を止めると咆哮だけで消し去ってしまう。そこに込められた魔力量だけでアルシェの魔法もグイードのアーティファクトの効果も消し去ったのだ。


「テメェら!生温いんだよ!遅ぇし!大した威力もねェ!連携もバラバラ!テメェらの身体もバラバラにしてやろうかァ!?クソつまんねぇんだよ!マザー!楽しくねぇ!楽しくねぇぞこいつらァ!どうすんだよ!殺しちまって良いのか!?」


イルの甲高い声を聞いた白髪の少女は同じくつまらなさそうな表情でアルシェ達四人を見る。ちなみにアスタールは予備の指輪からアーティファクトを取り出して戦っていたが真っ先に殴られて沈んでいる。そもそもアスタールは人災ではあるが他の人災に比べて身体能力はそこまで高くない。アーティファクトによる戦い方なので純粋な戦闘能力は低めなのだ。ましてや一部のアーティファクトは勇者である拓也に渡して弱体化している。仕方ないといえば仕方ない結末であった。


「そうだね。思ったよりつまらないや。玩具にして遊んであげても良いけど無駄な労力になりそうだしね。殺してもいいかな。あぁ、そのアルシェも良いよ。見てて面白くなかったしイルの好きなようにしなさい」


白髪の少女はそう言うと本当に興味を失ったのか何処かに歩き出そうとする。グイードがその背中に向けて槍を投げると白髪の少女に届く寸前にその身体がブレた。グイードが驚いているとその背中からバシュッと変な音が鳴る。グイードの背中から腹にかけて細い小さな腕が出ていた。その腕の主が誰かなど考えるまでもない。

アルシェは咄嗟に転移の魔法を唱えようとして声が出せないことに気付いた。コポッと変な音と息が漏れるような音が自らの喉から聞こえてくる。恐らく通り過ぎざまに首を裂かれたのだと気付いた瞬間、アルシェの身体から力が抜けて地面に倒れる。


「マザーそりゃねぇよォ!俺にやらせてくれんじゃねぇのかァ!?」

「あぁ、ごめんね。鬱陶しかったからつい」


白髪の少女は悪びれもせずにそう答える。そして自分の腕に付いた二人分の血を少し眺めた後、水球を魔法で生み出すと腕をその中に突っ込んで洗浄する。血を飲もうかとも思ったが混ざったことで何とも言えない凄い匂いがしたのでやめたのだ。


「まぁ仕方ねぇかァ。なら残りの二人は俺ってことで良い?」

「いいよ、遊んできなさい」

「よっしゃァ!って言ってもこいつら動けねぇだろうからトドメって感じだなァ」


イルは無造作に近付くとアスタールの頭を引っ張りあげる。そして身体が強制的に起こされたアスタールの顔面にイルが拳を叩き付ける。幾度もその顔面に殴り付けた後アスタールの身体を適当な所へと放り投げる。アスタールの身体は痙攣すら引き起こしておりどう見ても致命傷であった。

そして次にガゼットの所へと近寄り掴もうとした瞬間イルの足をガゼットの手が掴む。放置されていたことで動けるまでに回復したのだろう。そのままイルの身体を引き倒すようにしてガゼットがその身体に馬乗りになる。


「クヒャハヒャヒャ!!よくそこまで動けるもんだぜ!!ハハハヒャヒャ!」

「うるせぇよ死ね」


ガゼットの身体が変貌していきどんどんとその姿を虎へと近付けていく。亜人族の中でも時折生まれる獣人化の能力持ちだ。こうなると先程までの力とは別次元の強さになる。だがその程度ではイルを止めるのは無理であった。イルは顔を殴ろうとしたガゼットの拳に逆に頭突きを食らわせる。どう考えても勝てない筈のその勝負はイルの頭突きが勝った。ガゼットの拳は裂けたのに対してイルの頭には傷どころか赤くすらなっていない。


「グァァッ!?」

「クヒャハハ!!テメェ如きがこの俺にダメージを与えられるとでも思ったのかァ!?思い上がりも調子に乗んのも大概にしろよてめぇはよォ!!テメェは弱ぇんだよ!認めろこのクソがァ!!俺に大人しく殺されときゃ良いんだよォ!!」


