第357話 街をブラブラ
ネズラクを手に入れてご機嫌に歩いていたスイは目の前で人がごった返しているのが見えて少しうんざりする。どうやら見世物か何かをやっているのか人々が動く気配が無い。スイは少し考えた後屋根の上に飛び上がる。
屋根の上を歩いてその原因を見に行くと一人の男が奇抜な格好で口上を述べている。口上の内容は到着した時には殆ど終わっていたので何を言っていたかは定かでは無いが芸の類を披露しましょう的な事だと思う。
男はシルクハットを何処からか取り出すと指を翳して数秒後にシルクハットの中から犬が飛び出して来た。どう見ても許容量オーバーだ。これにはスイも驚いた。指輪を使えば似たような事は出来るが指輪には制限があり生きているものは入らないのだ。つまり指輪以外の方法によりあれを実現させたという事だ。
その後も男はその犬に布を被せると一瞬にして消失させてから人混みの中に出現させたり客に書かせた紙を右のポケットに入れてから左のポケットで出し挙句の果てに小さな男の子のポケットからその紙を取り出したりと説明が出来ないことをやっては観客から感嘆の声を貰っている。また芸の途中の話も面白いものが多くスイも屋根の上からではあるが楽しく見させてもらった。
その男は最後に客を数人引っ張ってくるとその人達をロープで数珠繋ぎにしていく。そして最初と最後の人をロープでしっかり縛ると人の輪っかが出来上がる。男はその輪の中に入るとカウントダウンを始める。ゼロを数えた瞬間に男は布をバサッと翻してその場から消えた。男が消えると同時にロープが何故か消えて人々が動けるようになる。
そして男は観客達の中からスっと出て来て客を沸かせると綺麗なお辞儀をした。スイも魔力も魔導具も使わずにあれだけの事をした男に感嘆の声を上げた。勿論屋根の上から見ていたスイには一部始終のネタが分かってしまったがそれでもトーク等は楽しかったので素直に小さく拍手をした。
観客が男に賞賛の声を掛けながら男の翳した帽子の中にお金を入れていく。粗方それが掃けた所でスイも屋根の上から男の帽子に金貨を一枚投げて入れておいた。男が驚きながら屋根の上を見上げる。スイは笑みを浮かべて手をヒラヒラさせてから屋根の上をそのまま伝って歩いて行った。
『いやぁ……すげえなぁあの野郎』
「ん、凄かった。まさか素因の力で強引に超スピードで動くだけのネタがあるとは思わなかった。面白かったからいいけど」
ネズラクの言葉に頷きながらそう返す。そうあれは素因の速度か何かを使って全力で走って荷物を置いている所から犬やらを持って来たり紙を移動させていただけだ。最後のあれも全力で走って人の間をすり抜けただけだ。ロープを解いたのは恐らく似たような素因を持つ観客の間に居た男の仕業だった。
あれはある意味で凄かった。少なくとも魔族としては素因数が四つ以上で初めて見えるほどの超スピードだ。代わりに攻撃力は殆ど無いと思う。スピードに特化させすぎて素因数が二の普通の魔族相手にすら負けると思われる。
屋根の上を歩きながらブラブラと見て回っていると競りがやっていた。マグロに似た魚の競りのようだ。どうやらかなり白熱しているようで金額がどんどん釣り上がっていく。スイもその熱狂を味わいたくて屋根から降りるとその場に向かった。
「さあさあ!アリオロンもついに白金貨の大台に乗ったぞ!まだ張るやつは居るか!居ないか!声を上げろ!」
「白一金五だ!」
「白一金八!」
「白二だ!」
恐らく白が白金貨で金が金貨なのだろう。恐ろしい程の速度で金額が跳ね上がっていく。近くに居てスイと同じように見学していたおばさんにあのアリオロンはそんなに美味しいのか聞いてみる事にした。
「なんだい?お嬢?」
「ん、あのアリオロンってあんな金額になってるけどそこまでして買いたいやつなの?」
「知らないのかい?」
「ん、最近この街に来たばかりなの」
「成程ね。アリオロンってのはこの辺りじゃ此処でしか捕れない魚でね。何処を食べても絶品の魚だよ。骨は砕いて煎餅にしても焼いて齧り付いてもいい酒のアテになるし赤身は蕩けるような刺身に、頭は煮付けに内臓も苦味が癖になる美味さでね。この辺りじゃあれを食べずして帰るなんてありえないとまで言わしめさせる程さ。ただ数があまり捕れないからね。店に並ぶ事なんて殆ど無いし並んでも高すぎて食えないなんて事もあるね。私ももう一度くらい食べてみたいものなんだけどねぇ」