イルはそう叫ぶとガゼットの身体を無理矢理押し退けてその腹へと自身の足をめり込ませる。骨の折れる音が幾度も聞こえる。一撃で致命傷を負わせたことは見なくても分かった。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!死んどけこのクソがァ!!!!!」


ガゼットの身体をまるでボールかのようにイルが蹴飛ばしていく。その度に骨の折れる音が響き渡る。既にガゼットの意識は無いのだろう。身体がだらんとしていて今にも死にそうだ。むしろイルが殺さないように手加減しているのかと思うほどに頑丈だ。直前に獣人化していたのが良かったのだろう。とは言ってもそれも既に限界に近いようだが。


「イル、もう放っておいて次の所に行こうか。どうせ放置しても死ぬだろうし」


白髪の少女は自らの口からその言葉が出た事に少し驚くが特に気にすることも無くイルを連れてその場を離れる。何か言わされたような気だけが酷く印象に残った。


「……(スイが何かした?…まさかね。あの子の意識は奥深くに沈めたはずだもの。戻って来れるわけない。戻れるわけがないのよ)」


爪を噛みながら白髪の少女は苛立たしげに地面を踏み付けた後、何事も無かったかのように美しい笑みを浮かべる。


「……(この身体は……私が貰うの。スイは要らないのよ。作られた人格だとしても私がこの身体を貰う権利もある筈よ。そうでしょう?スイ。だって私は前から居たもの。この身体に居たもの。衝動わたしはずっとずっと前からこの身体に居たもの。だからこの身体を貰うわ。スイの方が本来異物なんだもの。許してくれるわよね?)」

「マザー?」

「どうしたのイル?」

「いや何となく気になっただけだぜ。何もねぇなら別にいいさマザー」

「そう、大丈夫よイル」


白髪の少女はイルを見ながらそう答える。その心中は恐らく彼女本人にしか分からない。


「……(大丈夫、大丈夫、大丈夫、私はきっと大丈夫)」



時は少し戻り迷いの森を抜け出した二人の人影は走り続けていた。


「……シェス、どこまで行くのですか?」

「ねえちゃ、大事な人、馬車の中」

「……武聖イーグですか、そう言えば置いてきぼりにしてしまっていましたね。姫様が魔法で保護していたので傷や腐敗などはしないはずですが放置するのも酷いですね」

「それもある、でもそんなことじゃない」

「……どういう事ですか?」

「ねえちゃ、身体に嫌なもの付いてた。多分、あれ戻らない」

「……衝動ではないと?」


ナイトメアは突然の主の凶行を衝動による暴走であると思っていた。事実それは間違いではない。但しそれが人為的に引き起こされたものというのが最悪である。


「ねえちゃ、戻すには、時間か、言葉か、攻撃。でも今のねえちゃに敵う人居ない、時間も経ちすぎたら戻れるか分からない。だから言葉、眠ってるねえちゃ、引っ張り出す!」

「……まさかそれに武聖イーグを使おうと?」

「メアなら、じいちゃ、連れて行ける。でもじいちゃだけじゃ足りない。メア、ねえちゃの大切な人、場所教えて」


シェスの言葉にナイトメアは驚く。主であるスイの大切な人となれば真っ先に思い浮かぶのはアルフ達である。母親であるローレアというのもあるが今は世界中で素因を集めている最中の筈だ。確実に会える保証はない。

ナイトメアはシェスの顔を見るが本気でそう言っていることが分かる。シェスにはナイトメアでは分からなかった何かが見えていたのだ。それに先程からケルベロスやヒークと一切の連絡が取れず何か得体の知れない存在がケルベロスとヒーク以外に存在するのが分かる。


「……分かりました。お教えしましょう。その代わりシェス、貴方は死してもアルフ様達をお守りしなさい。あの方々は姫様の大切なお方。シェスよりも優先度は高いです。それでも構いませんか」

「ねえちゃ、助ける為なら、構わない」


その言葉にナイトメアは頷くとまずは馬車の回収とそこに眠るイーグを連れて行くため足を早めた。

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