スイは再びアリオロンの方を見ると確かに後ろに並んでいるアリオロンは既に売約済みの物とまだ競りに出されていない二匹しか居ない。合計で五匹しか捕れていないようだ。確かにそれほど少ないとなると店に並ぶ事などありえないだろう。
「……一匹欲しいなぁ」
スイがふらっと前に向かう。人混みをすり抜けて前に出る。そこでは四人の男達が金を出しあって睨み合っていた。
「白三金七!」
「白四!」
「白四金二だ!」
「白五だ!」
「くっ、白五の金四でどうだ!」
スイはその男達の白熱ぶりを完全に無視して競りを指揮していた男に声を掛ける。
「ねえ、おじさんその競りって誰でも参加できるの?」
「へ?あ、参加資格は特に無いが……」
「ん、じゃあ私も参加して良い?途中参加は駄目?」
「いや大丈夫だぞ。だけどもう白六が見えかけてるし嬢ちゃんには無理じゃないかな?」
おじさんが何か言っていたが指輪から、正確には指輪の中に入っている財布代わりの袋から白金貨を十枚程取り出した。
「これで買える?」
「……白金貨が十枚!?」
一瞬おじさんが目の前の光景が信じられないとばかりに目を擦ってから声を荒げる。言い争っていた男達もぽかんと見ている。
「……白十だ。まだ張るやつは居るか?」
おじさんの声に男達は一斉に首を横に振った。まあ金貨で少しずつ釣り上げている時点で無理だとは思った。ちょっと狙っていたところはある。ただこの大陸に来てから白金貨を使う場面もない所か寧ろ回収して増えてしまったので少しだけ還元したかった。これでも焼け石に水だが。
「アリオロンはデカいがどうする?」
「指輪の中に入れ……いや、良いや」
スイにアリオロンの事を教えてくれたおばさんをチラっと見るとぽかんとしていた。
「ねえ、さっきアリオロンを買おうとしていた人って料理人なの?」
「ん、ああ。そのはずだが」
「ならその人達にこのアリオロンを料理して欲しいな。お金なら出すから此処で皆で食べよ?」
スイの言葉が一瞬分からなかったのかそれとも白金貨を十枚も出しておいてやる事がその場でのお魚パーティである事に理解が追い付かないのかぽかんとしたまま動かない。
「アリオロンは頭が煮付けで赤身が刺身、骨は煎餅にして内臓料理も作って皆で食べよ?」
二回言うとようやく理解したのか熱狂が生まれた。その後は四人の男達にアリオロンの部位をそれぞれに任せて料理を作らせて皆で食べた。おばさんも食べていてスイに笑顔を見せていた。
「ネズラク……グライス」
『ん?どうしたんだマスター』
『どうしました?』
「この街って暖かいね」
『……そうだな、いい街なんじゃあねぇか?』
『肯定します。ノスタークに雰囲気が近い街かと』
「うん。良い街だね」
スイは一頻り堪能した後は静かにその場を去った。ちゃんと料理していた男達には金貨で五枚ほど払っておいた。
スイはまたブラブラと街を見て回ることにした。すると教会らしきものを見付けた。この世界で教会を地味に見かけた事がなかったスイは少し悩んでから教会の扉を開いて中に入る。
今までの人生でも初めて入った教会は陽の光で幻想的に煌めくステンドグラスが美しかった。三神を讃えている内容で特定の神を信仰する教会ではないようだ。礼拝堂にはスイ一人しか居なかったので最前列から一つ後ろの席に座ってステンドグラスを暫く眺めていると何処からか視線を感じた。
スイがその視線の方に意識を移すと礼拝堂の奥へと繋がる扉から小さな男の子が覗いている。スイに見られたと思ったのか男の子は慌てて扉を閉めてしまった。
「……シスター!!天使様が居る!!」
男の子の声だろうそれを聞いてスイは天使様って誰だろうと考えてから少しして自分の事だと分かった瞬間、顔を少し赤らめてから教会を出る事にした。やってきたシスターに天使様だと思われるのが恥ずかしかったからだ。ただ天使に例えられるのはまあまあ嬉しかったので座っていた席に少し悩んでから宝石で作った白い羽を二つと小さな袋に金貨を十枚程入れて置いておいた。
『……マスター』
「何?ネズラク」
『いや、いいけどよ』
ネズラクに何か言われそうだったが封殺した。そのまま礼拝堂を出てまた街をブラブラと見て回る事にした。この街は穏やかで元気でスイの心を悪い方に揺さぶる事が無くて過ごしやすい。
「他にどんなことがあるんだろう。楽しみだなぁ」
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